未久:「やったぁ。今日は家に帰らなくてもいいんだ」

伴子:「今日だけだからね。明日はちゃんと帰るのよ」

未久:「うん。分かったよ。でも迷惑じゃない?」

伴子:「どうして?」

未久:「もしかして今日はその人と一緒に過ごすんじゃないかって思って」

伴子:「えっ・・・」

厚志:「えっ・・・見えるの?僕の事が・・・」

未久:「うん。さっきから伴姉ちゃんの横でじっとしてるから、彼氏かと思ってたんだけど・・・
          でも恥ずかしくないの?ずっと裸で・・・」
 
 
 
 
 
 
 
 

銭湯から憑いて来た彼(後編)
 
 
 
 
 
 
 
 

厚志:「ほ・・・ほんとに見えるんだ・・・僕の事・・」

未久:「だからさっきから言ってるじゃない。ねえ伴姉ちゃん」

伴子:「・・・・」
 

どうやら未久にも厚志の身体が見えるようだ。
やはりこれが姉妹というものか・・・
 

未久:「裸で歩いてきたの?勇気あるよね」

厚志:「違うんだ。僕は幽霊なんだよ」

未久:「幽霊?」

厚志:「ああ。この前、事故で死んじゃってね。幽霊になってしまったんだ」

未久:「ふ〜ん。そうなんだ。そう言えば身体が透けているようにも見えるわねぇ」

伴子:「本当に幽霊なのよ・・・未久は全然驚かないの?」

未久:「うん。別に」

伴子:「だって幽霊なのよ。こうやって幽霊が見えてるのよっ」
 

伴子は未久が驚かない事に不思議な様子。
眉間にしわを寄せて未久を見つめる。
 

未久:「伴姉ちゃんだって驚いてないじゃない」

伴子:「わ、私は・・・もう・・・慣れたから・・・」

厚志:「うれしいなぁ。まさか僕の姿が見える人が二人もいるなんて・・」
 

厚志はとても嬉しそうだ。
慢心の笑みを浮かべながら伴子の顔を見た。
でも、伴子は厚志の顔を見ようとはしない。
 

未久:「他の人には見えないの?」

厚志:「あ、うん、そう。全然見えないんだよ。こうやって話す事だって出来ない」

未久:「ふ〜ん、かわいそうだね」

厚志:「そ、そう?ほんとにそう思ってくれる?」

未久:「だって誰も相手してくれないんでしょ」

伴子:「未久っ。もういいから」

厚志:「僕、未久ちゃんのことすごく気に入ったよ。なんて優しい女の子
          なんだろう」

未久:「当然よ。伴姉ちゃんとは違うんだから」

伴子:「未久っ。それならもう家に帰ってちょうだい」

未久:「えへっ、うそうそ。伴姉ちゃんは私より優しいんだから・・・」

厚志:「二人とも優しいよ。こうやって幽霊のまま楽しく話が出来るなんて
          二度とないと思ってたんだからさ。しかも二人も話せるなんて」

伴子:「それは良かったわね。これで十分堪能したんじゃないの?そろそろ成仏する?」

厚志:「・・・・・」

未久:「伴姉ちゃん、そんな言い方したらかわいそうだよ。今日くらい
          一緒にいてあげてもいいんじゃないの?」

厚志:「未久ちゃん!!」
 

未久の優しい言葉に涙がでそうだ。
 

伴子:「だって幽霊ったって男なんだよ。男と一緒に夜を共にしろって言うの?
          それに未久だって今日泊まるんでしょ」

未久:「うん。私は全然構わないよ。だって幽霊なんでしょ。何も出来ないじゃない」

伴子:「それがそうじゃないのよ。この幽霊、他人の乗り移る事が出来るのよ」

厚志:「この幽霊って(^^;   ちゃんと厚志って名前があるんだけど」

未久:「厚志っていうんだ。私よりも年上でしょ」

厚志:「ああ。二十歳だからね」

未久:「へぇ〜、そうなんだ。二十歳かぁ・・・で、なんだっけ、伴姉ちゃん」
 

伴子を馬鹿にしているわけではないが、話が反れてしまったので
もう一度聞きなおす。
 

伴子:「だからこの厚志って幽霊、他人に乗り移る事が出来るのよ。
          いつ乗り移られて変な事されるか分からないんだから。
          さっきだって銭湯で・・・」
 

