「おねぼく ―あこがれのおねえさんに憑依してしまったぼくの日常―」

 作・JuJu



【第5話(全10話)】

 朋さんの下着姿を見たい気持ちを抑えつつ、ようやく女子更衣室でのアンキモの制服に着替えおわった。
 ロッカーの鏡に自分の姿を映すと、アンキモの服を着ているお姉さんの姿が映っている。
 あんなエッチな服を、いまぼくが着ているんだ。しかも、お姉さんの体で。
 胸が強調されていてはずかしいし、スカートなんて、ふだん瑚さんがはいているミニスカートよりも、もっと短い。これじゃ、しゃがんだらパンツがみえちゃうよ。
 そんな風に、照れながらあこがれのお姉さんのウェイトレス姿に見とれていると、同じくウェイトレス服に着替え終わった朋さんが、隣から声を掛けてくる。
「ここの制服って、いつ見てもエッチだよねー。
 まあその分、バイト料も高いから、しかないんだけどね」
 どうやらぼくが瑚さんのウェイトレス姿を鏡に映して顔を赤らめていたのを、エッチな制服を着ていることに恥ずかしがっていると勘違いしているらしい。
「う……うん。そうだね」
 ぼくは瑚さんに合わせて、ごまかすように相づちをうった。

    *

「げははー。瑚ちゃん、今日の仕事もがんばってねえ」
 更衣室を出て店内に入ると、背後から肩をつかまれた。
 おどろいて振り向くと、ハゲ頭をした中年男性が立っていた。お姉さんの記憶からさっするに、彼はこの店の店長らしい。
「聞いたよー? 瑚ちゃんって、男をしらないんだって? ぼくが教えて上げようか? もちろん特別ボーナスはずんじゃうよー」
「もう、薄井店長ったら、冗談ばかり!」
 瑚さんの記憶を頼りに愛想笑いでごまかしたが、なるほど朋さんの言うとおりセクハラおやじだ。
 その後ぼくはお姉さんのふりをして、アンキモでアルバイトをした。

