へんてこな帽子

作:Sato




「いい物があるんだが、乗らないか?」

 涼から誘いを受けた久彦はノータイムでその話に飛びついた。

 久彦にとっては久しぶりに訪れる涼の「研究所」。外見上はただの一軒家にしか見えないこの建物の中には、現在の科学の最先端といえる設備が所狭しと押し込まれている。

「相変わらずスゲーな、ここは。また増えたんじゃないか?」

 久彦がそんな感想を漏らすと、涼は一瞬ふっとにやけた。

「ああ。この前作った装置の特許が取れてな。その実入りで買ったのさ。あれと、それからあれもだな」

 涼の指差す方向に、なるほど、久彦の知らない装置が鎮座していた。どれもこれも、科学には疎い久彦には何の役に立つものか、サッパリ分からない。

「ふうん。で、いい物って何だよ?」

 そのため、どうしてもそんなリアクションにしかならない。しかし、涼にとってはそんな科学オンチな友人の存在は貴重だった。自分の研究を奪われる心配はない上、一般人の視点でもって自分の研究を評価してくれるからだ。そのため、涼自身は久彦のそんな反応に何の不快も感じることはなかった。

「まあ、そう慌てるなよ。こっちだ」

 涼は階段を降りていく。ここは一階なので、つまりは地下室ということになる。そこは涼にとって最もシークレットな研究室だ。

 肉親にすら立ち入らせないそこに、久彦だけが出入りを許されている。その事実を涼は語らないものの、普段の涼を見ている久彦はそれを何となくではあるが察していた。

「さ、入れよ。すぐに見せてやるから」

 涼は久彦を誘うと、自ら研究室の中に入っていく。久彦もそれに続いて地下研究室に入った。

「うお・・・相変わらずいかついな。秘密基地さながらだよな」

「うん、まあな。こいつなどは下手な大学の設備などは及びもつかないものだからな。さ、こっちへきてくれ」

 涼は部屋の最奥へと更に進んでいった。そこにはまるで手術室を思わせるベッドが置かれていたが、そこには何も置かれてはいないように久彦には見えた。そこで涼は一体何を久彦に見せようというのか。

「どれだ?いい物って?どこにもそんなのは見えないけど」

「ん。実はこれなんだ」

 思いもかけないところ――ベッドの脇にあった机の上から涼がひょいと拾い上げたもの、それは――

「帽子?にしか見えないけど・・・」

 久彦の見たところ、それは何の変哲もない帽子に見えた。飾り気もなく、少なくとも商品として耐えうるものだとは思えない。要するにこれは市販の帽子を加工したものではなく、涼の手作りであろうことが予想された。当然、それがただの帽子であろうはずがない。

「まあそうだな。これが帽子であるのは間違いない。頭に被るものであるのも確かだ。が、それによって副次的な結果が生じるんだけどもな」

「副次的な結果?要するに被ったら何かが起こるということだな。で、一体何が起きるってんだよ?」

「相変わらずせっかちだな。今から説明してやるからよく聞いててくれよ。使い方を間違えたら少し面倒なことになるからな」

 そう聞かされると、久彦としてもちょっと腰が引かざるを得ない。何せ、涼が「少し」なんていう場合には必ずといっていいほど少しではないからだ。この前などは危うくもとの世界に戻れなく――いや、長くなるのでここでは割愛させていただく。とにかく、その帽子が便利なものであるがゆえに慎重な扱いが必要なのだろう、久彦はそう受け取った。

「さて、これは見た目どおり帽子だ。もちろん、頭に被ることでその役を果たす。が、その役というのが通常の帽子とは違う」

「そうだろな。そうでなきゃ意味がない」

 涼は帽子を手に取りながらそんな説明を始めた。久彦も改めてその帽子に注目する。なるほど、こうして見るとただの帽子ではない。デザインなどはそれほど変わったものではないが、それを構成している物質――つまりは材質に妙な違和感を覚えるのだ。

