体内「侵」入1
体内「浸」入


作:リイエ



 ドカッ!!
「ぐっ・・・・」
 口の中に鉄の味が広がる、どうやら口を切ってしまったようだ。
 しかしそれに耐えながらずっと押し黙っていると、さらに頭上から蹴りが振ってくる。

 ガッ!ドン、ブォン!ドン!!
 女性の蹴りとはいえ連続で食らうと、それなりに痛い。
 衝撃がなくなったので、蹴りの方向に目をやると明らかに「怒」という表情が読み取れる学生服を着た少女がいた。

「なんなのよ!!その目は!!まさかあたしに反抗する気?」
 そういうと、また僕の顔めがけて蹴りを入れ始めた。
 それに反応するように、僕は顔を両手で隠しじっと亀の様に縮こまっていた。
 それが気にくわなかったのか、少女の蹴りはエスカレートする。
「あー、気持ち悪い気持ち悪い!!!あんたもあいつらと一緒!!私のことをなんとも思っちゃいない!!」

 ヒステリックに叫びながら誰もいない屋上での、叫びは赤かった夕日が、黒に染まるまで続いた・・・

「・・・・・?」
 どれくらい時間がたっただろうか、気付くと僕は少女に膝枕をされているみたいだ。
 少女は泣きそうな顔で、僕に謝っている。
「ごめんね、ごめんね・・・・」
 それを見て僕は彼女の頬に手をやり、できる限り優しい顔で彼女に微笑みかける。
「気にしなくて良いよ。
 君の気がこれで晴れれば僕は十分さ、もう気分は大丈夫かい?」

「う・・・・うわああああああん」
 彼女は僕の一言がきっかけで、目にためていた涙をあふれさせて僕に抱きついた。
「うわっと・・・っと、うん・・・・うん、大丈夫だよ」
 彼女を抱きしめ返し優しく頭をなでる。
「すー・・・・」
 落ち着きを取り戻した彼女は眠ってしまったらしい、彼女を背負った僕は家に送るため学校を後にした。

 彼女がこうなってしまったのには、ある3人の少女のことを話さないといけない。
 その3人の少女と彼女はとても仲のいい友人関係だった。
 きっかけはわからないが、彼女はリーダー格の女の子と仲たがいをしてしまったらしい。
 おそらく好きな俳優の食い違いとか理由は些細なものだったんだろう。
 彼女は次の日謝って、また仲良くしようと思ったに違いない。
 しかしそれはかなうことはなかった・・・・

 次の日、彼女が行くとその喧嘩をしていない仲良くしていた女の子たちも彼女のことを無視し始めた。
 彼女は「なんで、どうして」と聞くが執拗に、だんまりを決め込むか他の人と話に行ってしまう。
 彼女の運の悪さは、その仲たがいした女の子はクラスでもリーダー格だったことに尽きる。
 
 不協和音は次々と奏でられていく。

 日にちがたつことに、わかりやすくなっていく彼女へのいじめ。
 同じクラスだった僕にももちろん誘いがくる。
 それを断ると、僕もどうやらいじめの標的に加わったみたいだった。
 
 いじめ自体は単純明快。
 机を廊下に出されていたり、上履きがなくなっていたり、トイレに入ったら急にクラスメートに脅されたりと。
 それもこれも陰湿・・・しかしくだらないものだった。
 僕自体はなんとも思わなかったが、彼女の精神は徐々に追い詰められていった。
 この時点で自分は大丈夫だから、彼女も大丈夫だという考えをしていた僕の浅はかさを恨んだ。
 彼女はとても弱い人物だったのだ、ガラスの様にもろく繊細だった心が崩壊するのは遅くはなかった。

「じゃあご飯食べようか」
 いつもと同じく彼女とお昼を屋上で食べようとしたら、急に彼女は僕に暴力を振るい始めた。
 いきなりで面を食らった僕は、そのまま倒れこんでしまった。
「ゲッ、げほっ・・・、急にどうしたの・・・?薫ちゃん?」
 彼女はどこかうつろな目だけど、確実にわかる敵意でこちらを見ていた。
 その顔をみて彼女の心は崩壊してしまったんだなと、僕は悟った。
「純もあたしを裏切るんでしょ!!!こうやって一緒にご飯を食べたくなんて思ってないくせに!!!」
「そんなこ・・・うわっ」
 僕がいい終わる前に、彼女は自分のおべんとうを投げつける。
 いつも朝早くに起きて、自分で一生懸命作っているそのお弁当を僕の顔に。
 彼女をなだめるために結局お昼後の授業に出ることはなかった。
 それ以降急に何かがきっかけで彼女は壊れだしてしまうようになる・・・
 
 それに気付くのが遅すぎたゆえに僕は、その彼女の行為を甘んじて受けようと思う。
 それが自分への罰だから・・・・

「それじゃあ失礼します」
 僕は彼女の母親に頭を下げ、玄関を出る。
「ねぇ?大丈夫?うちの子を助けるために階段から落ちたんでしょ?もうちょっとゆっくりしてから帰りなさいな」
 ありがたい申し出だけど、僕は首を振りそれを断った。
「これ以上遅くなりますと親が心配しますし、今日はお暇させていただきます、手当ての方本当にありがとうございました」
「え、ねぇちょ・・・」

