カルネアデス another           karneades another                                          

                                    作:あさぎり



男の本能  

 

「ふあぁぁぁ〜っ、よく寝た〜。」

外の雑音に起こされた俺は体を伸ばしながら大きなあくびをした。 時間をみるとすでにお昼を回っている。 ふと、ベットの横に目線を移すと俺の身体(尾崎)がいない事に気が付いた。  

 

(・・・どうせ近くのコンビニでも行ったんだろ。ここん所ずっとエッチ三昧で、部屋から出てなかったからなぁだったからなぁ〜。)  

 

俺は眠い目をこすりながらベットをでると冷蔵庫の中の牛乳を取りだし飲み始めた。

 

「ごくごく、ごくっ・・・ぷはぁ〜。」

 

手の甲で口に付いた牛乳を拭い、再びベットに潜り込むとテレビのリモコン をつけ、昼間やっているバラエティ番組を見始めた。  

 

「相変わらずくだらないな・・・って言いながらつい見ちゃうんだよなぁ〜。」

 

テレビを見ながらウトウトしていると玄関の方で物音がした。 振り返ると俺(尾崎)が両手に大きな紙袋を抱えてやって来た。  

 

京子(藤堂)「どうしたんだよ。その荷物?」

藤堂(尾崎)「あっ・・うん実はさ、前にランジェリー買いに行ったじゃん。 俺さ〜ああいうセクシー
        なのも良いんだけど、京子にはもっと似合う格好があるんじゃないかって・・・ほら見
        てくれよ!」

 

  藤堂(尾崎)は紙袋を逆さにすると中身がドサドサッと床に落ちる。 どうやらそれは女性用の服でセーラー服に始まり看護婦や婦人警官、OLやスチュワーデスそれにウエイトレスやデパガやレースクィーンまである。しかもご丁寧に靴や帽子、かつらまで用意してあった。  

 

京子(藤堂)「お前・・これって何?」  

藤堂(尾崎)「前にさ、京子に着てくれって頼んだときは思いっきり嫌がられてさ。
        でも今ならOKだろ?
        当然だよな俺とお前の仲なんだし、まぁダメなら俺が京子の身体借りた時に
        着るから良いけど。」
 

 

確かに女性には理解されずらいかも知れないが男には制服願望がある。 が、それにしたってこの数は凄すぎる。俺は思わず問いただした。  

 

京子(藤堂)「でもどうしてこんなに、もしかしてお前、女装趣味が・・・。」  

藤堂(尾崎)「ちっ・・違うって!ほら俺、昔アルバイトでテレビ局の衣装部に 出入りしてたじゃん。
        そん時いらなくなった古い衣装をもらって部屋に取とっといたんだよ。
ホントだ
        ぜ!」
 

京子(藤堂)「わかった、わかったよ。そんなにあせるなよ。」

 

俺は必死に弁解する俺(尾崎)の口元に指を添えると軽く微笑んでみせる。 可愛いんだろうな、女の子のこういう仕草って・・・。  

 

藤堂(尾崎)「それよりどうすんだよ。着てくれんのかよ?それとも身体貸して くれんのかよ?」

京子(藤堂)「え〜っ、どうしょっかな〜。尾崎君、ちょっと変態入ってるし〜。」

 

わざとじらす様に腰をくねらせ俺(尾崎)を挑発してみる。  

 

藤堂(尾崎)「とーうーどーうー(怒)。」  

 

京子(藤堂)「はは、OKわかった。着てやるよ。その代わり何着るかは俺に選ばしてくれよ。
          その方がお前も楽しみが増えるだろ?」  

藤堂(尾崎)「・・・うん、そうだな。」  

京子(藤堂)「じゃ、着替えるから10分位、向こうの部屋に行っててくれよ。
        その間にばっちり
変身してやるからさ。」  

藤堂(尾崎)「うっ、うん!」

 

鼻息荒く、激しく首を縦に振り答える。 その表情はまるでほしい玩具を買ってもらう前の興奮した子供だな。結構笑えるぜ。  
俺は俺(尾崎)が部屋を出ていったのを見届けると、床に広がった服を広げ始めた。
 