「うーんと、見た感じじゃ、風合いが不思議なんだよな。それって何でできてるんだ?」

「ああ、そこがミソなのさ。実はこれは人間の体のある部分を使って作ったものだ」

「へっ!?に、人間の体だって?ど、どういうことだよ?」

 久彦は軽い悪寒に体を震わせながら涼にそう聞き返した。普段の涼のマッドぶりを鑑みるに、あながちそれは冗談とも取れなかったのだ。

「いや、言い方が悪かった。もちろん、人体を解剖して作ったわけでもなんでもなく、DNA工学によって培養された"皮"を使用しているんだ」

「な、何だってそんなものを・・・?それにはもちろん意味があるんだろうな?」

「無論だ。これはだな――」

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・

 翌日。久彦は図書館にいた。本来は読書とは無縁の久彦がどうしてこんな場所にいるのか。それは涼が開発した例の"帽子"に関連がある。

「どれ、適当な奴はいないもんか・・・ふーむ、なかなかいないもんだな・・・」

 久彦は適当な本を取ってくると前が見渡せる窓際の席に腰を落ち着け、キョロキョロと辺りを探り始めた。ズボンの後ろのポケットには例の帽子が押し込められている。久彦が探しているのはもちろん、この帽子を使用する相手だ。

「ふーむ、適当なのがいないなあ。文学少女ってのもそそると思いきや、あまりにオタク系が多いってのはな・・・」

 久彦の慎重な品定めの中、彼の眼鏡に適う女性がようやく姿を現した。

 年の頃は二十代に入ったかどうか。身長があるためか、すらりとした印象が強いその女性は、久彦が注目する中、久彦の左斜め前方の席に座り、おもむろに本を拡げて読み始めた。

 後ろ姿でしかないが、これはかなりの上物に違いない、そう確信した久彦は、彼女にこの帽子を使う機会を覗い始めた。

 初対面の女性にこの妙な帽子を被せる――一見不可能犯罪にも見えるこの行動に、久彦は多少の楽観を持って臨んでいた。

 要は多少強引でもこの帽子を被せてしまえばよいのだ。そうしてしまいさえすれば、後は成り行きでどうにでもなる。久彦はそんな風に考えていた。

 そんな熱視線の中、女性は本を読み続けている。久彦は彼女に注目しながらも、他のめぼしい女性のチェックを怠らない。が、結局のところ、彼女以上の女性は出現しなかった。

 二十分ほどして彼女が立ち上がった。出口方面に向かうのを見定めてから、久彦は彼女の後をつけ始めた。距離を置いて、自然な動きで久彦はついていく。ここら辺の技術は、涼の実験の度に久彦の中で強化されていったものだ。

 図書館から出て、地上階へ直通のエレベーターに乗った彼女を見届けた久彦は、さり気ない動きで同じエレベーターに乗り込む。幸いなことにケージ内には久彦とその女性しかいない。

 もちろん、女性は久彦に一定の警戒感を覗わせている。しかし、久彦はこのチャンスを逃すつもりはなかった。もちろん、勝算はあった。つまりあの帽子を被せてしまいさえすれば――

「っ!!?」

 間もなく地上階に到着するタイミングで、女性がふっと自分の手元に目を落とした瞬間、久彦は電光の速さで行動を起こした。

 女性が反応する前に、久彦は彼女の頭に"帽子"を乗せてしまった。一瞬の抵抗を見せ、その帽子を払い落とそうとする動きを見せた彼女だったが、その動きは突然に停止してしまった。

 久彦にしても、涼に説明こそ受けていたものの、実際にこの"帽子"を使用するのは初めてであったので、一体どうなるのか、どれほどの時間で「効果」が現れるのか、好奇の目で女性の様子を見届けていた。

「う、ううう・・・」

 うつろな目を出口方面に向けている彼女は、エレベーターが地上階に到着して扉が開いても、何の反応も見せない。

 全身が脱力しているのか、手はだらりとさ下がり、腰の辺りで添えられている。口は軽く開き、息をしているのかどうかさえも怪しいものだ。

 幸いなことに、新たに乗り込んでくるような人はいないようだ。久彦はエレベーターの扉を開いたまま、しばらくの間様子を覗っていた。

「う、ううう・・・」

 苦しみの声をあげていた女性が、痙攣のように全身をびくっと震わせたかと思うと、唐突にその動きの全てを停止した。

「な、何だ・・・?こ、ここはどこだ・・・?」

 きょろきょろと左右を見回す女性。その瞳には先ほどまでの混乱の色はなく、理知的な光を放っている。

「ん?久彦じゃないか。どうしてこんなところに?」

「り、涼なのか?」

「もちろんそうだが・・・ははぁ、なるほど。例の物を使ったわけだな。つまりは俺は俺であって俺ではないと」

 自ら涼と名乗った女性は、その口調までもが男のようなもの、もっというと涼のように変化してしまっていた。しかし、それでいて声は女性のもの。

「ほ、本当に成功したんだ。と、とにかくここから出ようぜ」

「ん?ああ。まずは現状把握からだな。しかし、この体、妙に色々な匂いをつけているな。趣味がいいとは思えん」

 ぶつくさといいながら、久彦の後についてエレベーターから降りる涼。足に履いているヒールに馴染めないのか、よろけながら歩いている。その様も先ほど図書館にいたときとは別人の動きに見える。まるで生まれて初めてヒールを履いた女子中学生のようだ。

