『淫魔のジャコマ アフターストーリー』 その18 作:JuJu 空からの奇襲に、魔獣は体を崩した。 敏洋は勢いを余らせて地面をころがったが、すばやく立ち上がると、両腕を広げて魔獣の腹に飛びついた。体勢を崩していた魔獣は、敏洋に押し倒された。 「エエイ、ドケ!!」 魔獣はまとわりついていた敏洋を軽々と振り払った。地面から起きあがると、鋭い目つきで真緒を見すえる。頭を低く下げ、あらためて飛びかかる相手に狙いをさだめた。 敏洋もすぐに立ち上がると、顔や体中に付いた土を払うこともなく、ふたたび魔獣に向かった。 * 魔獣は幾多の戦いの経験から、ここが待ちわびた勝機の時と感じ取っていた。そして、これほど近づいても武器である鉄槌を取らない真緒を見て、自分の感が正しかったことを確信した。 「邪魔ヲスルナ。オ前ナドニ用ハナイ。 俺ノ敵ハ、アノ女ヒトリダ」 もはや魔獣の目には、真緒しか入っていなかった。 * 敏洋が足止めしているあいだ、真緒は平然と魔法陣を描き続けていた。 彼女は周囲のざわめきから、魔獣が迫りつつあることや、その進行を敏洋が体を張ってくい止めていることに気がついていた。だが、だからこそ、彼女はあせる心を落ちつかせ、ゆらぐ気持ちを集中し、すこしでも早く魔法陣を描くことにつとめようとした。 * 敏洋は全力で魔獣に向かっていた。だが、まったく歯が立たないでいた。それほど二者の体格の差は大きかった。それでも彼はけっしてあきらめることはなかった。わずかでも魔獣の歩みを遅らせるために、なんどでも飛びかかった。 やがて、真緒が顔を上げて叫んだ。 「敏洋さん、ジャコマさん! 出来ました!!」 魔獣は真緒の様子が一変したことに気がついた。自分の体にしがみついていた敏洋を振り払うと、焦燥した表情で真緒に向かって突進した。 「ゲフッ!」 敏洋は突然走り出した魔獣に蹴り払われて、受け身を取ることも出来ずに地面に叩き付けられた。 * 「敏洋……さん……?」 やっとの思いで魔法陣を書き上げた真緒の目に入ったのは、魔獣に蹴り倒されて地面に伏せる敏洋の姿だった。 「グルゥガァッ!!」 真緒は敏洋の惨状に気が動転したが、迫り来る魔獣のうなり声に正気を取り戻した。 「よくも敏洋さんをっ!!」 真緒は急いで、修道服のポケットから携帯用の小さな鏡を取り出すと、魔法陣を描くのに使った口紅を自分のくちびるに塗った。 そして、そのくちを出来たばかりの魔法陣にあてた。 真緒が魔法陣にくちづけしたのと、魔獣が魔法陣の中心に入ったのは同時だった。 ほのかな光をはなっていた魔法陣は、真緒のくちびるが触れると、その部分が明るく輝いた。さらに線に沿って強い光が伸びて広がって、魔法陣全体がまぶしく光り出した。 月明かりしかない森に、目がくらむほどの光が広がった。 「ナンダ? 地面ガ……光ッテイル?」 あわてふためく魔獣を横目に、真緒はくちを魔法陣から離すと、今度は両腕の手のひらを魔法陣につけた。 真緒が気合いを込めて魔力をつぎ込むと、今度は魔法陣から風が吹き上げはじめた。 「バカナ! 地面カラ、風ガ吹クナド、アリエン! サッキカラ、イッタイ何ガ起コッテイルノダ!?」 魔法陣から生まれた風は勢力を増してゆき、渦を巻きはじめ、やがて台風のように吹き荒れた。 自然の法則を無視した異常な事態に、気が動転している魔獣は、気がつくと風の渦の中心にいた。 「ソウカ! ワカッタゾ! 先程カラ、夢中デ怪シゲナ事ヲシテイタノハ、コノタメダッタノカ!!」 異常な事態の原因を突き止めた魔獣は台風の中心から出ようとした。だが取り囲む風はすでに強いものに発達しており、とても抜け出せるものではなかった。 台風の中に閉じこめられた魔獣を見て、ジャコマがはしゃいだ。 敏洋は痛みを抑えながら立ち上がった。 『ついにやったね! これで魔獣を倒せる! まあ、それはできなくとも、すくなくとも一矢は報いることが出来るよ!』 むじゃきに喜ぶジャコマに対し、敏洋の表情は暗いものだった。 「いや……。よく見てみろ……。 あれほど激しい風に包まれているのに、魔獣の体はかすり傷ひとつ負っていない……。台風の目と同じように、中心部分には風が吹いていないんだ。 真緒の残った魔力じゃ、風のうずに閉じこめるのが精一杯らしい」 敏洋は目を閉じた。 「魔力もまもなく枯渇(こかつ)するだろう……。 ここまでか……」 『ここまでかって……。それじゃ、これで終わりだっていうのかい? じょ……、冗談じゃないよっ!! そりゃ、はじめから勝てることのない戦いだというのは承知の上さ。だから倒せないまでも、足の一本でもみやげに奪っていければと思って戦ったのに。 三人力を合わせて挑んだ結果が、魔獣にかすり傷ひとつ付けられなかったなんて……』 (その19へ) |