体内「侵」入2
体内「侵」入

作:リイエ



 ドカッ!!
「うぅっ・・・・、いたい・・・」
 口の中に急に血の味が広がる。
「え・・・・?」
 衝撃の方向に目をやると、明らかに「怒」という表情が読み取れる学生服を着た少女がいた。
 事態を把握できない僕に構わず、さらに頭上から蹴りが振ってくる。

 ガッ!ドン、ブォン!ドン!!
 女性の蹴りとはいえ連続で食らうと、それなりに痛い。
 そうだ・・・、僕は瞬間的に気を失ってしまっていたのだろうか・・・?
 ようやく頭がはっきりした僕は顔を上げ、彼女へ視線を向けた。

「なんなのよ!!その目は!!まさかあたしに反抗する気?」
 そういうと、また僕の顔めがけて蹴りを入れ始めた。
 それに反応するように、僕は顔を両手で隠しじっと亀の様に縮こまっていた。
 それが気にくわなかったのか、少女の蹴りはエスカレートする。
「あー、気持ち悪い気持ち悪い!!!あんたもあいつらと一緒!!私のことをなんとも思っちゃいない!!」

 ヒステリックに叫びながら誰もいない屋上での、叫びは赤かった夕日が、黒に染まるまで続いた。

「・・・・・?」
 どれくらい時間がたっただろうか、気付くと僕は少女に膝枕をされているみたいだ。
 少女は泣きそうな顔で、僕に謝っている。
「ごめんね、ごめんね・・・・」
 それを見て僕は彼女の頬に手をやり、できう限り優しい顔で彼女に微笑みかける。
「気にしなくて良いよ。
 君の気がこれで晴れれば僕は十分さ、もう気分は大丈夫かい?」

 彼女は僕の一言がきっかけで、目にためていた涙をあふれさせて僕に抱きついた。
「うわっと・・・っと、うん・・・・うん、大丈夫だよ」
 彼女を抱きしめ返し優しく頭をなでる。
「すー・・・・」
 落ち着きを取り戻した彼女は眠ってしまったらしい、彼女を背負った僕は家に送るため学校を後にした。

 彼女がこうなってしまったのには、ある3人の少女のことを話さないといけない。
 その3人の少女と彼女はとても仲のいい友人関係だった。
 きっかけはわからないが、彼女はリーダー格の女の子と仲たがいをしてしまったらしい。
 おそらく好きな俳優の食い違いとか理由は些細なものだったんだろう。
 彼女は次の日謝って、また仲良くしようと思ったに違いない。
 しかしそれはかなうことはなかった・・・・

 次の日、彼女が行くとその喧嘩をしていない仲良くしていた女の子たちも彼女のことを無視し始めた。
 彼女は「なんで、どうして」と聞くが執拗に、だんまりを決め込むか他の人と話に行ってしまう。
 彼女の運の悪さは、その仲たがいした女の子はクラスでもリーダー格だったことに尽きる。
 
 不協和音は次々と奏でられていく。

 日にちがたつことに、わかりやすくなっていく彼女へのいじめ。
 同じクラスだった僕にももちろん誘いがくる。
 それを断ると、僕もどうやらいじめの標的に加わったみたいだった。
 
 いじめ自体は単純明快。
 机を廊下に出されていたり、上履きがなくなっていたり、トイレに入ったら急にクラスメートに脅されたりと。
 それもこれも陰湿・・・しかしくだらないものだった。
 僕自体はなんとも思わなかったが、彼女の精神は徐々に追い詰められていった。
 この時点で自分は大丈夫だから、彼女も大丈夫だという考えをしていた僕の浅はかさを恨んだ。
 彼女はとても弱い人物だったのだ、ガラスの様にもろく繊細だった心が崩壊するのは遅くはなかった。

「じゃあご飯食べようか」
 いつもと同じく彼女とお昼を屋上で食べようとしたら、急に彼女は僕に暴力を振るい始めた。
 いきなりで面を食らった僕は、そのまま倒れこんでしまった。
「ゲッ、げほっ・・・、急にどうしたの・・・?薫ちゃん?」
 彼女はどこかうつろな目だけど、確実にわかる敵意でこちらを見ていた。
 その顔をみて彼女の心は崩壊してしまったんだなと、僕は悟った。
「純もあたしを裏切るんでしょ!!!こうやって一緒にご飯を食べたくなんて思ってないくせに!!!」
「そんなこ・・・うわっ」
 僕がいい終わる前に、彼女は自分のおべんとうを投げつける。
 いつも朝早くに起きて、自分で一生懸命作っているそのお弁当を僕の顔に。
 彼女をなだめるために結局お昼後の授業に出ることはなかった。
 それ以降急に何かがきっかけで彼女は壊れだしてしまうようになる・・・
 