・・・伴子は厚志が女湯を覗いたり菫に乗り移って悪戯した時の事を
未久に話した・・・
 

未久:「ふ〜ん・・・そんなことが出来るんだ。すごいね、厚志さんっ!」

厚志:「そ、そうかなあ・・・へへ・・」

伴子:「未久ったら何考えてるのよ。よく平気な顔していられるわねっ」

未久:「面白いじゃない。いろいろ話が聞いてみたいな・・」

厚志:「いいよ。幽霊になってからのこと、色々話してあげるよ」

未久:「ほら伴姉ちゃん。こんな事聞けるの一生ないよっ」

伴子:「もうっ、何考えてるのよ・・・」
 

伴子の表情からは、イライラしている様子が伺える。
とりあえず伴子も含め、3人は畳の上に置いたちゃぶ台の様な四角い
テーブルを囲んで座った。

そのあと厚志が、死んでしまってからこの数日間に起きた出来事を色々と
話し始めたのだ。
自分の葬式に行って、家族やみんなの泣き顔を見て自分も泣けてしまった事。
くよくよしながら、ただ明るいところに行きたいと思い、繁華街を
ウロウロと漂っていた事。
そして、初めて他人に憑依出来る事を知り、通りすがりの綺麗なお姉さんに
憑依してみた時の事・・・
 

未久:「へぇ・・・そうだったんだ・・・」

厚志:「ほんの数日間だったけど、とても色々な事がありすぎたと思うよ。
          幽霊だって疲れるんだって事、実感しちゃったな」

未久:「ふ〜ん、魂(たましい)すり減らしてるんじゃないの?お腹とかも空かないの?」

厚志:「ああ。お腹も空かなければトイレにも行きたくならない。ほんとに
          ただこうやって存在しているだけって感じかな」

未久:「楽しい事もあるみたいだけど、何となく寂しいね」

厚志:「だからこうやって話せる人がいてくれて嬉しいんだ」

未久:「そっか。ねえ伴姉ちゃん、厚志さんっていい人だよね」
 

それまで口を聞かなかった伴子に未久が話をふった。
 

伴子:「・・・・・さあ。分からないわ」

未久:「伴姉ちゃんも強情なんだから。そんなことだから彼氏の一人も
          出来ないんだよ」

伴子:「うるさいわね。未久に言われる筋合いはないのっ!」

未久:「だって私には彼氏がいるもんねぇ〜」

伴子:「・・・・しらないっ!」
 

伴子は立ち上がると、スタスタと歩き始めた。
 

未久:「どこ行くの?」

伴子:「トイレよ、トイレっ!」
 

トイレのドアを開けると、伴子は少し強めにドアを閉めてしまった。
 

厚志:「彼女・・・伴子さんには嫌われちゃったな」

未久:「いいのいいの。あんまり男に対して免疫がないだけだよ」

厚志:「女湯覗いちゃったのがまずかったよなあ」

未久:「男ならきっと一度くらいそんな事したくなるでしょ」

厚志:「伴子さんの友達にも変な事しちゃったからなあ・・・」

未久:「私も逆の立場だったら同じようにしてるかもしれないよ。
          異性の身体ってすごく興味があるよね」

厚志:「うん・・・・って、未久ちゃんはすごく優しいというか物分りがいいというか・・・」

未久:「そう?それよりねっ、ちょっと私のお願い聞いてよ」

厚志:「お願いって何だい?」

未久:「あのねっ・・・」
 

悪戯っぽい表情をした未久。
手招きして厚志を近くに呼ぶとトイレに入っている伴子に聞こえないよう
小さな声で話を始めた。
 

未久:「あのね、伴姉ちゃんに乗り移ってよ」

厚志:「えっ!?」
 

厚志は思わず驚いた。
 

未久:「伴姉ちゃんってさ、最近特にあんな感じで妹の私の前では
          無愛想になるのよね。厚志さんがいてもいなくてもあんまり
          変わらないの。なんかトゲトゲしいでしょ」

厚志:「そ、そんな感じだけど・・・本当に普段もそうなの?」

未久:「うん。今日は泊まりに来たんだけどさ、こんな状況で朝まで
         いても全然楽しくないじゃない」

厚志:「それは・・・そうだけど・・」

未久:「だからねっ、厚志さんが伴姉ちゃんに乗り移ってくれれば
          伴姉ちゃんの事気にすることないし。それに厚志さん、伴姉ちゃんの
          身体、気になるでしょ」