    *

 ぼくは年上の女性が好きだ。店内ではぼく好みの、年上のお姉さんが何人もウェイトレスのアルバイトをしている。しかも全員、アンキモのエッチな制服を着ているのだ。これは想像以上にすばらしい職場だった。
 当然ぼくの目は、勝手にウェイトレスのお姉さんたちに向かってしまう。そしてその中でも特に、朋さんに視線が行く。更衣室で一緒に着替えて下着を見た印象が残っていて、こうして制服姿を見ていても、下着姿の朋さんを思い出してしまい、顔が自然にゆるんでしまう。
 客は見事なくらい男ばかりだった。しかもみんなスケベそうな表情をしながら、頭の先から足の先まで、ねっとりとなめ回すように、ぼくたちウェイトレスのことを見ている。
 それも当然で、この店は料理の料金が割高なくせに、味は普通だし、内装だってどこにでもあるような店だ。そのくせ料理の値段が高いのは、すべて目の保養の分だった。
 男たちに、あんないやらしそうな視線で見つめられるのは嫌だけれど、堪えるしかなかった。瑚お姉さんのために、ちゃんとアルバイトをこなさないとならない。どんなにいやらしい視線が気持ち悪くても、逃げることはできない。
 ぼくは初めてのアルバイトを、瑚さんの記憶や知識を引き出しながらこなした。瑚さんの記憶や知識は、まるで自分の知識や記憶のように引き出せたので、仕事は問題なくこなすことができた。
 アンキモのいやらしい客たちはもちろん、瑚さんのアルバイト仲間だという朋さんにも、ぼくが本当は瑚さんではなく、しかも男だということはバレていないはずだ。そんな自信がうまれるほど、ぼくは瑚さんの役をうまくこなしていた。
 ただ、困ったのは男たちの視線だった。ウェイトレスの仕事をしているあいだ、あらゆる席から発せられる、男たちの欲望に満ちたエッチな視線を、瑚さんの体が感じ取ってしまう。女性って男のエッチな視線を敏感に感じるんだと知る。
 これが本物の瑚さんだったら、男の視線など嫌悪感だけしか抱かなかったはずだろう。お姉さんの記憶からも、それがわかる。
 でも、いまはお姉さんはぼくだった。ぼくも男だから、客の男たちの気持ちや、考えていることがすごくよく理解できた。男として、お姉さんのウェイトレス姿をどう思っているのか、どんな思いで見てるのかが、自分のことのようにわかる。彼らの気持ちが、とてもよく理解できるだけに、ぼくは男の客たちに嫌悪感を持ちつつも、同時に共感し始めていた。
 ぼくだってお姉さんに合体していなければ、あの客たちと同じ側の人間なのだ。
 そのためだろうか、いままで嫌悪感しかなった男たちの視線が、いつの間にか快感に変わってきていた。不思議なことに、瑚さんの体が、男たちの視線を快いと思っているのだ。あるいはお姉さんの精神という枷がなくなった肉体が、女として男たちの性をどん欲に求めているのかも知れない。
 お姉さんの肉体も男たちの性欲を浴びて興奮しているのがわかる。
 体が勝手に火照ってくるのが分かった。ブラジャーの下で乳首が立っているのがわかる。そのため乳首がブラジャーに擦れて性感を発していた。男たちの視線が肌を焼き、それが快感だった。
 お姉さんの体の興奮は、当然ぼくにも伝わって心地よい快感をもたらせた。
 お姉さんになりきっているせいか、お姉さんの体が、自分の体として感じられた。
 あのいやらしい視線は、すべてぼくに向けられてるんだ。ぼくのの体を見て、みんなが興奮しているんだ。
 火照(ほて)る体にどうにか堪えながら、アルバイトは終わった。
 ウェイトレスの仕事が終わり、ぼくと朋さんは、ふたたび女子更衣室に来ていた。
「バイトが終わるとホッとするよね。はあ……。男の客ったら、いつもいつもいやらしい視線で見てきて。むかつくー」
 朋さんは愚痴をはきながら、アンキモの制服を脱ぎ始めた。瑚さんと朋さんのロッカーは隣同士なので、必然的にぼくの目の前で下着姿になることになるのだ。
「う……うん。そうだね」
 朋さんを見ていたのは男性客だけではない、じつはぼくも、アンキモのエッチな制服に、アルバイト中もつい目が行ってしまっていた。
 しかもいまは、朋さんはその制服を脱いで、下着姿で立っている。
 自然と、ぼくの目は下着姿の朋さんに釘付けになる。
 ぼくの視線に気が付いた朋さんは、照れるように言った。
「だから。さっきも言ったけれどそんなに見つめないでよ。同性でも恥ずかしいじゃない」
「ご……ごめん」
「どうしたの? 今日の瑚、ちょっと変だよ?
 ねえ。もしかして、あなたって……レズビアン?」
「ままま、まさか!!」
 ぼくは大きく首を左右に振った。
 レズビアンというのがなんだかわからないけれど、雰囲気から、朋さんが瑚さんのことを変態だと思っていることは間違いなかった。
「ふふふ。バイト中も、あたしのことを盗み見ていたよね。気が付いてないとおもった?
 バイトを始める前に更衣室で着替えているときも、瑚はあたしの体見ていたし。
 いつもは、あたしのことをそんな目ではみてなかったのにね。今日にかぎって、まるで男が女を見るようないやらしい目で見て」
 朋さんの鋭い指摘に、ぼくは心の中であせる。
(まずい! このままじゃ瑚さんが友達に、変態だとおもわれちゃう! それとも、男のぼくが瑚さんになっていることがばれている?)
 朋さんは穏やかな声で言葉を続けた。
「安心して。隠さなくていいの。だってあたしも同じだから。
 瑚の気持ちは、よくわかるよ。
 あれだけ欲望に満ちた目で見られつづけたら、男なんかうんざりして嫌いになるのも当然だよね。女の子に走るよ、やっぱり。
 実はあたしも、アンキモに来る前は、男が好きだったんだけどね。ここでバイトし始めてから、すっかり男が嫌いになっちゃってさ。彼氏とも別れたし。でも男が嫌いになった替わりに、最近は、女もいいなって思えるようになって来て……。
 瑚もさ、あたしとおんなじで、目覚めちゃったんだよね? 女の子に。
 だったら……。あのさ、よかったら、今からあたしの部屋に来ない?」
 まずい。どうやらぼくのせいで、瑚さんが変態だと思われているらしい。
 だからぼくは、ここで瑚さんの誤解をとかなければならないと言うことはわかっていた。
 でも朋さんがせっかく誘ってくれているのだ。大学生のお姉さんの部屋。とても興味がある。瑚さんには悪いけれど、ここで誤解をとけば、朋さんの誘いを断ることになることになってしまう。
 ぼくの心の中の葛藤は、朋さんの部屋に行けるという好奇心にあらがえなかった。
(誤解の方は後から解けばいいよね。それに、アルバイト仲間がせっかく誘ってくれているんだから、行かないと悪いし)
 そんな言い訳じみたことを考えることで、お姉さんへの罪悪感をごまかす。
 そして普段着に着替えたぼくたちは、女子更衣室を後にした。

(「第6話」につづく)






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