『入学案内 〜ようこそ、星河丘学園へ〜』 作: KCA 第四話 スクールメイツ さて、波乱に満ちた体育祭も終わり、学園に普段通りの落ち着きが戻って来た。 例によって撮影モデルとなっている4人の生徒会役員も、撮影開始からひと月あまりが過ぎて、すっかり今の姿での生活に馴染んだようだ。 そんな「彼女」たちの暮らしを、今日はコッソリ覗いてみることにしよう。 ●ケース1.生徒会会計の朝 星河丘学園1年A組に所属する「少女」、羽衣桃子(はごろも・ももこ)の朝は、爽やかに始まる……とは、ちょっと言い難い。 住環境的に見れば、今彼女達が暮らしている臨時女子寮(偽)は確かに極めて快適だ。ただ、「彼女」の場合、以前からの癖で読書などの為につい夜更かしをしてしまうことが多く、往々にして睡眠時間が不足がちなのも否めない。 もっとも、かつて学園の男子寮で相部屋の同級生の呆れ顔も省みず徹夜することもしばしばだった頃に比べれば、遅くとも2時過ぎにはベッドに入るようになった今は、随分健康的になったと言えるのだが。 これは「睡眠不足はお肌の大敵」とメイド(寮母)の六手女史に、繰り返し説得されたことによる面が大きい。 男子だった頃(いや、今でも「中身」は男のはずだが)の桃矢は、それなり以上に美形と言える顔立ちであった。もっとも、これは他の生徒会役員にも言えることで、演劇部の「ヒロイン」役を任されることの多い理雄はもちろん、若樹にせよ星児にせよ、下手な男性アイドルなんてメじゃない美少年揃いだ。 しかし、その中でも北欧の血を引く桃矢はまさに「お人形さんのような」という形容がピッタリくる極めつけの愛らしい少年なのだが、にも関わらず自らの身なりには非常に無頓着だった。 とは言え、多少シャイではあったが決して女性のコトに興味がなかったわけではない。それが何の因果か、少なくとも外見的にはほぼ完全に「同年代の女の子」になってしまったのだ。 それを成し遂げた科学技術にも興味を惹かれたが、それ以上に自分の新たな「姿」に桃矢は心を奪われた。「彼女」は鏡に映る自分自身に恋をした……と言うのは言い過ぎでも、少なくともその可愛らしさを愛で、それが失われることを惜しむ気持ちを、多分に抱くようになったのだ。 正統派大和撫子風の若菜とも、凛とした気高い美貌を持つ理緒とも、あるいは同級生の星乃の如く明るい元気娘とも異なるタイプではあったが、桃子が美少女であることに異論をはさむ者はまずいないだろう。 日本人にはほぼ見られない銀髪と赤に近い瞳。そして、150センチしかない小柄で華奢な体つき。妖精じみたそれらの容姿に加えて、やや表情に乏しく、あまり多弁ではない彼女の性格も加わって、羽衣桃子と言う「少女」は、どこか神秘的で儚い雰囲気を感じさせた。 そして……それらの美的要素を維持するには、少なくとも最低限の睡眠と規則正しく健康的な食事、そして化粧やブラッシングといった毎日のケアが不可欠だったのである。 元々、桃矢少年が身なりに気を使わなかったのは、星河丘学園が男子校であったという部分も少なからず影響している。本音をブッチャけると「見せる女の子もいないのに、シャレのめしてどーすんの?」とでも言ったところだろうか。 ところが、くだんの一件により女の子として暮らすことになったため、桃子を含めた4人の「女子生徒」は一転周囲の注目の的となった。 加えて、他の3人も平均を大幅に上回る美少女とあって、桃子にも「女としての負けん気」みたいなモノがいつの間にか心中に生まれてきたのである(もっとも、指摘すれば本人は否定するだろうが)。 ともあれ、現在の桃子は、毎朝7時に起きるという、以前の桃矢時代からは信じられない程健康的な生活を営んでいるのだ。 ちなみに彼女は目覚ましも兼ねて朝シャワーを浴びる派だ。眠い目を擦りつつ、ベッドから降りると、飾り気のない清楚な白いナイティを脱ぎ捨てて(付け加えると寝る時は下着は付けない派でもある)、全裸のままシャワールームへと向かう。 寝るときにザックリと荒めの三つ編みにしてひとつにまとめた髪を解いてから、シャワーの取っ手をヒネる。高級ホテルに匹敵する施設充実度を持つこの寮(仮)のシャワーからは、ほとんどタイムラグなく温水が噴き出した。 ややぬる目に調節したお湯を全身に浴びながら、髪、そして体を洗う。 特に、解くとほとんど膝近くまである髪を洗うのはひと苦労だ。ただ、朝のシャワーではお湯で汗を流すのとコンディショナーによるケアだけで済ませるので、夜の入浴時よりは多少は楽だった。 ひととおり髪を洗い終えたら、軽く絞って水分を切り、タオルでまとめてから首から下を洗う。こちらも朝は寝汗を流すためにサッと湯洗いするのみなので、それほど手間はかからない。 それよりも浴室を出てからのほうが問題だ──具体的には、これだけの長さ髪の毛を乾かす手間が。バスローブ姿でドレッサーの前に陣どり、低めの温度(髪質が弱いため、あまり温度を上げられないのだ)に設定したドライヤーを10分間近く辛抱強く使わないといけない。 そのあと、朝のスキンケアをして、制服に着替え、髪型を整えただけで、瞬く間に7時半──つまり朝食の時間になってしまう。 