 それに気付くのが遅すぎたゆえに僕は、その彼女の行為を甘んじて受けようと思う。
 それが自分への罰だから・・・・

「それじゃあ失礼します」
 僕は彼女の母親に頭を下げ、玄関を出る。
「ねぇ?大丈夫?うちの子を助けるために階段から落ちたんでしょ?もうちょっとゆっくりしてから帰りなさいな」
 ありがたい申し出だけど、僕は首を振りそれを断った。
「これ以上遅くなりますと親が心配しますし、今日はお暇させていただきます、手当ての方本当にありがとうございました」
「え、ねぇちょ・・・」

バタン

「ふぅ・・・」
 僕は星も月も見えない空を見上げる。
 なんとか、彼女を助けられないだろうか・・・
 そのためには、リーダー格の少女を何とか説得しないといけない。
 一度説得を試みたこともあった、しかしそれは少女の怒りに火を注ぐ結果となってしまった。

「あれ?ここ・・・どこ?」
 考えながら歩いていたのか、周りをみるとよくわからない景色になっていた。
 いけない癖だな・・・、治さないようにしないと次は車の前でドカンだったりして・・・
「ははは、それはいやだな」
 誰にでも言うわけでもなく、つぶやく。

「けど・・・、どこかで見たような・・・」
 デジャヴというやつなのか、依然どこかで見たような風景だった。
「んー、けど・・・・・あ!」
 違和感を確認するように道を歩いていると、ふと視線に露天か占いかわからないが道にお店を出している人を見つけた。
 ちょうどいいや、道を聞こう。

 近づくと全身にローブを着たような、小柄な人が座っていた。
 フードを深く被っていて、その人相はわからない・・・
 ちょっと声をかけるのに躊躇したが、他に人もいないので僕は勇気を出して声をかけた。
「あの、すいません、ちょっと○○駅への道に出たいんですが・・・」
「ふぇふぇふぇ・・・」
 老婆のような笑い声をする人だな・・・
「あのぉ・・・・」
 そうすると、老婆は台の上に手袋を出した。
「ええぇと、道を・・・」
「2000円」
「え?」
「2000円」
「これを買ったら教えてくれると・・・」
 うーん、自分で道を探した方がいいかなぁ・・・
 まぁ、背に腹は変えられないか。
「わかりました、わかりました」
 そういって僕は財布から2000円を取り出し、机の上におく。
 2000円を受け取ると、老婆は手袋のほかに2枚の紙をくれた。
 一枚は地図だった、駅までの道のり・・・だと思う。
 もう一枚は良くわからないが、手袋の絵に説明みたいなのが書かれてるっぽい内容だった、説明書?
 とほほ、高い買い物だった・・・、本当に次から気をつけなきゃ・・・
 肩を落としながら僕は手袋と紙を受け取り、そこを後にした。

 ローブを被った店売りは少年を見送りながら、誰に言うのでもなくつぶやいた。
「ふぇ・・・ふぇ・・・ふぇ、今度は自分自身をどうするのかねぇ」

「ん?」
 いまあのお婆さん何か言ったような・・・・
 ベチャッ!
「あー!!!」
 振り向いた瞬間に、手袋と紙を水溜りに落としてしまった。
 幸い逆の手で持っていた地図は大丈夫だったけど・・・
「まったく・・・、今日は踏んだりけったりだよ」
 大きくため息をつきながら、ぬれてしまった手袋と紙を拾った。