厚志:「・・・・」

未久:「伴姉ちゃんにはナイショにしてあげるから。ねっ!
          トイレから戻ってきたら・・・お・ね・が・い!」
 

未久は軽くウィンクをして厚志に頼み込んだ。
 

厚志:「でも・・・せっかく二人も幽霊のままで話せる人が現れたのになあ・・
          これがきっかけで二度と話せなくなったら嫌だしな・・・」

未久:「大丈夫よ。伴姉ちゃんが嫌っても私はちゃんと友達として
          いてあげるから」

厚志:「そうなの?ほんとにそれでもいいのかい?」

未久:「女に二言は無いわ!」
 

未久は右手で拳を作ると、ドンと自分の胸を誇らしげに叩いた。
 

厚志:「そっか・・・そこまで言うのなら・・・」
 

厚志は伴子に乗り移る決心をした。

ちょうど伴子がトイレから出てくる。
 

厚志:「じゃあ僕、今日はもう帰るよ」

未久:「そっか。残念だけど仕方ないね。あ〜あ、これで今日は伴姉ちゃんと
          二人きりか・・・」

伴子:「・・・・そ、そうなの。それはそれは・・・どこに帰るのかは知らないけど」
 

あっさりとした表情で伴子が答える。
 

厚志:「じゃ、僕はこれで・・・」
 

厚志は伴子の無愛想な返事を聞き流したあと、ふわっと浮き上がって
天井を突き抜け、外に出て行ってしまった。
伴子はテーブルの前に腰を下ろす。
女座りをして気が緩んでいるようだ。
 

伴子:「ふぅ・・・一時はどうなるかと思ったわ」

未久:「伴姉ちゃんって冷たいね」

伴子:「普通は嫌がるわよ。未久ぐらいじゃない。あんな幽霊と一緒にいたいだなんて」

未久:「だって別に悪い人・・幽霊じゃないんだもん」

伴子:「そんなの分からないでしょ。相手は男なんだからすぐに変な事し・・・」

未久:「ん?どうしたの、伴姉ちゃん」

伴子:「・・・・んっ・・・・あっ・・・」
 

伴子は急に両手で股間を押え始めた。
少し顔が火照っているように見える。
 

未久:「伴姉ちゃん?」

伴子:「あっ・・・や・・・やだ・・・な‥何これ・・・・」
 

伴子は急に下半身が熱くなったことに驚いている。
何かに触られているような感触が・・・
ジーパンやパンティを無視するかのように、直接身体に触れているのだ。
その感触はやがて伴子の中へと広がって行く・・・
 

ビクンッ!
 

伴子は身体を震わせ、お尻にギュッと力を入れた。
 

伴子:「はっ・・・ああ・・・・あ〜・・・」

未久:「どうしたの・・・・そ、それってもしかして・・」

伴子:「あっ・・んんっ・・・や・・‥は‥入って・・・来ないで・・・」
 

伴子は俯いた状態で必死に両手で股間を押えている。
しかし、そんな抵抗も空しく、伴子の中に何かが入り込んでしまった。

そして・・・
 

伴子:「あっ・・・ああっ・・・やぁ〜・・・・あああっ!」
 

一際大きな声を上げた伴子。
急に股間を押えていた両手の力が抜け、身体が前のめりになる。
 

未久:「・・・・伴・・・姉ちゃん・・・」
 

ほんの5秒ほど・・・

俯いていた伴子がゆっくりと顔を上げる。
 

伴子:「ふぅ・・・未久ちゃんっ」
 

伴子はニコッと未久に笑いかけた。
 

未久:「と・・・伴姉ちゃん?」
 

伴子は2、3回首を横に振った。
 

未久:「まさか・・・厚志さん?」
 

伴子はニコニコしながら首を縦に振った。
 

未久:「ほんと!?」

伴子:「うん。本当なんだ。今僕が伴子さんに乗り移ったんだ」
 

伴子の声を借りた厚志が答えた。
 

未久:「ほんとにほんと?」

伴子:「本当さ。どうすれば信じてくれる?」

未久:「・・・・じゃあ私のこと、褒めてみて」

伴子:「褒めるの?」

未久:「うん」
 

伴子は立ち上がると、未久の側に座って何かと褒め始めた。
 

伴子:「未久ちゃんは本当に優しいんだね。僕のことを信じてくれるし、
          本当は伴子さんのことも気遣ってたんだろ。
          僕は未久ちゃんとこうやって話が出来てすごく嬉しいよ」
 

