「皮女」が無事回収されたその日の夜…。

「キキィーッ!!」

けたたましい音を立てて、一台の車がバーの裏口に止まる。
中から出てきたのは先程の黒いスーツの男だった。

男は車の中からアタッシュケースを軽々と持ち上げると階段を足早に駆け下りていく。



(後日談)作 あさぎり




「ただいま戻りました。」
「おう、大変だったな。届け終わったか?」

重苦しい扉を開けて中に入るとそこには中年位の小太りの男が一人、テーブルに足を放り投げたまま椅子に寄りかかった姿勢でこちらを振り返る。

「はい、引取りの時に少々手間取りましたが…」
少し緊張した面持ちで男はアタッシュケースにその場に置くと、ソファーに腰をうずめながら答える。

「フン、まぁいい。需要は腐る程ある…少し位待たした所で文句など出るかよ。」
「それもそうですね」

「………………。」
ピリピリと沈黙の空気が辺りを漂う。
それは小太りの中年男から出る風体に似合わぬ威圧感が齎すものであった。

「…しかしお頭の演技はいつもながら大したもんですね。四十過ぎのおっさんが、『だって、私自身はもう百年以上この世に存在しているんですから。』…って、女言葉で言うんですから。しかも皮女を被って…ある意味変態ですよね。」

沈黙を破る様に黒いスーツの男は苦笑しながら煙草に火をつける。

「フン、こうした方が話が早いと思ってな。それにウソは付いてないぜ。俺が被っていた皮女だって意識は無いがちゃんと『生き』てるし、約束通りあの女には永遠の若さと美貌は与えてやったんだからな。その後の事までは責任はもてんよ。」

「お頭」と呼ばれた中年男は、
少々寂しくなった頭をかきながら照れくさそうに答える。

「…にしても『永遠の若さと美貌』ってのは、そんなに魅力的なモンですかねぇ?」

「はっ…つまりそれだけ人間が欲深いって事だよ。お前もよく覚えているが良い。あらゆる欲の中でもっとも強力なのは、『失いたくない。』と言う気持ちだ。特に手にしているものが二度と得がたい物であればある程、失いたくないものさ。…それがたとえどうしようも無いものでもな。」

「はぁ。」

「おっと!こうしているうちにも続々と注文が舞い込んでくるぜ。俺とお前が着ていた皮女だけじゃ足りないと思っていた所に丁度、あの娘が迷い込んで来てくれて大助かりだ。」

「お頭」は大きく膨れ上がった腹に手を組んだまま満足げな表情を浮かべる。

「まったく…どうやって見つけてくんだか?問い合わせだけでもここん所うなぎのぼりですからね。」

「そんだけ人の欲望には限りが無いって事さ。まぁ、新しい『商品』が手に入ったから当分はこれでしのげるな。」

「お頭…」
「…何だ、急に神妙な顔をして?言いたい事があるなら話してみろ」

「はぁ…前から聞こうと思っていたんですが他の皮女は全員意識を無くした着ぐるみ状態なのに、何で彼女の意識だけ残したんですか?。」

吸い終えた煙草を灰皿に押し付けると黒いスーツの男は問い掛けた。

「ふむ。何故、意識を残したか…か」
「ええ………………。」
再び重苦しい空気がその場を流れる。

しばらくその沈黙を愉しむ様に黙り込んでいた
「お頭」と呼ばれる男は一言つぶやいた。

「…何となく、面白そうだったからな。」

「…………!?」
呆然と言葉を失う黒いスーツの男を尻目にその中年男は、クローゼットの中から「皮女」とチャイナドレスを取り出したのだった。


[後日談 完 ]


 

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