「ただいまー」
 ガチャとドアを開け、僕は家に帰ったと示す挨拶をする。
「・・・・・ん?」
 扉を開けたら般若のような顔の母さんがいた。
「母さん、どうしたのそんな顔して?」
 そういうと、母さんは僕の襟首をつかみ持ち上げた。
 相変わらず力あるなぁ・・・、と感心しているうちに僕はリビングまで連れてこられた。
「・・・・ここに正座」
 これは素直に従った方が良いなと思った僕は母さんの前に正座をする。
「今何時だと思ってるの?」
 静かに言っているがこの言い方は母さんがかなり怒っている言い方だ。
 まずったな、こんなに怒るとは・・・それにまだそこまで遅くはないはず。
「えっと・・?何時かな、あはははは・・・すいません」
 笑ってごまかそうとすると、鬼神のごとくにらまれてすごんでしまう・・・
 母さんはため息をつきながら、時計を見せてくれたって11時!?
「え!!!そんな・・・、まだ7時くらい・・・え?あれ?」
 母さんは驚いている僕の様子を見ていると、さらにため息をついた。
「こんな遅くなるなら、電話の一つくらい入れても良いじゃない。
 またあなたはぼーっとなにか考え事でもしてたんでしょ、はぁ・・・・、もう良いわ。
 でもこれだけは覚えていて頂戴、あなたのことはいつも心配しているんだからね」
「うん・・・、ごめんね母さん」
「じゃあ明日も学校でしょ、お風呂に入ってさっさと寝なさい」
「わかった」
 母さんはそういうと寝室へ戻っていった。
 普段なら寝ている時間なのに、僕がこんな時間まで返ってこなかった所為で起きてたのか・・・・
 寝室に行く母さんを見送りながら、心の中でもう一度ごめんなさいと反省した。

 母さんに言われたとおり僕は風呂に入り、2階の自分の部屋へ戻った。
 日課である寝る前の予習をしている時にふと、机の上においていた1枚の紙と手袋が目に入った。
 そういえばこれは結局何なんだろう?
 気になった僕は準備を一時中断し紙を手に取った。
 しかし紙がぬれてよく文字が読み取れない・・・・

「侵・・・・・なんだろ?」
 うーん、かろうじて侵の文字は読み取れたんだけど・・・・
 全体的にぬれて文字が擦れてしまって、まったく読み取れない・
「人・・・・・使用方法?両手で開く・・・・・?
 注意・・・・、別・・・?んー、よくわからないなぁ
 あー、それよりも勉強勉強っと」
 文字が読めなくなった紙を再び僕は授業の予習をし始めた。
 
 予習しながら机の上においてある手袋をみる・・・
 指の先端部分に鋭い物がついている、何のための機能なのだろうか?
 まさかこれで突き刺すわけでもないだろうしなぁ・・・・
「うーん・・・」
 ぼーっと手袋の使用方法がどんなのかと考えつつ、予習を終えパジャマに着替えた。

 するとドスドスと足音がドアの前に近寄ってくる。
 その音はドアの前までくると止まった。
 続いてコンコンと扉をノックする音が聞こえてくる。
「お兄ちゃん?まだ起きてる?」

「みどりかい?まだ起きてるよ?」 
 僕がそうドアに向かって声をかけると、ドアが開いた。
 開いた先には男の僕が見上げないといけないくらいの巨漢の少女(少女という表現があってるとはいい辛いが・・・)が表れた。
「ごめんね。けどちょっとこんな時間までお兄ちゃんが帰ってこないなんて珍しかったから」
「あぁ、そうだねー。けどもう1時過ぎだぞ、寝なくて大丈夫なのかい?」
「うん、明日は土曜日じゃない、勉強してたら階段を上がってくる音が聞こえたから」
 再びドスドスと足音を鳴らしながら、みどりは僕のベッドに腰をかけた。
「いや、うん7時くらいだと思ったんだけどさぁ」
「はは・・・、お兄ちゃんらしいね」
 ケタケタとみどりは笑った。
「あっそうそう、今日さこんなものを買わされちゃったんだよ」
「え?またなんか変なのにでも引っかかったの?」
 みどりはあきれた様子で、僕の方を見た。
 僕はあわてて首を振る。
「違うよ!いや違・・・・・くはないかな、なんか道に迷っちゃってさ。
 露天売りの人に道を聞いたら買ったら教えてくれるみたいな感じだったから」
「ははは・・・」
 みどりは笑っているが、乾いた笑いだった。
 完全に呆れられちゃってるな。
「で?どんなのを買わされたの?」