伴子が未久の頭を優しく撫でながら褒めている。
未久はなにやらドキドキしているようだ。
 

未久:「そ・・それじゃあ今度は・・・私の前で自分の胸を揉んでみてよ」

伴子:「無茶苦茶言うなぁ(^^;」

未久:「伴姉ちゃんだったら絶対にしないもん。それが出来るなら信じるっ」

伴子:「でも伴子さんに悪いしな」

未久:「いいからっ」

伴子:「・そうかい?・・・そ・・・それじゃあ・・・」
 

伴子はちょっと恥ずかしそうにしながら両手で自分の胸を下から持ち上げた。
そして、セーターの上からゆっくりと手のひらに包み込むと、優しく胸を揉み始めたのだ。
 

伴子:「これでいいか?」

未久:「ほ、ほんとなんだ・・・ほんとに厚志さんが伴姉ちゃんに乗り移ったんだ・・」

伴子:「だからさっきから何度も言ってるじゃないか・・」

未久:「すっご〜いっ!」
 

未久は始めてみた光景に驚き、心ときめいてしまった。
まさか幽霊が伴姉ちゃんに乗り移っているなんて・・
 

伴子:「もういい?」

未久:「うんっ!十分に分かったよっ、厚志さん」
 

伴子(厚志)は胸から両手を放すと、また先ほどと同じ場所に座った。
 

未久:「でもこんな事ってあるんだね。まさか伴姉ちゃんに乗り移ってるなんて」

伴子(厚志):「不思議な感じかい?」

未久:「うん。こうやって話していても全然雰囲気が違うんだもん。なんて言うかな、
          伴姉ちゃんのオーラが漂ってないんだ」

伴子(厚志):「オーラって(^^;  じゃあ今はどんなオーラが漂っているんだい?」

未久:「何かよくわかんない。姉妹の親近感っていうのがあんまり感じられないなあ」

伴子(厚志):「外見は同じなのに?」

未久:「うん。しゃべり方が違うからかなぁ」

伴子(厚志):「しゃべり方?」

未久:「うん。だって厚志さん、女性らしいしゃべり方じゃないし。伴姉ちゃんは
          もう少し冷たい雰囲気があるからね。厚志さんと話していると優しい雰囲気
          だから伴姉ちゃんとは思えないな」

伴子(厚志):「そっか。そう言えばしゃべり方が僕のままだしね」

未久:「でも、それもまたいいと思うな。いつもの伴姉ちゃんじゃないって実感できるから」

伴子(厚志):「別に姉妹の仲が悪いって訳じゃないんだろ」

未久:「・・たぶんね。でも私がこんな調子(家出したり迷惑かけてる)だから
          伴姉ちゃん愛想尽かしてるのよ。あんまり言う事聞かないしね」
 

未久がウィンクしながらペロッと舌を出す。
 

伴子(厚志):「ふ〜ん。でもそうやって明るく振る舞っている
                   未久ちゃんのほうがいいと思うけど」

未久:「そう?」

伴子(厚志):「ああ。そう思うよ」

未久:「ねえ、それなら伴姉ちゃんの言葉でもう一度言ってよ」

伴子(厚志):「えっ」

未久:「伴姉ちゃんにそう言ってもらいたんだ」

伴子(厚志):「・・・・」

未久:「早く早くっ!」

伴子(厚志):「う〜ん・・・」
 

どんなしゃべり方だったっけ・・・
 

ちょっと考えた厚志は、それとなく女性の言葉で話し始めた。
 

伴子(厚志):「・・・わ・・私はそうやって明るく振る舞っている未久ちゃんの方がいいと思うわ」

未久:「・・・ねえ、呼び捨てにしてもう一回お願い」

伴子(厚志):「呼び捨てで?」

未久:「伴姉ちゃん、私のこと「ちゃん」付けでは呼ばないの」

伴子(厚志):「そっか・・それならそうするよ」

未久:「うん」

伴子(厚志):「私はそうやって明るく振る舞っている未久の方がいいと思うわ」

未久:「・・・ほんと?」

伴子(厚志):「ええ。私もそんな未久のことが好きだから」

未久:「・・・・うん」
 

未久の目からジワッと涙がにじんでしまった。
 

伴子(厚志):「み、未久ちゃん・・」

未久:「私ね、伴姉ちゃんのこと大好きなんだ。でも大学に行ってからあまり会えなくなったでしょ。
          たまにこうやって会ってもわがままばかり言ってるから、だんだん伴姉ちゃんの態度が
          変わってきちゃって・・」

