『淫魔のジャコマ アフターストーリー』 その15 作:JuJu 「淫魔、ナニヲ騒イデイル。俺カラ逃ゲラレナイト悟リ、自分ダケデモ生キ残ロウト、仲間割レデモ始メタノカ? 馬鹿ナ淫魔ダ。人間ト手ヲ組ンダコトヲ、地獄デ後悔スルガイイ」 遠く離れた場所から、魔獣があざ笑った。 それを聞いたジャコマは、振り返って魔獣に叫んだ。 「うるさいね! そんな所で吠えていないで、さっさと襲ってきたらどうだい? シスターとアンタどっちが勝(まさ)っているか、決着をつけようじゃないか」 真緒が不安そうにジャコマの腕をひっぱる。 「そんなこと言って本当に襲ってきたらどうするんですか」 「心配ないって。アイツはまだシスターの魔力が回復していないことに気がついていない。近づいてこないよ」 「だが魔獣の攻撃力は本物だ。軽率な挑発はやめた方がいい。 それに、確かに今は言い争いなどしている時じゃなかった。 なにかよい打開策を考えなければ……。 ――そうだ。ジャコマの魔力だが、真緒に分け与えることはできないのか? 俺の魂を吸い取ろうとしただろう。あんな感じで、真緒に魔力を注ぎ込むんだ……」 敏洋は想像を交えて話し始めた。 * 真緒はほおを赤く染め、上目遣いでジャコマを見つめていた。 「どうしたんだい。魔獣に殺されたくなかったら、さっさとアタシの魔力を受け取りな」 「わ……わかりました」 真緒は観念して目を閉じると、あごを上げてかすかに口をとがらせ、おそるおそるジャコマの顔に自分の顔を寄せた。 「すべての魔力を渡すからね。ちょっと時間がかかるよ」 ジャコマは近づいてきた真緒の頬を細い指で抑えると、彼女の口を自分のくちびるに導いた。 「ん……」 真緒はくちびるが重なったことを知り、その感触に体をちいさく震わせた。 * 「と、敏洋さん……。いやらしいです……」 「そうかい? アタシはけっこういいと思うけどね。 ただ、その提案は無理だよご主人さま。同じ魔力でも、シスターの持つ聖の魔力と、アタシの持つ闇の魔力じゃ、まったく正反対だ。相性が最悪なことは、ご主人さまだって想像がつくだろう。 「だめか……」 「逆にシスターの魔力を吸い取るのならば出来るんだけどね」 「ただでさえ貴重な魔力を吸い取ってどうする! ならば、こういうのはどうだ。 ジャコマは魔力はたっぷりとある。だが、攻撃する術(すべ)をもっていない。そして真緒は攻撃する術はあるものの、魔力がない。 ならばふたりの力を合わせればいいんじゃないか? ジャコマの魔力を、真緒の体を通して魔物に攻撃できるように加工して、鉄槌から放つんだ」 敏洋はふたたび、想像を交えて話し始めた。 * 「それじゃ、シスターを通して、その棒にアタシの魔力を入れるよ」 「棒……」 「あたしは魔力をつぎ込むだけだよ。攻撃はシスターがやっておくれ」 「わかりました。 ――聖なる風よ、魔の闇を払拭したまえ!」 真緒が鉄槌を掲げ魔力をつぎ込むと、鉄槌の先に小さな風の渦ができた。 背後に立っていたジャコマが、彼女の肩に手を添える。 ジャコマは目を閉じて、精神を集中する。 ジャコマが真緒に魔力を注ぐと、風の渦が一気に巨大化した。 「行くよ!」 「はいっ!」 真緒が鉄槌を振り下ろす。 放った風が、魔獣を襲う。 魔獣は風を追い払おうと体全体をあばれさせる。だが、鉄槌からは次々と増援され、風はますます大きくなる。 ついに竜巻ほどに巨大化した風は、ジャコマの水の属性の魔力と、真緒の風の属性の魔力が混ざり合い、〈嵐〉に変化した。 竜巻の中心に囚われた魔獣は、その場所から逃げるどころか、身動きさえできずにいた。ふんばって、地面から脚を放さないようにするのが精一杯だった。 嵐に襲われ、次第に体を削られていく魔獣。削られた肉片が巻き上げられて舞う。 やがてその断末魔さえ、風の中で弄ばれる。 嵐が消えた後、魔獣の居た場所には、何も残っていなかった。 * 「なんだいそりゃ。シスター。なんか言っておやりよ」 「かっこいいです〜。わたしもいつかは、そんな魔物退治師に……」 「やれやれ。 だからアタシの魔力とシスターの魔力は、水と油のように相容れない。互いに反発しあうって言っているだろう。 だいたいそんなすごい攻撃ができるのならば、とっくに魔獣をやっつけているよ」 「やはりだめか。 ならば…… ……。 いや……」 「なにか思いついたんですか?」 「ああ……。その……なんだ……」 敏洋はジャコマを見る。 「ジャコマ。