 手袋の使用方法をみどりならわかるかもしれないと思い、手袋を見せることにした。
「これなんだけどさ、どう思う?」
 僕は先ほど買った手袋とその説明書だと思われる紙を妹の前に置いた。
「うーん、この紙ぐしゃぐしゃで読み取れない部分が多いねぇ」
「ははは、水溜りに落としちゃってさ」
 僕はぽりぽりと頭をかきながら、紙が見れない惨状の説明をした。
「まったく、とことんお兄ちゃんらしいよ」
 みどりはクスッと笑い、紙の方を手に取り読み始めた。

 僕はみどりが読んでいる間やることがないため、一人思考の海に流されていた。
 身長が高く肥満体系のみどりは、できの悪い僕とは違って学年トップ、運動神経抜群の秀才である。
 母さんを見てもわかるように、痩せていればスタイル抜群の美人なのにあえてこの体系を維持しているらしい。
 本人いわく「見た目で判断する奴は嫌いだから」だそうなんだけど、わざわざ太る必要がどこにあるのかと僕は思ったりする。
 僕の1000倍くらいは頭が切れるのでいつも困ったことがあると相談する、これじゃあどっちが年上かわからないなといまさらながらに僕は苦笑してしまった。

「ふぅん、なかなか面白いことが書いているわね」
 みどりの声で意識を現実に引き戻された僕は、みどりの方を見る。
 すると、手袋をいじっているみたいだった。
「へぇ、この先端硬いと思ったら柔らかいのね、どうこれが人を裂くのかしら」
 そういいながら楽しそうに手袋をいじる。
「人を・・・・・・・・さく?」
「そう、説明書通りならね」
 みどりの悪い癖が始まったみたいだ。
 ことある毎に、遠まわしにモノをいって僕を困らす。
「それってどういうこと?」
「つまり、人型キグルミ製産機ってところかしら」
「・・・・・はぁ?」
 僕は鼻で笑いながら聞き返してしまった、一体何の冗談なのだろうか。
 冗談だとしても面白くない。
「だーかーら、生きてる人間をキグルミにしてそれを着ることができるらしいの」
 んー、よく言っていることがわからない。
「冗談半分と思って聞き流して良いよ、どうせおもちゃだろうし」
「んー、もうちょっとわかりやすく説明してくれないかな?」
 僕がそういうとみどりはしょうがないわねと言いつつも、説明してくれた。
 実際には顔は滅茶苦茶うれしそうな顔をしていたから、説明したくて仕方なかったんだろうなと苦笑する。

 みどりは僕の前に手袋を持ってきた、そして先端の部分を指差す。
「この手袋、これを両手に装着してこの先端部分を背中に突き刺すらしいの」
「うんうん」
 いきなりおかしい言葉が出たが、一応最後まで突っ込まないでおく。
 前に途中で突っ込んだら、えらい不貞腐れて機嫌直してくれるまで大変だったからなぁ。
「お兄ちゃん聞いてる?」
「え?あぁ、ちゃんと聞いてるよ」
 ボーっとしていたのか、みどりはちゃんと聞いてと頬を膨らませる。
「刺したまま左右に両手をガバーって開くと、背中がパカって開くんだって」
「へぇー、それで?」
「で、その中に入れるらしいのよ、もちろん入るときは全裸の状態じゃないとだめらしいわ」
「おいおい、全裸って」
 僕は苦笑する。
「で、入った人をキグルミを着たように、自由に操れるらしいわ。
 記憶も読み取れるらしいわよ?」
 ここまで言い終わるとみどりは、満足したように満開の笑顔を見せてくれた。
「ふーん、けど眉唾物だな、第一その手袋触ってるけど危なくないのかい?」
 僕がそういうと、みどりはニヤッっと笑ったように手袋を弄ぶ。
「大丈夫よ、きっと紙に書いてる通りの機能なら手で触っていても反応しないわよ。
 手袋をつけた状態でかつ体の上半身の裏面つまり背中ね、そこでしか効能が発揮されないと思うの」
「うぅん、みどりがそういうなら・・・・」

