『淫魔のジャコマ アフターストーリー』 その19 作:JuJu 「俺だって負けなど認めたくない。だが……」 敏洋の言葉をさえぎって、ジャコマが叫んだ。 『ア、アタシはそんなの認めないよ! ええいっ! こうなったら、アタシも戦うよ!! シスターの作った魔法陣に、アタシの魔力、全部つぎこんでやる!!』 「しかし、おまえの魔法は、魔獣には無力なんじゃなかったのか?」 『そうさ。つまらない悪あがきさ。だけどね、このままじゃアタシの気がおさまらないんだよ! アタシはまだ、すべてを出し切っていない。それなのに、ただ死ぬのを待っているだけなんて、アタシには我慢できないんだ!! もう、痛手をあたえることなんかできなくたっていい。とにかくアイツに、アタシのもっている物すべてをおみまいしたいんだ!!』 「……」 『わかったなら、ご主人さまとの融合を解くよ』 「……まて」 『とめても無駄だよ』 「そうじゃない。 真緒の魔力がいつ尽きるとも限らない。憑依を解いている時間はない。 だからこのままの姿……ジャコマと融合したままの姿で、魔法陣に魔力を注入したほうがいい」 敏洋は、さらに言葉を続けた。 「――いや。ここに来て自分の心をごまかすのはよそう。 正直にいうと、真緒とジャコマが戦っているのに、ひとりだけ、なにもせずに殺されるのを待つ俺の姿を想像したら、自分がひどく惨めにおもえてきたんだ。 頼む、ジャコマ! 俺もともに戦わせてくれ! 知識がない俺でも、即席で作れる魔法はあるか?」 『ご主人さま……? ああ、もちろんあるよ! 雨を降らせる魔法なんだけどね……。 いいや、このさい魔法の種類なんてなんだっていいんだ。どんなに強力な魔法を使ったって、魔物相手じゃ威力がないんだからね』 * 敏洋は真緒のとなりに駆け寄った。 真緒ははげしい風に髪と修道服をなびかせながら、目を閉じて魔法陣に魔力をつぎ込んでいた。よほど集中しているのだろう。敏洋がとなりに来たことにも気がついていないようだった。 「真緒!」 敏洋に呼ばれて、真緒はおどろいて振り向いた。 「俺たちも魔法陣に魔力を注入する」 風が強いために、敏洋は声が届くように大声でいった。 「憑依を解いている余裕はない。淫魔の姿のままで魔力を注入する。 どうすれば、魔法陣に魔力を注入できるのか教えてくれ」 真緒は頷くと、魔法陣から片手を離した。魔法陣の風がわずかに弱まる。 真緒はポケットから何かを取り出すと敏洋に手渡した。 受け取った敏洋が手の中を覗くと、それは小さな鏡と魔法陣を描いた時に使った口紅だった。 「敏洋さん。自分で口紅を塗ってください。 わたしが塗ってあげたいのですが、いまはここを離れるわけにはいきません」 真緒は再び正面を向くと、両手を魔法陣に当てて力を込めた。風の勢力が元にもどる。 「口紅って。お、俺が口紅を塗るのか!? どうして?」 「魔法陣を発動させるとき、マザーが魔法陣にくちづけをしていたんです。 おそらく、魔法陣と術者の精神を繋げるために、魔法陣を描くのに使った物を媒体にして接触することが必要なんだと思います。 もちろん、これはあくまで推測です。だから他に方法があるのかも知れません。まったく関係ないのかも知れません。でも、今はそんなことを確かめている余裕はありません」 『いいね。アタシは人間の化粧に興味があったんだよ』 「体を女にされた上に、こんな露出度の高いボンデージを着せられ、今度は自分の手で化粧まですることになるとは……」 敏洋は鏡に自分の顔を映すと、慣れない手つきで口紅を塗った。 