バタン

「ふぅ・・・」
 僕は星も月も見えない空を見上げる。
 なんとか、彼女を助けられないだろうか・・・
 そのためには、リーダー格の少女を何とか説得しないといけない。
 一度説得を試みたこともあった、しかしそれは少女の怒りに火を注ぐ結果となってしまった。

「あれ?ここ・・・どこ?」
 考えながら歩いていたのか、周りをみるとよくわからない景色になっていた。
 いけない癖だな・・・、治さないようにしないと次は車の前でドカンだったりして・・・
「ははは、それはいやだな」
 誰にでも言うわけでもなく、つぶやく。

 ふと、視線に露天か占いかわからないが、道にお店を出している人を見つけた。
 ちょうどいい、道を聞こう。

 近づくと全身にローブを着たような、小柄な人が座っていた。
 フードを深く被っていて、その人相はわからない・・・
 ちょっと声をかけるのに躊躇したが、他に人もいないので僕は勇気を出して声をかけた。
「あの、すいません、ちょっと○○駅への道に出たいんですが・・・」
「ふぇふぇふぇ・・・」
 老婆のような笑い声をする人だな・・・
「あのぉ・・・・」
 そうすると、老婆は台の上に手袋を出した。
「ええぇと、道を・・・」
「3000円」
「え?」
「3000円」
「これを買ったら教えてくれると・・・」
 うーん、自分で道を探した方がいいかなぁ・・・
 まぁ、背に腹は変えられないか。
「わかりました、わかりました」
 そういって僕は財布から3000円を取り出し、机の上におく。
 3000円を受け取ると、老婆は手袋のほかに2枚の紙をくれた。
 一枚は地図だった、駅までの道のり・・・だと思う。
 もう一枚は良くわからないが、手袋の絵に説明みたいなのが書かれてるっぽい内容だった、説明書?
 とほほ、高い買い物だった・・・、本当に次から気をつけなきゃ・・・
 肩を落としながら僕は手袋と紙を受け取り、そこを後にした。


 ローブを被った店売りは少年を見送りながら、誰に言うのでもなくつぶやいた。
「ふぇ・・・ふぇ・・・ふぇ、自分自身を破滅させるべからず」


「ただいまー」
 ガチャとドアを開け、僕は家に帰ったと示す挨拶をする。
「・・・・・ん?」
 扉を開けたら般若のような顔の母さんがいた。
「母さん、どうしたのそんな顔して?」
 そういうと、母さんは僕の襟首をつかみ持ち上げた。
 相変わらず力あるなぁ・・・、と感心しているうちに僕はリビングまで連れてこられた。
「・・・・ここに正座」
 これは素直に従った方が良いなと思った僕は母さんの前に正座をする。
「今何時だと思ってるの?」
 静かに言っているがこの言い方は母さんがかなり怒っている言い方だ、まずったなこんなに怒るとは・・・
 それにまだそこまで遅くはないはず。
「えっと・・?何時かな、あはははは・・・すいません」
 笑ってごまかそうとすると、鬼神のごとくにらまれてすごんでしまう・・・。
 母さんはため息をつきながら、時計を見せてくれたって11時!?
「え!!!そんな・・・、まだ7時くらい・・・え?あれ?」
 母さんは驚いている僕の様子を見ていると、さらにため息をついた。
「こんな遅くなるなら、電話の一つくらい入れても良いじゃない。
 またあなたはぼーっとなにか考え事でもしてたんでしょ、はぁ・・・・、もう良いわ。
 これだけは覚えていて頂戴、あなたのことはいつも心配しているんだからね。
「うん・・・、ごめんね母さん」
「じゃあ明日も学校でしょ、お風呂に入ってさっさと寝なさい」
「わかった」
 母さんはそういうと寝室へ戻っていった。
 普段なら寝ている時間なのに、僕がこんな時間まで返ってこなかった所為で起きてたのか・・・・
 寝室に行く母さんをみな送りながら、心の中でもう一度ごめんなさいと反省した。

 母さんに言われたとおり僕は風呂に入り、2階の自分の部屋へ戻った。
 明日の授業の準備をしている時にふと、机の上においていた1枚の紙と手袋が目に入った。
 そういえばこれは結局何なんだろう?
 気になった僕は準備を一時中断し紙を手に取った。
 紙に書いてある内容はこんな感じだった
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【浸入用手袋】

この手袋を使えばあなたもすぐに別人に!

