乙女に棲むもの
 作:井澄ミスト イラスト:ポゼッションさん



周囲を高い山々に囲まれた地にある魔王城・レンバルト城。荘厳な造りのこの巨大な城は、魔王オルバたちによって作られたものではなく、元々はアイゼルクという国の城であった。

しかし、魔王率いる魔族軍により国民は根絶やしにされ、国は壊滅。現在この地は魔王と部下である四天王や多くの魔族が棲む城となっている。

(1)四天王と魔王

魔王城の一室、昔は会議の場として使われていたであろう広い部屋は、今も四天王が作戦会議を行う際に使用している。その部屋に四天王のうち3名が集結していた。

「遅いなハイト。毎度遅刻ばかりして、彼には四天王の自覚というものはないのか……」

小言をこぼしたのは四天王序列第1位、氷雪のゲルン。下半身は人型だが、上半身は龍の姿をしている。四天王きっての頭脳派で、四天王最強、実質リーダー格である。また、魔王の側近も兼ねている。

「そのとおりだぜゲルン。俺はいつも一番乗りでここに来るからな。いつも最後に現れるあいつには困ったもんだ」
「あなたは早すぎだフォール。まったく、あなたとハイトを足して2で割ればちょうどいいだろうに……」
「さすがにそいつは個性の潰し合いじゃねーか? それにハイトのやつの趣味にはついていけねーぜ」

軽い口調で語るのは四天王序列第4位、嵐のフォール。ゲルンと同じく下半身は人型だが、上半身は鳥の姿。動きの速さが売りで、スピードとは無関係に気が早い性格であるのは長所でもあり短所でもある。

「なあ、ハイトのやつを俺らで潰さねーか? あいついつも自分勝手だし、俺らで根性叩き直そうぜ」
「やめておけ、フォール」
「なんで止めるんだよクラッド!」
「確かに3対1でハイトを囲めばよいだろうが、それこそ四天王同士で潰し合いではないか。少なくとも儂やフォールよりはハイトのほうが強いからな。無益なことはせんことだ」

厳かな喋りの四天王序列第3位、大地のクラッド。巨体が特徴の巨人族で、パワータイプだが、岩のようにどっしりと落ち着いている。

「ちっ、あいつ調子いいくせに無駄に強えからな。なんであんなやつが四天王ナンバー2なんだよ」
「まあまあ一旦落ち着こうフォール。僕も彼に思うところはあるが、実力は確かなのだから――」

ゲルンがフォールをなだめようとした矢先、部屋の扉が大きな音を立てて開かれた。

「すみませーん! おっくれましたー!」

綺麗な深紅の長髪をなびかせながら飛び込んできたのは1人の人間の少女だった。この場には到底似つかわしくない存在だ。

見た目はどこにでもいるような純朴そうな村娘で、年齢は15,16歳といったところだろうか。あどけなさの残るその少女は、特別な防具を身に着けるでもなく、平穏に暮らしている村娘が着ているような服を纏っている。また、身体が鍛え上げられている勇者やその仲間たちとは明らかに違う。

