看護婦は見た-6-
 作:ONOKILL


ベテラン看護婦(2)

「ううっ、ぐすぅ…。 という訳で、私は三週間もの間、あの宮路さんと身体が入れ替わっていたんです…」
こぼれ落ちる涙を拭きながら、亜美は茜に自分の身に起きた事を全て話した。
茜は仕事に戻るのも忘れ、亜美の話を不思議そうに聞いていた。
亜美が入れ替わったと称する宮路とは、最上階の個人病棟に居る80代の男性患者の名で、何ヶ月か前に突然、精神疾患を起こし、それからとても手が掛かる患者になったのだ。

「いつ死ぬか分からないような年老いた身体になって、ただ寝ているだけの毎日…。でも自分ではどうする事も出来なくて、不安で一杯になって、とっても…、とっても辛かったんです!」
亜美はそこまで言ってまた泣き出し、茜に抱きついた。辛かった日々を誰かに癒してもらいたくて仕方が無いのだ。

しかしそんな思いも茜には伝わらなかった。
「分かったわ、杉村さん。あなた、しばらく休暇を取りなさい。あなたは疲れているのよ。だから…」
茜の至極冷静な言葉を聞いた亜美は、彼女から身を離し、信じられないような思いで彼女を見た。
「さっきの話、嘘じゃありません! 本当です! 私、本当に宮路さんと入れ替わっていたんです!」
亜美は泣きながら、入れ替わりの話が本当だったと懸命に訴え続けた。

茜は亜美の話を一切信用していなかった。仕事でノイローゼになった挙句、狂ったようにしか見えなかった。
ただそう言ったものの、彼女を無下に扱い、このまま病院送りにさせるわけにもいかなかった。

茜は諦めずに話し続けた。
「清田先輩。また別の誰かが、宮路さんと入れ替わるかも知れません。確かに悪い事はしなかったけど、それでも…」

「いいから早く着替えて帰りなさい。休暇届けは私が代わりに出してあげるからね」
茜は、それ以上亜美の言葉を聞こうとせず、背を向けてロッカールームを出て行った。彼女は歩きながら、亜美の妄想話は誰にも言わずに自分の胸にしまっておこう、と思った。
そして、休暇明けに亜美が同じ話を繰り返すのであれば、その時は婦長に相談しなければ、と思った。

続く





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