「フンフンフンフン~フンフンフンフン♪フンフンフンフン、フン♪フフン♪。」

あれから二週間が過ぎた。
その間中、男はアタシの皮をかぶり続け、飽きる事無く「女」を満喫していた。

最初はやはりおっかないらしく、ビクビクと周りを気にして落ち着かない様子であったが、自分の正体が全くバレないとなるとその行為は行動範囲と共に段々とエスカレートしていった。

デパートの下着売り場、銭湯、女子トイレ、女子更衣室はもちろん、挙句の果てにエステサロン、会員制のプールに、コスプレ会場。

あげくは見ず知らずの会社や病院に忍び込み、更衣室から制服を盗みだすとそこの女子社員に成りすまして勝手に仕事まで始める始末だ。

「んふっ、んふっ…グフフ」
男は伸びっぱなしの髭をさすりながらその場に脱ぎ捨てたアタシに向かって、独り言の様にブツブツとつぶやき始めた。

「さーて、今日は何をして遊ぼっかなー。レズごっこも気持ち良いけど何か物足りないし、コスプレも飽きたし、女の裸は見飽きたし~よし!いっその事、痴漢いや痴女でもしてみよっかな?
この姿なら何やったって怪しまれないもんな。」

「でもな~全然バレないっうのも刺激が無くてイマイチだし、うぅ、悩むぅ~。って、そうだ!ナンパでもされてみようか!。入れられるって感触ってのも一生に一度位は味わっておきたいしね。
そうと決まれば…グフフッ。」



(後編)作、あさぎり



どうやら考えがまとまったのかニヤニヤとイヤラシイ薄笑いを浮かべながら男は小汚いデイバックにアタシを詰め込むとアパートを後にした。

「ザワザワザワザワ…ガヤガヤ」
「ピィイイイイ…ワイワイ」

しばらくすると人の声や車の音、そしてBGMが騒がしいほど聞こえてくる。
どうやら男の足取りは駅の方へ向かっているらしかった。

駅前には夏を前にして大勢の人であふれ返っているらしく、デイバックの中にいても雑音と熱気が漂ってくる。

「はあ、ふぅ…はぁ~」
照りつける日差しと人々の熱気に鼻息を荒くしながら男はその波をかき分ける様に駅ビルの中のトイレに向かって歩いていく。

そして誰もいなくなったのを見計らって女子トイレに忍び込むと開いている便座に腰を掛け、急いで鍵を閉めた。

「そう言えばナンパされるのは良いんだけど俺、女の子の服もってないんだよね。まぁ、無いんならまた現地調達って事で・・・グフッ。」

男は不気味な笑い声と共にひとり言をつぶやいた。



「コツコツコッコッ…」
しばらくするとハイヒール独特のカカトを鳴らす音が近づいて来る。

「コッコッ…パタン、カチャ」
やがてその音は隣の便座に入ると鍵を閉めた。

「んふっ、作戦開始♪…グフフ。」
その音を待ち望んでいた様に男は小声でつぶやくと着ていた服を脱げ捨て、デイバックの中からアタシを取り出すと体を潜り込ませて来た。

「…ジャゴアアァァァァ~」

「………………カチャ…」

この二週間でコツを掴んだらしく、スムーズに着替えを終えた男は、隣の女性が出てきたのを見計らってドアを開けた。

そして、洗面所で身だしなみを整えている女性に全裸のアタシの身体で近ずくと、持ってきていたガラス製の灰皿で後頭部を思い切っきりぶん殴った。

「うっ?!…う~ん…」
不意を付かれ無抵抗のまま殴られた女性は小さくうめき声を上げると、その場に倒れこんだまま気を失ってしまった。

「ん、作戦成功☆さすがは僕だね。さて…それじゃ服借りまーす。グフフ♪」
男はそう言って気を失った女性を個室までズルズルと引きずっていくと様式便座の上に座らせ、着ている物を脱がせ始めた。

「えーと、まずは…っと」
ワンピースから下着まで全て剥ぎ取り、嬉々として身に付け始める男。
しかし彼女の服や下着のサイズは私のサイズより小さいらしく、身につけると必要以上に身体の線を露出している。

無理やり押し込まれた胸元は、服の上からはみ出て、スカートは膝上20センチまでずり上がり、ほとんど丸見え状態。
これじゃ、まるっきり商売女みたい…恥かしい。

「ウフン、完成。グフフフフフ~♪」
やがて男は身に付けた服の感触を楽しむ様に手のひらで身体中をイヤらしく撫でまわすと気を失ったままの全裸の女性を残して、もってきたデイバックと共に個室を後にした。

(うっ…!?)
女子トイレを出る途中、ふと鏡に写る満足げな自分の顔を見てアタシはぞっとした。…その表情はまるで変態男そのものだったからだ。



十分後…。

先程の女性の服を着込んだアタシの身体(男)は男を誘惑するように、只でさえ短いスカートにワザと下着が見える姿勢でガードレールに腰掛けると声を掛けてくるナンパ男達を物色していた。

