「お父さん、いってらっしゃい」
「ああ、行って来るよ」
「あなた、気をつけてね」
「ああ、大丈夫だ。行って来るよ」
「ええ」

日差しがまぶしい朝、福岡 泰三(ふくおか たいぞう)は家族に見送られ玄関を出た。日焼けした大きな身体に、紺色のブレザーが窮屈そうに見える。
もう若いとは言えない三十八歳。だが、身長百九十七センチ、体重九十八キロという体型がその年齢を思わせない。
それは太っているのではなく、全て筋肉だから。
その顔つきも怖いが、ツルツルに剃った頭が、彼の雰囲気を更に怖いものにしている。でも、見かけによらずその性格は優しく、家族想いな良いお父さんなのであった。

そんな彼の職業はSPだ。
今回は、とある大企業の会社を経営している社長の一人娘を警護するらしい。
その一人娘というのは、今年二十歳になったばかり。
大学へ行くわけでもなく、就職しているわけでもない。
今、彼女はその恵まれたスタイルを十二分にアピールできる「レースクイーン」としてサーキット場に立っているのだ。
社長としては、大事な一人娘をそんな場所でバイトさせるわけにはいかない。
ましてや大企業の娘がレースクイーンをしているなどと噂になった日には、会社経営に影響を及ぼすかもしれない。
しかし、愛する娘に嫌われたくないという理由で黙認していた。


その娘がレースクイーンのバイトを始めて一ヶ月ほどしたある日。
今度の土曜日、初めてメインのレースクイーンとしてサーキット場に立つと娘から聞いた社長。
「そうか」という言葉しか掛けられなかった社長の家に不審な電話が入る。

『お前の娘を誘拐する。次の土曜日が楽しみだ。
警察に電話したら、娘の命は即……ヒヒヒヒヒ……


そんなっ!
土曜日はメインのレースクイーンとしてサーキット場に立つ日だと娘が言っていたじゃないか!
私の娘を――私の娘を守ってくれ、そしてこの電話を掛けてきた犯人を捕まえてくれ!

それが社長からの依頼だった――




これも俺の仕事なのか2(^^;

絵:あさぎりさん
作:Tira




「依頼内容は分かってるだろうな」
「はい」
「今日から四日間、彼女の警護を頼むぞ」
「分かりました。任せてくださいリーダー」

泰三はSPのチームリーダーから大方の話を聞くと、早速社長の一人娘である「広河 優子(ひろかわ ゆうこ)」に会いに行った。
優子には、不審な電話が何度か社長に届いていることを話している。
彼女自身、かなり不安に思った様でSPを付ける事に反対しなかったようだ。
SPに警護してもらうことで、家の外に出てもよいと言う父親の言葉も影響しているらしい。


社長の家の近くにある喫茶店で初めてであった二人。


「広河優子さんですね」
「は、はい。エ、エスピーの方ですか?」
「そうです。名前は言えませんが、コードネームはTです。Tと読んでください」
「てぃ?そ、それじゃTさんでいいですか?」
「それで結構です」
「は、はい――

ごつい顔に筋肉質のおっさんを見て圧倒されている優子。
泰三はネクタイを緩めると、最近彼女の身の回りに起きている出来事を分かる範囲で話してもらった。

「特に思い当たることはないんですけど――
「普段は何を?」
「バイトしている以外の時間は、友達と遊びに行ったり家にいたり――です」
「友達といざこざがあったことは?」
「無いです」
「バイト先では?」
「レースクイーンの友達とも上手く付き合っていると思うんですけど。ただ――
「ただ?」
「一週間ほど前からカメラ小僧がかなりしつこく追いかけてくるようになりました」
「カメラ小僧って?」
「あ、すいません。私達レースクイーンの周りに集まって写真を撮る人たちのことです。全員男性なんです」
「へぇ~。そんな事されて恥ずかしくないのかい?」
「最初は恥ずかしかったけど、その内それが気持ちよくなって。見られている快感っていうんですか?私、あんな風に思ったのは初めてで。それでずっとこのバイトをしようと思ったんです。でも、あまりにしつこいカメラ小僧がいると、ちょっと嫌になりますよ」
「直接カメラ小僧達と話したことは?」
「無いです。私はただカメラのレンズに向かって手を振っているだけ。でも今度の土曜日はメインのレースクイーンとして立つので、色々話をするかもしれません」
「なるほどな――