▼使用方法
@手袋をつけましょう
Aなりたい人物の腹か背中を両手を逆さに合わした形で軽くつきます
Bそのまま両手を開きましょう
C体が開くので、自分の体を入れましょう
(注:入るときは衣服を身につけないでください)
Dこれであなたは別人です

▼注意点
・入るときには手袋を含め、身につけているものをすべてはずして浸入してください、身に着けていると事故の元になります。
・浸入する際に相手が死んでいるか眠っているか起きているかによって入ったときの効能が違いますのでご注意ください。
・死後一時間以内の外傷がない死体のみ入ることができます、それ以外の死体では体を開くことができません。
・この商品を使ったことにより起こる事は一切保障できません。

▼効能について
・死んでいる場合
特に抵抗なく入れます、入った後記憶の混乱もなく入った当人の記憶が読み取れます。
脳死等、意識の戻らない状態の体もここに該当します。
内傷や病気で死亡している場合は入った時点で修復されますのでご安心ください。

・眠っている場合
こちらの場合も抵抗なく浸入することが可能です。
しかし意識として存在しているため、浸入した当人の記憶を読み取ろうとすると記憶の混乱が起きる可能性があります。
最悪意識を取り込まれて、本人の認識ができなくなる可能性があるので注意が必要です。
記憶を読み取らない限りは、自由に浸入した当人を動かせますのでご安心ください。

・起きている場合
かなりの抵抗が予想されます。
当人の意識があるため侵入している間も相手側の体は常に動ける状態にあるので、抵抗される可能性もあります。
浸入した後も、記憶読み取りに関係なく記憶の混乱が高確率が起こります。
上記で記したとおり自分自身の認識ができなくなる可能性が大いにあるのでお気をつけてください。
ですが、もし記憶の読み取りと完全なる浸入が成功した場合はその体はあなたの言いなりです。
その体から出た後でもあなたの命令を聞く人形になります。
精神の入れ替えも可能になりますので、成功の暁には是非お試しくださいませ。

-より良いご使用方法とお客様の精神の健康を祈っております-

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「・・・・・なんだこれ?」
 たしかに面白そうな文章だけど、ファンタジーすぎる。
 手袋をみる・・・
 確かに指の先端部分に鋭い物がついているのはわかる・・・
 これで突き刺して開けば、他の人に入れる・・・?
 ばかな・・・、そんなことが・・・ありえ・・・・・
 けど、もしありえたとしたら?

「うーん」
 長い間机の前に立ちながら悩んだ後・・・、僕は部屋を出て隣で眠っているであろう妹のいる部屋に向かった。

 ドンドンドン
 妹の部屋の前に立った僕はおもむろに、そのドアを叩き始めた。
「みどりー!!みどりー!起きてるかー?」
 するとドスンドスンと足音がドアの前に近寄ってくる、その音が止まるとドアが開いた。

「何?お兄ちゃん?もう夜中だよ?ってかさ普通用件あるなら朝にしない?」
 ドアを開けると男の僕が見上げないといけないくらいの巨漢の少女(少女という表現があってるとはいい辛いが・・・)が表れた。
「ごめん。けどちょっと見てもらいたいものがあってね」
 僕がそういうと先ほどまでうっとうしそうな顔を引っ込め、真剣な顔つきになった。
「わかった。そこに突っ立てるのもあれでしょ、中に入って」
「うん、ありがと」
 妹に促されるままに、妹の部屋の中に入る。
 久しぶりに入った妹の部屋は、女の子らしからぬかざりっけなしのシンプルなデザインの部屋だった。
 普通巨漢というかデブというか・・・、この手の子の部屋は汚かったり少女趣味だったりするものなのだが・・・
 
 そんなことを思っているうちに妹は自分のベッドの上にドスンと座り、僕の方を見据えた。
「で?どうしたのお兄ちゃん?」
「うん・・・これなんだけどさ、どう思う?」
 僕は先ほど買った手袋とその説明書だと思われる紙を妹の前に置いた。
 妹はまず紙の方を手に取り読み始めた。

 僕は妹が読んでいる間やることがないため、一人思考の海に流されていた。
 身長が高く肥満体系の妹は、できの悪い僕とは違って学年トップ、運動神経抜群の秀才である。
 母さんを見てもわかるように、痩せていればスタイル抜群の美人なのにあえてこの体系を維持しているらしい。
 本人いわく「見た目で判断する奴は嫌いだから」だそうなんだけど、わざわざ太る必要がどこにあるのかと僕は思ったりする。
 僕の1000倍くらいは頭が切れるのでいつも困ったことがあると相談する、これじゃあどっちが年上かわからないなといまさらながらに僕は苦笑してしまった。

「ふぅん、なかなか面白いことが書いているわね」
 妹の声で意識を現実に引き戻された僕は、妹の方を見る。
 すると、手袋をいじっているみたいだった。
「へぇ、この先端硬いと思ったら柔らかいのね、どうこれが人を裂くのかしら」
 そういいながら楽しそうに手袋をいじる。
「おいおい、そんないじっちゃ危なくないか?」
「大丈夫よ、きっと説明書通りの機能なら手で弄っていても反応しないわよ。
 体の上半身の表面か裏面でしか効能が発揮されないと思うの」
「うぅん、みどりがそういうなら・・・・」

