[38] New さよならの向こう側 (野々村志織)
▽ 2007/11/26 (月) 01:22:55 ▽ toshi9  修正 返信 削除
出演:野々村仁、野々村志織、野々村佳織、水月朔夜、北村春美、都築たくみ、1年桜組のみんな


「……う、うーん」
「あ、あなた!」
「パパ、気がついたの?」
「先生、主人が、主人が」
「こ、ここは?」
「病院ですよ。あなた半年間も意識不明で」
「半年? 意識不明?」
「志織の入学式の後、二人で階段から落ちて、それ以来ずっと」
「そうか……長い、長い夢を見ていたよ。俺が志織になって姫琴高校に通う夢……いい夢だった……そうだ、志織はどうした?」
「志織なら、今日は劇の練習するんだって学校に行ってるわ」
「学校? 劇の練習? それじゃあ、あれは夢じゃなかったのか?」
「パパ、さっきから夢って?」
「いや、なんでもない」

 そうか、この半年の間、俺の意識だけが志織の体に入り込んでいたんだ。それが元の体に戻ったという訳か。
 ということは、俺は今まで本当に志織として暮らしてきたというのか。
 サマーキャンプ、夏祭り……楽しい高校生活だったな。

 だがどうしてこんなことが起こったんだ。
 あの時、俺は不覚にも志織と階段から落ちてしまった……あの瞬間、俺は俺自身から逃げ出したかったのかもしれないな。
 作った映画が全くヒットしない。
 精魂込めて懸命に作れば作るほど評価はひどくなっていった。
 俺がのめり込むほど、スタッフの意識は俺から離れていった。
 俺はそんな仕事に我慢できなくなっていた。
 映画から自分から逃げ出したいと無意識に思ってた。
 だからあの時志織の体になってしまったのかもしれないな。
 志織、すまなかった。


「お父さん!」
「志織!?」
 その時、病室に志織が春美、朔夜、たくみと一緒に入ってきた。
 さっきまでの俺の姿そのままで。
「お父さん、意識が戻ったのね、良かった」
「志織、お前は大丈夫なのか?」
「志織ちゃん、練習中に倒れちゃって、その後急に女の子っぽくなって……あ、ごめん……で、お父さんに会いたいって何度も繰り返すんで、お医者さんに見てもらおうってあたしたち連れて来たんです。お医者さんは志織ちゃん何ともないって言ってました」
「そうか、ありがとう春美ちゃん」
「え? あの、どうしてあたしの名前をご存知なんですか?」
「こほん、で、ほんとに何とも無いんだな、志織」
「うん」
「……今まですまなかったな」

 俺はベッドから上半身を起こして志織の顔を見詰めた。
 そんな俺に向かって志織がパチッとウインクする。

「ううん、そんなことないよ。あたしも一緒に楽しんでたから」
「お、お前今までのことを……」
「うん。あたしもずっとお父さんと一緒だったんだ。何にもできなかったけど、ずっとわかってたんだ。あたしになったお父さんのこと、ずっと感じてたんだ。でも今日アレを着たあたしの姿を見たらカーッときちゃって」
「そうか、それで急に」
「お父さん、今まであたしをありがとう」
「クラスで変な女の子だって思われてただろうがな」
「いいよ、お父さん一生懸命だったもん。でももうあたしはあたしだから。お父さんもがんばってね」
「そうだな。半年も休んでたら、仕事は一からやり直しだな。でもやってみるよ。今度はいい映画が作れそうだ」
「あの〜、二人の会話の中身が見えないんですけど」
「これはあたしとお父さんの秘密だからいいの!」
「おいおい志織、朔夜ちゃんは心配してくれてるんだぞ。それよりたくみくん」
「はい?」
「これからも娘をよろしく頼むよ」
「はあ。あれ? おじさんどうして僕の名前も?」
「さて、どうしてだろうな。志織がずっと俺の枕元で自分の好きな人のことを教えてたのかもしれないぞ」
「ええ!?そんなこと」

 志織の顔はぽっと赤らむ。
 病室は笑いに包まれた。
 それは野々村家にとって、久々の明るい笑いだった。


 そして仁は妻や娘の佳織と一緒に姫高祭に出かけた。
 マサキのかぐや姫、未森の翁、桃李子の石作皇子、みんな懸命に演じている。そして志織も『月よりの使者』を熱演していた。

「いい劇だ、ほんとにいい劇になったな」

 観客席で、仁はかつての自分が、そしてクラスメイトたちが演じる様を見詰めていた。
 拍手のうちに『竹取物語』が終了する。
 そしてカーテンコールに現れる1年桜組の面々。
 京香がいる、純香がいる、朔夜がいる、クロがいる、たくみがいる、キリがいる、裏方の春美やりいもいた、そして志織がいる。

「もう二度と俺はあそこに入れない。こんなに近くにいるのに、とても遠く感じる……いや、眩しいな。
 がんばれよ、俺のクラスメイトたち」


 仁は彼ら全員がステージから消えるまで、いつまでも拍手を送り続けていた。





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