泰三は、そのカメラ小僧の中に犯人がいるのだと確信していた。
犯人がどうやったのかは分からないが、きっと金を使って優子の情報を得て、家の電話番号を手に入れたのだろう。

「優子さん。言いにくいことですが、あなたは土曜日、サーキット場に行かない方がいい」
「えっ――で、でも」
「いたずら電話かどうかは分からないが、もし本当なら最悪の事態になる可能性も否定できないから」
「そ、そのために――Tさんが守ってくれるんじゃないんですか?」
「もちろんそのつもりだが、もしものことを考えると……
「私、絶対にメインのレースクイーンとしてサーキット場に立ちたいとは思っていないんです。ただ、他のレースクイーンの友達やドライバー、チームの人たちに迷惑が掛かるのが嫌なんです」
…………

大学や就職に就かず、レースクイーンなんてバイトをしているからきっとまともな女の子じゃないと思っていた泰三だが、こうやって話を聞いていると同世代の子よりも真面目で良い子に感じる。

「だから、土曜日は出たいんです」
……しかし……

泰三は迷った。
彼女の言うことはよく分かる。
しかし、彼女をそのまま表舞台に出してしまうと、何が起こるか分からない。


数名のSPで警護するか――


「よし、分かりました。じゃあこうしよう。数名のSPであなたを警護します。もちろんそれだけ費用は発生しますが」
「あの――それじゃあ私の周りにTさんのような方が取り囲むってことですか?」
「まあ、そういうことになりますが」
「そ、それはちょっと――

そういう彼女の気持ちは、分からないでもなかった。
彼女は、図体のごつい泰三が何人も現れて、自分の周りを取り囲んでいる様子を想像しているらしい。しかし、泰三がSPの中ではもっとも迫力のある顔と体型をしていることは言うまでもない。

「あの、Tさん。それよりも聞きたい事があるんですけど」
「はい?」
「昨日、Tさんじゃない数人のSPの人が家に来て――たしか、リーダーだと言っていましたが、その人が私の身体の『型』を取らせて欲しいと言ったんです。ちょうどお父さんもいたんですけど、その人の言うとおりにしなさいって。私、恥ずかしかったですけど、リーダーという人が連れて来た数人の女性の前で裸になって型を取ってもらいました。あれって一体どうするんですか?」
…………

泰三の脳裏に、嫌な記憶が蘇る。
まさかリーダー、また俺を――

「そ、それは――まだ分からないが、あとでリーダーに聞いておきましょう。とりあえず話はここまでにして、家まで送ります」
「は、はい――




優子を社長の家まで送った泰三は、急いでリーダーのいるビルに向かった。


「おお、戻ってきたか」
「リーダー。聞きたい事があります」
「俺もお前に話しておきたいことがあったんだ」
「昨日、広河優子の『型』を取ったそうですね。それは一体どういう――
「本人から聞いたのか?別に隠すつもりはなかったんだが、明後日に出来上がるようだ」
「まさか、前のように――
「そう。これで彼女に害が及ぶことはないだろう。お前はしっかりと犯人を捕まえるんだ。分かったな」
「じゃ、じゃあ――やっぱり」
「そういうことだ。完成したらお前に手渡すから、それまで彼女の警護を頼むぞ」
「それよりも、SPの人数を増やせば――
「お前も分かっているだろう。今は例の国際会議のために余分な人手は割けないのだ。だからと言って今回の依頼を断るわけにはいかない。お前が頼りなんだぞ」
「あっ!、いい事を考えましたよリーダー。私が今、国際会議の出席者に配置されているSPと代わります。それなら問題ないでしょう」
「福岡――お前、そんなに彼女のSPをするのが嫌なのか?」
「リーダー、そういう問題じゃありません。私はあの奇妙な――
「着心地が良かっただろう?」
「だ、だから――
「これは命令だ。分かっているだろう」
「し、しかし――
「本当にお前はうらやましいヤツだ。ある意味、これからのSPのトレンドを引っ張っていくのだからな」
「ト、トレンドではない様な気が――
「まあいい。兎に角頼んだぞ」
…………

