フュジティブTHE ENDB〜想い〜

 作:無名



暗闇の中ー。
心の奥底に幽閉された、
少女の意識が、かすかに動きを見せるー。

けれど、どうすることもできないー。

2年前ー。
高校1年の時ー。

周囲から”優等生”として認識されていた
真面目な女子生徒、清水由香里は、
とあるクラスメイトに好意を抱き始めていた。

その相手は、
警察官の息子でもある、市村 龍平。

なぜ、好きになったのか。
他の男子とは違い、ちょっと抜けているけど穏やかなところだろうか。
それとも一見、気弱そうだけど、芯の強いところだろうか。

いやー。
人を好きになるのに理由なんていらない。

とにかく、由香里は、龍平に密かな好意を抱いていた。

けれどー
彼女に一歩踏み出す勇気はなかった。

”優等生”
彼女が真面目に、誰にでも優しいのはー
本当は、人の為なんかじゃない。

”自分が、誰にも嫌われたくないからー”

強くて、しっかりモノ。
周囲からはそう言われるけれど、
本当は、誰よりも繊細で、臆病だからー。

ようやく告白しようかと思っていたころー、
由香里は気づいてしまった。

龍平は、幼馴染のクラスメイト、松本 彩香のことが
好きだー、ということに。

龍平のことを見ていて、分かった。
彩香と話すときだけ、とても楽しそうで、嬉しそうでー、
好意に満ちた表情をしている。


ある日ー、
当時、図書委員だった由香里は、
図書室で恋愛本を読んでいる龍平を見つけた。

由香里の心の中に、少しだけ黒いモノが生まれた。

”龍平が告白して、彩香に振られてしまえばいい”

そう思った。

だからー、由香里はアドバイスした。

「−あれ?市村くん?どうしたの?恋愛本なんか読んで…」
由香里がほほ笑みながら言う。

「−−え?あ、いや、こ、これはさ…ホラ…あの」
顔を真っ赤にして答える龍平。

「−−ふふ…」
由香里は微笑んだ。

「−−松本さんでしょ?」

彩香の名前が出てきて龍平は
さらに狼狽えた。

「ちが、違う!!違うよ!!!」

そんな龍平の様子をお構いなしに由香里は言った。

「−−私から一つだけアドバイス…!
 自分から行動しないと何も始まらないよ…!」

由香里の笑みを見ながら龍平は
狼狽えるのをやめた。

「−−−私みたいに、後悔しても遅いから」

ーー”彩香に告白して振られれば、私の番が来るからー”


由香里はそう思った。

でもー、彩香はすんなりと龍平の告白を受け入れた。


「−−−ありがとう、清水さん」
後日、龍平にお礼を言われた。

「どういたしまして」
由香里は微笑んだ。

本当は、泣き出したくて仕方がなかったのに−。

この日以降、由香里は恋心を打ち明けることなく
身を引いた。
一人の、クラスメイトとしてー。

・・・・。

今は、もう、身体の自由すら奪われてしまった。

自分は今、何をしているのだろう。


「助けて!」
そう叫んでも、この言葉は誰にも届かない。

ーー好きだった、龍平の顔を思い浮かべて叫んでも、
言葉は届かない。

届くはずがないー。
龍平は、私のことなんて見ていないのだからー。
見ているのは”彩香”のことだけなのだからー

私がこうなったのは…
あの時、”龍平が振られてしまえば良い”などと思ったことに
対する、天罰なのかもしれない…。

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市村 龍平(いちむら りゅうへい)
高校生。凶悪犯の座間の憑依を突き止めた。