「でさ・・・、お兄ちゃん」
「ん?」
 いつの間にか手袋を弄るのをやめ、僕の方を鋭い目で見ていた。
 悪いことは何もしていないんだけど、あんな感じの目で見られるとつい視線をそらしてしまう・・・
「なんでお兄ちゃんはさ・・・
 あ た し で た め さ な か っ た の ?」
「・・・・」
「だって、私さっきまで寝てたでしょ?お兄ちゃんが起こさない限り朝まで起きてなかったわよ?」
「僕がみどりの部屋に一度でも断りを入れないで入ったことあるか?」
「そうね。けどそれとこれは別問題、勝手に入っちゃわないと私でつかう、ううん私に「浸入」できないでしょ?
 けど、お兄ちゃんはしなかった、私に聞かなくたって試せば本物かどうかわかるはずなのに」
「うーん試す気が起きなかったってだけじゃ、だめかな?」
「そうね・・・、しょうがないからそういうことにしといてあげるわ」
 ようやく妹は笑みを浮かべた。
「で?どうするの?本物かどうかなんてあたしにはわからないわよ?
 誰かで試すたって・・・、ももこにでも試してみる?」
 妹はニヤリと僕の方を見て笑った、ももことは一番下の妹のことだ、1歳差の僕たちと違ってももことは10歳も年が離れている。
「ううん、みどりやももこで試すのは気が進まないなぁ」
「お兄ちゃんがやらないなら、あたしがやるわよ?」
 妹の言葉に僕は大きく反応した。
「待て待て、もし失敗した時どうするんだよ。
 ももこはみどりのこと尊敬してんだぞ、いいよ僕がやるよやればいいんだろ?
 失敗しても僕だったら気にしないしね、父さんに半殺しにされるくらいかな?」
 裸に剥かれた状態の一番下の妹が、同じく裸の状態の兄と一緒にいたらそれだけじゃすまなさそうだが。
 妹も同じことを思ってたらしく、ふたりでくすくすと笑ってしまった。
「じゃあちょっと行ってくるよ、失敗した場合はお前は知らぬ存ぜぬで通せよ?」
「わかったわよお兄ちゃん。多分ももこ熟睡してるから触っても起きはしないと思うけど、慎重にね?」
 妹の言葉にため息をつきつつも、肩越しに手を振り了解の合図をとった。

 妹の部屋をでて、さらにつきあたりの場所まで進むとポツーンと離れた場所にドアがあった。
 なぜこんなに離れているかというと、父さんが一番下の妹の誕生日に改築して部屋を新しく作ったからであった。
 無理に追加して部屋を作ったため、外から見ると家がいびつな形になってたりする。

 さて、妹(便宜上ももこと言っておく)を起こさないように静かに部屋を空ける。
 みどりの部屋と違ってピンク系の小物やぬいぐるみがある女の子らしいかわいい部屋だ・・・
 どうして姉妹でここまで差が出るのだろうか・・・?
 それとも、年をとったらももこもみどりみたいになるのか?
 くだらないことを考えつつも、ももこが眠っているベッドに近づく。

 ももこは半分布団から出ており、布団に抱きつく形で寝ていた。
 まったく寝相が悪いな・・・
「すー・・・・・、すー、むにゃむにゃ」
 気持ちよさそうに眠っているみたいだ。
 俺はももこにごめんなっと謝ってから、そっと上の服と下の服を脱がせ始めた。
 慎重に万が一にも起こさないように・・・・
 ショーツ等の下着まで脱がせ終わると、ベッドの上に裸の少女が眠っている状態になった。
 まだ毛も生えていない幼い体、僕よりの半分にも満たないような身長・・・
 この行為をしただけでも罪悪感に囚われる・・・・
 本当にこんな事をしていいのか?

 しかし、そんなことを言っている場合ではない、万が一今起きてしまったらそれ以上のことになってしまう。
 そう思い直し、僕自身も裸になり・・・手袋をつけ妹の背中に両手を挿した。
 みどりが触っていた時にはあんなに柔らかくうごめいていた先端についていた物質が、鋭くももこに突き刺さっている。
 痛みはないのかももこは、相変わらずの熟睡状態だった。
「はぁ・・・はぁ・・」
 極限の緊張状態なのか、僕の息は自分にも聞こえるほど荒くなっていた。
 緊張しているためなのか、興奮しているためなのかわからくなってしまった。
 僕は狂ってしまったのか?

 意を決して、ももこの背中を左右に開く!
 ギギャ、ギィィィ・・・・
 古びたドアを開くような音と共に、ももこの背中は左右に引き裂かれた。
「ははっ、やっぱり本物だったんだ・・・、確認はできたしとじよ・・・うっ!?」
 閉じようとした僕は反射的に開いた中を覗いてしまい、思わず吐きそうになってしまった。
 生きた臓器が、そのまま蠢いているのだ。
 いいや違う、生きているももこの体の機能をガラス張りにしたまま見ているといった方が正しいだろうか?
 どうやって、この中に入れというのだろう?
 僕はその疑問の誘惑に耐えられないまま、手袋を脱いだ手を開いた背中に入れてしまった。