「うーん、何だかなぁー。先刻から変な奴しか声掛けてこないよ。全くあんな顔でナンパしてくんなよ…もっとも、こんだけ可愛いから仕方ないよね。罪な奴だよ。グフフ」

頬に手を沿え、満足感に浸りながら、つぶやくアタシの身体(男)。

そんな事を考えながらしばらくすると一人の男が近ずいてくる。
見覚えのあるその姿はアタシをこの男に手渡した黒いスーツの男だった。

「あっ!、もしかして今日が返却期限だっけ?マズイ…逃げちゃおーッと!!」
突然、アタシの身体(男)は逆の方向に走り出した。

「!!」
その態度に気付いた黒いスーツの男も一気に距離を詰める。

「ハァ、ハァ…ハァ……」
「……………。」

必死に逃げるが所詮は男と女。
体力の差は歴然で、アタシの身体はすぐに捕まりそうになる。

と、その時…。



「助けてっ!あの人ずっとアタシの事追いかけてくるんです。」
アタシの身体(男)はまるで本物の女性の様な仕草で壁際にたむろしていたナンパ男の一人の腕にしがみつくとブルブルと小刻みに震え始めた。

「んんっ、何だテメェは!!ストーカーか?、退治してやるよ。」
ナンパ男は黒いスーツの男の襟首を掴むとこう言い放った。

すると騒ぎを聞きつけた仲間らしき連中もゾロゾロと黒いスーツの男の周りを囲む様に集まってくる。
その数は10人以上…。

「」
「何、コイツやっちえばイイの?」
「」
「ゲラゲラゲラゲラ~♪」
ナンパ男達の仲間は


「フー。」
黒いスーツの男が小さくため息をついた。
次の瞬間…。



顔の形が変わるまで殴られたナンパ男と無残にも路上に転がるその仲間達。
ほとんどがまともにしゃべる事が出来ずに苦悶混じりに身を捩っている。

「…………………。」
黒いスーツの男は呼吸一つ乱れる事無く振り返ると、アタシの身体(男)の方に近ずいてくる。…まるで獲物を捕らえた鷹の様な視線。

「えっ、あっ…ちょっと…冗談です~みたいな。あは。」
アタシの身体(男)は二、三歩後ずさりすると射すくめられた様にヘナヘナとその場にへたり込んだ。


「お客様、ご冗談が過ぎますね。それでは約束どうり回収させていただきますよ。」

更に近付いてくる黒いスーツの男。
口調こそ柔らかいがその目は鋭さを増す。

「…やだよぉ!まだやりたい事の半分も済んでないんだからぁ!」
だだっ子の様に涙を浮かべながら肩を震わせ抵抗するアタシの体(男)。
その仕草はヒステリックになった女性そのもので普通の男だったら思わずひるんでしまう所だろう。…だが


「期限ですので…」
黒いスーツの男は冷たく言い放つとアタシの身体(男)を起き上げらせ、腹にパンチを見舞う。

「うっ…うぐっ!!」
(うっ!?)
短いうめき声を上げ、その場にうずくまるアタシの身体(男)。
と同時にアタシ自身にも激しい痛みが伝わってくる。

「…………………。」
そしてその前に立ちはだかると手馴れた様子で着ていた服を脱がし、髪の毛を掻き分けると首筋のファスナーに手を掛ける。

「ジィィィィィィッッッツ!」
軽快な音を立てファスナーを下ろすと中から全裸のままの男の首根っこをつかんだまま引きずり出した。

「痛い!痛い!やめて下さい。反抗しませんから離してください!」
男は涙目になりながら必死に懇願している。

そんな二人の様子をアタシは空っぽになった身体で見つめていた。

「それではご利用、誠に有難うございました。」
黒いスーツの男はつかんでいた首から手を離すと男をじっと睨んだまま、口元だけを緩めこう言い放った。

「うっ…ううっ…ヒック」
男は恐怖の為、声が出せずに頭だけを上下に振りながら答える。
どうやら完全にビビっているみたい。

「フン…」
その様子を満足げに確かめると黒いスーツの男は路上に転がったアタシを持っていたアタッシュケースに詰め込むと、振り向きもせず車に乗り込み、携帯電話でどこかに連絡を取り始めた。


「ええ…はい。回収完了しました。はい、分かりました。これから向かいます。」



車は市街地を抜け、高速に入ると一路、関西方面に進路を取った。

「♪Sugar baby love Sugar baby love lalalalalala~♪」
心地良いBGMと振動が車内を包む。

「ええと、次の依頼人は…と。それにしても馬鹿な女だぜ。永遠の若さと美貌の為とは言え、自分の中身を捨てちまうなんてな。それじゃ~いくら意識が残ってても死んでいるのと同じじゃねぇか。…もっとも、そのおかげで俺達は稼がせてもらえるんだがな…ハハハ」

黒いスーツの男は独り言の様につぶやくと更にアクセルを踏み込んだ。




そうだ…アタシは「皮女」


永遠の命と美貌と引き換えに自らの全てを捨てた


「中身の無い見てくれだけの女」














「次は誰がアタシの
中身になるのかしら…?」


[
皮女 完]

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