市村 孝彦(いちむら たかひこ)
龍平の父親。座間を追っていた。

松本 彩香(まつもと あやか)
高校生。龍平の彼女。座間に憑依されていたが救出された。

清水 由香里(しみず ゆかり)
高校生。生徒会副会長で、読書好き。

竹内 美香(たけうち みか)
高校生。お嬢様育ちでわがまま。

小笠原 淳子(おがさわら じゅんこ)
高校生。ショートカットが似合うスポーツ好きの少女。

座間 良一郎(ざま りょういちろう)
凶悪犯罪者。現在もとある女子生徒に”成りすまし”をしている

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

修学旅行2日目の朝を迎えた。

「おはよう!龍平!」
彩香がほほ笑みながら朝の挨拶をする。

「うん おはよー」
龍平はとても眠そうだ。

「どうしたの?」
彩香が不思議そうに尋ねると、龍平は笑った。

「いやぁ、部屋で枕投げが始まっちゃって
 寝れなくてさ」

龍平が言うと、彩香が苦笑いしながらヤレヤレという
様子を見せる。

今日は、体験学習が多い。
川下りだとか、そば作りだとか、ヨーグルトづくりだとか
そういう日程だ。

「−−おはよう」
龍平が振り向くと、そこにはおしゃれなミニスカート姿の
由香里が居た。

「あ、おはよう 清水さん」
少し顔を赤らめる龍平。

由香里の私服姿を見る機会はあまりない。

真面目な由香里にしては派手な服装で、
龍平は思わずドキッとしてしまった。

「−−ーー」
ふと、由香里の表情にいつものような元気がないことに
龍平は気づいた。

「あれ?なんか、顔色悪くない?」
隣に居た彩香も、疑問に思って声をかける。

「−−え、そ、そんなことないよ。
 今日も楽しもうね!」

由香里はそう言うと、足早に立ち去ってしまった。

立ち去りながら、由香里は手の震えを
抑えていた。

「くそっ…イライラする…!」
由香里がつぶやく。

座間に憑依されてから既に半年以上ー。
彼女の身体は、中毒になっていたー。
毎晩毎晩、身体を弄んでいた彼女は、
何もせずに1日を終えることに耐えられなくなっていた。

「−−−」
人気のないところで、スカートをめくって手を
突っ込もうとする由香里。

しかし…

「あ、清水さん!」
別のクラスメイトが由香里に声をかけた。

由香里はイライラした様子でその場で
3、4回舌打ちしてから
”笑顔”を作って、振り向いたー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「手がベタベタだよー」
蕎麦づくり体験を終えた龍平が苦笑いする。

「−−わたしも」
彩香も苦笑いしながら微笑む。

そんな二人の前に、
おしゃれ好きの美香が声をかけた。

「ん?どうしたの?竹内さん?」
そわそわした様子の美香を見て、
龍平が不思議そうに尋ねると、
美香は言った。

「ちょっと、いい?」
そば作りをしている小屋の外に、
龍平と彩香を呼び出した美香は
険しい表情で言った。

「−−昨日の夜、由香里が、タバコを
 吸っているのを見たの」

美香が、少し長くなった髪を
抑えながら言う。

修学旅行においても、
おしゃれ好きの美香はとてもおしゃれだった。

「−−−え?由香里が?」
彩香が驚いて聞き返す。

「何かの、見間違えじゃないかな」
龍平が言うと、
美香は首を振った。

「絶対に吸ってた。
 あたしが声をかけたら由香里、慌てて
 タバコを非常階段の外に投げ捨てたの」

美香が言う。

「−−そんな、由香里がそんなこと」
彩香が言う。

確かに、由香里はそんなことをする子じゃないー。

「ーーー清水さんにも色々とあるってことかな…」
龍平はそう言いかけて言葉を止めた。

”座間 良一郎”

高校2年の時に、彼女の彩香に憑依した
凶悪犯罪者ー。

彼の顔がー
頭に浮かんだ。

龍平は座間本人の顔を、写真でしか
見たことがない。

彩香に憑依している座間しか、知らないからだ。

けれどー
写真を見ただけでも、その顔は一度たりとも
忘れたことはなかった。

龍平が遠目で由香里の方を見る。

今日の由香里はなんだか元気がないし、
イライラしているように見える。

蕎麦を食べている由香里も、
なんだか乱暴な手つきに見える。

「清水さん…」
龍平は、心配そうにそう呟いた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「は〜今日も疲れた!」

