SKIN SISTERS(1)
 作:嵐山GO


日曜日の午後、1人の見るからに冴えない男が歩行者天国になった大通りで、
ストリート・パフォーマンスを眺めている。
 おそらく大学生の演劇部か何かか、あるいはそういったサークルだろう。
 男女合わせての10人程の若者が簡素なステージ上で、安っぽい演技を
繰り広げていた。
「これは酷いな…」
 その一言は演技を指すのか、あるいは台本を指しているのかは分からない。
 ただ立ち止まって見てゆく人間が、まるでいない事から皆が同意見なのであろう。
「それでも…」
 男は1人の人物に興味を持った。
 その人物は女物の服を着込んで女性の役を演技していた。
 だが大した脚本(はなし)ではない。
 簡単に言えばこうだ。
 
 不細工な女の子が綺麗な女友達に「好きな人がいるんだ」と相談する。
「ええー!? あんなののドコがいいの? 全然イイ男じゃないじゃん」と
返され「多分…性格かな?」みたいな事を言う。
 後日、不細工な子が告白する場面になるが、突如その女友達が「私と
付き合って!」と、いきなり邪魔に入る。
 泣き出す不細工女。「酷い! 仲を取り持ってくれるっていったのに」
 だが男も不細工な子より可愛い子の方を選んでしまう…。
 大雑把に言えばこうだ。よくありそうな話し。

 だが、男はその不細工な女の役を演じた女装男を気に入っていた。
「使えるかもな…?」
 腕を組み、舞台が完全に終わるのを待っているようだ。
 男は背は低く腹も出ている。頭も少し禿かかって、年は老けて見えるが、
もしかしたら30過ぎたくらいかもしれない。
 若作りではなく、ごくごく自然にカジュアルなファッションを着こなしている。
 けしてお洒落ではないが、着たきりといった感じでもない。

「終わったようだ…」
 結局、ラストがどういう終わり方をしたのか見ていなかった。
(別に話しの内容など、どうでもいいのだ) 
 簡素なステージの上で役者たちが観客に頭を下げる。
 といっても見ているのは数人…ほぼ最初から見続けているのは、この男くらい
だった。
 男はゆっくりと歩みだし、ステージから降りてゆく役者たちを目で追う。
「待てよ。着替えるだろうしな…」
 一言漏らすと、諦めたように身近なベンチを見つけ腰を下ろした。
「演技もそうだが、背の高さといい申し分ない。後は本人次第」
 目線は前方のステージ裏に向けられたまま、男は考えていた。
「今日、契約させて今週の土曜日…そうだな、午前中に私の自宅に呼ぶか…」
 ブツブツと独り言を漏らしながら時間の経過を待つ。

「お、皆出てきたぞ。どいつだ? もしかして、アイツか…そうだろうな」
 目当ての学生は当初、女装していたので、すぐに見分ける事は難しかった。
 再び、ステージ方向に歩み出る。
「君、ちょっといいかな?」
 1人の学生に声を掛けた。
「僕、ですか?」
「ああ、君と話しがしたいんだけど、ちょっと時間取れるかい?」
「もう今日は僕らの舞台は、もう無いんで大丈夫ですけど何の用でしょうか?」
「今は細かい話は出来ないけど、簡単に言うとバイトの勧誘…とでも
言っておこうか。演技に関する仕事だけど」
「演技? バイト? それは嬉しいですけど、どうして僕なんでしょう?」
「君の役が素晴らしかったからに決まってるじゃないか」
「僕の役が? そんな、嘘でしょう?」
「本当さ。ここじゃなんだから、そこのベンチに移動しないか? 喫茶店でも
いいが」
「あー、これから友だちと一緒に帰る約束したんで、あまり長い時間は
無理なんです。すみません」
「いいさ。それなら、やはりベンチにしよう」
 男は先程、自分が座っていたベンチに誘導する。

