犬になんかなりたくないのに 作:沙亜矢 「ポチ、それじゃ行くよ。まだ人間の記憶が残ってるだろうから、賢くできるでしょ?」 えっ、どういうこと? ポチって何なのよ! そう叫ぼうとしたが、出てくるのは「ワンッ」という声だけだった。 「もうすぐ頭が犬並みになるだろうから、今のうちに教えといてやろう」 あたしの身体があたしに話しかけた。 口調が男みたいだ。 「俺はこの辺りに浮遊している霊だ。俺は生き返りたくて、何年も俺が入れる身体を捜していたんだ。身体には特有の周波数があって、それが合わないと入れないんだ。どういうわけかお前の身体と波長が合ってな、女だってことがひっかかったが、背に腹はかえられない。お前の身体をいただくことにしたんだ。だが、ひとつの身体にふたつの魂はいらない。だからそばで一緒に寝ていた犬にお前の魂を入れてやったんだ」 そうしてあたしの頭を撫でてくれた。 何となく安心する。 「犬の中にはお前の魂と一緒に犬の魂もあるだろう。所詮お前は居候みたいなものだから、そのうち犬の魂にお前の魂が侵食されるはずだ。つまりお前が犬と同化してしまうわけだ。そうなるとお前の身体はもう俺だけのものだ。俺は優しいから、お前を飼い犬として連れて帰ってやるよ。俺がお前の身体をどう楽しむか傍で見てるがいい。所詮完全に犬になってしまえば何も感じなくなるだろうがな」 「クゥゥ〜ン」 泣きたいのに口から出るのは悲しげな犬の鳴き声だけだ。 「それじゃポチ帰ろうか」 あたしの身体が歩き出した。 「ポチ、帰ったら美味しいドッグフードをあげるからね」 「ワンッ♪」 あたしは尻尾を振って、後をついていった。 犬になんかなりたくないのに...。 でもあたしの意識は少しずつ薄れていくみたい...。 一匹の犬が嬉しそうに尻尾を振ってついてくる。 「どうやらもうすっかり犬に同化したみたいだな」 《完》 |