辛いことを思い出させるが許してくれ。 お前さっき、前の主人が無くなった原因は魔法陣だって言っていたな。その時、魔法陣は魔力の増幅に使えるとも言っていたな。 ならば、真緒の微弱な魔力も、魔法陣で増幅すれば、魔獣を倒せるんじゃないか」 「むりですよぅ。魔法陣だって万能じゃありません。 元となる魔力がわずかですから、増幅したところでたいした攻撃にはなりません」 「ジャコマはどうなんだ? 魔法陣に魔力を入れられるのか」 「当然できるよ。むしろ、魔法陣に魔力を吹き込むのは、得意中の得意とするところさ。 なにしろ、そのためにアタシはご主人さまに召還されたんだからね」 「よし! ふたりが力を合わせれば――」 それを聞いて、ジャコマはわざとらしく溜め息をはいた。 「だからアタシの魔力には、魔物を攻撃する力はないって、再三言っているじゃないか。 魔法陣で増幅して、どんなに巨大な魔力をぶつけても、魔獣にとっちゃ暖簾(のれん)に腕押し、蛙の面に小便だよ」 「おまえ、本当に使えないな」 「ご主人さまだって大した役に立たないじゃないか」 「ふぅ。こうやって会議ばかりをして、いつまでも攻撃をしかけてこなければ、いずれ魔獣も真緒に魔力がないことに感づくだろう。 そうしたら、俺たち全員、一巻の終わりだ。 いったいどうすれば」 「じゃあさ、とにかく魔法陣を描いて、シスターの魔力をつぎ込んで、魔獣にぶつけようよ」 「そんな、ジャコマさん。はじめっから無駄だって分かっていることをわざわざしなくても」 「シスターはここまで愚弄されて、くやしくはないのかい? アタシャ、アイツにぎゃふんと言わせないと、死んでも死にきれないよ」 「俺もジャコマの考えに賛成だ。 もはや俺たちにはこれしか残されていない。 たとえ倒せなくとも、一矢は報いられる。 こうなれば奇跡のひとつでも起きて、真緒の魔法が魔獣の急所を突くことを願うばかりだ。 とにかく、何もしないよりはよほどいい」 「敏洋さんまで……」 「そういうシスターはどうなんだい? このまま黙って魔獣に殺されるつもりかい? それともやれる所までやってみるかい?」 「……」 真緒は、ポケットに忍ばせてあるマザーからもらった口紅を、服の上から触った。 「わかりました。わたしも、最後まで戦います」 「よし、決定だな。 それで魔法陣はどんな種類があるんだ? 慎重に吟味して、一番効果の高い物を選ぼう」 「それなんですが……」 「わかっている。真緒はまじめに魔法の勉強をしていないからな。どうせ、高度な魔法陣は知らないんだろう? このさい贅沢は言ってられない。 真緒の知っている魔法陣ならなんでもいい」 「それがその……。実は魔法陣は、マザーから教えてもらってないんです」 「シスター! アンタ魔物退治師なのに、魔法陣のひとつも描けないのかい!?」 「だから俺があれほど、日々まじめに勉強しろと……」 「ち、ちがいますよぅ。 ジャコマさんの前のご主人さまがああなってしまったように、魔法陣は諸刃の剣なんです。うまく使えば魔力を大きく使えますが、同時に制御できずに暴走する危険もはらんでいるんです。暴走すれば、魔法陣を描いた術者に、増幅した魔力が逆流してしまいます。 だから見習い程度では、魔法陣の描き方は教えてもらえないんです」 「確かに魔法陣の制御はむずかしいからね。納得できるけどね」 「でも、聞いてください。 マザーと魔物退治に行ったときに、マザーが使った魔法陣なら覚えています。 わたしだって魔法陣に興味がありますから、マザーの描いている魔法陣を一生懸命覚えたんです」 「教えないと言われれば逆に知りたくなる。人情ってやつだね」 「だから、わたしが知っているのは、そのひとつだけです」 「ひとつっきりか……。 それに、真緒は実際に魔法陣を作ったこともないんだろう? しかも、見よう見まねだ。 もし魔法陣が暴走したら……」 「ああそれは問題ないよ。こんな森の奧ならば、万一暴走しても、シスターが伐採した樹の範囲が、ちょっと広がるだけさ。 なんて、冗談だよ。シスターの今の魔力程度じゃ、暴走なんて起こらないから安心しな。 それに、見習いだかなんだかしらないけれど、魔物退治師には変わりないんだ。 その、なんとかって人が弟子にしたのも、シスターの才能を見込んでのことだろうし。 アタシは、シスターに賭けてみようと思う」 それを聞いて、敏洋も頷いた。 「ああ。俺も真緒を信じる。 こうなれば、真緒の魔法陣だけが頼りだ」 (その16へ) |