看護婦は見た-2-
 作:ONOKILL


グラビアアイドル(2)

スタッフの話によれば、宮路が意識を取り戻すと、しばらくの間、不思議そうに自分の姿を見つめていた。そして何かに気付いた途端、叫び声を上げ、周りのスタッフに次々とすがりついて何かを伝えようと必死になっていたらしい。
しかし彼はその何かを伝える事が出来なかった。
何故なら彼は話す事が出来ない。数年前、喉に大きな手術を受けていて声を出せないのだ。
沢山の入院患者の中から、彼がドラマのエキストラに選ばれた理由はこれだった。
『看護婦・野坂明恵の事件簿』の監督はリアリティを求めて本物の病人である彼を起用したが、その一方で無用に喋るのを防ぎたかったのだ。

宮路はその後、泣いたり叫んだりを繰り返し、手がつけられなくなった。
彼の担当医(本物の医師)は、おかしくなったのは頭を打ち付けたためだ、と言った。そしてそのまま個室病棟に入れられ、治療を受ける事になった。

その宮路が個室病棟を勝手に抜け出し、クランクアップを迎えたえりなの前に現れたのだ。
「あうう、ううう…」
皆が呆然と見守る中、宮路は呻き声をあげながら車椅子から自力で立ち上がり、えりなの身体に手を伸ばそうとした。しかし、力及ばず、大きな音を立ててその場に転倒してしまった。
「宮路さん、大丈夫か! おい、ベッドだ、ベッド!」
スタッフの一人の言葉に急いでベッドが準備され、宮路はベッドに寝かされた。
「うっ、うう…、おおおん、うおおん…」
転倒した時に身体を痛めたためか、宮路は子供のように泣きじゃくっていた。
「凄い執念だ。宮路さんはよっぽどえりなちゃんが好きなんだな」
監督の言葉はスタッフ達の笑いを誘ったが、宮路はその言葉に反論するかのように何度も首を振った。
やがて、スタッフに呼ばれてやってきた本物の医師が、宮路の乗ったベッドを押して個室病棟に戻そうとした時、えりなが宮路に声を掛けた。
「宮路さん、今まで本当にお世話になりました。早く病気を治して長生きしてね」
えりなが宮路に向かって微笑みながら手を振ると、彼は天を仰ぎ、脇目も振らずに号泣した。

『看護婦・野坂明恵の事件簿』の撮影がすべて終了したこの日、鈴原えりなは新しいドラマの撮影に入った。一方、無念の途中降板となった宮路の出演シーンは全てカットされ、彼がこのドラマに出演した事は無かった事になった。そして今も病院に入院している。

続く




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