看護婦は見た-4-
 作:ONOKILL


新人看護婦(2)

「あああ、ううああ…」
亜美は目に涙を浮かべ、骨と皮だけの手を震わせながら言葉にならない声をあげた。
彼女はほぼ寝たきりの老人男性の身体で二週間も過ごすなんて出来ないと思った。そして一刻も早く元の身体に戻りたいと宮路に訴えかけたが、宮路はただ首を横に振るだけだった。
「私自身にはどうする事も出来ない。こんな事になってしまって本当にすまない」
宮路はそう言って亜美の頭を優しく撫でた。
「元に戻るまでお互いを演じるしかない。杉村さんの面倒は出来る限り私が見る」
宮路の優しい言葉に亜美は頷いた。本当に元に戻れるのかどうか不安は一杯だが、今はその言葉を信じるしかないのだ。

「では早速、おしめを替えよう。気を失う寸前、大きい方を漏らしていたのだ」
宮路は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべ、亜美の身体を覆っている掛け布団に手を掛けた。
亜美は宮路の唐突な言葉を聞くや否や、掛け布団を握りしめ、首を大きく左右に振った。
おしめを替えると言う事は、彼女の下半身が露わになると言う事である。
新人看護婦であっても様々な患者の排泄物の処理を行うので、男性の下半身は見慣れていたが、それが自分のものとなると話は別だった。
彼女は変わり果てた下半身を受け入れたくなかった。そして彼女の姿をした宮路に見られたくなかった。これは彼女のような若い女性にとって屈辱と恥辱でしかなかった。
しかしその抵抗も、先ほどまで気付かなかった僅かな異臭と下半身の妙な感触を感じた時、終わった。
彼女は諦めたようにベッドの上で大の字になった。そして恥ずかしそうに両手で顔を覆った。

「はい、終わりましたよ、宮路さん♪」
亜美のおしめを替えた宮路は言った。彼は亜美になりきっていて、その口調は彼女そのものだった。本人の身体を使っているので当たり前の話だが、亜美のような若い女性を演じる事に慣れていて、あまつさえ楽しんでいるようにも見える。
一方の亜美は恥ずかしさの余り、皺だらけの顔を真っ赤にし、宮路の顔を直視出来ずに背を向けて寝ていた。彼女はこのような生活が二週間も続くのかと思うと憂鬱になった。
「それじゃあ、私は行きます。何かあったらこのボタンを押してくださいね、宮路さん♪」
宮路は背を向けて寝ている亜美に思いっきり顔を寄せて、そう声を掛けた後、病室を後にした。

この時、亜美は宮路の、いや、彼女自身の吐息を感じた。それはこれまで感じた事のない甘美な乙女の吐息だった。
彼女は、宮路さんも私の吐息をこのように感じていたのかもしれない、と想像した。そしてそれと同時に、本物の老人男性になってしまった事を痛感し、声を押し殺して泣きだした。

続く





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