 

京子(藤堂)「う〜ん、何にしょっかなぁ。こっちもいいけどこれも捨てがたいし。」  

 

結構、悩むもんだな。女が衣装選びに異常に時間がかかるのが今なら分かる様な気がするな。何て事を考えながら服を選ぶ。 ふと時計を見るとすでに時間は10分をとっくに過ぎていた。  

 

藤堂(尾崎)「おお〜い。藤堂、そろそろいいか?」  

京子(藤堂)「あっ!、ごめんごめん。まだ・・・ちょっとかかる。」  

藤堂(尾崎)「早くしてくれよな。俺もう我慢できねぇよ〜。」

 

  しょうがない・・・じゃ、目をつぶって掴んだヤツにするか。よ〜し・・・えいっ!!  

 

京子(藤堂)「・・・って、これ!?まぁ、自分で選んだんだから・・・。」

 

俺は握りしめた服を身につけると鏡台の前に向かった。

京子(藤堂)「ふぅ〜ん。仲々、似合うじゃないか。でもこれじゃ京子のまんまだもんな。
        ・・・・へへ、そうだ。」
 

 

俺は再び衣装の山の中から茶髪のセミロングのカツラを取り出すと鏡台の椅子に腰を掛け化粧を始めた。  

 

「おいっ、いつまで待たせるんだよっ!藤堂。・・・って」

一時間後、ついにしびれを切らした俺(尾崎)が部屋のドアを開けて入ってきた。が、次の瞬間 固まって動けなくなっていた。 それもそのはず部屋にいたのはいつもの京子では無く、全く見覚えのない女性だったからだ。 派手なゼブラ柄のスーツに身を包み、セミロングの茶髪、 大人っぽいきつめのメイクはまさに「別人」の女性だった。  

 

 

 

 

  藤堂(尾崎)「あの・・・先刻までこの部屋にいた人知りませんか?」

 

目の前の出来事が把握仕切れずにうわずった声で問いかけた。  

 

「・・・・・・・・・・・・・。」 女性は何も答えずにじっとしている。   

しばらくして何かに気づいた尾崎が口を開いた。

 

藤堂(尾崎)「もしかして・・・藤堂か?」  

 

女性は二ヤリと微笑む。

京子(藤堂)「やっと、分かったのかよ。気づくのが遅いぜ。」  

藤堂(尾崎)「!!」  

 

尾崎は見事に別人の様に変身した俺の回りを何度も見回しながら、 ため息をついていた。  

 

藤堂(尾崎)「でも、すごいよなぁ。髪型と化粧だけでまるっきりの 別人みたいだよ。」  

京子(藤堂)「だろ?どう、ご満足いただけたかしら?」

俺は俺(尾崎)にしなだれかかると思いっきりセクシーな声で 耳元でささやいた。  

藤堂(尾崎)「いいぜぇ〜、たまんないよ。」  

京子(藤堂)「それじゃ、京子の事、満足させてね。お・ざ・き君☆」  

藤堂(尾崎)「OK、OK。任しとけって。思いっきり愛してやるから。」  

 

尾崎は俺の体を抱きかかえると俺達はそのままベットへなだれこんだ。  

 


欲望の果て・・・。    

 

あれから俺達は藤堂(尾崎)の持ってきた衣装やメイクで 京子を色々な格好に変身させお互いに体を入れ替えては 欲望の限りを尽くしていた。 まるで夢の様な日々だった・・・最初のうちは。

 