 思えばこれもこのアイテムに魅せられてやってしまった行動だったのだろうか?
 この後僕がやった最大の過ちは、もう取り戻せるものではなかった。

-緑・自室にて-

「じゃあちょっと行ってくるよ、失敗した場合はお前は知らぬ存ぜぬで通せよ?」
 早くお兄ちゃん、お願いだから早く出て行って・・・・、そうじゃないと私・・・・
「わかったわよお兄ちゃん。多分ももこ熟睡してるから触っても起きはしないと思うけど、慎重にね?」
 今にも狂いだしそうな欲求を抑えながら、なるべく平静にお兄ちゃんを追い出すような感じの受け答えをした。
 私の言葉に呆れたのかため息をつきながら、肩越しに手を振り部屋を出て行った。

 バタン!
 足音がどんどん遠ざかっていく、完全に兄の気配がなくなるのを確認すると私は大きく安堵した。
「ふぅ・・・・、危なかった・・・」
 あのままの状態が続いていたら私はきっとお兄ちゃんに『浸入』してしまっただろう。
 お兄ちゃんにはなんともいえないような感じで言ってしまったが、おそらくアレは本物だと思う。
 私自身がお兄ちゃんを犠牲にしたくないために桃子を犠牲にしてしまったが、お兄ちゃんはきっと入らないだろうし入ったとしても眠っている状態なら問題はないと思う。
 けどお兄ちゃんにそうさせてしまったのかと思うと憂鬱になってしまう。

 あの手袋は本当にまずい、自分自身の意思にかかわらず人に『浸入』してしまいたくなる。
 さっきは自分が狂ってしまったのではないかと思ってしまったほどだった。
 どうしてお兄ちゃんは平気だったのだろうか?
 手袋を持っている長さだって、私と変わらなかったのに・・・・
 もしお兄ちゃんが眠っている私に『浸入』したら・・・・、私はゾクッとした。
「やっぱり私のお兄ちゃんはすごい」
 笑顔で私はぎゅっと、枕を抱きしめた。
 いつも自分を卑下にしているけど全然そんなことはない。
 桃子はお兄ちゃんのことをそういう風に見ていないらしいけど、私は世界で一番尊敬してるし自信を持って自慢できる大好きなお兄ちゃんだ。 
 
 お兄ちゃんは手袋を持っている状態にもかかわらず、私や桃子のことを案じていた。
 あの手袋の魅力に逆らえるほどに強い人なんだ・・・。
 私はお兄ちゃんに感心しつつも、手袋のことを考えていた。
「けど、あの手袋どこで買ってきたんだろ?」
 まるで異世界から急にポンッ!と出てきたように、お兄ちゃんが持ってきたあの手袋。
 さっきは本物だって思ったけど、実際紙に書いている内容はとても信じられるものではなかった。
 それに、いつもなら私が寝てるような時間に帰ってこないし・・・・
「なにか、トラブルにでも巻き込まれたのかな・・・」
 考えてもなにも思い浮かばない、そもそもあの手袋自体が非常識な存在なのだ。
 持っているだけで自分の思考すら変えられてしまうアイテム、お兄ちゃんはそれをどんなところで買ったのだろうか?
 買った場所にまた行こうとしても、いけないんだろうなと私は思った。

 私は部屋の上部に飾っているデジタル時計を眺める、時刻はお兄ちゃんが部屋を出て行ってから一時間くらい経とうとしていた。
「もう一時間も経つけど、どうしちゃったんだろう」
 ここまで長時間経っていることに疑問を覚える、もし先ほど考えていた条件がまったくの勘違いで。
 私だけが『浸入』したくなるような行動をしていたとしら?
 そしてお兄ちゃんも魅力に取り付かれたとしたら・・・・・
 これはまずいかもしれない・・・
 私が様子を見に行こうとベッドから立ち上がると、急にドアが静かに開きはじめた。 

「だ、誰?」
「お、おねぇちゃーん、ぐす・・・ひっくひっく」
 開いた先に見えたのは、裸の状態でないている桃子だった。
 お兄ちゃんまさか!?失敗したの?
 あわてて、桃子のそばに駆け寄る。
「ど、どうしたの桃子?」
「ひっく・・・ひっくたすけてぇ・・・おねぇちゃーん」
 泣いてばかりいる桃子、これは完全にお兄ちゃんは失敗したんだな・・・・
 あーあ、これは変態の烙印を押されちゃうかな・・・
 今後のことを考えさらに憂鬱になった私は、桃子に優しく話しかける。
「桃子、ほら泣いてないでどうしたの?」
「ひっく、ひっくあたしが・・ひっくももこが、ももこがきえちゃうよぉ、たすけてぇおねぇちゃあん」
「ま、まさか・・・・」
 おそらく考えうる最悪の事態に陥ったのだろう・・・、それは起きながらの浸入。
「わかったわ『お兄ちゃん』、手袋はどこにあるの?」
「ひっく、あたしのへやのベッドのうえに・・・ぐす」
 早くしないとお兄ちゃんの潜在意識が掻き消えてしまう。
「わかったわ、取りに行ってくるからそれまでがんばってよ!!」
 私は焦りながら、桃子の部屋へと向かった。