「でさ・・・、お兄ちゃん」
「ん?」
 いつの間にか手袋を弄るのをやめ、僕の方をニヤリとした目で見ていた。
 いやーな、予感がする。
 みどりがよからぬことを思いついて、僕にお願いをしてくる時の目だ。
「お兄ちゃんさっ!・・・あ た し で た め し て み な い ?」
「・・・・・・・はっ?」
 本日二度目の呆け。
 いつもは冷静沈着のみどりなのに、なんでこうおもしろいおもちゃが見つかるとこうなってしまうんだろう。
 僕は頭に手をやり大きくため息をついた。
「本物かどうか、試してみたくない?」
 ワクワクした顔で僕に尋ねてくる。
「うーん試す気が起きないじゃ・・・・だめかな?」
「そうね・・・、しょうがないからそういうことにしといてあげるわ。
 でもお兄ちゃんも試したくて仕方が無いはずよ!!」
 興奮した様子で僕に迫ってくる。
 このまま断ったら僕が実験台にされかねない勢いだ。
「ううん、みどりで試すのは気が進まないなぁ。
 もしかしてさ、断ったりしたら・・・・?」
「お兄ちゃんがやらないなら、あたしがやるわよ?」
 妹の言葉に僕は大きく反応した。
「で?どうするの?本物かどうかなんてあたしにはわからないわよ?
 ふふふ・・・、じゃあももこにで試してみようかなー」
 妹はニヤリと僕の方を見て笑った、ももことは一番下の妹のことだ、1歳差の僕たちと違ってももことは10歳も年が離れている。

 僕はあわててみどりを制した。
「待て待て、それが本物だとは限らないじゃないか。
 ももこはみどりのこと尊敬してんだぞ?いいよ僕がやるよやればいいんだろ?」
 僕がそういうと、みどりは笑みを浮かべた。
「そういってくれると思った、だからお兄ちゃん大好き」
 みどりが僕に抱きついてくる、結構な体格差があるためよろけて、こけてしまった。
「いたたた、降参降参、僕の負けだよ。
 今日はとことん付き合ってやるさ、どうせ偽者だろうけどやるだけやってあげるよ」
「うふふふ、ありがと」
 みどりの言葉にため息をつきつつも、両手を上げ了解の合図をとった。

「じゃあそれを僕に貸して」
「はーい」
 笑顔でみどりは僕に手袋を手渡す。
「けどさ、なんで自分で試そうとしなかったの?
 僕が寝た後に僕に入ったり、ももこに入ったりできたはずでしょ」
 手袋をつけながら僕は、みどりに疑問に思ったことを質問する。
「えー?だって入られる感覚ってお兄ちゃん気にならない?
 それにこうして、お互いの了承を得た状態なら万が一偽者でも笑い話で済むでしょ?」
 確かにそうだ、話の流れ的に忘れていたけど、これが本物であるかなんて到底わかりっこないし。
 むしろ偽物である確立の方がずっと大きいんだった。
「なるほどね、さすがはわが妹といったところか」
「えへへへ」
 笑顔になりながら、みどりは照れていた。
 雑談をしている間に、みどりは上半身の服を脱ぎ終え僕の方も手袋をつけ終え緑の背後に立つ。
 さすがのみどりも緊張しているみたいだった。
「じゃあ、行くよ?」
「うん・・・・」
 僕はみどりの背中に、手袋の先端を突き刺す。
「みどり、刺したけど大丈夫?」
「え?刺しているの?何も感じないよ?」
 少なくともしっかりと刺さっているように見える、そしてさっきまでやわらかかった先端がしっかり硬化している・・・・・
 これはひょっとすると本物なのか?
「よし、じゃあ左右に開くよ」
 意を決して僕は刺した両手を、左右に開いた。
 すると抵抗も無く、手が動いた。
 目の前には背中に穴がぱっかり開いた、みどりがいる。
「え?なになにどうなってるの?お兄ちゃん、どう?開いた?」
「え・・・・あ・・・・え・・・・・・・・」
 え?本当に開いた?
 中は暗くてよくわからないけど空洞になっているみたい?
「お兄ちゃん!!!」
「うわぁ!!なになに?」
 みどりの声で、思考がはっきりとする。
「まったくもう・・・・、背中うまく見れないけど開いたのよね?」
「う・・・・うん、これは・・・・本物なんだ・・・・ね」

