TRANS SKIN SUIT





まずは脚から。これ基本(笑)。  部屋の扉が閉まったあと、俺は届けられた宅配便の封を急いで破った。
 箱の中に入っていたのは、のっぺりとした薄いオレンジ色の、全身タイツみたいなもの――トランス・スキン・スーツ。
 こいつを頭の先から足元まで全身を包み込むように装着すると、分子ICチップが生体電流で起動し、スーツを構成するナノマシンやクォンタム(量子)マシンが装着者の遺伝子や細胞配列を組み換えて、その身体を記憶させたデータ通りの姿に作り替えるという、誰もが持つ「変身願望」を具現化した摩訶不思議な代物なのだ。
 身長体重はもとより、スリーサイズや年齢、はては性別にいたるまで自由自在。これを使えば全くの別人に姿を変えることができる……もっとも、極端に年の離れた「若返り」は着用者の身体に負担をかけるらしく、推奨されていない。

 わくわくする高揚感をおぼえながら、俺は服を脱ぎ捨てて全裸になった。

 説明書に書いてある通りに、スーツの首筋にある切れ込みを広げ、そこから脚をスーツの中へと入れる。薄い素材だが意外と伸び縮みするようで、スーツは安物のストッキングのように伝線することなく、俺の脚にぴたっと張り付いた。
 試しにそこを触ってみると、すべすべした肌触りとともに、ぞくっとした感覚が触れたところから伝わってきた。
「び――敏感に、なってる……」
胸元まで引き上げると……  スーツを引き上げ、上半身もきっちりと包み込み、腕も肩まで通す。
 背中に垂れていた部分を目出し帽のように頭から被り、目、口、鼻に当たる部分を合わせると……

 Transform Start ...

 次の瞬間、俺の全身はスーツにぎゅぎゅ……っと締めつけられ、縮み始めた。
「んあ……っ」
 肩幅がせばまり、腰がくびれ、お尻がきゅっと持ち上がる。胸がむくむくと膨らみ、乳首がピンと立った。
「んあっ……あ、ん……っ」
 股間にぶら下がっていた「モノ」が、身体の中へと押し込められていく。そして下腹のあたりで、ぐるぐると何かをかき混ぜられるような感覚がした。
 そう、俺の身体の中に、男にはないはずの「器官」が形作られているのだ。
 喪失感と陶酔感を同時におぼえながら、俺は「モノ」があった部分におそるおそる指を伸ばしてみた。
 そこにあったのは、ひと筋の――
「……うぅんっ!」
 ビリッとした刺激が、いきなり背筋を駆け上がった。触れただけなのに、こんなにも感じるものなのか……
 顔の輪郭も小さく変わっていく。両頬に手をやると、あごがすっきりと小ぶりになっていた。
 同時にそれまで感じていた圧迫感が消えて、俺の身体は丸みを帯びた、細く小柄なものへと変化した。

こ……これが、俺?  俺は姿見の前に立ち、自分の姿に見入った。
「こ――これが、俺……?」
 そうつぶやき、さらさらした髪の毛を払ってみる。
 ぱっちりした垂れ気味の目、ふっくらした頬、桜色の小さな唇。
 鏡に映った俺の姿は、高校生くらいの髪の長い、可愛らしい女の子になっていた。
「う、わ……」
 顎を引いて見下ろしてみると、胸の膨らみが目に飛び込んできた。
「…………」
 首筋にあった切れ込みはすっかり塞がって、目立たなくなっている。
 今度は鏡に背中を向け、髪をかき上げてみた。鎖骨から下半身にかけて、滑らかな美しい曲線を描いている背中、細い手足、白い肌――元の身体とは似ても似つかない、女の子の身体。
 ふともものあたりを長くなった指先でつつくと、男のものとは違う、柔らくてぷにっとした感触が返ってきた。
 両手を頭の後ろに回し、腰をひねってポーズをとってみる。
「……んふっ♪」
 鈴を転がしたような、甲高い声。「あ……こ、声まで変わるん……だ――」
 前かがみになって胸に手を当ててみると、弾力と重み、そして “触られている” 感覚をおぼえて、きゅん……となった。
「さて、あとは……」
 俺は床に座り込むと、顔を紅潮させながら自分の股間を覗き込んだ――
どう? 似合う? 可愛いでしょ♪ 「……くすっ♪」
 こうして人込みの中を歩いているだけで、すれ違う男たちの視線を感じる。
 今の俺はトランススーツを装着し、ネットオークションで手に入れた、この近隣にある有名女子高のお洒落な制服を着て、学生カバンを手にしている。
 足元は薄いピンクのソックスに、茶色のローファー。「放課後に繁華街へ出て、ショッピングを楽しむ女子高生」といったところだ。
 長い髪は頭の両側で分けてツーテールにし、根元にリボンを留めてみた。我ながら可愛らしい髪形だと思う。
 女物の下着もネットショッピングで買い揃えた。しかし実際に着ておいて今更言うのもなんだが、ちょっと足を動かしただけでスカートの中の下着が見えてしまいそうだ。
 俺はカバンを身体の前で持ち、歩き方は自然と女の子らしく、内股になっていった。

「ねえ彼女、ひとり?」
「……え?」

 ウインドウショッピングをしながら歩いていると、元の俺と同じくらいの年齢の男に声をかけられた。
「ねえねえ彼女っ、俺と一緒にお茶しない?」
「い……いえ、結構です」
 俺は戸惑ったような笑みを浮かべて、身を縮めた――ふりをした。
「可愛いね。高校生? ……ねぇちょっとだけでいいからさぁ、俺とつきあってよ〜」
「う〜んと……じゃ、じゃあ、少しだけなら」


 俺は根負けしたような表情を作ると、「初めてナンパされた女の子」になりきって、そいつについて行くことにした。
 口調はちょっと軽そうだが、ルックスや服のセンスもまあまあ。この際いろいろオゴってもらおう(笑)。
「ふふ……っ」
 俺――いや、“あたし” は知らず知らずのうちに、口元に笑みを浮かべていた。
「え? 何? 俺の顔に、なんかついてる?」
「……ううん、別に♪」

(END……?)

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