-一時間前 純・桃子の部屋にて-

 
 ズブズブズブ・・・
 背中に手を入れると、何か暖かいものに手を入れている感覚がした。
 まるで・・・そう子供のころ海で砂遊びをしている時に、暖かくなった泥に手を突っ込んでいるような・・・
 生まれる前の母親の中の気持ちよさなのかもしれない・・・・
 手を入れると共に手の感触は消えうせ、ももこの体の鼓動を感じるようになった。
 この中に入ってすべてを委ねたい、気持ちよくなりたい・・・

「う・・・うんん〜、ぐぅ・・・・」
 背中に手を入れている前の方では、安らかに眠っている桃子の顔が見えた。
 僕が体に入れるのに反応して、いるようにも見えた。
 しかしそんなことはどうでもいいこの快感をもっと味わいたい、ずぶずぶと手を埋め込む。
 この包み込まれるように消失する感覚・・・、まるで自分がももこ自体に溶け込むような・・・
 そんな快感に身を任せていった。

「ははは、右腕が入っちゃった・・・・」
 気づくと僕はももこに右手を入れてしまっていた。
「次は・・・」
 右腕を入れたまま横に寄り添う形で、足を入れ始めた。
 左足をずぶずぶと裂いているところから入れていく、暖かい感覚と共に足の消失する感覚そして快感。
「ふっ、はぁ・・・・はぁ・・・・、よ、よし次は右あ・・・うぅん!!」
 右足を入れた快感で僕は大きな声を出しそうになってしまう。
 残っている左手で口を押さえる。
「すぅ・・・・・」
「ふぅ・・・・はぁ、はぁ・・・よかった・・・・はぁ、はぁ・・・」
 息を荒くしながらも、ももこが起きなかったことに安堵し右足をさらにずぶずぶと入れていく・・・
 あまりの快感に僕は達しているんじゃないのかと思うほどの、それもいつもの行為とは違う果てのない感覚・・・・
 もしかしたらすでにずっと達しているのかもしれない。
 全身をこのままももこに沈めてしまったらどうなるのだろうか・・・・
 一瞬頭によぎったが、すぐに快楽にかき消される。

「これで、最後だ」
 右腕も入れ終わりあとは、頭を残すだけとなった。
 寝ているももこの体から見える臓器や筋肉、そしてそから僕の首だけが生えている状態。
 それは普通ではない尋常な光景であったが、いまの僕にはそんなことを思う余裕すらなかった。

 僕が頭を、ももこの海へと沈めようとしたそのとき、ももこが体を大きく揺らした。
「うぅ・・・ん、うんん?だあれ?」
 やばい!?そう思った僕は一気に、頭を背中の中に沈める。
「あれ?いな・・・・ああああああっああああ!!!!」
 僕が体をすべて入れ終わったとたんに僕とそしてももこに急激な変化がおとずれた。
 くるしい!!!!痛い痛い痛い痛い!!!
 ももこが暴れる感覚を味わうのと同時に、自分自身にも降りかかる感覚に恐怖する・・・
 体が!!心が!!!削り取られる!!!
「ああああああああああ・・・・あっあっあっ!!!」
 ももこは目を反転し失禁してしまっている・・・その感覚を同時に僕も味わう。
 さらにわからない感覚が襲う!!
 痛い!!痛いよぉ!!!誰か助けてぇ!!!
 助けてタスケテ・・・・タス・・・ケ・・・・・

-緑・桃子の部屋にて-

 急いで桃子の部屋へ駆け寄る、ドタバタさせて両親を起こしかねないがこの際そんなことは行ってられない。
「うっ・・・・、なにこの匂い」
 部屋のドアを開けた私は、異様な匂いに顔をしかめる・・・
 みるとベッドとその周りがびしょびしょになっている。
「こ、れは・・・・おしっこ?」
 なぜこんな大量なおしっこを!?

 わからない・・・
「て、手袋!!」
 そうだこんな事を考えてる場合じゃない、手袋は!?
 桃子の出したおしっこまみれのベッドに触れるのを一瞬躊躇したが、一気に掛け布団を剥ぐ。
「あった・・・」
 手袋がポツーンとベッドの真ん中においてあった。

「・・・・・・・・」
 先ほどの感覚がリフレインする、もしこれをもって私まで狂ってしまったら・・・・
「迷っててもしょうがない・・・か」
 この間にもお兄ちゃんはまずいことになってるかもしれない、覚悟を決めて私は手袋をつかんだ。
「っ・・・・・・なんともない?」
 先ほどみたいに欲望が狂いだしそうにはならない、よし待っていてお兄ちゃん。
 私は手袋を強く握ると、自分の部屋に駆け戻っていった。

 バタン!!!

「お兄ちゃん大丈夫!?」
 扉を開けた私は桃子に駆け寄る。
 桃子はベッドの前で倒れている・・・・
 さっきは気づかなかったが、やはり失禁していたようだ。
 それに、失禁だけじゃない・・・?
「これは・・・愛液?」
 しかしこの状態でそんな行為をする余裕なんてないはず、それともそれがトリガーとなった?
「そんなことを考えてる場合じゃない、急がないと」
 桃子は気絶している状態だ、さっきは最後の力を振り絞って私に助けをもとめてきたはず。
 私は両手に手袋をつけると、桃子の腹部に突き刺し一気に左右に開いた。
 ギッギギギギと古い金属製の何かを開けようとしている様なそんな音と共に、腹部が開く。
「うっ・・・」
 私は思わず顔をしかめた。
 体の内部が、そのまま映っているような・・・・
 ふと内臓が見える中に一つ異質なものが見えた、これは・・・・手?