襟にかかる程度の長さで揃えている星乃はともかく、自分ほどではないがそれなりに長い先輩ふたりは一体どうしてるのだろう、と考える桃子。 なお、後日聞いてみたところ、理緒は前述の通り朝は洗髪せず、対して若菜の方は桃子よりさらに15分ほど早く起きているらしい。 ところが、その日の朝は、前夜珍しく1時過ぎに寝たせいか、いつもより1時間近く早く目が覚めてしまった。 おかげで時間的に余裕はできたのだが、だからと言ってシャワーや身支度に要する時間が劇的に変わるわけでもない。 結果、桃子は珍しいことに、普段の起床時間である7時の15分以上前に、いつも通りの用意を終えてしまっていた。 「うーーん……たまには、朝の散歩でもしてみるですかね?」 基本的に用事がなければあまり外を出歩かない桃子だが、この時はほんの気まぐれでそんなコトを考え、自室のドアを開けて一歩踏み出し……そして、激しく後悔した。 なぜなら、彼女が自室から出たところで、なぜか隣りの部屋の前で抱き合ってキスを交わしている友人達──若菜と星乃を目にしてしまったからだ。 無論、ふたりの方も桃子の出現には驚いている。ただ、星乃が真っ赤になってアワアワしているのに対して、若菜の方は流石先輩と言うべきか。ほんのり頬を赤らめながらも、桃子に「おはよう」と挨拶をして、自分の部屋と戻って行った。 そして、寮の廊下に残されたのは、気まずい沈黙を抱えた1年生ふたり。 「えっと……桃ちゃん、その……ね?」 「──ご安心ください。私は何も見なかったのです」 いまだ動転しつつ、それでもなんとか話しかけようとする星乃に向かって、桃子はニッコリ微笑んで見せる。 「え?」 「ええ、何も見ていませんとも。ですから、星乃さんと若菜先輩がいつの間にやらデキてたコトなんて、一切関知しないのです」 などと、イイ笑顔でのたまいながら、ジリジリと後ずさり、自室へと引っ込む桃子。 呆気にとられた星乃が我に返ったのは、桃子の部屋のドアがバタンッ!と凄い勢いで閉じられたあとだった。 「も、桃ちゃ〜ん! 話を聞いてよーーー!」 3分後。結局、桃子はドアの前で半泣きになっている友人を無視することができず、やむなく自室に招き入れることとなった。 人並み程度には勘のいい桃子は、おおよその事情を推察していたが、改めて星乃の口からも経緯と現状が語られる。 いまだ顔の赤い彼女の話によると、キッカケは数日前にたまたまふたりで入浴した際のふざけあいだったらしい。 お互い中身は♂だとわかってはいても、目の前にいるのはどこからどう見ても極上の美少女。ついついスキンシップがエスカレートしてしまい、火照る身体のまま、その夜は若菜の部屋のベッドへ。以来、頻繁に同じ寝床で夜を明かす仲になったのだと言う 正直、気持ちは全くわからないわけではない。 その年齢と愛らしい外見に似合わぬクールな知性派が身上の桃子だが、同時に思春期真っ盛りの「興味津津なお年頃」でもあるのだ。 この姿になった日の夜、好奇心の赴くままに、こっそりベッドで自分の肢体の様々な部分を確認してしまったのは……若気の至りと言うか何と言うか。 だから、彼女以上に情緒的でノリの良いふたり──若菜や星乃なら、雰囲気に流されて「そういう行為」に至る可能性も、ないとは言えまい。 「あ、でも、誤解しないでね。あくまでBまでで、最後の一線はまだ越えてないから」 「はぁ……」 頷きつつも、星乃の言う「最後の一線」とは、この場合どういう行為を指すのだろう、と内心首を傾げる桃子。 そもそも、現在の自分たちには、凹に対応する凸な部位が無いではないか! それとも、生粋の女性の同性愛者の如く、張型でも使うつもりなのか? (それもまた倒錯的というか……不毛な話ですねぇ) 脳裏にどこかズレた感想を抱きつつ、桃子は星乃に別の言葉を投げた。 「しかし……若×星というカップリングは正直意外でした。もし万が一星乃さんがコロぶとしても、相手はてっきりお兄さん……あ、今はお姉さんですか。ともかく、家族のように慕っている理緒先輩だろうと思ってたのです」 「むしろ、家族同然だからだよ。ボクにとっての理緒ねぇって、恋とか愛とはまったく別のポジションにいる人だし」 「成程」 ひとりっ子のせいか実感は湧かないものの、身内には欲情しないという理屈は理解できた。 「ともかく事態は把握しました。私としては、星乃さんと若菜先輩がそういう関係であることに別段異論はありませんし、とくに吹聴する気もありません。先ほども言いました通り、安心してください」 「あ、うん、ありがと」 ホッとした表情を浮かべつつも、星乃は何か考え込んでいるようだ。 「えっと、その、桃ちゃん、ちょっと聞いていいかな?」 桃子としては厄介な事を聞かれそうな予感はしたのだが、こういう時に「いえ、お断りします」と切り捨てられないのが自分の甘いところか……と内心、苦笑する。 「(こういうのを心の贅肉と言うのでしょうか)で、何なのでしょうか?」 「うん。桃ちゃんにバレちゃったんだし、どうせなら理緒ねぇにもこの事を打ち明けた方がいいのかなぁ?」 「ふむ……そうですねぇ」 これまた難しい問題だ。 