「こっ、これでいいんだな?」 敏洋はほおを赤くしながらいった。 「それでは魔法陣にくちを当ててください。そして、魔力をくちからつぎ込むんです。 一度精神を繋げてしまえば、あとは私のように、体の一部が触れていれば魔法陣に魔力を送り込めるようになります」 真緒にいわれて、敏洋は口紅のさしたくちびるを、地面から僅かに浮いた魔法陣に当てる。 『雨の魔法を使うよ。これは頭ん中に雨を浮かべるだけでいいから簡単だろう。 雨を想像しながら、魔法陣に向かって気を吐くんだ』 ジャコマの指導をうけながら、敏洋は魔力を注入した。 魔力の効果があらわれ、魔法陣の上空から雨が降った。が、かすかな雨が降って、魔法陣の表面にわずかな水滴を作っただけで終わってしまった。 「口紅まで塗ったのに、こんなものなのか?」 『ご主人さまの心にとまどいがあるからだよ。もっと、集中して雨を想像するんだ』 「わかった!」 敏洋は口紅を塗った恥ずかしさをどうにか落ちつかせると、今度は全神経を集中させて魔力をつぎ込んだ。 魔法陣の上空に大量の水滴があらわれ、それが雨となって魔獣に降りそそいだ。 敏洋は真緒のしているように、魔法陣からくちを離すと、今度は両腕の手のひらを魔法陣に当てた。 魔獣はとつぜん空から降りそそいてきた雨に驚いたようすを見せたが、それがただの雨だと知ると、軽蔑した表情で敏洋を見た。 「今度ハ何ヲスルノカト思エバ……。 ヤハリ人間ハ馬鹿ダナ。雨ヲ降ラセテ、ドウスルツモリダ。 コノ程度ノ雨ナド、何ト言ウコトモナイ」 「くっ。やはりジャコマの魔法は、魔獣には効かないのか……。 ジャコマ、本来ならばこの雨にはどんな効力があるんだ?」 『効力? そんなものはないよ。なんのへんてつもない、魔力で作った、ただの雨だよ。 仕方ないだろう。難しいことを教えている時間はないんだから。この魔法ならば想像するだけで簡単だから、ご主人さまでも扱えるからね』 「ただの雨か……。 まあいい。威力がないのは初めからわかっていたことだ。 それに冷たい雨で体をずぶ濡れにしてやっていると思えば、ちょっとは気分が晴れる。すくなくとも、魔獣に対して何もできないよりは、よほどましだ。 こうなれば、魔獣が風邪をひくまでやってやる」 敏洋の作った雨は降り続け、やがて魔獣の足元に溜まり始めた。 それを見て、ジャコマが叫んだ。 『あっ! アタシとしたことが、どうしてこのことに気がつかなかったんだろう! ご主人さま! 魔獣の足を見てごらん』 敏洋が見ると、雨水が魔獣の四本の足先を浸していた。魔法陣の上に落ちた雨は、まるで磁石同士が反発しあうように、真緒の風に近づこうとはしなかった。そのために、雨は漏れずに底に溜まっているのだ。 「そうか! 真緒の魔力とジャコマの魔力は互いに反発しあうんだったな。だから、真緒の魔力で出来た風と、ジャコマの魔力で作った水は、触れあうことはないんだ。 真緒、見てみろ! お前の作った風が壁となって、水槽のようになっているんだ」 魔力が底をつきかけていることを感じ、つらい表情をしていた真緒の顔が、敏洋の言葉に希望をみいだして明るくなった。 「これならば、もしかしたら……」 「ああ!」 『いけるよっ!!』 真緒が気合いを入れなおすと、弱まっていた風の渦は活力を取り戻し厚い壁となった。 敏洋もいっそう魔力をつぎ込んだ。魔獣に降りかかる雨が激しいものとなる。 魔獣は活気づいた敏洋たちを見て、危機を直感した。