『淫魔のジャコマ』 エピローグ JuJu 敏洋と真緒は、床におかれたジャコマの書を見つめていた。 「ジャコマさん、帰っちゃいましたね」 「あいつのせいでさんざんな目にあったが、いなくなってみると少しだけ寂しいな」 敏洋はゆっくりと窓に近づいた。図書室のカーテンを開くと、窓ごしに朝日が差し込んでくる。 そのまぶしさに、敏洋は窓から顔をそむけた。振り返ってから目を開いた彼は、部屋中が光に満ちあふれているように感じた。朝日が、夜におこった出来事を払拭(ふっしょく)してくれるように思えた。 まぶしさに目が慣れてくると、部屋が輝いているのは朝日のせいだけではないことを知った。真緒が整理整頓し、すみずみまで掃除したことで、ほこりっぽくて、乱雑に本が積まれていたこの場所が、見違えるようになっていることに、あらためて気がついた。 敏洋は、感心した面持ちで真緒を見た。 真緒は敏洋の視線に気がついていないらしく、「う〜ん」とうなり声をあげながら小さな体を伸ばしていた。 「さて、俺たちも帰って寝るか。 ジャコマのおかげで、ほとんど寝られなかったからな」 「そうですね。でもその前に、敏洋さん――」 「?」 「その……。外に出るのならば、服を着たほうがいいですよ」 「あっ!」 真緒に指摘されて、敏洋は自分が裸のままであったことをおもいだした。あわてて窓のカーテンを閉めると、床に脱ぎ捨ててあった自分の服に手を伸ばす。 「やっぱり、ボンデージよりもこの服の方が落ちつくな」 照れかくしの独り言をいいながら、敏洋は服を着ていく。 その時、着ていた服のポケットから、何かが床に落ちた。 「ん? なんだ?」 敏洋は床に落ちた物を手に取った。 真緒も近寄ってくる。 「――これは、図書室の鍵ですね」 「図書室の鍵なら、ここに入った直後に机の上に置いたはずだが?」 敏洋は確認するように机を見る。 図書室の鍵は、確かに机の上に載っていた。 「あ、わかりました。それきっと、図書室の予備の鍵ですよ」 「予備の鍵だということは、説明されなくても想像がつく。 俺が疑問に思っているのは、なんでもうひとつの鍵が、俺のポケットに入っていたのかってことだ」 敏洋は真緒をにらむ。 「おまえのしわざか?」 「ええーっ? わたしは知りませんよ。 教会でひろった図書室の鍵は、敏洋さんにお返ししましたし。図書室の鍵をマザーからあずかったことは、一度もないです」 「と言うことは……」 敏洋はふたつの鍵を手のひらに載せて、見つめながらいった。 「俺は最初から、図書室の鍵など落としてはいなかった。 俺がマザーからあずかった図書室の鍵は、いままでずーっと俺の服のポケットに入ったままだった。 そして、教会で鍵をなくした真犯人は、俺じゃなくてマザーだった……」 「そうですね」 「つまり、マザーさえ鍵を落とさなければ、こんなことにはならなかった。 今回の騒動の張本人はマザーだった……、と言うことか?」 「そうみたいですね」 「――と言うか、鍵を落としたのは俺だと最初から決めつけていた、おまえが一番悪いんだろう!」 「ええ〜!? だって、マザーは海外にいっているから、てっきり敏洋さんが落とした物だと思ったんですよ。 それに敏洋さんだって、自分が落としたものだと思って疑わなかったじゃないですか」 「それは、お前があまりにも自信たっぷりに俺が落とした物と決めつけたからだ。だから俺も、おもわず自分が落としたと信じ込んでしまったんだ。やっぱりお前が一番悪い」 「む〜」 真緒はなっとくがいかないといった顔で、敏洋を見ていた。 にらみ付ける真緒を無視して、敏洋は床にあったジャコマの書を机の上に置いた。 そして敏洋は出入り口に向かって歩き出す。 「やっぱりポケットに入れた鍵の確認をしなかった敏洋さんが、いちばん悪いと思います……」 「ほら真緒、帰るぞ」 「あっ、待ってくださいよ〜」 真緒も出入り口に急ぐ。 「それから、ジャコマの書のことは、マザーにも内緒だぞ」 「わかっていますよぅ」 * ふたりが出てゆくと、図書室はいつもの、時が止まったような静寂を取り戻した。 窓のカーテンの隙間から漏れた一筋の朝日が、机の上に置かれたジャコマの書をしずかに照らしていた。 ー「淫魔のジャコマ」おわりー (「淫魔のジャコマ アフターストーリー」につづきます) |