第四幕 その6
JuJu


 敏洋は視線を下に向けた。そこには、敏洋の豊かな胸に顔をうずめる真緒の姿があった。ボンデージに包まれた彼の胸は、真緒の顔が埋もれてしまうほど巨大だった。その胸の大きさに、持ち主である敏洋自身も驚いた程だ。もちろん、彼だって自分の胸が大きいことは薄々気が付いていた。胸の重みが体に伝わって来ていたし、胸の一部分が偶然に目に入ってしまう場合もあったからだ。しかし、これほど大きいとは思っていなかった。
 敏洋は今まで、自分の胸を見ようとはしなかった。ふくらんだ胸は女の象徴であり、魔物にされた事を嫌でも実感させられる。だから努めて視界に入るのを避けてきた。そんな敏洋が、みずから自分の胸を見たのには訳があった。それは、胸に顔を押しつけている真緒の表情を知りたかったからだ。真緒が体を預けてくれた以上、男として彼女を満足させたい。敏洋はそう思っていた。しかし女と交わるのは初めての経験だった。そのために、彼女を満足させる事が出来たのか心配だったのだ。
 敏洋は胸の隙間から覗き見る真緒のほおが紅潮している事に気が付いた。これこそ、彼女が女の性を知った事を示す証だった。敏洋は何とも言えない達成感に包まれた。こんな体になっても俺は男だと、ジャコマに言い放ちたい気分だった。お前は、俺の体を女に変える事は出来たかもしれない。だが、心まで女に変えることは出来なかっただろうと。
 そんなことを考えながら、敏洋は長い間、自分の胸に顔をうずめる真緒を見ていた。「心は変わっていない」。そう思うと、目に入る自分の胸も、いつの間にか気にならなくなっていた。
 突然、真緒が胸から頭を離した。顔を上げて敏洋を見上げる。その表情はいまだ絶頂の興奮がさめやらぬ様子だが、それでもいくらかは落ちついてきた様に敏洋には見えた。
 一心に見つめてくる真緒がなんだか恥ずかしくなり、敏洋は横を向いた。真緒は、敏洋の横顔を観察するように見つめていた。
 やがて、真緒は敏洋から離れた。パンティーをはき、ブラジャーを着け直し、捲り上がっていた修道服を下ろす。修道服に出来た皺を丁寧に伸ばす。
 それから敏洋の方を向くと、笑顔で言った。
「敏洋さん。服を脱いでください」
「何だ急に……」
「気づいていないかも知れませんが、敏洋さん、顔が真っ赤です」
 真緒に指摘されて、敏洋は自分の体がほてっていることに気が付いた。真緒に女としての快感を与える事に夢中になっていたために、自分の体の欲情まで気が回らなかったのだ。
 さっき真緒が俺の顔をずっと見ていたのは、俺の欲情の色が出た表情を観察していたのか。そう考えると、敏洋は自分の顔がますますほてってゆくのを感じた。
「すみません。わたし一人だけが気持ちよくなってしまいました。
 ――だから、今度はわたしが敏洋さんを気持ちよくする番です」
「いや……それは……」
「遠慮なんてしなくて良いんですよ。これはお礼なんですから。今度は、敏洋さんに気持ちよくなって欲しいんです」
 敏洋は申し出を断ろうとした。女を犯すのはいいが、女から犯されるなんて冗談じゃない。それも女として犯されるのだ。
 それに、この騒動はもう終わったのだ。淫欲は真緒との行為で得た。後はジャコマをたたき起こして、俺を男に戻させるだけだ。この程度の淫欲で、ジャコマが満足するとは到底思わない。だがジャコマの性格から見て、不平不満をたらたら並べながらも約束は守るだろう。それですべては終結する。
 敏洋はそう考えた。
 だが、その事を言い出せなかった。
 敏洋は、先ほど嫌らしい事をした時に見せた、真緒の表情が忘れられなかった。普段の真緒からは考えられないような、快楽に酔った顔。それが男の体では味わえない、女の体の気持ちよさから来ているということは、敏洋にも理解できた。
(女の快感というのは、そんなに良いものなのか?)