どうして俺が――いや、俺ばかり。
泰三はそう思いながら肩を落とし、リーダーの前から去っていった。








――
そして次の日。



ピンポーン


依頼主である社長の家のインターホンが鳴らされた。
お手伝いさんが家の中からモニターに映し出されてた映像を見ると、そこには私服姿の優子が映っていた。

「あら、お嬢様」
「鍵を開けてくれない?」
「は、はい」

いつもなら何も言わずに入ってくる優子なのに。
鍵を何処かに落としたのだろうか?
そんな事を思いながら玄関扉の鍵を開けたお手伝いさん。

「お嬢様、鍵を無くされたんですか?いつもなら何も言わずに入って来られるのに」
「あっ……ううん、そうじゃないの。ちょっとね」
「そ、そうですか――

優子は靴を脱ぐと、二階にある自分の部屋へと階段を上っていった。
そして、コンコンと自分の部屋の扉をノックする。

「はい」

扉の向こうからは、何故か優子の声が聞こえた。
その声を確認した優子が、ゆっくりと扉を開く。

「なっ!?う、うそっ。わ、私??」

開いた扉から入ってきた優子を見て、言葉を失った優子。
目の前に自分が立っている。
買ったことのない服を着て、こちらを見つめてくるのだ。




「驚きましたか?」

扉を閉め、優子の前に歩いてきたもう一人の優子。

「ほ、ほんとに――Tさんなの?」
「ええ。何処から見ても優子さんにしか見えないでしょう」
「信じられない――こんな事って――
「これがあなたの身体の情報を元に作られた『皮』なんですよ」
「で、でもっ!Tさんの身体はもっと大きくて――
「それが、この皮を着るとどんな大きな身体でもすっぽりと入ってしまうんですよ。
だから私の身体もこうやって優子さんの身体にあわせて小さくなっているんです」
「す、すごい――。声までそっくりだわ」

驚いた表情で、優子の皮を被った泰三の周りを回る優子。
本当に信じられないが、もう一人自分がいるとしか思えない。

「私がこの皮を被って、優子さんの代わりのサーキット場に行くんです。この姿なら
絶対にバレる事はないでしょう。優子さんに成りすまし、犯人を捕らえます」
「その姿なら、絶対にばれないわ。ほんとにすごい……。一体どうやってそんな『皮』を作るんですか?」
「それは私にも分かりませんよ。リーダーが勝手に調達してくるんですから」
「そ、そうなんですか。それにしても――ほんとに私が二人いるみたい」

優子は驚いた表情を隠さず、じっと優子の皮を被った泰三を見つめていた。
ちょっと恥ずかしくなった泰三が話題を切り替える。

「それじゃあサーキット場にいる人たちの写真や名前など、必要な情報を教えてください」
「あ、はい。写真はプリクラや携帯で撮った画像しかないですけどいいですか?」
「ええ。はっきりと顔が分かればそれで結構です」

泰三は、まるで双子のように優子の話を聞き、頭の中にインプットしていった――







――
そして土曜日のサーキット場。


泰三は優子の皮を着たまま更衣室に入った。

「誰もいないのか」

人気の無い事にホッとした泰三は、優子から借りた鍵でロッカーの扉を開き、Tシャツとジーンズを脱いで中にしまった。
下着姿になった泰三が、代わりにレースクイーンの衣装を手に取る。

――うう。やっぱり俺がこれを着なければならないのか」

全体がピンクで、襟の部分が白いノースリーブのトップ。
胸の部分が白いアクセントになっている。
おへそが丸見えだ。
そして、同じくピンク色のマイクロスカート。

「仕方ないな……

顔を赤くしながらも、ブラジャーを外した。
優子の程よい大きさの柔らかな乳房が目の前に現れる。

「そ、そうか。ニップルってやつをつけなければならないんだったな」

持ってきたニップルを乳首に貼り付ける。
それが何となく気持ちよくて、思わずゾクゾクしてしまった。

「うう。人が来ないうちにさっさと着替えるか」

そう言うと、トップを頭と腕に通して着込んだ。
胸が強調されてとてもセクシー。
その後、黒いパンティストッキングを足に通し、マイクロスカートを穿く。さらに、首と手首にピンクのリストをはめ、耳には大きなイヤリングを付けた。

「俺がこんなチャラチャラした服を着るとは――子供に見られたら何ていわれるか。トホホ」

嘆いている泰三だが、更衣室の壁際にある姿見を見て、どきりとした。優子のレースクイーン姿が映っている。
それは、自分でもビックリするくらい綺麗だった。

「これが……俺なのか」

思わずそんな言葉を口にした泰三。
黒いパンストに包まれたほっそりとした長い足。
歩きづらそうな白いハイヒールが、より足を長く見せているようだ。
そしてくびれたウェストに強調された胸。
何より、その衣装に映えているのは優子の顔だった。
レースクイーンの衣装を着るだけで、優子の美しさが更に磨かれるような気がする。