伴子(厚志):「・・そっか。寂しかったんだね、未久ちゃん」

未久:「うん・・・・なんか厚志さんでも昔の伴姉ちゃんの雰囲気出てたよ。
          伴姉ちゃんが言ってくれたって錯覚しちゃった」

伴子(厚志):「・・・・」
 

何となく無理に笑顔を作っている未久。
そんな表情が伴子(厚志)には健気(けなげ)に思えた。
 

未久:「ねえ、伴姉ちゃんの身体に乗り移ったんなら、お腹すいてるんじゃない?」

伴子(厚志):「・・・実は腹ペコなんだ。さっきからお腹がギューギュー鳴ってる」
 

伴子(厚志)は両手でお腹を押えながら答えた。
伴子自身、昼食を取ってから何も食べていなかったのだ。
銭湯に入った後に食べようと思っていたらしく、その状態で厚志が乗り移ったものだから・・・

未久は勝手に小さな2ドアの冷蔵庫を開けると、中から冷凍ピラフを取り出した。
 

未久:「これでもいい?」

伴子(厚志):「いいけど、伴子さんの食べ物だろ」

未久:「だって伴姉ちゃんが食べるんだからいいじゃない。私も食べるけどね!」

伴子(厚志):「そ、そうか・・・自分で食べるのと同じなんだった」

未久:「電子レンジで温めるね」

伴子(厚志):「ああ」
 

未久はピラフの袋を破ったあと、少し深めのお皿を棚から2枚出すと、
凍ってパラパラになっているピラフを半分ずつ入れた。
狭いキッチンをごそごそと這い回ってラップを見つけると、2つの皿を包んで
まず1つ目の皿を電子レンジで温め始める。
 

未久:「先に食べていいよ。私はまだそんなにお腹空いてないから」

伴子(厚志):「そっか。じゃあ遠慮なく頂くよ」

未久:「そうだ、ちょっと待ってね」
 

未久はまた冷蔵庫のドアを開けると、冷たく冷えた缶ビールを取り出した。
 

未久:「はい」

伴子(厚志):「え?」

未久:「ビール」

伴子(厚志):「僕が?」

未久:「うん。飲めるんでしょ、ビール」

伴子(厚志):「そりゃ飲めるけど・・・伴子さんの身体だからなあ」

未久:「大丈夫よ。だって伴姉ちゃんの部屋にビールがあるんだから。
          伴姉ちゃんが飲んでるんだよ」

伴子(厚志):「そんなの分からないよ。だって彼氏かもしれないし」

未久:「いないよ、伴姉ちゃんには彼氏なんて」

伴子(厚志):「そうかなあ・・・」

未久:「彼氏がいたらもっと派手な格好してるよ。ずいぶん前に彼氏が出来た時は
          すごかったんだから」

伴子(厚志):「す、すごかったって?」

未久:「化粧も濃いかったし、服装だってイケイケ姉ちゃんみたいだったんだ」

伴子(厚志):「ふ〜ん・・・そうなんだ。全然そんな雰囲気無いけどな」
 

伴子(厚志)はまじまじと自分の身体を見つめた。
セーターにジーパン姿、乗り移る前の伴子の顔を思い浮かべると
未久の言うような姿は想像できなかったのだ。
 

チーンッ!
 

どうやらピラフが温まったようだ。
未久はレンジのドアを開けると、熱くなった皿をテーブルの上に置いた。
 

未久:「あちちちち・・」

伴子(厚志):「大丈夫か?」

未久:「うん、大丈夫」
 

両手で曇ったラップを取ると、モワッと湯気が立ちあがりピラフの
美味しそうな香りが辺りに立ちこめた。
 

伴子(厚志):「いいにおいだな」

未久:「うん。じゃあ先に食べてっ」
 

未久は缶ビールのタブをプシュッと空けると、伴子(厚志)の前に
差し出した。
 

未久:「どーぞ」

伴子(厚志):「ありがとう。じゃあ頂きます」
 

伴子(厚志)は缶ビールを右手に持つと、美味しそうグビグビと2、3口飲んだ。
口の周りに白い泡が少しついている。
 

伴子(厚志):「あ〜、おいしいな。すごく美味しく感じるよ。ビールってこんな感じだったかな。
                    でも、二十歳になったから気兼ねなくビールを飲めるよ」