そんな少女が魔族を束ねる四天王の会議中にやってきた。

「またか……」「まただな……」

ゲルンとクラッドはやれやれといった気持ちでため息をついてぼそっと呟いた。その一方でフォールは、

「だからなんでテメーはいつもいつもころころ身体を代えやがるんだよ! 誰だかわかんねーじゃねえか!」

と机を叩いて激しく叫んだ。見た目だけではなく、雰囲気やオーラも普通の少女にしか思えないため、事情を理解しているものでないといったい誰なのだかわからない。

「あはっ、やだなあ、私ですよ、わ・た・し! こんなところにいきなり人間の女が1人でやってくるわけないじゃないですか。ふふっ」

明るい口調で和やかに答える少女。この少女が四天王の残りの1人なのだろうか。

「この野郎、ちょっと強いからっていつも調子に乗りやがって!」
「落ち着こうフォール。さて、一応あなたがハイトだというのを確認させてくれないか」
「はいはーい」

そう言うと少女はゲルンたちに向かって口を大きく開けた。そして、

「う、うぉぉぉぇ゛ぇ゛……」

と苦しそうな声を上げて、白目を剥き、涙を流しながら、口から不気味なタコの姿を覗かせた。ゲルンたちに姿を確認させると再び少女の身体の中へ戻っていった。

「げほっ、げほっ、……ふぅ。これをやると苦しいからあんまりやりたくないんですよねえ。それにこのかわいい顔が台無しですよ」

少女は涙とよだれを拭いながら、ぶつぶつと愚痴をこぼした。

「確かにハイトのようだ。まったくあなたは、また違う人間の身体を……」
「えー、いいじゃないですか。ねえ、かわいいでしょこの娘」

少女はポーズを取りながら四天王の他の面々に笑顔を振りまいた。

四天王序列第2位、爆炎のハイトは、本来はタコ型の魔族だ。おどろおどろしい巨大なタコの姿をしていて、先ほど少女の中から姿を覗かせたのがハイト本体だ。

ハイトの取り柄は膨大な魔力を活かした攻撃魔法であるが、さらに彼には特殊な能力がある。それは自分より弱い、あるいは弱っている相手であれば種族を問わず、相手の身体に入り込んで乗っ取ることができるというものだ。たとえそれが人間であっても。

「俺には全然理解できねーぜ」
「儂もだ」
「つれないですねえ」

フォールとクラッドの無関心さをハイトは嘆いた。

「お前、普通にしてたら強えのに、なんでそんなに人間の女の身体にこだわってんだよ。絶対弱体化してんだろ!」
「だってかわいいじゃないですか。かわいさは大事ですよ! こうやって気に入った新しい身体を披露するのいつも楽しみなんですけど、お気に召しません?」
「いいえ」「全く」「全然」
「えー」

両手を広げて大げさな身振り手振りで新しい身体を見せびらかすハイトと、全く興味を示さない四天王の3名。

「ったくよー。いつもの気持ち悪いタコ姿でいいじゃねーか。そのほうが強えんだし」
「……あ?」

フォールの「気持ち悪い」という単語に対して過敏に反応するハイト。眉間にしわが寄り、額に青筋を立てて、鋭い眼光でフォールを睨みつける表情は、このかわいい少女には不釣り合いだった。

「おい、お前今なんつった? 表に出ろ。殺すぞ?」
「上等だ! 俺もテメーが気に入らなかったんだ!」
「待て待て! 喧嘩をするな! 僕たちが争っても仕方ないだろう」

ハイトとフォールが互いに睨み合う中で、慌ててゲルンが仲裁に入った。

「フォールはあまりハイトを挑発するな。それからハイトも落ち着いてくれ。ほら、その、なんだ、かわいい顔が台無し……だぞ?」

ゲルンはハイトをなだめるために、さっきハイトが言ったセリフを用いて適当に慰めた。

「…………」
「ハイト?」

怒りに満ちたハイトの顔がぱっと笑顔に変わった。

「さすがゲルンはわかってますね! そうですよね。私かわいいですよね! そんなの私が一番知ってますよ! ふふふ」
「……」「……」「……」

3名は反応に困り、沈黙したままだったが、やがてゲルンの合図で会議が始まった。


*****


「――以上で作戦会議を終わりにするが、何か質問はあるか」
「無いぜ」「無い」「ありませーん!」

今後の方針について話し合いを終えた四天王の面々。

「わかった。では、僕はこれからオルバ様に報告してくるからちょっと待っていてくれ」

ゲルンは部屋をあとにし、魔王オルバの元へ向かった。

「ったくよー、作戦会議なんてめんどくせーことせずに適当にやってけばいいじゃねーか」

長い会議を終え、けだるそうにフォールが言った。

「そう言うなフォール。作戦は大事だ。なんでも勢いに任せればよいというものではない」
「そうですよ。フォールはその鳥頭だから作戦を覚えられないんじゃないですか。ふふっ」
「テメーなあ!」
「よさんかハイト! おぬしら喧嘩ばかりしおって。作戦はゲルンがほとんど考えてくれとるし、やつの言うとおり動けば問題なかろう。今までもそのおかげでここまで来れたのだからな」

ゲルンが抜けたあともわいわいとにぎやかな空間となっていた。



しばらくするとオルバへの報告を終えたゲルンが戻ってきた。

「すまないハイト。ちょっと一緒に来てくれないか」
「はいはい、いいですよ」

戻ってきて早々、ハイトを呼び寄せるゲルン。ハイトは席を立ち、ゲルンと一緒に部屋を出た。

ゲルンとハイトは赤絨毯の敷かれた長い廊下を歩き、城で一番大きな扉の前に立った。王の玉座があるここは、かつてはアイゼルク国王が謁見の間として使用していたが、今は魔王城の主、オルバが鎮座している。ゲルンとハイトは扉を開き、中にいるオルバの前に立った。