「ところで、どこへ行くんだ?」

「ん?もちろん俺の部屋さ。ホテルだと金が掛かるしな」

 もちろん、本来であれば初対面の女性を自室に連れ込むような真似は久彦だってしない。しかし、今の彼女の中には涼の精神が込められていた。細かいことをいえば、涼の記憶が彼女の脳に上書きされているようなのだが、久彦にとっての結果は同じことだ。彼女は涼の行動規範に則って行動する、ということだから。

 一緒にバスに乗り込んだ二人は、最後部の長椅子に隣り合わせに座った。

「ところでさ、その人の名前って何てんだ?」

「ん?ふむ。あった、財布だな。こいつの中に何か身分証が入ってるはずだ。名前は田代冬香、二十歳の短大生だな。住所は城留町五番地――」

「わ、分かったよ。それぐらいでいいよ。そうか、冬香さんか。かわいげのある名前の割には色気ムンムンだよなあ」

「ふむ。まあそうかな。だが、この香水はいただけないぞ。どれだけの体臭があるかは知らんが、これではあまりにもきつい。女性の生態に俺が馴染んでないだけかも知らんが、頭がくらくらするぞ」

「そうか?俺にはいい匂いに思えるけど。本人の方が匂いに一番近いところにいるから、それでかもな」

 などという会話をしつつ、バスは目的の停留所へと到着した。先に降りた久彦に続いて涼な冬香も降りる。

「しかしお前、こういう場合は女性のバス代までお前が持つべきなんじゃないのか?俺がお前の立場だったらそうするだろうがな」

「そ、そりゃ気付かなかった。けどいいじゃんか、お前の財布を痛めるわけじゃなし。さあ、こっちだ」

 たしなめられつつも、マイペースで歩き始める久彦に、冬香は肩をすくめた後、後を追い始めた。

「なあ、せっかくだから、腕を組んだりしないか?何かずっと前後になって歩いているだけだと味気ないしさあ」

 久彦の申し出に、苦笑しつつも冬香は従って、自分の細腕を久彦の腕に絡ませた。

「わっ、ひ、ヒジにムネが当たってるぞ・・・!す、すげえ。一回でいいからこんなのやってみたかったんだよな!恩にきるぜ、涼」

「礼には及ばんさ。ただ、お前の知り合いに見られたら少し面倒なことになるやもしれんぞ。傍から見ればお前が女を連れ込んでいるようにしか見えないからな」

「いや、それは全然問題ない。俺に彼女がいるわけでもないんだから。逆に箔がついていいってなもんだ」

「ふうん。そんなものか。ん?ここか」

 自室の前に辿り着いた久彦は早速鍵を開けて中へ入る。

「ん?やけに片付いているじゃないか。いつもこんなものなのか?いや、そんなはずはないな」

「ご名答。今日に備えて片付けたのさ。一応、女性を部屋に招くんだからな。最低限の礼儀さ」

 久彦は冬香を従えてリビングに導いていく。2DKの割と贅沢な造りの部屋。涼は割と裕福な育ちなのかもしれない。久彦はそのリビングへと冬香を導いていく。

「じゃ、そこに座ってよ。まずは色々と聞いてみたいこともあるし」

「ふむ。じゃあ遠慮なく」

 無造作に腰を下ろす冬香。ジーンズなので特に問題はないが、これでスカートだったら中が見えてしまうかも知れない動きだが、久彦にはそれが冬香の中身が涼である証のように思えて、むしろ興奮を覚えるのだった。