あわてて逃げ出そうとこころみるが、強い風にはばまれて竜巻の中心から動くことが出来ない。 雨は降り続き、確実に水かさは増してゆく。 ついに腹の底が浸りはじめた。 敏洋は真緒に疲れを見た。歯を食いしばり、絞り出すように魔力を注入している。 そこで敏洋は、勝負に出た。 「真緒っ、逃がすなよ!?」 「はいっ!!」 敏洋は体内に残っている魔力をすべて解放した。 「うおーっ!」 敏洋が叫ぶ。彼が送り出す魔力に同調して、怒濤(どとう)のごとく雨が降った。水かさは魔獣の口を越え、ついに全身が沈んだ。 魔獣はくちから何度も泡をはき、四本の足を藻掻(もが)かせている。 だが風の壁は、魔獣を逃すことはなかった。 「あと少しだ! 堪えろ!」 「は……いッ!」 魔獣は風の水槽の中で暴れ狂っていた。が、やがて、最後に大きな水の泡を吐き出すと、おとなしくなった。 * 魔獣がおとなしくなるのと同時に、真緒は地面に倒れた。 「大丈夫か?」 敏洋が駆けつけて抱き上げる。 『シスターのことならば心配ないよ。魔力が尽きただけさ』 魔力の注入が無くなったために、魔法陣は消えた。水は霧散し、風もやんだ。 ふたたび、静寂がおとずれた。 「もう、ほんとうに全ての魔力を使い切りました。あともうすこしでも魔獣が生きていたら、あぶないところでした」 「俺もだ。ジャコマの魔力はすこしものこっていない。 だが見てみろ、魔獣は倒した。もう大丈夫だ」 真緒は視線を魔獣に向けた。 魔法陣があった場所には、魔獣がその体を地面に横たえている。全身を雨で濡らし、まとっていた黒い霧も消えて無くなっていた。微動さえしないその体を、満月がしずかに照らしていた。 * 「もう大丈夫です」 しばらくしてから、真緒は立ち上がった。 「それで。敏洋さんにお願いがあるんですが」 「ん?」 「これからも、一緒に、魔物退治をしてくれませんか」 「ああ。俺も今日のことで身に染みた。 真緒ひとりだけで魔物退治に行かせるなんて、あまりにこころもとない、とな。 だがそのためにはジャコマの力がいる」 『いいよ。ご主人さまにはアタシが必要らしいからね。 ただし、代償として淫欲はもらうからね』 「ジャコマも俺たちと戦ってくれるそうだ」 「ジャコマさん、ありがとうございます。 ――それはそうと」 真緒はいたずらっぽく敏洋の体を、頭から足先までなめるように見た。 「魔獣がいるときは緊張していて気がつかなかったんですけれど、そのきわどいボンデージって敏洋さんが着ているんですよね? そう思うとなんかドキドキします。 腰の線とかお尻の形とか色っぽいですし。 それに、口紅もにあってますよ」 「!?」 『アタシと融合しているからね。当然さ』 「ジャコマさんも色っぽかったですが、今の敏洋さんは、ジャコマさんよりも、もっと女っぽい体をしています」 『う〜っ! くやしいけど、当たっているだけに言い返せないよ……』 「男の人なのにずるいです。うらやましくて妬けちゃいます」 敏洋は顔を真っ赤にすると、真緒に背を向けた。 いそいでボンデージを脱ぐと、ジャコマをせかせて憑依を解いた。 「魔物退治は終わったんだ。帰るぞ!」 敏洋は自分の服を着おわると、ジャコマの書を拾って早足で帰り道を歩き出す。 真緒はあわてて、鉄槌をスカートの中にしまうと、かばんと水筒をひろう。そして満面の笑顔を浮かべながら、彼の背中を追いかけた。 「やれやれ。まったくあのふたりは、仲がいいね」 敏洋が脱いだボンデージを着たジャコマは、気をきかせて、ふたりから離れて後を追った。 (その20へ) |