桃矢時代も含めて、桃子が理緒(理雄)と接してきたのは、夏休み期間を含めても生徒会役員に選ばれてからの半年くらいに過ぎない。 とは言え、この学園の生徒会は代々役員同士が比較的緊密な関係を築く傾向にある。実際、桃子も、下手にあまり話したことのないクラスメイトなどよりは、理緒の方がよほど親しいし、好感を覚えているくらいだ。白鳥理緒という人物の性格と行動パターンについては、おおよそは呑み込んでいると言ってよいだろう。 「彼女」は、なんだかんだ言って「妹分」の星乃のコトをずいぶん可愛がっているし、その分、時として多少過保護な発言もある。 もし、星乃が日々大人の階段を(主にエロス的な意味で)上りつつあると知ったら、嘆くだろうし、怒るだろう。あるいはお説教のひとつやふたつブツかもしれない。 だが、それでも決して星乃の意思を力づくでねじ曲げようとはしないだろう。 「今すぐとは言いませんけど、できるだけ早く話すべきだと私は思いますね。無論、星乃さんが理緒先輩のことを大切に思っているなら、ですけど」 「うぅ……やっぱり、そうなるよねぇ」 星乃とてわかってはいたのだろうが、誰かに背中を押して欲しかったのかもしれない。 「星乃さんも若菜先輩も、隠し事はあまり得意な方ではありませんからね。次善の策としては、若菜先輩の口から告げてもらうという手もありますが、私としてはオススメはできませんね」 あのふたり──理緒と若菜(あるいは理雄と若樹)も、クラスこそ違うものの仲の良い友人同士だとは思うが、さすがに理緒と星乃の付き合いには一歩譲るだろう。 「そうですね……ある日、父親のもとに、いきなり隣家の息子が「お嬢さんをボクにください!」と頭を下げにくるのと、娘が「お父さん、わたし、お隣りのマーくんと一緒になる!」と宣言するのとでは、どちらがこじれないか考えればよろしいかと」 そこまで言われれば、単細胞気味な星乃にも、おおよそ理解できたようだ。 「う〜〜わかった。若菜さんと相談してみる」 ──などと言う、それなりに深刻っぽい相談をした直後だと言うのに、朝食の席は、まったくと言って良いほどいつもと雰囲気が変わらなかった。 星乃が快活に喋りながら健啖な食欲を見せ、それを悪戯っぽく微笑みながら見守る若菜と、淑女としての礼儀を説く気真面目な理緒、そして我関せずと傍観するマイペースな桃子といった具合だ。 (それにしても……) ミルクティーの入ったカップを両手でささげ持ち、フゥフゥ冷ましながら(どうも最近猫舌気味なのだ)、桃子は心中ひそかに首をかしげる。 (私たち、いつまでもこの格好してるワケではないんですけど……そのあたり、星乃さんとか、わかっているのでしょうか?) そう、「彼女」たちは期間限定の偽乙女なのだ。 年末のクリスマスパーティーが終われば、星乃は星児に、若菜は若樹に戻る。その予定だ。 健全な男子高校生のメンタリティーを持つ身から言わせてもらえば、美少女同士の百合んユリんな関係は許容範囲内でも、野郎同士のカラミは勘弁してほしい。 少なくとも、星児や若樹にも男色のシュミはなかったはずなのだが……。 「ま、それも先の話ですか」 「あら、どうかしたの、桃子?」 「いえ、理緒先輩、たいしたことではありません」 いずれにしても本人達が決めるべきコトだ。外野が心配する義理はないだろう。 マーマレードをたっぷり塗ったトーストを頬張りながら、自分もいったんこの問題は忘れようと、桃子は心に決めるのだった。 ●ケース2.生徒会長の授業時間 「では、今日はこれまで。週番!」 「起立……礼……着席」 お定まりの号令とともに、5時限目の授業が終わりを告げた。 「はぁ、相変わらず、あの先生、宿題いっぱい出してくるなぁ」 ん〜、と椅子に座ったまま伸びをするのは、この星河丘学園の現・生徒会長にして、2年C組の生徒でもある「少女」、姫川若菜。 相棒の副会長のように常時学年TOP10内にランクインするほどの優等生ではないものの、試験前にロクに一夜漬けもせずに、普段の授業と宿題だけで中の上程度の成績を維持している若菜は、(少なくとも学業面に関しては)十分優秀な生徒と言えるだろう。……もっとも、平時の素行面で差し引きゼロだという説も無いではないが。 「まぁまぁ、明日から3連休なんだし、しょうがないさ」 今日は金曜日で、続く土日に加えて月曜日も祝日なのだから、隣席のクラスメイトが言うことも確かに一理はある。 「ま、量はともかく、あまり難しくないのが救いよねー」 そう言いながら、ガタッと席を立つ若菜。 「おろ、どこ行くんだ、姫川」 「ん? ちょっと、お花を摘みに」 その言い回しを知らなかったのか不思議そうな顔をしているクラスメイトに対して、ワザと悪戯っぽく頬を赤らめて見せる。 「お手洗いよ……いやん、富士見くんのエッチ!」 「そ、そういう意味なのか……すまん」 「あはは、嘘ウソ、気にしないで。じゃ!」 ヒラヒラ〜と手を振ってから、若菜は教室を出て、校舎の1階にある女性職員用のトイレを目指す。 この姿になった当初、用足しにどこを使うかも懸案のひとつだったのだが、結局は学園側の当初の指示通りこの女子トイレを利用することに落ち着いた。 