泰三は、姿見にゆっくりと近づき、その容姿をじっと眺めた。

……こんな姿なら、確かにカメラ小僧は黙っていないだろうな」

そんな事を呟いた泰三だが、ガチャッという音に我に返った。
扉から誰かが入ってきたのだ。




「あ、優子。もう来てたの?」

そう声を掛けてきたのは、先輩の河西志津子だった。

「あっ。は、はい。河西さん」
「今日は晴れ舞台なんだから頑張ってよっ!」
「は、はい」

優子に教わったとおりの対応をした泰三は、志津子から逃げるように更衣室を出て行こうとした。

「あら、優子?」
「はい?」
「後ろ、何か付いてるわよ」
「えっ?」
「ほら」

志津子が泰三の後ろに立つと、うなじのところに手を持ってきた。

「何これ?」
「へっ?……って、まさかっ!」

泰三は慌てて志津子から離れた。

「な、何でもないです。すいません、私は先にサーキット場に行ってますから」
「えっ……ええ」

うなじに手を当てながら、走って更衣室を出た。

「ふぅ。あぶないあぶない」

いつの間にか、『皮』のファスナーが見えていたようだ。
誰も見ていないことを確認しながらファスナーを隠した泰三は、サーキット場へと向かった――




「ねえねえ優子ちゃん。こっち向いてよ」
「俺の方を向いてくれよっ」
「今度は俺の方。ねっ!ほら、もっと笑ってよ」

泰三の周りには、カメラ小僧が群れをなしていた。

(何だよこいつら。くそっ、そんなに下から撮ったらスカートの中が見えるじゃないか)

そう思いつつも、笑顔を絶やさない。

(レースクイーンってのは大変な仕事だな――

セクシーなポーズをとったり、投げキッスをしたり。
自分でも信じられないような行為がいとも簡単に出来てしまうのは、この場の雰囲気と優子と言う女性になっているからなのかもしれない。
優子が『見られる快感』だと言っていた事が、泰三にも分かったような気がする。

「それじゃあ一度休憩しようか。優子ちゃん、下がっていいよ」
「あ、はい」
「ええ~っ!もうちょっと撮らせてよ。ねえ優子ちゃん」
「ごめんね。また後で」

泰三は優子の顔で笑顔を作ると、一旦その場から離れた。

その後ろに付いて来るカメラ小僧が一人。


(どうやらコイツが犯人のようだな)

背中に突き刺さるような視線を感じながら、
泰三はわざと人気の無いコクピットの裏に歩いていった。

「ねえ、優子ちゃん」
「えっ?」
「悪いけど、僕に付いて来てもらうよ」

泰三が振り向くと、ちょうどカメラ小僧がお腹に向けてパンチを繰り出そうとしているところだった。もちろん、泰三がそんなパンチを交わせないわけが無い。

「ふんっ!」
「うぎっ!」

ひらりとカメラ小僧をかわした泰三。
体勢を崩したカメラ小僧のうなじに、空手チョップを食らわせると、カメラ小僧はそのまま地面に倒れて気絶してしまった。

……まあ、大したことの無いヤツだったな。でも、彼女だったら本当に拉致されていたかもしれないか」

情けない格好で気を失っているカメラ小僧を見ながら、
泰三は警察に通報した――





「さすがですな。ありがとうございます」

社長の家。
優子の皮を脱いだ泰三が、自分の姿で社長と優子を相手に話しているところだった。


「いや、私は任務を遂行しただけですから」
「でも、本当に私を狙っていたんですね」
「まあそうですね。大した犯人じゃなかったですが」
「それはTさんだったからじゃないですか。私だったらどうなっていたことか」
「まあ――確かにそれは言えますが」

そんな話をしばらく続け、社長の家を後にした泰三。
去り行く背中に優子の特別な視線を感じていた泰三だが、何も気づかないフリをして歩いてゆく。



とりあえず一件落着したのだが、泰三の心にはモヤモヤしたものがあった。
どうして俺ばかりこんな役を。
そう思う反面、レースクイーンの優子になった自分の姿が目に焼きついて離れない。
男なら誰だって付き合いたいと思うほどの美貌。
そんな女性に自分が変身したという事実。
他人に成りすまして警護するのは、ある意味一番安全なのかもしれない。
しかも、むさ苦しい男になるわけではない。

「まあ――これで警護がスムーズに行くのなら」

そんな事を考えていた泰三であった――



これも俺の仕事なのか2(^^……おわり

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