未久:「すごい飲みっぷりだね。伴姉ちゃんと全然雰囲気が違うよ」

伴子(厚志):「あ、ごめん、はしたなかったかな」

未久:「ううん。そんなこと気にしないで。それより伴姉ちゃん、まだ19歳だから
          ビール飲んだらまずいのになぁ」

伴子(厚志):「そ、そうなの?19歳・・・しまった・・」

未久:「いいよいいよ。伴姉ちゃんだって自分でそうやって飲んでるんだから。
         気にしないで飲んでね」
 

そう言った未久は、自分のピラフも電子レンジで温め始めた。
 

未久:「あ、そっか。スプーン無かったね」
 

未久が棚からスプーンを取って伴子(厚志)に手渡す。
 

伴子(厚志):「未久ちゃんってすごくやさしいね」
 

伴子(厚志)はピラフをスプーンですくいながら話し掛けた。
 

未久:「そんな事ないよ。普段ならこんな事は全部伴姉ちゃんがやってくれるんだ。
          私はただそれを見ているだけ・・・」

伴子(厚志):「手伝わないの?」

未久:「・・・・だって勝手にテキパキやっちゃうんだもん。私が手伝おうとしても
          いいからって断られちゃうし。私が手伝うと邪魔なんじゃないかな」

伴子(厚志):「・・・・」
 

伴子(厚志)はそれ以上話を進めなかった。
無言のまま一口ピラフを食べる。
 

伴子(厚志):「モグモグ・・・・美味いな、このピラフ」

未久:「そう?」

伴子(厚志):「あんまり冷凍ピラフって食べないけど、こんなに美味しいなんて
                    思わなかったよ。ちょっと感激だな」

未久:「ふ〜ん、私も早く食べたいな」

伴子(厚志):「食べてみるか?」
 

伴子(厚志)はスプーンに軽くピラフを乗せると、未久の口元へ持っていった。
 

未久:「あ・・・・・・うん・・・」
 

未久が小さく口を開けると、伴子(厚志)はそっと口の中にスプーンを入れた。
その光景は、仲のよい姉妹にしか見えない。
 

伴子(厚志):「どう?美味いでしょ?」

未久:「モグモグモグ・・・・ほんとっ!美味しいね!」
 

伴子(厚志)がそれとなく伴子の口調で話しながらニコッと笑う。
未久はそんな伴子(厚志)のさりげない笑顔がとても嬉しかった。
伴子(厚志)も未久の笑顔がとてもかわいく思えたのだった。
 

チーンッ!
 

未久が電子レンジから出来上がったピラフを持ってくる。
 

未久:「いただきま〜す」
 

未久はスプーンでサクサクと解したあと、
まだ熱いピラフをハフハフ言いながら食べはじめた。
 

伴子(厚志):「なんか飲み物あるんじゃないか?」
 

伴子(厚志)は四つん這いになって冷蔵庫まで移動するとドアを開けた。
オレンジの缶ジュースが3つほど入っている。
 

伴子(厚志):「これしかないか・・・」
 

伴子(厚志)は缶ジュースを1本取り出すと、冷蔵庫のドアを閉めて
こんどは膝をついたままズリズリと歩き、未久に手渡した。
 

未久:「ありがとう、厚志さん」
 

未久が缶ジュースのタブを開ける。
 

伴子(厚志):「ああ。じゃあ、あらためて乾杯!」

未久:「乾杯」
 

二人はそれぞれ缶ビール、缶ジュースを持って軽くカチンと当てた。
鈍い金属音がした後に、一口だけ飲んでテーブルの上に置く。
 

未久:「ねえ厚志さん。どうして幽霊になっちゃたの?」
 

未久がピラフを食べながら伴子(厚志)に質問する。
伴子(厚志)もピラフを食べながら答え始めた。
 

伴子(厚志):「分からないんだ。僕、何か未練があったのかな。でも
                    思い当たる事が無いんだよ」

未久:「ふ〜ん・・・やり残した事とか無かったの?」

伴子(厚志):「うん。僕は結構好き放題やってきたほうだからな。
                   でも、出来ればもう少し長い間生きていたかったか・・・」

未久:「そっか・・・でも未練も無いのに幽霊になるなんて不思議な話だね。
          テレビで、死んだら天国か地獄に行くって話をよく聞くけど、あれって
          本当なのかな?」