「僕の演技のドコが、そんなに良かったんでしょうか?」
 ベンチに座るなり、さっそく聞いてきた。
 演劇部ゆえの探究心というやつか。
「全てだよ。まったく文句なし。これは褒め過ぎかな。だけど、あの女の役、
見事だった。女友達に相談する時の表情、告白するときの感情の出し方、
裏切られ、フラれた時の悲しみ、怒り、嫉妬…私は感動すら覚えたね」
「そ、それは有難うございます」 
「で、もう一度聞くがバイトの話しだ。いいかな? よく聞いてくれ。
今度の土曜日、1日空けて欲しい。出来るかい?」
「1日中ですか?」
「うん。正確には土曜の昼くらいから、深夜までだから半日か。出来るかい?」
「大丈夫だと思いますけど…」
「ちゃんと約束してくれないと困るんだ。こっちも予定があるから。報酬は
20万円出そう」
「え、ええ!? そんなに? あの…危ない仕事とかでは」
「あー、それはないな。全く危なくないと言ったら嘘になるかもしれないが…
そうだな。約束してくれるまで話したくは無かったのだが、話さないと君も
不安だろうね。分かった。話そう」
「…」
 学生は黙って次の言葉を待っている。
「女の格好をして欲しいんだ」
「…はい。それは構いませんけど、それだけでは無いでしょう?」」
 やはり20万円という金額は女装するだけで貰えるとは、到底信じがたい。
「おっと、その前にちょっと聞いておくが君は同性愛好者かね?」
「いえ、いえ違いますって。女装は単に役の上です」
「分かった。では女に生まれ変わりたいと思ったことはあるかい?」
「あー、それはありますね。綺麗な女性は何かと得みたいだし」
「もっといいこともあるよ」
「そうなんですか?」
「ま、それはまたの機会に話すか…で、バイトの内容だが女の格好で、ある
パーティに参加して欲しいのだ。大丈夫。誓って言うが罪を犯したり、誰かを
殺めるような事はない。ただのパーティだ」
「それにしては報酬が大き過ぎるのですが」
「女装パーティだからね。大体、変態的なものはノーマルなものより金額が
張るものだよ」
「そうなんですか…」
「重ねて言うが、君は日が変わる頃には安全に帰れる。大金を持ってね」
「正直、今…バイトもあまり入ってないんでお金は欲しいですけど」
「なら決まりだな。土曜日、お昼前にココに来てくれ」
 男は予め用意してあったメモ紙を渡す。
「ここのマンションの306号室…」
「そうだ。何も用意してこなくていい。洋服も小物もこちらで用意するから」
「分かり…ました」
「じゃ、頼むよ。待ってるからね。何か分からないことがあったら、裏に私の
電話番号を書いてあるから連絡して。あ、それとこれは交通費だ。少しだけど
足りるかな?」
 男は財布から千円札を1枚出し渡した。
「ええ、十分です。地下鉄を乗り継げば、こんなにはかかりません」
「そうか。なら待ってるよ」
 男は立ちがる。
「本当に何も持っていかなくていいんですね?」
「要らない。しいて言うなら、女の役を磨いておくことだ。年齢は16,7
といった感じだ。頼むよ」
「高校生くらいの役ですね」
「そういう事になるかな。重要なのは女の子らしい喋り方だ」
「分かりました」
 学生も立ち上がった。
「そうだ。君の名は何ていう? 苗字でも下の名前でもいい」
「三崎です。苗字ですけど。3つのキ、それに宮崎県の崎ですね」
「ああ、分かった。いい名だ。その名前、そのまま使っていいかな? 美咲、
美しく咲くだ。正に演技に開花するにはピッタリじゃないか。どうだい?」
「別に構いませんけど…あとで画像や名前がネットとかに流れたり
しませんよね?」
「それはないね。ある種、秘密パーティだし。それに変装は完璧に出来る」
「僕はそっちは…えーと、化粧には自信ないんですけど」
「こっちにあるのさ。楽しみにしておいて」
「了解です」
 2人は軽く手を振って別れた。
「よしよし、上手くいったぞ」
 男は顔に笑みを浮かべて帰路へ着いた。


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