藤堂(尾崎)「でも、何だか飽きるよなぁ〜。」

京子(藤堂)「そうか?それじゃお前、こっちやるか?」  

藤堂(尾崎)「いや、そうじゃねぇんだよ。何つぅかさ、いくら髪型や化粧や衣装替えたって京子は
        京子だし中身はお前だもんな。」
 

京子(藤堂)「贅沢言うなよ!そーゆー事言ったらお前だって攻め方がワンパターンで全っ然、新
        鮮味が無いんだよっ!」
 

藤堂(尾崎)「そう怒んなよ。たださ、いつも肉料理ばっかりじゃなくてたまには魚食べてみたいと
        かそう言うのあるじゃん。そう思わないか?。」
 

京子(藤堂)「じゃ・・・さ、他の女とやればいいじゃんかよ。俺も他の男捕まえてやってくるから
        よ!!。」
 

藤堂(尾崎)「おい、待てよ京子・・いや、藤堂ったら!」  

俺は尾崎の声を振り切る様に部屋を出ると、夜の街を目的もなくとぼとぼと歩いていた。
確かに女の体での体験は楽しいものであったが、いざやりつくしてしまうと何だかむなしい。  
あの時はあんなに満足していていたのに・・・。 すでに欲望は肥大し、今までと同じでは全く物足りなくなってしまった。  

「俺」も「尾崎」も・・・・・。    

 

『女性は向こう岸の存在だよ。男にとっては・・・・。』

 

どっかで聞いた様なセリフが頭をかすめる。  
決して手に入らないからこそ、相手を知ろうとして人は求め続ける。  
手に届かないからこそ得られる喜び。
 
空腹だからこそ得られる食べ物のありがたみ。  
難しいからこそ得られる達成した時の喜び。
     
全てが得られてしまうと、そこにはむなしさしか残らない。      
まるで夢遊病者の様にフラフラと夜の街をさまよう。

気が付くと俺はラブホテルのベットに汗ばんだまま全裸で横になっていた。 奥では中年のオヤジが腰にタオル一枚のまま鼻歌まじりにシャワ―から出てきた。    

(そっか俺、このオヤジと・・・・。)    

「いやぁ〜、なかなか良かったよ。・・・・京子ちゃんだっけ?それじゃ約束通り3万円 ここに置いとくから。」

オヤジはニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら脱いでいた背広に着替え始めた。

  「それとここの払いは済ませてあるからゆっくり出てきなさい。もっとも腰が抜けちまってるかな?何ちゃって、だぁ〜はっはっはっはっはっ!!」

 

  オヤジは高笑いをしながら意気揚々と部屋を出ていった。  

 

「何で、こんな・・・畜生っ・・・畜生っ・・・。」

 

  ベットに一人残された俺はそうつぶやくと、急いでシャワ―室に飛び込みタオルで体中が真っ赤になるまで洗い続けた・・・・。


  決別  

俺はおぼつかない足取りでラブホテルを出ると自分の部屋に帰ってきた 。 部屋のドアを開け、中に入ると俺の体(尾崎)が近寄ってきて俺を抱きしめた。  

藤堂(尾崎)「おおっ、藤堂っ!ずいぶん遅かったな。どこ探しても見つかんないから心配してた
        んだぜ、本当。それとゴメンな。なんか俺、言い過ぎたみたいでさ。」
 

京子(藤堂)「いや・・いいんだ。それより尾崎さ・・・。」  

藤堂(尾崎)「何だよ、改まって?遠慮なんかすんなよ。俺達は親友なんだぜ。」  

京子(藤堂)「実は・・・体返して欲しいんだ。俺の体を!」  

藤堂(尾崎)「いいぜ、さすがにお前も女の体ばっかりじゃ飽きてきたんだろ? 何も言うなって、
        分かってるよ。俺も京子の体楽しみたいしぃ〜。」
 

京子(藤堂)「そうじゃないんだ。俺・・・俺、もうこの体・・イヤ女の体でいるのに耐えられないん
        だ!」
 

藤堂(尾崎)「えっ・・・って何言ってんだよ。藤堂!?」

京子(藤堂)「それとこの体も京子に・・・元の京子に返してやってほしいんだ!。」
 

藤堂(尾崎)「それって、もしかして俺に成仏しろって事か?無理だよ。
        もう、京子の魂だって存在してないんだぜ。それによく考えろよ藤堂。
        京子はお前に黙って俺とつき合ってたような女だぞ?そんな女の方が親友の俺より
        もいいのか!答えろよ藤堂っ!!」
 

 

尾崎が俺の肩を強くつかんで前後に揺さぶる。

 

