看護婦は見た-8-
 作:ONOKILL


見舞客(2)

偽物の加世子は、何が起きたのか分からずに動揺する加世子を見て笑みを隠せないようだ。そして彼女が持ってきたカバンの中から折り畳み式の手鏡を取り出した。
「加世子。この鏡を見るがいい」
加世子の目の前に手鏡が差し出された。
その中にあるべき彼女の姿が無かった。その代わり、年老いた老人男性の姿があった。
彼女はその男性が誰であるかに気付いた。そして次の瞬間、叫び声を上げた。
この時、大峯加世子と宮路の心と身体が入れ替わっていたのだ。

宮路になった加世子は慌てふためき、加世子になった宮路の手を掴んで何かを伝えようと呻き声を上げた。
宮路は加世子の顔で、やれやれといった表情を浮かべた後、言った。
「私はある事故をきっかけに他人と身体が入れ替わるようになった。しかも入れ替わるのは決まって若い女性だった。一人目がグラビアアイドル。二人目が看護婦。三人目がお前だ」

「入れ替わるタイミングは自分の力でコントロール出来ない。突然、前触れもなしに入れ替わって、何時元に戻るのか分からない。一度目が二週間後、二度目が三週間後に元に戻った」
加世子は宮路の言葉を聞いた瞬間、僅かながら安堵した。その話が本当であれば、時が経てば元に戻る可能性が有るからだ。
「私はその年老いた身体に戻りたくなかった。彼女たちになり替わり、新しい人生を歩みたかった。しかし出来なかった。入れ替わった彼女たちに対して、人生を奪って申し訳ない、という同情心が芽生えたのだ。すると間もなく元に戻った。恐らく私の同情心が元に戻る唯一の方法なのだ」
加世子はそれを聞くと、力を振りしぼって両手を上げ、宮路のものとなった細く美しい手を握りしめた。そして涙を流しながら宮路に哀願した。彼女は三週間も、いや一秒たりとも老人男性の身体でいたくなかったからだ。

しかし加世子の思いは宮路に届かなかった。
宮路は加世子の手を振りほどいて言った。
「加世子、心配しなくていいぞ。我々は絶対に元には戻らない。何故なら私は、その老いぼれの身体になったお前にこれっぽっちも同情しないからだ」
加世子はそれを聞いた瞬間、皺だらけの顔を醜く歪め、宮路に向かって涙目で睨みながら罵るような声を上げた。
宮路は加世子の手の届かないところに後づ去りした。そして胸に手を当てて言った。
「今日から私はお前になる。お前はその老いぼれの身体で短い人生を全うするがいい」
加世子は首を大きく振ってそれを否定した。そして何とかベッドから立ち上がろうとするが、その年老いた肉体は彼女の言う事を聞かなかった。やがて動くのを止め、絶望したかのように天を仰ぎ、子供のように泣きじゃくった。
「それじゃあ、おじいさま。わたくしはこれで失礼いたします」
宮路はベッドの下に落ちていた自宅の鍵を手にした。
「おじいさまの財産を全てわたくしが処分いたします。でも心配しないでください。入院費だけはきちんと支払って差し上げますから」
美しくも邪悪な笑みを浮かべた宮路は、泣き続ける加世子を無視するように病室を後にした。

続く





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