魔王オルバは、大きな2本の角が特徴的な巨大な魔獣だ。全ての魔族、そして四天王の上に立つ魔族の王であり、その威圧感は他を圧倒する。

「オルバ様、ハイトを連れてきました」
「うむ。ハイトよ、……ハイトでいいんだよな?」
「はい魔王様! 私です、ハイトです!」

オルバからしても、やはり普通の少女にしか見えず、困惑しつつも話を続けた。

「うむ……。まあいい。このたびはご苦労であった。村を一つ滅ぼしたそうだな」
「はい、報告いたします! 私は単身でフルドの村へ向かい、そこで魔力を全力で解放し、村を混乱に陥れて、そこに住んでいる人間たちを燃やし尽くしました。普通の人間を装って侵入したので誰も疑っていませんでしたよ!」
「ああ、なかなかの活躍ぶりだな。ときにハイトよ。確認したいことがあるのだが」
「なんでしょう?」

ハイトはきょとんとした顔で首を傾げた。いちいちかわいらしい仕草を取らせるのもハイトの趣味なのだが、オルバもゲルンも反応しなかった。

「確か前に使っていた身体はどこぞの国の大賢者の身体だったはずだな?」
「そうです。あの身体もかわいかったですね!」
「……。確か魔力を行使するのに相性のいい身体だと言っていたはずだが、あの身体はどうした?」
「捨てました!」
「……は?」

こともなげに言うハイトに驚きを隠せないオルバ。

「だってー、村を襲ってたらかわいい身体を見つけたんですよ。そうしたらいてもたってもいられなくて、その女だけ捕らえておいて、村を滅ぼして、そしてこのとおり身体を乗り換えました。ああ、安心してください。前の身体は目を覚ます前にちゃんと燃やしておきましたので!」
「…………。で、その身体はどんな力を持っているのだ?」
「んー、ただの娘なので特に何もないですね!」
「バカモノが!!」

オルバはハイトに雷撃を放った。もちろん手加減はしているが。

「あひぃぃぃぃ!?」
「貴様はなぜそうやすやすと身体を乗り換えるのだ! どう考えても前の身体のほうが強かっただろうが! お前の強さは信用しているし、身体を乗っ取る能力も、人間を使えばそうやって有用に使えるから、多少弱くなろうが許してやっているというのに。その身体では弱くなりすぎだろうが!!」

オルバはもう一度雷撃を放った。

「きゃぁぁぁぁ!」

ハイトは甲高い悲鳴を上げて床に倒れた。

「だ、大丈夫かハイト。オルバ様、いくらなんでもやりすぎでは」
「いいんですよ、ゲルン……」
「しかし……」
「あぁ……、この身体、こんな声も出せるんですねえ。はぁはぁ」
「……」

心配して駆け寄ったゲルンだったが、自分の出す声に興奮する姿のハイトを見て、心配をして損したと思うゲルンであった。

「……オルバ様、死なない程度にもうちょっとやってもいいと思います。後で僕が回復させておきますので」
「……そうだな」

オルバもゲルンも頭を抱えた。

そして魔王の玉座の前では雷撃を受ける少女の悲鳴がこだました。



(2)勇者一行と四天王ハイト

四天王会議より少し時が進んだあとのレンバルト城。勇者一行が攻略に向けて突き進んでいた。

「みんな、四天王はまだあと2人いるはずだ。油断せず進むぞ!」
「ああ!」「おう!」「ええ!」

パーティーのリーダーである男勇者、戦闘で前に出て戦う女剣士、攻撃魔法を得意とする男魔法使い、補助や回復魔法を得意とする女魔法使いの4人で構成されている。

4人は城の入り口でいち早く対峙したフォール、城の要所で待ち構えていたクラッドをなんとか倒し、着々と進んでいた。四天王戦を2回終えて、疲労が少しずつ溜まっているものの、回復しながら魔王がいるであろう最奥部を目指していた。

城を進んでいるとかつて王族が暮らしていたであろう部屋が続く廊下にたどり着いた。いつ魔物が出てくるか、あるいは次の四天王が現れるかわからない緊張感に包まれながら勇者たちは歩みを進めた。そのとき、

――バタン!

部屋の一つの扉が大きな音を立てて開いた。勇者たちは警戒するが、現れたのは深紅の長髪が特徴的ないたって普通の少女だった。

「助けてっ……!」

必死な面持ちで助けを求めるその少女に対して、勇者は身なりの綺麗さを少し不審がった。しかし、少女からは特別な魔力やオーラを感じなかったため、罠ではないのだろうと警戒を緩めた。

「大丈夫!?」

女魔法使いが心配そうに声を掛けると、少女は女魔法使いにぎゅっと抱きついた。

「わ、わたし……、あの、ここに捕らえられていて……。廊下から人の声がしたと思って、それで慌てて飛び出してきたんです。拘束はされてなかったけど、自力では脱出できなくて、それで……それで……っ」
「ええ、私たちが来たからもう大丈夫よ」