 敏洋の頭に、女の快楽への魅惑が渦巻いていた。
 二度と淫魔になる気はない。となれば、女の体である今を逃したら二度と味わえない快感だ。それに、女の体にされた事でずいぶんと振り回された。その代償として、ちょっとくらい女の体の快感を味わっても、ばちは当たらないだろう。
 何も女のすべてを知ろうってわけじゃない。真緒は俺に胸を揉まれて、あんなに気持ち良さそうにしていた。その気持ちが知りたいだけだ。ほんの少し、胸を触られると言うのはどういう感覚なのか知りたいだけだ。その程度ならば許されるだろう。それ以上進むと、戻れない様な気もするし。
 考えを終えた敏洋は、黙って真緒の方を向いた。
 小さく頷いてから、真緒に向かって胸を突き出す。それから両手をボンデージの胸のカップに当てる。カップの中に両手の指を差し込むと、一気にカップを外す。肌着を付けておらず素肌の上にボンデージを着ている為に、胸が勢い良く飛び出した。敏洋は、大きな胸が揺れるのを感じた。
 カップを下ろし、胸全体を出す。胸を掬っていたカップの支えが無くなったので胸に重みがかかる。胸に空気が触れる感覚がする。
 敏洋は自分の胸元を見た。
 そこには、巨大な裸の胸があった。その大きさにもかかわらず、垂れることもなく前に突き出し、乳首は上向きに乗っている。
 ジャコマが裸になった時に見せた、あの巨胸より大きいかもしれない。どうりでボンデージの胸の部分がきつかったはずだ。ボンデージとはこういう物だと思って我慢していたが、どうやらジャコマの胸よりも大きい事は間違いないらしい。
(男を魅惑する魔物だけの事はある)
 敏洋はそう感じた。
 胸だけを取ってもこれほどの魅力的なのだ。この体の容姿すべてを使いこなせば、どんな男だろうと理性を抑えきれず、すべてを忘れて虜になる事だろう。敏洋も男だから、そんな男の気持ちが心から理解できた。妖艶でありながら、同時に美しささえも兼ね備えた理想の身体。まさに人間の男の精を集めるためだけに作り上げられた淫魔の身体だった。
(これが、今の俺の身体なんだ……)
 敏洋も心は男だ。この体を見て欲情しないはずはない。それでもこうして冷静に見ていられるのは、ひとつはこの身体が自分の身体であると言うこと。もうひとつはジャコマに襲われて、大した抵抗も出来ないままにこんな体にされたと言う屈辱の経験。それらが敏洋の心を欲情の魅惑から醒めさせていた。
「敏洋さんの胸……すごいです」
 真緒が、興奮気味に顔を赤らめながら言った。その視線は、明らかに敏洋の胸にあこがれている目だった。
「大きいとは思っていましたが、それだけじゃなく、形も色も綺麗です……」
 敏洋は思わず、両腕で胸を隠しそうになる。そんな自分の行動に気が付いて、彼は慌てて腕を戻した。
 男が胸を隠すと言うのもおかしな話だ。たとえ体は女でも、心は男のままでいたい。だから敏洋は、あえて胸をさらけ出し続けた。
 真緒はひたすら、敏洋の胸を見ていた。その視線は、男のくせにこんな立派な胸を持っている事への軽蔑でもなく、男の精を集める為だけに造られた、嫌らしい魔物の体に対する嫌悪でもなかった。ひたすら純粋に、理想の容姿を持つ者への羨望のまなざしだった。
 真緒だけではない。多くの女性が、この体を見ればきっとあこがれるだろう。
 敏洋はそう確信した。
 仮の姿とは言え、自分の容姿を心からうらやましがられるのは快かった。
 先ほどまで忌み嫌って見もしなかった自分の胸や身体。だが敏洋は、わずかだが自分の今の体を認め始めていた。


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