京子(藤堂)「ああ、確かに最初はとんでもないと思っていたよ。でも途中で気づいたんだ。
        京子の体じゃ無くて・・・もちろん体もだけど、それ以上に俺、あのまんまの京子の
        事が好きなんだって・・・。それにいくら体が手に入ったって、
        心が手に入らないんじゃ・・・俺・・・俺、何だかむなしくて。」
   

 

・・・・・・しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのは尾崎だった。      

 

藤堂(尾崎)「・・・・分かったよ。お前が言い出したら聞かないのは昔からだからな。
        よっし!俺も男だ。何とか京子の魂を見つけだした後、お前らの為に成仏してやる
        よ。まぁ、結構楽しかったしな。」
 

京子(藤堂)「すまない・・・。尾崎」  

藤堂(尾崎)「その前に一回だけ・・・な、いいだろ?」  

京子(藤堂)「あはは、分かってるって。」  

 

  そして俺達は最後にお互いの体を求め続けた。    

 


さらば友よ・・・。

 

  俺達は体を入れ替えると、気まずさからかお互い無言のまま黙々と「お別れ」の準備を始めた。
  京子(尾崎)「なぁ、藤堂。俺の事忘れないでくれよな。絶対だぞ!」    

藤堂(藤堂)「忘れる訳ねぇだろ!尾崎・・本当にすまない。」    

京子(尾崎)「気にすんなって、そんじゃな。」  

 

そう言い残すと尾崎は例の呪文を唱え始めた。

 

京子(尾崎)「アノクタラサンミャクサンボダイ、アノクタラサンミャクサンボダイ、アノクタラサンミャ
        クサンボダイ、
かーっ!」  

 

その瞬間、京子の体が「びくん!」と反り返ると、そのまま前に崩れ落ちた。 俺はあわてて京子の細い肩をつかむとそのまま自分の方へ引き寄せた。  

 

藤堂(藤堂)「おいっ、京子?京子っ!」

 

声を掛けるが反応がない。不安になった俺はつかんだ肩を揺らしながら大声で叫び続けた。すると・・・・。  

京子(? )「うっ・・・う〜ん。あれ?藤堂君!?。えっ、あっ・・・ちょっと」  

藤堂(藤堂)「京子・・・よかった。」

そうつぶやくと俺は京子の事を力一杯抱きしめていた。    

 


  それから

 

  数年後、俺達は卒業を待って結婚。俺は小さな事務機メ―カ―に就職が決まり京子は専業主婦になった。 更に子宝にも恵まれ小さいながらも幸せを噛みしめていた。 俺達の子供、親友「尾崎 勇」から一文字とった「勇樹」もすでに一歳になり、よちよちとせわしなく歩いている。   そんなある日の日曜日、リビングでくつろいでいると「勇樹」がたどたどしい足取りで近づいてくると俺の耳元に小さな両手を付け

 

「あ〜う〜。」

と意味不明な言葉を叫んでいる。 もしかして始めて言葉をしゃべるのかと期待しながらそのままにしておくと、絞り出す様な声でこう言い放った。

  「・・・わたしの・・・からだ・・・かえしなさいよ・・・。」  

「えっ?」

俺は言葉の意味が分からなかったが、勇樹の真剣な眼差しが何かを物語っていた。

 

藤堂「もしかして・・・お前、京子。・・・って事はまさか!?。」  

 

俺は勇樹の体を抱きかかえながら、キッチンで料理の腕を振るっている京子に近づいてこう叫んだ。

  藤堂「お前、本当は尾崎なのか?・・・・・京子に体、返さなかったのか!?。」

 

 

 

 

 

 

  振り返った京子は何も言わずに微笑んでいる。
見覚えのあるその表情は「尾崎 勇」そのものだった。          

 

俺の脳裏にある言葉がよぎる。

 

「カルネアデス」・・・自分の命(存在)を守る為なら他人を犠牲にしても叶わない。誰もが「被害者」にも「加害者」にもなりうる恐ろしい考え方。   その犠牲者だと言う事か「尾崎」も「京子」も「勇樹」も・・・・・。  





 

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