この格好で男子トイレに入ると、周囲の生徒がギョッとして、気まずい雰囲気になる……らしい(実際、1年の星乃と桃子が試したのだと言う)。 学園側からの指示で生徒会4人が現在の姿をするようになって、間に体育祭があったりもしたが、既に1ヵ月以上が経っている。 一応、最初に朝礼で4人の「事情」は説明されたはずなのだが、いまや周囲(教職員含む)は完全に「彼女」達を女の子として扱っているのだ。 もっとも、この「女の子扱い」は必ずしも不快なものではない……というか、むしろ4人は今や学園のアイドルと言っても過言ではなかった。 とくに、生徒会長である若菜の場合、男子だった頃は、いきあたりばったりでお調子者な性格に賛否両論あった(無論、「賛」が多いからこそ会長になれた)のだが、現在は「明るくお祭り好きだけど優しく、ちょっと天然&ドジ気味な美少女会長」として、学年を問わず絶大な支持を得ているくらいだ。 女子トイレの個室に駆け込み、スカートをまくってショーツを下ろし、便座に座ったところで、不意に若菜は苦笑した。 「フフ……なんか、小用を足すときも座ってするのが自然になっちゃったな」 このままだと、男に戻っても座ってするのが習慣化しちゃうかも……と思いつつ、下半身の力を抜く。 ──チョロチョロッッ…… 程なく「彼女」の股間の合わせ目から尿が零れ落ちるのがわかった。男の時とまったく異なるその放尿感にも、当初と違ってもはや殆ど違和感を感じない。 小用が終わったら、ペーパーを使ってアソコをキレイに拭いてからショーツを上げ、服装を整える。 個室から出て、手を洗いつつ洗面所の鏡の前で身だしなみをチェックしてから、若菜は女子トイレを出た。 (それにしても……つくづくスゴいわよねぇ、この人肌スーツ) 2階にある自分の教室へと戻りながら、彼女は初めて「若菜」となった時のことを思い出していた。 入学案内用の撮影の件を了承した直後、若樹たちは保健室に呼ばれ、全裸になるよう命じられた。 身体計測でもするのかと思ったものの、それならパンツくらいは残すだろう。 不審に思った4人が医者か学者と思しき白衣の男性から手渡されたのは、全身タイツ(あるいは頭の部分がないのでウェットスーツ?)のようなものだった。 ただ、テレビのコメディ番組のタレントや、スピードスケート選手が着用しているものとは異なり、ソレは肌色──それも、絵具などの不自然な色ではなく、本当に人間の肌そっくりの色をした半透明な素材で出来ていたのだ。 白衣の男──そのスーツの開発をしたという発明家の指示に従い、背中の切れ込みから足を通し、足元から全身を包んでいく。 その結果、つま先から手の指先、さらに喉元の顎のすぐ下まで、少年たちは頭部を除く全身をその「人肌スーツ」とでも称すべき代物が包みこんでいた。 しかも、驚くべきことに……。 「うわっ、コレ、胸がある……」 スーツの胸部には、サイズの違いこそあれ(ちなみに、若樹が一番大きくDカップ、逆に星矢が最貧乳のAAだ)、まごうことなく男子の憧れ、「永遠の理想郷」たる女子のオッパイが付いており、着用者の胸でぷるるんと揺れていたのだ──いや、揺れる程ない人もいるけど。 「て言うか、股間も……」 発明家の指示通り、男性のシンボルをチューブのようなものに突っ込み、後ろに回してからスーツを着た結果、4人の股間に男子特有のモッコリした膨らみは見当たらない。それどころか小さな雌芯(クリ)とクレバスという、どう考えても思春期の少女のものとしか思えない下半身が出来上がっていたのだ。 「す、すげぇ〜、女のアソコって、こんななってるんだ」 「こ、こら、星児、人前で何やっとるか!」 思わず指で広げてガン見しようとした星児を、兄貴分の理雄がたしなめる。 そうこうしているうちにも、発明家は4人の背中にあるスーツの切れ込みを閉じ、その切れ込み部分と、スーツと頭部の境目である喉元部分に、何か半透明なジェルのようなものを塗りつけた。さらに、少し色味の違うジェルを今度は4人の顔面部分にも薄く塗り延ばす。 やがて、ジェルが乾いた時には、もはやそれが人工物であることを示す証拠は外見からは完全に消え失せていた。 同時に、そこに立っていたのは、容貌などに元の面影を残してはいるものの、どこからどう見ても年頃の可憐な4人の少女達だった。顔の造作自体は殆ど変っていないのだが、短時間で髪を伸ばす薬とやらを飲まされたこともあり、もはや外見上の印象は完全に別人だ。 くだんの発明家の説明によると、この人肌スーツ(仮称)は、肌にやさしい素材で出来ており、理論上は24時間着たままでも問題ないらしい。着用したままでも大小便はもとより、入浴なども可能とのこと。 「しかし……汗は、どうなのですか?」 こんな時でも冷静な桃矢の指摘に、よい質問だと発明家は頷く。 「着用してから2時間ほどで、着用者の肌に合わせて疑似汗腺がスーツ側に形成される。同時に、触覚点や痛点、温点などもリンクされるから、薄布に包まれているような違和感もじきに消えるはずだよ。 そうそう、体毛についても、着用後しばらくすれば、不自然でない程度に形成され始めるから、安心してくれたまえ」 (確かに、翌週の半ばくらいになってから、アソコの毛が生えて来たのよねー) 今では若菜の局部には、キチンと淡い茂みが形成されている。 