 あまりの異様な光景だった。
 昔夏のころに、セミの抜け殻を見たことがあった。
 木に背中がパカッと開いた状態でとまっているあれ。
 みどりは動いてはいるが、そんな光景を見ているようだった。
「で、お兄ちゃん入らないの?」
「え・・・・、で、でも入っていいの?」
「うん、お兄ちゃんならいいよ入っても」
「わかった、じゃあ入ってみるよ。
 何か異常があったら、すぐに言ってね」
「わかってるわよ、お兄ちゃん早く早く」

 僕はみどりにせかされるように、服を脱ぎみどりの中へと侵入し始めた。
 まずは左足から、ゆっくりと入れる。
 入れている感覚がまったく無い、虚無の空間に足を突っ込んでいるような感じだ。
 中にあった臓器とかはどこに消えてしまったのだろうか?
 しかしみどり自身、息もしているし喋ってもいるから臓器はあるんだろうけど・・・
「あっ!あぁぁ!!」
「ど、どうしたみどり!?」
 みどりの裂けている部分に足を入れている途中、みどりが大きく反応した。
「ん・・、お、お兄ちゃんが背中か・・・ら、は、入ってくるのがわかるよ」
 入れたことによってなにか特別な感覚でもするのだろうか・・・・
 左足がぶつかると同時に、何か違った感覚が・・・?
「お、お兄ちゃん・・・・ちょっと左足動かしてみてくんない?」

「ん?わかった」
 みどりに言われるままに左足を動かしてみると。
 みどりの足が動いている、そしてその感覚が僕にも伝わっている。
「ははは、あたし左足の感覚がいままったく無いんだ。
 お兄ちゃんに乗っ取られちゃったみたい」
「みどりぃー・・・」
「よし!お兄ちゃん引き続きお願い」
 右足の方も、裂け目から入れる。
 不思議なことに右足を裂け目に入れようとしてもバランスが崩れない。
 どうしてなんだろか?
「んぅ・・、ふっ・・・はぁ・・・」
「ちょ、みどり本当に大丈夫?」
 時折みどりから小さく声が聞こえる、あきらかに何かを我慢している気がするんだけど。
「んっ・・・・大丈・・・っ夫、さぁさ続きをお兄ちゃん」
 右足も突き当たりに到達する感覚と同時に、みどりの右足になったのがわかる。
 下半身まで入れてしまったので、いつも感じている自分のあそこの部分の感覚もなくなっていることもわかる。
「これでお兄ちゃんも、『女の子』だね」
 みどりも下半身の感覚がなくなったのだろうか、僕にそう声をかけた。

「いやいや、みどり・・・・いや確かにそうなんだけどさ、それをみどりが言うのはどうなのかな」
 苦笑しながら僕はみどりに言った。
「しかしこの状態、端から見たらトラウマになりかねないだろう姿だろうね」
「そうね、あたしの背中からお兄ちゃんが生えてる状態だもんね。
 桃子が見たら泣いて、おしっこ漏らしちゃいそう」
「確かに」
 ふたりでくすくすと笑う。
「さて、次は手を入れるよ」
 そういうと僕は左手と右手を裂け目の中に入れる・・・
 空虚な空間を手が進んでいくと、突き当たった感覚がする。
 それと共にいつもと違った両手の感覚が伝わり始める。
「はははは、すごい・・・・、お兄ちゃんあたし体全然動かせないよ!!」
 興奮した様子で、みどりは僕に言ってくる。
 この状態で怖くは無いんだろうか?
「ねぇ、お兄ちゃん。ちょっと立って歩いてみてよ」
「ん、わかった」
 僕は腰をかけているベッドから立ち上がった。
「おぉ!何もしてないのに体が、立ち上がったわ」
 子供のようにみどりははしゃぐ。
「じゃあお兄ちゃんあ・・・頭をいれて・・・みて?」
「わ、わかった・・・」
 僕は緊張した面持ちで、頭を裂け目にくぐらせる。
 みどりも声から察するにかなり緊張しているようだ。
 裂け目に頭を入れると、体の感覚がまったくわからなくなってしまった。
 どこが上でどこが下か?
 それでも突き当りを目指して、まっすぐ進むと急に視界が晴れた。