「で?聞いてみたいこととは?」

「まあ、いろいろあるんだけど。まず、その帽子だけど今脱いだらどうなるんだ?」

「なるほど。説明していなかったか。こいつは被った人間の脳を変質させ、俺のものに上書きしてしまうという性質を持つ。その効力はあくまでも帽子を被っている間だけ有効だ。つまり、帽子を脱ぐと彼女の記憶がよみがえり、彼女は彼女として目を覚ますことになる。その際、気を失うかもしれないし、そうでないかもしれん。そればかりは彼女の精神力と天秤なのでな、やってみないと分からない」

「ふーん、なるほど。その帽子には触れない方が無難だってことだな。で、女になった気分はどうなんだ?」

 そういわれた冬香は自分の体を見下ろし、再び久彦の方に向き直った。

「ふむ。この胸が膨らんでいる感覚というのは女性独特のものだな。そのためか重心が随分上にあるように感じる。これがまた非常に歩きにくい。髪の長さもまた面倒なことだな。ここまであると空気抵抗を感じる。どうして女は動きを犠牲にしたがるんだかよく分からん」

「そりゃ、元々が活動的にできていないからだろ?女はそれでいのさ」

「それはそれとして。こうして女性を部屋に連れ込んで、お前は何をしようというんだ?」

「その前に、その帽子の効力って時間制限とかあるのか?それによっては急がなきゃならないし」

「それはない。帽子が脱げない限り、この脳の変質は保持される。たとえ俺が寝たり気絶したりしたとしても、彼女の意識が表に出てくることはない。何せ、今のこの体の脳は俺の脳と同じものになっているのだからな」

「ってことは、その帽子を脱がせない限り、彼女の意識は死んだままだってことか。何か恐ろしい気がしてくるな・・・」

「死とかいうからそう思えるんだろ。むしろここは眠ったままという表現の方が正しい。帽子を外しさえすれば彼女は目覚めるんだから。それにだ、一生帽子を被ったままで生活などできると思うか?」

「そっか、風呂だってあるし、帽子を被ってたら入れない場所だっていっぱいあるよな。まあ、今日はことが済んだら帽子は脱いでもらう気ではいるけど・・・ん?それはそうと、帽子を脱いだら涼の記憶は彼女の脳から削除されるんだよな。そうなったら今のお前はどうなるんだ?」

「それは彼女から見れば消滅したことになるだろうな。俺の方から見れば・・・どうなるのだろうな。それこそ死んだと同じ状態かもしれん。しかし、本質的には彼女の内面が俺のものに変質しているだけのことで、表面上、眠った、死んだといっているだけの話だ。どちらの意識にせよ、それはこの女の個性といえるのだからな」

 難しい話だが、久彦は本人がそういうのであれば問題ない、という風に解釈した。ここは変なことは気にせず、今目の前にある現実を楽しまなくては損だ、そんな風に考えることにする。そう決心すると、久彦は一気に大胆になった。

「そうか。なら遠慮はいらないってわけだな。おっと、もう一つ確認しとくけど、今起きてることって、その人が元に戻った時には記憶されているものなのか?もしそうだったら、今はともかく、元に戻ったらえらいことになるんじゃないのか。この部屋の場所もしっかりと記憶されているだろうし、俺の名前だってきっと分かってしまうだろ?それだったら警察や何かに駆け込まれたら一発じゃないか」

「いや、その心配はない。俺が表に出ている間の記憶は、帽子を脱いで俺の情報が削除される際に、一緒に消滅してしまう。お前が懸念しているようなことはないさ」

「よし!じゃあ遠慮なしにいけるな。じゃあまず、キスしていいか?」

「お、おいおい、唐突だな。何の脈絡もなくいきなりかよ・・・まあいい。俺も女の体で様々な体験をしてみたい気分はあるからな。ではそれらしく目を閉じるから、お前の方からよろしく頼む」

 そういうと、冬香は言葉どおり目を閉じ、久彦の方に顔を向けた。久彦はその光景にドギマギしながらも、おずおずと己の唇を冬香のそれに近づけていく。

 「柔らかい――」それが唇が触れた瞬間における久彦の最初の感想だった。次いで彼女の体温が唇を通じて久彦にも伝わってきた。

 お互いに感触を確かめた後、意外にも冬香の方から舌を伸ばし始めた。それは冬香の肉体の持つ本能によるものなのであろうか、あるいは涼が気を利かせたものか、いずれにせよ、思わぬ攻撃に、久彦は一歩腰が引けてしまった。見事に主導権を握られた格好だ。