2日目の日程も終わり、
宿舎で、夕食の時間を迎えていた。

今日は宿らしい料理が並んでいる。

「あたし、こういう料理あんまり得意じゃないのよね」
美香が言うと、
横にいたスポーツ好きの淳子が笑う。

「お嬢様は、好き嫌いが多いからね〜!」
淳子の茶化すような言葉に「何よそれ!」とムキになる美香。

「ーー元気だなぁ、二人とも」
龍平は呟く。

そしてー横に座る由香里の方を横目で見た。

「−−−−」
無言で少しイラついた雰囲気で料理を食べている。

「−−清水さん?大丈夫?」
龍平が尋ねると、由香里はいつものような笑みを浮かべた。

「え?だ、大丈夫よ。ど、どうかした?」
由香里の言葉に、美香も心配そうに由香里の方を見た。

「−−や、やだ!どうしたの!みんあ、そんな顔して」
由香里は、龍平、彩香、美香の心配そうな表情を
見て、慌てて笑顔を浮かべた。


「−−−本当に、大丈夫?」
美香が尋ねた。

普段なら―
由香里は笑顔でその問いにも答えただろうー。
座間は、由香里の記憶を完全に読み取っている。
だからーボロを出すことはない。

けれどー
今日は違うー
昨日から、体が満足できずに悲鳴を上げているー
喘ぎ狂いたい、ヤリまくりたいー
タバコを、酒をーーー…

「−−−大丈夫って言ってるでしょ!」
由香里が少しだけ声を荒げた。

普段、声を荒げることのない由香里が。

美香の表情が曇る。

「−−き、きっと、疲れてるんだよ、ね?」
龍平が場の張りつめた空気を消そうとして
笑みを振りまく。

座間は消えたー。
そんなはずがないー。

龍平は嫌な予感を頭の中から消そうとして首を振った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

夜ー。

「あん・・・?」
由香里は、お手洗いで、一人、胸を触って喘いでいた。

「はぁ…? はぁ…?
 もう、我慢できない…
 わたし、、えっちな女の子になっちゃったから…
 ふふ・・・ふふふ?」

ここで喘ぎ狂ってやるー。
由香里は己の欲望を満たそうとしたー。

しかしー

「あ、由香里じゃん!」
スポーツ好きの淳子がトイレに入ってきた。

「カフェオレ飲みすぎちゃって、お手洗い近くなっちゃった」
笑いながら言う淳子に、
苦笑いを浮かべる由香里。

足早にお手洗いから由香里は立ち去った。

そして、廊下に出て、
歯を食いしばる。

「−−−邪魔ばっかりして…」
髪の毛を滅茶苦茶に掻き毟る由香里の表情は
”壊れて”いたー。

「−−はぁ…はぁ…我慢できない」

イライラして壁を殴りつける由香里。

由香里はそのまま人気のない通路に向かうー。


けどーそこでも、
男子二人が、夜の密会を楽しんでいた。

どこに行っても誰かが居る―。
自分だけの空間が、無いー。

「あぁ〜〜〜〜!くそがっ!」
由香里は叫んだ。

舌打ちを繰り返しながら廊下を歩く由香里。

修学旅行は3泊四日。

無理だー。
座間は思った。

このままじゃ、狂ってしまう。


ふと、由香里の脳裏に、D組の不良生徒の
姿が浮かんだー。

由香里は、笑みを浮かべたー。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「−−−何だよ、こんなところに呼び出してー」

D組の不良生徒、藤岡を呼び出した由香里は
微笑んだー。

「修学旅行、楽しい?藤岡君」

真面目な由香里から、避けられていた藤岡は
呼び出されたことに違和感を感じながらも
答えた。

「へっ…ルール多すぎて楽しめねぇな」
藤岡がそう言うと、由香里は藤岡の方に
近づいて、甘い声を出した。

「実はわたしも、楽しめてないの…」
耳元で囁くようにして言う由香里。

「し、清水さんもか…」
ドキドキしながら藤岡が言う。

「ねぇ、わたしと一緒に
 今夜、楽しまない?」
由香里が、本人なら絶対に出さない様な
色目をつかった声でしゃべる。

「−−−た、、楽しむって…?」
藤岡が下心を丸出しにしながら呟く。

「−−22時に、屋上で…」

8階〜10階を、修学旅行で貸切にしているホテル。
その上には、屋上がある。

屋上への立ち入りは学校側が禁止していたが、
出ることはできるー。

夜なら、誰も来ないはず。

由香里は、屋上で、不良の藤岡を道具に、
自らの欲望を果たそうとしていたー。


22時ー。

藤岡は既に屋上に到着していた。

そして、由香里もミニスカート姿のまま、
屋上へと向かう。

身体がゾクゾクするー
”今の由香里にとっては”久しぶりの快感を前にー。


「−−−−!?」
たまたま廊下を歩いていた彩香が、屋上の方に向かう由香里の
後姿を見つける。

「−−−由香里?」
彩香は嫌な予感を感じて、由香里の後をつけるのだった…。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