女魔法使いのほうも少女を慰めるように抱きしめた。

ぐすっぐすっと泣いているかのように見えた少女は、勇者たちからは見えない角度でニヤリと笑い、指先から高魔力の熱線を放って、女魔法使いの心臓を一突きした。

「かはっ!?」

突然の攻撃を食らい、なすすべもなく床に倒れる女魔法使い。予想外の展開に、残り3人は一気に警戒態勢を取った。

「まず1人ですね♪」

少女は返り血を浴びた状態でにこやかに笑い、3人に向き直った。

「マリーン! くそっ、おいお前っ……! なんのつもりだ!」

剣士が女魔法使いに呼びかけるも反応は無く、少女に向かって大声で叫んだ。

「ダメですよ、油断しちゃ。こんなところに人間の女がこんな綺麗な状態でいるわけないじゃないですか!」

少女は剣士と他2人に向かって諭すように言った。勇者は先ほどの判断ミスを悔やんだ。

「四天王の1人か?」
「そうです。私はハイト。お察しのとおり四天王の1人です」
「その姿はなんだ? 人間に変身しているのか? それとも誰かに操られているのか? しかしあんたからは魔力どころか禍々しいものを何も感じない。さっきの攻撃だけは高い魔力を感じたが」

男魔法使いが敵の正体を探ろうと質問を投げかけた。

「順番にお答えしましょう。この姿は変身したものではないです。操りというのも間違ってはいないですが若干不正確ですね。私は相手の身体を乗っ取る能力を持っているんです。なので、この身体はちゃんと生身の人間のものですよ。普段はこの身体に合わせた状態でいられるので、私本来の魔力も隠せるんですよ」

ハイトはすらすらと自分の能力を喋った。

「随分ペラペラと喋るんだな。普通は能力を隠すもんじゃないのか? よっぽど自信でもあるのか」
「んー、それもありますが、こうやって説明したほうが面白いかなと思いまして」
「酔狂だな」

勇者の問いかけに対して、ハイトは余裕ぶって答えた。

「それにここまで手の内を明らかにしても、こんなかわいい少女に手も足も出ず、勇者たちが倒される構図ってすごくそそるものがあるじゃないですか!」

ハイトは胸の前で手を組み、キラキラとした顔で言い放った。

「……気持ち悪いな」
「あ?」

またしてもハイトは「気持ち悪い」という単語に反応し、本来の少女がしないような激しい剣幕を見せた。

「誰が気持ち悪いんだ、あぁん? もういっぺん言ってみろよこのクソどもが! 全員ぶっ殺すぞ?」

先ほどまでの敬語口調とは打って変わって汚い言葉を発するハイト。怒りから急に口調が変わってしまったその様子に3人は気圧されて黙ってしまう。

「……おほん。失礼、取り乱しました。さて、話を戻しまして、勇者のあなたにこの少女の身体を斬ることなんてできますかねえ?」

自らの首の前で斜めに手を動かし、首を斬る動作を見せて挑発するハイト。

「構わない。斬る」
「無慈悲ですねあなた!? 勇者がそれでいいんですか!?」
「その少女には申し訳ないが、もう精神も食われているのだろうし、その身体ごと倒させてもらう」
「ふふっ」

ハイトは無邪気な少女のように笑った。

「何がおかしい」
「いいことを教えてあげましょう。実はこの身体の持ち主の精神、まだこの身体の中で生きているんですよ」
「……なんだと?」

少女の無邪気な笑みは凄惨なものへと変わった。

「相手を殺してその身体を乗っ取る能力、そういう力を持ったものもいると思いますが、私は違うんですよ。相手の精神はあくまで生かしたまま心の奥底で眠らせています。おかげで身体はこのとおり瑞々しいままですし、記憶を使うのも思うままです。例えば……」

ハイトは瞳を閉じて開いた。

「勇者様! わたし、死にたくない! お願い、助けて!」

最初に現れたときのような必死な様子で訴える少女の姿は、ハイトとは別人に見えた。ハイトはまた瞳を閉じて開いた。

「こんな感じでどうでしょう?」
「……俺たちを油断させようと嘘をついている可能性もあるよな」
「さて、どうでしょうね。信じるかどうかはあなた次第です。さあ、長話もここまでにして戦いましょうか」