「ん・・・ふ・・・」

 知らず、お互いの肩に手が伸び、二人は強く抱き合う格好となった。冬香の形のいいバストが久彦の胸板に押し付けられてつぶされる。そしてその反動は、久彦に心地よい女性の柔らかさとして伝えられる。

 女性経験の乏しい久彦は冬香の舌と胸の二段攻撃に、もはやKO寸前にまで追い込まれていた。

 一方の冬香は落ち着いたものだ。冬香が経験豊富なのかもしれないが、理知的な涼が主導権を握っていることで、普段以上に落ち着き払っている。久彦を掌の上で転がしてやろうとする余裕さえ覗われた。

「・・・ぶはっ・・・す、すごい・・・これが本当のキスの味なんだな・・・」

「・・・本当かどうかは判然としないがな。まあ概ねこんなものだろう。俺も女としての初めてのキス、楽しませてもらった」

 久彦もそうかそうか、と頷いたものの、彼自身はキスは初めてというわけではない。涼の様々な研究開発品のモニターをするうち、少なからぬ女性の唇を奪っている。

 その感覚でいうと、先ほどのキスの味は若干物足りない部分もあった。それは恐らく今の冬香が生まれついての女性ではないということに起因しているのだろう。キスとは本来、愛情表現の一つなのだから、愛など介在していない二人のキスが熱を帯びるはずもない。

 しかし、二人は今、違った種類の興奮に包まれていた。涼は生まれて初めての女性の体の感覚を味わっており、久彦は見知らぬ女性を自分の範疇に取り込むことができているのであるから。

「それで、次はどうするんだ?」

「そりゃお前、キスをしたら次は前戯に決まってるだろ?そのおっきな胸で俺のをしてくれたりとかさ」

 一瞬、嫌悪を覗かせた冬香だったが、すぐにいつもの冷静な表情に戻った。

「ふむ。まあそれも一興か。ではお互いに脱ぐのだな」




「・・・ん?りょ、涼の奴が・・・いない?」

 ひとしきり「こと」を終えた久彦はいつの間にやら眠りに落ちてしまっていた。

 目を覚ました久彦の横にはそこにいるはずの冬香の姿はなく、久彦一人になってしまっていた。

「い、いつの間に抜け出したんだ・・・あ、こいつは・・・?」

 テーブルの上に何やら紙がおいてあることに気が付いた久彦は、起き上がるとそれを手に取った。どうやら冬香が書き残していたものらしい。久彦はそれをさっと一読した。

『この女の携帯が再三鳴ったので、あまり長居はできそうもない。ひとまず引き上げる』

「そうか。あまり長い時間拘束しておくと、あの女は行方不明みたいな扱いになっちまうものな・・・」

 ひとつ気になることがある。久彦は服装を整えると、すぐに部屋を飛び出し、あるところに向かった。そこはもちろん――涼の研究所だった。

「で?どうなったんだ?」

「ん?ああ、あの帽子の話か。もちろん、こちらに預けに来たぞ。そら、そこにあるだろ?必要なデータはその中から採らせてもらった。なかなか面白いことをしたようだな。彼女、足元が覚束なかったぞ」

「おかげさんで楽しませてもらったよ。で、『彼女』とは何か話したのか?」

「ああ。大体のあらましを聞かせてもらった。さすが久彦だな。俺の期待に見事に応えてくれるよ。機会があればまたよろしく頼む」

「こんなことだったらいつでもやらせてもらうって。じゃあまたな」

 涼に向かって軽く手を上げると、久彦は研究所をあとにした。結局、彼が聞こうと思っていた、彼女が元に戻る時にもう一人の涼はどうなったのか、が聞けなかったのが心残りではあったが。

「まあいいか。いずれにせよ、あいつ自身のことだからな。俺が気にしても始まらないか!」

 切り替えの早い久彦であった。

 その頃――

「さて、このデータを使って・・・ふふふ、これは楽しみだな・・・」

 研究所の地下室。両の目が妖しく光る。今度は何を作ってくれるのだろうか。まだまだ久彦の楽しみは尽きそうもない。


おわり



あとがき

皮モノといいつつ、皮を題材にした憑依物を書いてみました。
皮を被るとその中身までも変質する――皮モノの定番パターンです。
で、今回は頭の部分を変質させることで、憑依的な要素を持たせました。
相変わらずひねくれてますが、楽しんでいただければ幸いです。


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