屋上ー。

ちょうど、電線の事故があり、
屋上は現在、関係者以外立ち入り禁止だった。

触れば感電しそうな配線が、そのままになっている。

「お待たせ?」
由香里は甘い声で、不良生徒の藤岡を呼んだ。

「−−し、清水さん」
藤岡が振り返る。

由香里は、飢えきった雌のような表情で
藤岡を見つめた。

「−−ふふふ? わたしと、、えっちしよ…?」
由香里の突然の言葉に藤岡は戸惑う。

「−−−は、、はぁ??
 い、、いいのかよ…!」

藤岡はニヤリとする。
由香里のことは気になっていた。
だがまさか、自分からー。

「−−−うふふ? あぁ、もう濡れてきちゃった?」
由香里はそう言うと、服のボタンを
外して、はだけさせたー。

そしてーー。

「−−−由香里!」
背後から声がした。

由香里は驚いて振り向いた。

「−−−な、何してるの?」
彩香が言うと、藤岡も由香里も驚いた表情で彩香を見ている。

「やっ…やべっ!」
藤岡はそう言うと、慌てて屋上から走り去って行った。


「−−−」
沈黙する二人。

やがて、彩香が口を開いた。

「−−−ねぇ、由香里…
 何、、、しようとしてたの?」

聞かなくても分っている。
由香里はーーー

由香里は、下を向きながら笑った。

もう、我慢の限界だった。

「−−−邪魔すんじゃねぇよ!!!」
由香里が激しい形相で叫んだ。

イライラした様子で、足を地面に何度も何度も
叩きつけて、
はぁ、はぁと言いながら彩香の方を睨んだ。

彩香は悟ったーーー

「あなた、まさかーーー!」

由香里は不気味な笑みを浮かべる。

「予定変更ー
 今日”破棄”だ」

低い声で言うと、由香里は、ポケットに隠し持っていた刃物を取り出して
舌でそれを舐めまわした…。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「あれ?巡査部長!」
淳子が、廊下を歩いていた龍平に声をかけた。

「ん?って、僕、警察官にはならないけど…」
龍平が突っ込みを入れると、淳子が笑った。

「−−あれ?彩香と一緒に屋上でイチャイチャじゃないの?」
不思議そうに言う淳子。

「へ?」
龍平が間抜けな声を出す。

「え?だってさっき、彩香、屋上の階段登って行ったよ?
 先に誰か屋上に行ったみたいだし。

 てっきりわたしは、市村くんと、彩香が屋上で
 夜の密会でもするのかな〜って思ってたんだけど?」

淳子の言葉に、
龍平は嫌な予感を覚えたー

”彩香が屋上に向かった誰かに続いて、
 屋上に行ったー?”


龍平は、すぐに走り出していたー


座間の顔が頭に浮かぶー
いや、離れない。

あいつは、あいつは、今もー。

龍平は屋上への階段を駆け上がりながら思う。


「−−−助けてーーー」


夢で見ていた、助けを求める女子生徒はーーー

龍平はーーー
答えに辿り着いた―。

そして、屋上にーーー


「やめて!!!」
叫ぶ彩香ーーー

そのすぐそばまで迫っていた
女子生徒の姿はーーー。


「−−−−−清水さん!!!!!」
屋上に辿り着いた龍平は叫んだ。

彩香が涙目で振り向く。
「りゅ、龍平…!」

そしてーー
彩香のすぐ傍に居たー
いつも優しいはずの由香里がーー

邪悪な笑みを浮かべた。

「−−−市村くん…」


龍平は叫んだ。

「−−−−−座間!!!!!!!!」

とーー。


座間と呼ばれた由香里は、
口元を三日月型に歪めて、笑みを浮かべたーー


Cへ続く

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コメント

フュジティブは書いている私自身も
特に楽しく書けました!

皆様のご声援のお力あってこそだと思います!

あと数話、お楽しみください!






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