ハイトは戦闘開始を宣言した。

勇者、剣士、男魔法使いが身構える中、ハイトは持てる魔力を全解放した。先ほどまでなんの力も持っていないように見えた少女から禍々しい力が満ち溢れてきた。

「わたしのために死んでね、勇者様!」


*****


勇者たちとハイトの激しい戦闘が終わりを迎えた。しかし、その激しさの大半はハイトの爆炎魔法によってもたらされたものだった。

「うっ、うぐぁっ……!」

ほぼ壊滅状態の勇者パーティー。女魔法使いは最初の一撃でそのまま息絶えており、男魔法使いも早い段階で倒れていた。剣士でもかろうじて生きているような状態だ。そして勇者ももう立ち上がることすら困難である。

対するハイトも、全力の魔力に少女の身体が耐え切れず、着ていた服だけでなく、皮膚もボロボロになり、腕は黒焦げ、全身から血を噴き出している。姿だけを見れば少女が生きているほうが不思議なぐらいだ。

「はぁ、はぁっ、もうこの身体も限界ですね。せっかくのかわいい身体だったのに、やっぱり魔力解放1回分しか持たなかったですねえ。うーん……。あ、そうだ」

ハイトはふらふらとした足取りで勇者に近付き、勇者の剣を拾った。

「な、何を……」
「まずあなたはこの手でとどめを刺します。そしてあそこの剣士の身体を私がいただきます。よくよく見るとあの剣士もかわいいじゃないですか。最初の魔法使いは死んでしまったようですし、まだ生きてるほうにしましょう。幸いあの傷ならゲルンに回復してもらえばまだ使えそうですし、かなり鍛えられてるようですからね。私の魔力解放にも耐えられるかもしれません」

つらつらとこれからのことを語るハイト。

「やめてくれ……。やるならいっそのこと一思いにやってくれ……。お前に身体を使われるなんて……」
「仲間にとどめを刺してくれなんて酷いことを言うもんですね。大丈夫です、心配しないでください。私が大事に使ってあげますから!」
「くそっ……!」
「さて、そろそろあなたとのお話も終わりです」

一呼吸置いてハイトは――、少女は純粋さを感じさせるとびきりの笑顔で剣を振り上げた。

「勇者様はあんなことを言ってたけど、わたしのこと助けてくれようとしてたんですよね。でもわたし……、そんなこと望んでないから! だから安心して死んでね、勇者様♪」

絶望に染まった勇者の首に向かって剣が勢いよく振り落とされた。



「さて、それじゃあ続いて、あなたの身体いただきますね♪」

ハイトは剣士に近付き、口を開いた。

「う、うぉぇぇ゛ぇ゛……、げぇぇ……」

ビチャビチャと音を立てて、少女の口からタコ型の魔族が出てきた。この少女のどこに収納されていたのかというほどの巨体をうねらせながら剣士に近付いていく。ハイトが抜け出たあとの少女の身体は地面にバタンと倒れた。そしてハイトは触手を操って剣士の口を開き、身体をねじ込ませていった。

「う、うぇっ、んぐっ、あがっ」

苦しそうな声を上げる剣士の身体の中にハイトが入っていく。全身が入り込むと剣士の身体がビクビクと痙攣したが、落ち着いたところで立ち上がった。

「……ふぅ。あいててて、ちょっとやりすぎましたかねえ。さすがにこのままではつらいので早くゲルンのところに行かないと」

起き上がった剣士はすでにハイトに身体を乗っ取られていた。これから彼女はハイトが身体を捨てるまでは、ハイトに身体を使われ続けることになる。

そんな傍らでハイトがさっきまで身体を乗っ取っていた少女が目を覚ました。

「ぎゃああああっっっ! い、痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃぃ!? な、なんっ、ああああ゛ぁ゛ぁ゛っ!」

目を覚ました途端、大きな叫び声を上げる少女。ハイトの説明どおり、まだ彼女の精神は生きていた。しかし、身体を解放されたものの、すでに身体は瀕死の重傷だったため、突如襲ってきた激痛に少女は苦しむこととなった。

「ああ、うっかりしてました。あなたを苦しめるつもりはなかったのですが、いい叫び声を聞かせていただきました。お礼にすぐに逝かせてあげます」

ハイトは少女に向かって魔法を放った。なんの力も持たない少女は一瞬で消し炭になった。



ゲルンの元にたどり着いたハイトはゲルンに向かって呼びかけた。

「ゲルンー、回復してくださーい!」
「うわっ!? ……ってもしかしてハイト?」
「そうですよ。さっきまでの身体が限界だったので勇者パーティーの剣士の身体をいただきました。かわいいでしょ。あ、いつもの確認は面倒くさいので早く回復お願いします!」
「まったく、あなたはまたそうやって……」

ゲルンはため息をついてから、ハイトに向かって回復魔法を唱えた。



<イラスト:ポゼッションさん>

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