「先輩。突然ですけど私、今月一杯で会社退職するんです。」
「えっ、そうなの!?また随分と急な話なのね。」

「はい…実は営業の北島さんとの間に子供が出来ちゃって…。それで今のうちから準備しないとマズイかなぁ~って、えへへ。」

「そう…おめでとう。」
突然の後輩の告白に自分の耳を疑った。

確かに最近、彼とはすれ違いの事が多かったけれど、まさかこの娘と付き合って…しかも子供まで出来ていたなんて…。



そしてその日の昼休み、
アタシは彼を屋上に呼び出すと事の仔細を問い詰めた。

「ねぇ、一体どう言うつもりなのよ!
アタシ達付き合っていたんじゃないの。ねぇってば!!」

「…ほら、俺達って最近すれ違いばっかりだっただろ?オマエの部署が代わってから会う時間が減っちまったし、たまの休みの日だって「身体休めたい」とか言って俺の誘いずっと断ってたじゃないか。」

「だって、それは…」

「俺だって男だからさ、オマエに相手されなくて悶々としてる時に他の娘に言い寄られたら押さえが聞かなくなっちまってさ。ましてあの時は酒もだいぶ入ってたし…」

「だからって…」

「もういいじゃんか。結局…何て言うの若い誘惑って奴に負けちまったと言う奴だよ。

「………………」

「それに弁解する訳じゃないけど一回だけだよ。あの娘とは…それがさ…こんな事に」

「言い訳なんか聞きたくないわ!最低っ!!」
アタシは彼の頬に手形が付く程のビンタを浴びせると屋上を後にした。



校正版(中編)
作あさぎり


「チクショウ……」

ホントは悔しかった。
自分の魅力が段々失っていくのが分かっていたから…。

だからって……。

普段は飲みもしないお酒を浴びるほど飲んだアタシは、夜の街を当てもなくフラフラと彷徨っていた。

「…あれ、ここは!?」
どこをどう歩いたのか分からないが、気が付くとアタシは一軒のバーのカウンターに突っ伏していた。

寝ぼけ眼で周りを見回すと中華風の極彩色に彩られた店内は何処と無く妖しげな雰囲気をかもし出し、生温かい空気はまるで身体にまとわり付く様だ。

それに中にいる人間もどこか怪しげな感じがする。

「それでは美しいお嬢さん。話の続きですが…」

真紅のチャイナドレスに身を包んだ二十代前半位の女性は、外見に似合わない落ち着いた口調で話し掛けてきた。

「えっ、ええ!?」

「つまり貴女は『健康の為なら死んでも良い。』…こう、おっしゃるわけですね。」
「ええ、永遠の若さと美貌を得る為なら何も惜しくは無いわ。」

お酒の勢いもあったのだろうかアタシは女性の目を睨み付けるとこう答えた。
…そうだ、先刻までアタシこの人と話してたんだっけ。

「成る程、分かりました。では、貴女の望みを叶えるとしましょう…ついていらっしゃい。」

口元をわずかに緩め、凍りつきそうな視線のまま、チャイナドレスの女性はそう言って席を立つとスタスタと店の奥に向かう。

「ちっ…ちょっと、待ってよ!」
アタシもあわてて後をついて行く。
彼女の案内するその先に「何か」を期待しながら…。



しばらくして店の奥に招かれたアタシはそこで思いも寄らない話を聞く事になった。

「貴女には『皮女』(ピーニゥイ)になっていただくわ。…そうすれば永遠にその若さと美貌を失う事は無いのですから」

「えっ…ピ、皮女って!?」
あまりに突拍子の無い話にアタシは思わず聞き返した。

「ああ…そうね。説明するわ。つまり皮女ってのは文字通り身体の中身を捨てて、皮だけになった女性の事よ。」

「『皮だけ』って…それで、生きていられるんですか?第一、中身が無くなったらアタシ死んじゃうんじゃないんですか?」

頭の中を「?」が飛び交う。
すでに酔いは完全に覚め切っていた。

「大丈夫…と言っても信用しないわよね。いいわ、見て御覧なさい。」

そう言うと女性はおもむろに背中を向けると手入れの行き届いた
腰までの黒髪をかき上げる。…するとうなじの辺りに小さな突起物が生えていた。

「??…これが何か?」

「フフ、つまり私自身が『皮女』って事よ。だって私はもう百年以上この世に存在しているんですから。」

「!?って事は中身はどうなってるんですか?…それにその若さは一体!?」
「フフッ…当然、気になるわよねぇ~焦らないで今、説明してあげるわ。」

イタズラっぽく笑みを浮かべたチャイナドレスの女性は壁際に立っているもう一人の女性を呼び寄せると着ていた服を脱がせ背中を向かせる。

「ほら、御覧なさい。この娘にも付いているでしょう。…で、中身はね。」

そう言って背中のファスナーを下ろすとそこには明らかに肌の色の違う身体が収まっていた。

「これって…もしかして?」

「そう。中に入っているのは別人よ。つまり『皮女』って言うのは中に入っている人間を媒体にして若さと美貌を保っている人間の事なのよ。」

「………………。」
アタシは言葉を失った。
目の前の光景が分からない。いや、正確には理解できなかった。

しかし…。

アタシはチャイナドレスの女性の肩を掴むと夢中で前後にゆすり始めた。
まるで捜し求めていた宝物を見つけた様な興奮が身体中を駆け巡っていた。



「その代わり一つだけ条件があります。『我々の仕事に協力していただく事。』…これだけです。」

「いいわ。貴女の条件飲みます。」
「それでは…」

妖艶な笑みを浮かばせながらチャイナドレスの女性は、アタシをベッドに寝かせると白く細い指先で優しく瞼(まぶた)を下ろした。



アタシは見返したかった。

アタシから彼を奪った後輩に…。

アタシより彼女を選んだあの人に…。

何よりこれ以上「若さ」を失う自分自身が許せなかった。
その為には何をしても後悔は無かった。


そして……。


[中編  完]

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