「お兄ちゃん今助けるよ!!」
 その手を両手で握り思いっきり引っ張る。
 
 ずぼっ!

 抵抗なく一気に、桃子の体から出てくる。
 もっと抵抗があると思った私は、その勢いのまましりもちをついてしまった。
「いててて、ってお兄ちゃん!?」
 引っ張り出した方向を見る。
「え?」
 目をこすってもう一度引っ張り出した方向を見る。
「・・・・桃子が二人?」
 横になって気を失っている桃子、その隣で気を失ってる桃子・・・・・・あれれ?
 あれあれあれ?
 手を引っ張り出したわよね、お兄ちゃんは桃子の中に入って、私に助けを求めた。
 手袋のことも把握してたし、間違いない。
 で、引っ張り出して出てきたのは桃子。
 マトリョーシカ?
 桃子の中から桃子が出てきてさらに桃子が出てきちゃうの・・・・?
「あれ?・・・なんかおかしいな?」

 私は自分自身があまりにもおかしな事態に遭遇しているためある一点の疑問点になかなかたどり着けないでいた。
 そう、それは・・・・
「お兄ちゃん・・・・もしかして『桃子』になっちゃってる?」
 私はあわてて、紙を手に取った。
 しかし、そんなことが書かれた説明は一切ない・・・
 じゃあ何で・・・・?

「一体これからどうなっちゃうの?」
 あまりにも、あまりにもありえない。
 私はその場に座り込んでしまった・・・・
「はははは・・・・・・」
 どちらとも区別がつかない桃子を前に私は途方にくれた。

「左がお兄ちゃんで・・・・、右が桃子・・・・?」
 腕を組みながら私は頭を悩ませていた。
 どちらがどっちなのだろうか。

 桃子の部屋を掃除して、桃子をとりあえず戻そうと思った私は。
 二人を放置して桃子の部屋に向かった。
 掃除をするということを意識するあまり、一つの問題が浮上することをこのとき私は失念していた。

 拭き掃除とシーツを変えてすっかり綺麗になった桃子の部屋から戻ってくると、私の部屋には裸の桃子がどちらかわからない状態で寝ていた。

「しまった・・・!」
 私は手を頭に当て深くため息をついた。
 どっちかわからなくなってしまった・・・・
「最初に区別しておくべきだったわ・・・」
 左の桃子を見る・・・
「最初にこの位置にいたのはお兄ちゃんだったんだから・・・・」
 多分お兄ちゃんなはず、ってことは右側にいる桃子を連れて行けば良いのか。
 もしちがかったとしても、鉢合わせにならなければ良い。
 左側で寝ている桃子がここで起きたとしたら、ごまかせばいいだけだしね。
 ただ、両者の記憶がどこまであるのだろうか・・・・

 私は右側にいた桃子を抱きかかえ、桃子の部屋に運びベッドに寝かした。
 新しく寝巻きと下着をつけ、布団をかぶせた。
「おやすみ、桃子」
 そういうと私はそっと、ドアを閉じた。

「さて・・・」
 手袋と地図と説明書を前に私は考え始めた。
 後ろのベッドではすやすやと桃子(たぶんお兄ちゃん)が寝ている。
 なんで、お兄ちゃんが桃子の姿になってしまったのか。
 これは単純に桃子の外側に合わせて作り変えられたから?
 お兄ちゃんの大きい体が桃子に入りきれるわけがない、となると入った時点でお兄ちゃん自体が体を小さくなるように作り変えられたんじゃないか。
 突拍子のない考えだけど、いろいろ不思議現象を目の当たりにしたいまだとこういう考えも普通に出てくるのが笑えてしまう。

「となると・・・・、この説明書もあまり信用できないわね」
 人間をきぐるみ状態にはお兄ちゃんを見ればできないのは一目瞭然だし。
 効果は別にありそうだけど・・・・
「試すよりかはこんな危ないもの・・・・」
 けど、これを捨ててしまうとお兄ちゃんの戻る方法が断たれてしまう。
 買った露天商を問い詰めるのが一番の方法かもしれない。

 窓を見ると暗い空がすっかり明けてきてしまっていた。
「はぁ、もう朝じゃない・・・・、お兄ちゃんが起きるまで眠らないといいたいところだけど」
 もともと中途半端に起こされてすごい眠い、睡眠をとればまた別の良い案が浮かぶかもしれないし。
 お兄ちゃんと一緒に露天商があった場所にいくのも良いかもしれない。

「とりあえずひとまず寝よう・・・・、ふぁあー」
 お兄ちゃんを抱きかかえる形で布団にもぐりこむ。
 桃子ともお兄ちゃんともだけど、こうやって兄弟で寝るのは久しぶりな気がした。
「おやすみなさい、お兄ちゃん」