ちなみに、理緒はやや毛深い体質らしく脇毛の処理に悩まされているらしい。 逆に、下級生ふたりは若菜以上に体毛が薄く、とくに星乃に至ってはほぼ完全に無毛の、いわゆる「パイパン」だ。 (まぁ、ソコが可愛いんだけど……って、ダメよ若菜、今は授業中なんだから!) 緩みかけた口元を慌てて引き締め、黒板に集中する。 後輩の天迫星乃とベッドを共にする仲になったのは、星乃が言ったように些細な偶然からだったが、同時に今では「彼女」のことをこの上なく愛しい存在と認識していることも事実だった。 一見脳天気でお気楽極楽に見える若菜(=若樹)だが、実は意外にその内面は屈折している。 祖父は現役の県会議員で、父は従業員1000人程度の会社の敏腕社長。母は藤間流の日舞師範として弟子に指導しつつ主婦業もキチンとこなしている。10歳離れた兄は弁護士として活躍を始めており、8歳上の姉もプロのテニスプレイヤーとして注目されている。 ある意味エリート揃いの姫川家だが、それでいて奢ったところは殆ど見受けられず、謙虚で気さくな、「善良」と「優秀」を絵に描いたような一家なのだ。 そのような家庭に生まれ育つことは、一般的に見て幸運と言えるだろうが、同時に別の面から見ればプレッシャーとストレスも少なくないだろう。 わりとフリーダムでアウトロー気味な性向を持つ若樹にとっては、残念ながら後者の要素のほうが大きかった。 それでも、彼は懸命にその本性を隠し、「ちょっとやんちゃだけど、基本的には人好きのする優等生」として、小中学校時代を過ごしてきたのだ。 そんな時、この学園に入学して、白鳥理雄と言う少年に出会い、ちょっとした諍いを経て親友──相棒となった。 さらに翌年入学してきた理雄の弟分の星児と、彼の中学の同級生である桃矢も加えて、秋に発足した生徒会のメンバーは、自分を偽らずにすむかけがえのない仲間だと、若樹自身も思っている。その気持ちに嘘はない。 しかし、それでも、理緒(理雄)や桃子(桃矢)に対しては、引け目のようなコンプレックスめいた感情を、どこかで感じてしまうのだ。 それは、彼ら(今は彼女ら)が、その歳に似合わぬ確たる自分を持っている──少なくともそう見えるからだろう。 現に、「女の子」になった現在も、「彼女」達の本質はまったくと言っていいほど変わっていない。クールなストッパー役の桃子は言わずもがな、一見「タカビーお嬢様」風の理緒も、物言いこそ変われど、その思いやり深い行動と絶妙な距離感の両立は、男の時と通じるものがある。 彼女達を「スゴい!」と思う反面、状況に流されるまま変わっている自分を情けなく思う部分も、若菜の中にはあった。 そう、「姫川若菜」は、明らかに若樹のころから比べて変化していると自分でも気づいていた。 それは必ずしも悪い傾向ではない。むしろ好ましい方向性に変わっていると言って良いだろう。 だが、それでも、若菜は自分の変化がどことなく怖かった。得意げに自由人を気取っていたクセに、環境の変化如きに流されるほど自分の自我は弱かったのだろうか? だからこそ、一見無邪気で元気に見えるが、その実無垢で傷つきやすい星乃に自分は惹かれたのかもしれない……と、若菜は自らの想いを分析していた。 「な〜んて言うのは、後付けの理屈かしらねぇ」 ポツリと呟く若菜に、けげんそうな目を向ける隣席のクラスメイト。 「ん? どうした、姫川」 「アハ♪ なんでもなーい。それじゃあね、富士見くん。よい週末を〜」 カバンに教科書を仕舞い、教室を出ようとする若菜。 「あ! おい、姫川、これから俺達、街に出てカラオケに行くつもりなんだけど、お前もどうだ?」 「うーん、お誘いは嬉しいんだけど……」 見たところメンツは富士見ほか、クラスでは比較的親しい数人か。これなら、「無惨! カラオケルームで女子高生輪姦!!」という事態にはならないだろうとは思う。しかし……。 「今日は弓道部の方に顔出そうと思ってるの。ごめんねー」 片手で拝むような真似をしてから、そう言い残して若菜は教室を出た。 嘘ではない。このところ、生徒会の業務にかまけて、部活をやや蔑ろにしていた傾向にあったし……それに、今日は何となく弓を引きたい気分だったのだ。 (まぁ、迷いが出て、ロクな射にはならないでしょうけど) それでも、自分を見つめ直すのには有効だろう。 女子更衣室で弓道着に着替える若菜の表情からは、既に翳りはほとんど見られなかった。 ●ケース3.生徒書記の放課後 星河丘学園は──来年度から共学化する予定とは言え──現時点ではあくまで男子校である。 その男子校のプールを、鮮やかな紺色と白の競泳水着に身を包み、しなやかなフォームで水をかく影があった。 言までもなく、生徒会書記の1年生、天迫星乃である。 「ぷはぁッ! どーですか、先輩?」 「うむ、前回よりさらに0.1縮まってるぞ。調子良さそうだな、天迫」 1年生ながら、星乃はこの水泳部有数の優秀なレギュラー選手である。 星河丘はいわゆる「お坊ちゃん学校」であり、一部を除いてあまりスポーツ関連は強くないのだが、いくつかの個人競技では設備の優秀さもあいまって稀にインターハイクラスの選手を輩出することもあった。 