「おねぼく ―あこがれのおねえさんに憑依してしまったぼくの日常―」 作・JuJu 【第9話(全10話)】 ぼくは、ぼくの自宅にやってきた。この時間は両親はいないことも知っている。 本体のぼくは、家に帰ってきているだろうか。 玄関のインターフォンのチャイムを鳴らす。するとぼくが答えた。 「はーい。どなたですか?」 「日宵くん? 瑚だけど」 「――え! 瑚さん!? ちょっとまっててください」 玄関の戸が勢いよく開いた。 「こんにちは、日宵くん。すこしおじゃましていいかな?」 「両親にご用ですか? でも、両親はいま留守にしているんですけれど」 「いいのいいの。だって、日宵くんに用があってきたんだもの」 「ぼくに!?」 自分のためにわざわざお姉さんが来てくれた。まさに天にも昇る気持ちだ。そんな本体のぼくの心境が、緊張した面持ちから、だらしのない表情に変化していくことでよく分かった。そんな顔を見ていたら、なんだかちょっと、からかいたくなってきた。 「日宵くん。さっきアンキモの近くにいたでしょう? その時わたしに会って、どうしてあわてて、逃げるように帰ったの? それって、わたしのウェイトレス姿が窓から覗けたらなとか思って、アンキモに来ていたんじゃないの?」 ぼくの表情が、一瞬にして暗くなった。 「あの……。それは……」 「わたしが言うのもなんだけど、あの店の制服ってちょっとエッチだよね。 もしかして日宵くんは、そんなエッチな服のわたしが見たくて、アンキモの近くまで来ていたんじゃない?」 本体のぼくがうつむいてしまう。 やっぱりエッチな服を見たくて、アンキモまで来ていたんだな。 ぼくはさらに言葉を続けた。 「そのことで、お話があるんだけど。日宵くんのお部屋まで上がらせてもらっていいかな」 「……はい」 瑚さんがぼくの部屋に来てくれるなんてはじめてのことだ。本来ならばとても嬉しいできごとなはずなのに、ぼくの本体は今にも泣きそうな顔をしている。 (さすがに、からかい過ぎちゃったかな。ごめんよ、ぼく。この埋め合わせは、このあとしてあげるから) ぼくは心の中で、ぼくにあやまった。 * ぼくはぼくの部屋に入った。 いつもは小学生の背の高さから見ているので、大学生のお姉さんの高い視点から部屋を見るのはなかなか新鮮だ。 本体のぼくが出してくれた座布団に正座する。本体のぼくも、自分の座布団に正座した。 本体のぼくは、頭をうなだれて叱られる準備をしている。 「さっきも訊(き)いたけれど、わたしがアンキモでウェイトレスのバイトしているのは知っているよね。わたしが着ているアンキモの制服が、ちょっとだけエッチなのも」 「……はい」 「ううん。べつに責めているわけじゃないの。健全な男の子だったら、それが当然だし。 でもね。あの店は小学生が一人で来るような場所じゃないの。わかってる?」 「……はい」 ますますうなだれるぼくに、さすがにからかうのも可哀想になってきたので、そろそろ本題にはいることにした。 「そんなにわたしのウェイトレス姿がみたいのならば、わたしが今ここで見せて上げる。だから、それで我慢してね」 「え?」 何を言っているのかわからないと言ったふうに、うなだれていた顔を上げるぼくの本体。 「日宵くんのためだけに、わたしのアンキモのウェイトレス姿を見せて上げるっていっているの。日宵くんの独り占めだよ」 ようやく瑚さんの言っている意味が理解できたらしい。それでも信じられないと言った驚いた表情をしている。 ぼくは立ち上がって、その場でセーターを脱ぎ、床に落とす。続いてシャツを脱ぎはじめる。 本体のぼくは、まだ驚きの表情のまま、ぼうぜんとしている。 脱いだシャツも床に落とした。 上半身がブラジャーの姿になってから、いま気が付いたように、本体のぼくをとがめる。 「日宵くん。あっち向いていてよ」 平然とした態度で本体のぼくに言う。 それを聞いた本体のぼくは、あわてて背を向けた。 本体のぼくが、背中を向けてざぶとんに正座している。羞恥心に耳を真っ赤にしている彼を見て、なんだかおかしくなってきた。 お姉さんになりきっていたので、ついあっちを向いてと言ってしまったが、ぼくとしては、別に着替えくらい、いくら見たってかまわないと思っている。なにしろぼくなんか、アンキモの女子更衣室でお姉さんの着替えを見たんだから。 いっそ、今からでも瑚さんの着替えを見せて上げようかとも思ったが、そうなると、いつものお姉さんと違うことに疑問を抱くだろう。ぼくが幽体になって瑚さんに憑依して彼女の体を操っていることを説明するのも面倒だから、このまま着替え続けることにした。それにこのままお姉さんのふりをしていたほうが、おもしろそうだし。 瑚さんの正体が自分だと知らないぼくの本体は、すっかりぼくのことを、本物の瑚さんだと思いこんでいる。体はお姉さんのものだし、記憶や知識もお姉さんのものを使えるから、ぼくが憑依しているなんてわからないだろう。けれど、万一ということもある。ここはばれないように、お姉さんになりきることにした。 * 「もうこっち向いてもいいよ」 アンキモの制服に着替えたぼくは、本体のぼくの前で、色っぽいポーズを決めてやった。 エッチな制服姿のぼくを見て、ぼくの本体は恥ずかしそうに目をそらす。 「遠慮しなくて、じっくり好きなだけ見ていいんだからね。 日宵くん……ううん、今日は成桐くんって呼んでもいいかな? 今だけは成桐くんが、わたしのウェイトレス姿を独り占めしていいんだからね」 瑚さんに名字ではなく、名前で呼ばれたことに、本体のぼくはすっかり感動しているようだ。 そのことに、ぼくはすっかり気をよくした。 これだけ喜んでくれると、悪い気がしない。 (あんなに喜んでいる姿を見せられたら、これだけで済ますわけにはいかないよな。本当はお姉さんの制服姿を見せるだけのつもりだったけれど、もっとよろこばしてやるか。なんたって、相手はぼくなんだから。本体のぼくがよろこぶというのは、ぼくがよろこんでいると同じことなんだしね) ぼくは心の中で、そう思った。 それで、本体のぼくをよろこばせるには、どうしたらいいのだろう。ここに来るのは制服姿を見せるためだけだったから、そこまで考えていなかった。 そうだ! お姉さんと恋人同士になれたら、喜ぶに違いない。 だったら、今日はぼくと恋人になってやろう。ぼくが本体だった頃は、恋人と言ってもなにをするのかわからなかった。せいぜい、デートとか、キスとか、その程度が限界だった。でもお姉さんになって、彼女の知識から、恋人とはセックスすることだって、今ならば分かる。キスもデートも、セックスにいたるまでの準備に過ぎない。そういうことならば、せっかくだしセックスをしてやろう。 そうだよ。セックスの相手の男ならば、ぼくがいるじゃないか! 男とのセックスなんて気持ち悪いけれど、相手が自分ならば、セックスができそうだ。自分のおちん〇んならば、アソコにいれることもできると思う。 それに、男女のセックスってしてみたかったんだ! お姉さんは初めてのセックスは恋人がいいと思っていたみたいだしね。 よし、本体のぼくとセックスをしよう! 瑚さんになったぼくが、本体のぼくとセックスするということは、ぼくが瑚さんとセックスをするってことだものね。 これからぼくは、あこがれの瑚さんと恋人同士になれるんだ。 (「第10話」につづく) |