 桃子の姿をしたお兄ちゃんにそう声をかけると、私は眠りについた。

 ゆさゆさと体を揺すられる
「おね・・・ん」
 誰かがよんでいる?
「んぅんー、まだ寝かして・・・」
 まどろみのなか、まだ起きたくないと言っている体に従い起こそうとしているなにかを無視する。

「・・・ねぇ・・ちゃ・・・・おき・・・っ」
 私が無視をし続けると、より私を起こそうとする何かが強くなっていく。
「うぅ・・・うるさいわねぇ・・・」
 うるさい、昨日は大変で全然寝て・・・・あれ?
「そうだった!!!」
「キャッ!」
 ガバッっと跳ね起きる、そうだったお兄ちゃん!
「お姉ちゃん大丈夫?」
 横を見ると、桃子が心配そうな顔で見ている。
「あたしなんでおねぇちゃんと一緒に寝ていたんだっけ?」
「え?」
 そんなばかな、確かにここにいるのはお兄ちゃんだったはず!
 もしかして間違えたの!?
 私は慌てて桃子の部屋に向かう。
「え?ど、どうしたの?おねーちゃん」
 桃子の喋る声が聞こえるが、そんなことを言っている暇はない。
 もしお兄ちゃんと桃子が鉢合わせしたら大変なことになる。
 バンッ!と桃子の部屋の扉を開く。

 すると桃子が服を着替えている途中の様子で固まっていた。
「ど、どうしたのお姉ちゃん?」
 ビックリした様子で、着替えている途中の服を持ったままとことこと私の元へよってくる。

 え?
「も、ももこ?」
「え?なにを言っているのおねぇちゃん?」

 ど う い う こ と ?

 桃子が私の部屋にいて、この部屋にも桃子が・・・?
 どちらも桃・・・・
「おねーちゃんー、おいてかなぁ・・・あ、あたしがいる!!」
「あれ?なんであたしが!?」
 二人が鉢合わせてしまった。
 私は頭を手にやり大いに、ため息をついてしまった。
 二人の様子からどうやら両方とも桃子であることはわかる。
 ということはお兄ちゃんは「上書き」されてしまったのだろうか・・・・

 私は二人の桃子をごまかして、自分の部屋にいるように言いつけた後。
 すぐに売っている場所が書かれていた紙を持って家を出た。
 しかし2時間、3時間探してもそのような露店は見つからなかったし、そもそも紙に書かれた場所すらわからなかった。

「ただいま・・・・」
「ようやく帰ってきたのか、待ちかねたぞ」
「緑・・・・」
 意気消沈して家に帰ってくると、不安そうな顔をした母さんと鬼の形相をしている父さんが私の帰りを待っていた。

 父親と母親の後ろには二人の桃子が申し訳なさそうな顔をしていた。
「はぁ・・・、部屋から出るなって言ったのに・・・」
 再び私は深いため息をついた。


-緑・次の日、リビングにて-


「・・・・・というわけなのよ」
 リビングにあるテーブルの上に紙を二つと手袋を置き、昨日の出来事を二人に話した。
 あわや手がそうになっている、父さんを母さんが止めているのが見えた。
「実の兄を実験台に使ったってわけか」
「だからそうじゃないって!!何度も言っているじゃない」
 父さんは私がお兄ちゃんをけしかけたような風に思っているけど、その手袋の魔力を知らないからいえるんだ。

「あなた・・・・」
 母さんがそう言うと、父さんは咳払いをしてこっちを再度振り向いた。
「ゴホン、わかったこっちでなんとか方法を探してみる、この件はもうお前は忘れろ。
 それとお前はこの家から出て行くんだ、全寮制の学校の手続きも取った」
「なっ・・・・」
 ありえない父親の言葉に思わず立ち上がってしまう。
「わかったな荷物はまとめて送ってやる、もうすぐ迎えが来るはずだその車に乗って行くんだ」
 母さんの方を見ると、目を伏せて首を振っている。
 ぐっ・・・、ここは従うしかないか・・・・
「わかったわ、父さん」


-緑・玄関前にて-


 遠く離れていく、家と家族を後ろに車はドンドン離れていく。
 何でこんなことに・・・・、私は何も悪くないのに・・・・
 あぁどこで何を間違えたんだろうか・・・・
 すべてはお兄ちゃんが持ってきた手袋が悪いのだろうか・・・
 お兄ちゃんが悪いのか・・・
 そんなことは無い、じゃあ誰が・・・・

 絶対元の日常を取り戻してやるっ!!
 歯軋りをしながら私は誓った。
 兄と妹とまた楽しく過ごせる日々を夢見て



・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・

「ふぇっふぇっふぇふぇ・・・・、選択肢を間違えてしまったのぅ」
 過ぎ去った車をみて老婆はぼそっと口にした。
 その老婆の足取りは彼女の家族の家へ向けられていたとは彼女自身夢にも思っていないだろう。
 一体家族は、彼女はどうなってしまうのか。
 彼女にとって苦痛となる人生の幕開けであった。


END


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