そして、水泳部においては久々に星乃がその期待をかけられているのだ。 一年生がいきなりレギュラーともなれば、普通周囲から妬まれそうなものだが、星児の場合、元々屈託がなく人懐っこい(そして、理雄の教育のせいか目上には比較的礼儀正しい)性格のおかげで、そういう陰湿な扱いはほとんど受けていない。 まして、今のように「どこからどう見ても可愛らしい女の子」である星乃の姿になってしまえば、なおさらである。 「それにしても、天迫が女になったと聞いたから、てっきりタイムが落ちるかと思いきや、むしろ絶好調じゃないか」 すでに引退しているため、コーチ役を買ってでてくれている3年の先輩が感心したように言う。 「アハハ、女になったって言っても皮膚だけのコトらしいですからね。それに、ボク、女の子らしい凹凸とは無縁ですし……」 自分で言ってて、ちょっと落ち込む星乃。 「い、いや、いいんじゃないか? 天迫は今でも十分女らしいし可愛いと思うぞ、うん」 3年生とは言え、男子校育ちで女の子に免疫がない。星乃のような未だ子供子供した娘相手でも、シュンとした様を見ると狼狽えるものらしい。 「先輩って……もしかして、ロリコン?」 「ば、馬鹿野郎! 年上をからかうな!!」 「えへ、ごめんなさーい! じゃ、今日はこれであがります」 「ああ。寒くなってきたから体冷やして風邪ひいたすんなよー」 ベンチに置いたジャージを羽織り、トテトテ……と姿に見合った愛らしい足音を響かせて女子更衣室へと駆けて行く星乃を、優しい目で見送っていたその先輩は、直後に後輩達から「ロリコン疑惑」で質問責めにされることになるのだが、それはまた別の話。 体育館に隣接して設置された室内プール(しかも夏場は天井がオープンする豪華仕様)から、女子更衣室に駆け込んだ星乃は、更衣室の隅に一基だけ設けられたシャワールームに入った。 手早く水着を脱いで温水に設定したシャワーを浴びる。 「はわぁ〜、やっぱり気持ちいいなぁ」 この時期、プールの水温もそれなりには上げられてはいるのだが、やはり熱いお湯の心地よさにはかなわない。 「女の子になって良かったことのひとつって、お風呂が以前にもまして気持ちよく感じられることだよネ」 おそらくは、肌が敏感になったことと関係しているのかもしれない。 「敏感って言えば……」 無邪気な彼女に似合わぬニヘラとした笑顔を浮かべる星乃。 どうやら、若菜との情事(こと)を思い出しているらしい。 …… ……… ………… キッカケは、ほんの些細なフザケ合いだった。 それまでだって何度か一緒にお風呂に入り、冗談交じりに「今の体」にタッチすることもあった。 ただ、その時は偶然にも理緒や桃子が先に風呂から上がってしまい、ふたりきりだったのだ。 「あれ、どうしたの、星乃ちゃん? 強く握り過ぎた?」 そのせいで、いつものような歯止めが聞かなかった……と言うのは、言い訳だろうか。 「ち、ちがうんです……なんだか体の奥がぁっ……あ、熱くて……」 「ちょっ、その表情は反則……あんっ! さ、触っちゃダメ!」 自分でシた時も薄々気づいてはいたのだが、今の身体、とくに肌はすごく敏感なのだ。 単に皮膚感覚のみならず、快楽に対する体の感度までも、大幅に強化されている。 予想は出来ていたのだが、元々が同性(本来も、今の姿も)同士ということでガードが低すぎたのが災いした。 「だ、だめよっ……このままだとおかしくなっちゃうわ……早くあがりましょっ……」 お湯の中で火照った体では冷静な判断はできない。そう考えた若菜の言葉は、残念ながら少しだけ遅すぎた。 「わかばさん……」 「な、なに、星乃ちゃ…んむっ!?」 若菜は急に唇を奪われた。抵抗しようとしたが、まるで力が入らない。 「んっ……はむっ……ちゅるっ……」 「や、やめて……ほひのひゃん……」 「わかばしゃん……すき……」 文字通り舌足らずな言葉を交わしながら若菜と星乃の舌が絡まりあい、糸を引く。 最初は抵抗していたはずの若菜も、いつしか自分からキスを返し、逆に覆い被さるようにして星乃の唇を貪っていた。 しばしの沈黙と吐息の末、キラキラと輝く唾液の端をかけてふたりの唇が離れる。 ふたりとも顔が真っ赤になっていた。 「ゴメンなさい、若菜さん。でも、ボク……」 「いいのよ、星乃ちゃん。あたしも気持ちよかったから。ねぇ……」 妖しい輝きを放つ若菜の瞳から、星乃は視線を外せない。 「んひゃ……あぁっっ!」 先程までとは立場が逆転し、開き直って積極的になった若菜が突然星乃の乳首を触ったのだ。星乃は膝が震え、風呂の中に沈みそうになった。 「わ、若菜さぁん……んあっ!」 腕の中で悶える可愛い後輩の姿に、若菜は徐々に感情が高ぶっていくのを抑えられなくなっていた。もはや我慢の限界だった。 「ウフ、星乃ちゃん……可愛いわよ……ひあっ!?」 「お、お返しですっ……んっ……あっ……」 負けじと星乃も若菜の豊かな乳を掴み、こねくり回していた。 「ふあっ……んっ……んふぅ……」 互いの乳を両手で揉みしだく。そのたびにふたりは甘い声をあげた。 「ふ、ふふっ、星乃ちゃんかわいいっ……じゃあ……ここはどうかなっ」 「ふえっ? んああああああぁぁーーーーっ!!」 