「大丈夫?おにいちゃ・・・・・ってえ?」
 声が・・・、僕の声じゃない。
「あー、あー」
 ちょっと違う風に聞こえるけど、たしかにみどりの声だ。
 手を見てみると、みどりのふっくらとした手が自由自在に動いているのがわかる。
「僕はみどりになったのか・・・・・、ってみどりはどうなったんだ?
 え?な、何これ・・・・」
 そう考えると、急に記憶が流れ込んでくる。
 これがみどりの・・・記憶?
 小さいころからの記憶や、感情、思いなどが一気に僕の中に流れてきた。
 そして、それらを僕がうまく扱えるのも本能的に理解できた。
「そうね、あたしはお兄ちゃんに乗っ取られてしまったのね・・・」
 みどりのフリをして、つぶやいてみる。
「ってね!本当にみどりになっちゃったよ」
 みどりの知り合いやたとえ父さんや母さんがみても僕だとは気づかないだろう。
 背中を鏡で見てみると、裂けていた部分はすっかりふさがっていた。
「これって、どうやって出るんだろう?」
 出ようにも、裂け目がふさがってしまっているし・・・・

「出たい・・・・」
 出たい出たい出たい!!!と念じてみてみると急に後ろに引っ張られる感覚がした。
「きゃっ!!!」
「うわっ!!!」
 ドスッという音と共に僕はみどりからはじき出された。
 再びみどりの背中が裂け、どうやらそこから飛び出したみたいだった。
「へ?あれ?お兄ちゃん!?ってきゃあ!!」
「ごめん、ちょっと服着るから向こう向いててくれないかな」
「うん・・・・・」
 全裸の僕を見られてしまい、少し気まずい空気になってしまった。
「ごほん・・・・、でお兄ちゃんどうだった?
 心配して話しかけようと思ったら、いきなりドサッて音が聞こえたから」
「うん、その間みどりになってたみたい・・・」
「じゃあ!!」
 手袋を二人して見つめる。
「本物みたいだね」
「すごいすごい!!もっと色々試してみたいね!!」
「うん、そうしたいけど・・・ふぁ・・・」
 僕は大きなあくびをしてしまった。
 そろそろ眠さが限界に近づいていた。
「そうね、じゃあお兄ちゃん明日もいろいろ実験しましょ!」
「うん・・・・わかったよ・・・はぁ・・・」
 どこからこのテンションは来るのだろうか・・・・・
 いつもなら、こういう風にはならないのに。
 興奮する気持ちもわからなくは無いけどさ・・・
「それじゃあみどり、お休み」
「うん、おやすみなさいー」
 そういうとみどりは僕の部屋のドアを閉めて出て行った。
 スキップするような足音から察するに相当興奮していたんだろうか・・・
「ふぅ・・・・」
 それにしてもこの手袋は一体・・・・?
 異常な物ってことだけはわかる、けど・・・なんであのお婆さんは僕にこれを?
「ふぁ・・・、まぁいいか起きてから考えよう」
 僕は掛け布団をかぶり、眠りに落ちた。

-緑・純の部屋にて-

 私はお兄ちゃんを起こさないように、静かにドアを開けた。
 机の上においてある手袋を手につけ、寝ているお兄ちゃんの背後に立った。
「ふふふ・・・、ごめんねお兄ちゃん♪」
 そして・・・・・・

「本当にお兄ちゃんになっちゃった」
 私はお兄ちゃんの手をグーパーと開いてみた。
 鏡を見ると完璧に、お兄ちゃんである。
 どこをどうみても・・・・

 あの手袋が本物だと思った瞬間から、お兄ちゃんに侵入することを心に決めていた。
 大好きなお兄ちゃんで一日いさせてね。

「さぁ・・・て、今日はどこにでかけようかな」
 お兄ちゃんの記憶から、喋りかたを読み取り喋ってみる。
 本当に今日は楽しい一日になりそうね。

「いってきまーす」
 私はそういうと、玄関から外へ出かけていった。

・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ふぇっふぇっふぇふぇ・・・・、不運になる原因はわかったのぅ」
 楽しそうに家を出て行った純をみて老婆はぼそっと口にした。
 老婆はそういうと、どこかに歩いていってしまった。

 老婆の袖から、ひらひらと紙が一枚落ちてきた

 その紙には緑が解読したような、手袋の説明が書いてあった。
 しかし、最後の部分にこう注意書きが綴ってある。

 『中に入って半日経ちますと、皮に自身が定着してしまいますのでご注意ください』

 緑は果たしてこの注意書きも把握していたのだろうか。
 それとも・・・・・・?


END


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