若菜が星乃の秘部にそっと触れる。 それだけで若菜は軽くイッてしまい、風呂の中に倒れこみかけるのを慌てて若菜が抱きとめた。 「ほ、星乃ちゃん……大丈夫?」 「ぅぅ……若菜さん、ひどいよぉ……ボク、足腰に全然力入らないし」 「じゃあ、いったんお風呂からあがろっか」 「はぁい」 どの道、こんな場所でシテいては落ち着けない。 そのため、ふたりはいったん風呂からあがることにした。 そのまま脱衣所で体を拭き始めたふたりだったが……。 (ちょ……なんでこんなに体がビンカンに……?) 中途半端に燃え上がらされた性感のせいか、タオルと体が擦れるたびに、声をあげてしまいそうになり、星乃はなかなか拭けずにいた。 「あらあらぁ?」 振り返ると、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべている若菜の姿が。 この顔には、星乃は心あたりが嫌と言うほどあった。 若樹時代からもよく見た、この生徒会長が他人を嬉々としていぢる時の表情だった。 「星乃ちゃん……拭いてあげよっか?」 「い、いや、自分で拭けま…すぅっ!?」 彼女の返事に構わず、若菜は星乃の体を拭き始めた。 柔らかなタオルのパイル地に撫でられただけで、ゾクゾクとした快感が星乃を襲う。 自分で拭くのでさえ、ほのかに感じてしまうのだ。ましてや他人に拭かれては……。 トロ火で炙るようにじわじわとした快楽が、ゆっくりと星乃の全身を包み込んでいった。優しく拭われる髪の毛一本一本ですら、性感帯になってしまったような気がする。 「あっ! そう言えば、ココも綺麗にしないとねぇ♪」 「わ、若菜さ、んっ! そ、ソコはっ、ヒィーーーッ!」 星乃の秘部に湿ったタオルがやんわりと押し付けられる。それだけで、押し付けられた部分が星乃の愛液によってグッチョリと濡れてしまう。 「や、やめっ、てっ……ひゃあああんっ!」 どうやら、またも星乃は軽くイッてしまったらしい。 「うふふふ、可愛い♪ ──ねぇ、星乃ちゃん、あたしにもシてくれるかしら?」 後輩の「イク」姿を見て、若菜もどうやら我慢ができなくなったらしい。 「! はい、モチロンですっ♪」 若菜に請われた星乃は、さっきのお返しとばかりにタオルで彼女の体を撫で回すように丹念に拭いていく。 強弱をつけたり、円を描くようにしたりして、念入りに撫で回した。 たちまち、豊満な若菜の身体も快楽に火照り始め、真っ赤に上気していく。 「ちょ、ちょっと星乃ちゃん、まっ、て……は、激し過ぎ……ふぁああああああぁぁん!」 主導権を握った星乃は、布で撫でるだけでは飽き足らず、舌や指先も使い、さらにタオルの端を丸めて、若菜のアソコを突いたりもした。 あるいは無意識に今は存在しない自らのペニスの代わりをさせようとしていたのかもしれない。思いっきり擦ったり、大きく弄り回したり、大胆に先輩を責める。 「ほしのちゃ……らめっ、イッちゃ……イッちゃうのぉ、あぁぁぁぁっっっっっ!」 ついに、若菜もまたイッてしまったのだった。 結局、ふたりとも「体を拭くだけ」のはずが、色々ヤってしまい、すっかりグッタリとしてしまった。未だ呼吸が整わず、ハァハァと荒い息を漏らしている。 と、そこでクチュンと可愛らしいクシャミをする星乃。 「──ここじゃ寒いし……続きは部屋でしましょうか、星乃ちゃん♪」 「うんっ♪」 手早く夜着を身に着けたふたりは、仲良く手をつないで若菜の部屋へと向かうのだった。 ………… ……… …… 「クチュンッ!」 シャワールームの中で、あの日のようなクシャミを漏らしたことで、星乃は我に返った。 「おっと、このままじゃあ風邪ひいちゃう。お腹も空いたし早く着替えて部屋にかーえろっと」 いかにも元気な彼女らしい言葉を漏らしつつ、脳裏では「でも、明日はお休みだし、若菜さんと思う存分……でへへ」と年頃の乙女らしからぬ(いや、ある意味、とても「らしい」のだが)妄想を思い浮かべている水泳部のホープなのだった。 ●ケース4.生徒副会長の夕べ 「それでは皆さん、いただきます」 「「「いただきまーす!」」」 理緒の号令に合わせて、食卓に集った他の3人もまた両掌を合わせ、食事開始の挨拶に唱和する。 「正しい挨拶こそが礼儀作法の基本」という六手女史からの指導に基づいて、この臨時女子寮での朝夕の食事の際は、とくに理由がない限りは全員揃って挨拶してから食べるのが慣習となっていた。 「そう言えば……舞耶さん、来年度から正式に女子が入学してくる予定ですけれど、寮の手配とかはどうなっているか御存じですの?」 「はい、理緒お嬢様。現在、学園の裏手にあります雑木林のほうで工事をしている場所が、女子寮になる予定です」 恭しく理緒の問いに答えてから、それとなく一同の顔を見まわすメイドの六手舞耶。 「それと……現在、こちらの寮で施行されております規則や慣習、不文律の類いが、そのまま新設される女子寮にも適用される予定です」 「おやおや、それは責任重大ね〜」 ちっともそう思ってなさそうな呑気な口ぶりで微笑う若菜。 「そっかー、そう言えば、年末になったらボクらここを出て行かなくちゃいけないんだよね。ちょっと残念。舞耶さんの料理美味しいのになぁ」 「そうですね。確かに六手さんにお世話していただくのは、大変に快適な経験だったのです」 食欲優先な星乃らしい意見に、桃子も別の面から賛意を示した。 「星乃お嬢様、桃子お嬢様、もったいないお言葉です」 深々と頭を下げる舞耶。本来はここの寮母に相当する職員なのだから、生徒相手にそんなに畏まる必要はないはずなのだが、舞耶曰く、「名目はどうあり、私はメイドとしてお嬢様方のお世話をさせていただいている積りですので」、とのこと。ある意味、メイドの鑑である。 「まぁまぁ、今からそんなにしんみりしないの。まだ1月以上あるんだし、ね?」 若菜がパンパンと手を叩き、それを機に皆も食事を再開した。 「ところで……皆さんにお聞きしたいのですけれど、次の日曜日の午後、予定は空いてまして?」 食後のお茶を楽しんでいる時に、理緒が他の3人に声をかけた。 「うーん、あたしはとくにないわねぇ。土曜は部活があるけど、日曜はお部屋でのんびりするつもりだったから。星乃ちゃんと桃子ちゃんは?」 「ボクも部活は日曜はお休みだから、大丈夫」 「同じく。科学部はわざわざ休日に登校してまで活動する予定はないのです」 どうやら3人とも都合はつくようだ。 「それでは、皆さん、よろしければ、わたくしと一緒に、お買い物に行く気はありませんか?」 理緒の誘いに、皆は目を輝かせて一斉に首を縦に振った。 「それにしても、珍しいじゃない? 理緒から皆をデートに誘ってくれるなんて」 先に風呂に入ると言う下級生たちと別れて部屋に戻ったふたりだが、その途中の廊下で、若菜が理緒をからかう。 「で、デートって……そんなんじゃありませんわ!」 反射的にキリリと眉を吊り上げたものの、次の瞬間、理緒はフッと肩の力を抜いて、幾分後ろめたいような視線を若菜に向けた。 「でも、ある意味、これはわたくしのワガママですわ。元の生活に戻るまであとひと月あまりですし、せっかくだから「女の子としての休みの日のお出かけ」を是非とも体験したいと思いつきましたの」 確かに、体育祭や先週の中間試験などで忙しかったこともあり、最低限の買い物を除いてこの4人が休日に学園外に外出したコトは、未だなかった。 「ん? それがどうして理緒のワガママなのよ?」 「いえ、役者として芸の肥しというか「女の子役」の参考にしたいという思惑もありますし、それに……」 「それに?」 重ねて若菜に聞かれて、理緒は照れくさそうに目を逸らす。 「お、女の子ひとりで遊びに行くのって、ちょっと怖いし、恥ずかしいじゃありませんの」 「! 理緒ってば、可愛ッ!!」 めったに見られない親友の弱みを目にして、ハキュ〜ン♪と瞳をハートマークにして背後から抱きつく若菜。 「あぁ、こら懐くんじゃありませんッ!」 「にゅふふ……いやぁ、全校男子の憧れ、「白鳥の君」こと理緒お嬢様が、こんなにウブだなんて、他の人は思いもしないでしょーねぇ」 「お、おだてても何も出ませんわよ? それになんですの、その「はくちょうのきみ」と言うのは」 「あれ、知らないの? あたし達生徒会四人娘のあだ名、みたいなものかな。ちなみに、あたしは「黒髪の上(くろかみのうえ)」で、星乃ちゃんが「水面の方(みなものかた)」、桃子ちゃんが「桃園の姫(とうえんのひめ)」らしいわよ」 「ぜ、全然知りませんでしたわ。まるっきり少女漫画のお嬢様女子校のノリですわね」 ココは未だ現在進行形で男子校だと思うのですが……と、久々にorzな姿勢でガックリと膝をつく理緒。 「まぁまぁ、こういう殿方ばかりの環境だからこそ、逆に二次元のそういう世界に毒されて過剰な幻想を抱いてるんでしょ、きっと」 素の状態で呼ばれるのはちょっと勘弁してほしいけど、今の(女の子の)姿なら、素直に称賛として受け取ってもいいんじゃないかしら……と励ます親友に、ジト目を向ける理緒。 「確かに貴女や星乃は、こういうケレン味のある呼び方がお好きでしょうけれど……」 「えへ、バレた? でも、こういう「お祭り事」も、どの道あとひと月足らずなんだし、せっかくだから楽しむのもいいじゃない」 「──そう、ですわね」 それを言われると、理緒の反論も鈍りがちだ。 「それでは、日曜のお出かけの詳細については、明日の朝食の席ででもお伝えしますわ」 自室の前まで来たところで、ドアの鍵を開けながら、理緒が若菜に告げる。 ──ということは、今晩のうちにプランを練るつもりだろうか? なんだかんだ言って、実はすごく楽しみにしているらしい。 「ええ、それで問題ないわ。あと、お風呂は、あたしが最後でいいわよ」 心の中でクスリと笑いつつも、若菜は相方がヘソを曲げないよう無難な答えを返した。 「そうですか。では、あの娘達があがってきたら、お先に入らせていただきますわね」 その夜、理緒の部屋の灯りは、早寝早起きを旨とする彼女にしては珍しく午前2時を回ってもついていたとか。どんだけ念入りに計画してるんだか……。 (ちなみに、それと対照的に若菜と星乃の部屋の明かりは10時にもならない宵の内から消えていたことを付け加えておこう。こちらもナニやってるんだか) 〜つづく〜 |