伴子(厚志):「さあ・・・全然分からないな。そんな実感ないんだから」

未久:「そうなの・・・ねっ、死んだら息とかしてないの?」

伴子(厚志):「たぶん・・・してないんじゃないかな。幽霊になってそんなこと
                   考えた事無かったよ。さっきも言ったけど、幽霊の時はお腹も
                   空かないしトイレにも行きたくならないんだ。精神的には
                   疲れる感覚はあるかな」

未久:「へぇ〜・・・でも便利だよね。お腹空かないんだったら食べる必要もないんだから」

伴子(厚志):「でも寂しいよ。こうやって美味しい物を味わう事だって出来ないし、
                    ビールを飲んで酔っ払う事だって出来ない。生きている方が絶対に
                    楽しいんだ」

未久:「・・・・じゃあそのまま伴姉ちゃんの身体を奪っちゃえば?」
 

未久は悪戯っぽい笑顔でそう言った。
 

伴子(厚志):「ダメだよ。そんなことは出来ない。伴子さんがかわいそうだ」

未久:「冗談よ、冗談っ!私だって伴姉ちゃんがいなくなったら寂しいもん」

伴子(厚志):「うん・・・・・」

未久:「・・・ねえ、厚志さん」

伴子(厚志):「何?」

未久:「今日はずっと伴姉ちゃんの身体でいてね」

伴子(厚志):「・・・・」

未久:「私が寝るまで・・寝るまででいいから」

伴子(厚志):「・・・・うん。分かったよ」

未久:「それから・・厚志さんのこと、伴姉ちゃんって呼んでもいい?」

伴子(厚志):「あ、ああ・・・別にいいよ。外見は伴子さんなんだし・・・」

未久:「ありがと・・・・伴姉ちゃん」

伴子(厚志):「あ、ああ・・・」
 
 
 

・・・この後、二人はそれぞれお互いの事を色々話した。

未久にとってはとても楽しい時間。
相手が厚志でも、言葉は男口調でも、こうやって目の前にいる姉の伴子と
一緒に楽しく話が出来たという事が嬉しかったのだ。
 
 

話し込んでいるうちに、すでに夜の12時を回っている。
二人はピラフを食べ終わっても、ずっと話をしていたのだ。
もう3時間も4時間も経っている。
 

伴子(厚志):「あ、もうこんな時間だ。そろそろ寝たほうがいいな」

未久:「え〜、もっと話そうよ。まだ色々と話が聞きたいのに」

伴子(厚志):「伴子さんも明日大学に行かなければならないんじゃないかな。
                    こうやって遅くまで身体を借りていると疲れちゃうだろうし」

未久:「大丈夫よ。大学なんて休んじゃえばいいのっ」

伴子(厚志):「だめだよ。ちゃんと行かなきゃ」

未久:「・・・・・」

伴子(厚志):「さあ、布団を敷いて寝ようか」

未久:「・・・うん」
 

未久はとても残念そうな表情をしながらも、伴子(厚志)の言う事を聞いて
布団を敷き始めた。
 

伴子(厚志):「よしよし、お姉ちゃんも手伝ってあげるから」
 

厚志も伴子のしゃべり方を真似するようにして手伝う。
布団を敷いたあと、未久は持ってきたカバンからパジャマを取り出して
着替えを始める。
 

未久:「伴姉ちゃん、私の下着姿見たい?」
 

そう言いつつも、すでにトレーナーを脱いで上半身はブラジャーのみ。
 

伴子(厚志):「か、からかうなよ」
 

伴子(厚志)は恥ずかしそうに未久に背を向けた。
 

未久:「伴姉ちゃんのパジャマ、棚の横にあるプラスチックの衣装ケースに入ってるよ」

伴子(厚志):「ああ、このケース?」
 

伴子(厚志)が衣装ケースのフタを開けると、中には綺麗にたたまれたピンクのパジャマと
かなりの量の下着が入っていた。
 

伴子(厚志):「あ・・・・」

未久:「なんなら下着も着替える?」
 

白いパジャマに着替え終えた未久が伴子(厚志)と一緒にケースの中を覗き込む。
 

伴子(厚志):「い、いいよ、下着はこのままで・・・」

未久:「ふ〜ん、遠慮しなくてもいいのに」
 

未久が笑いながらケースの中のパジャマを取り出して伴子(厚志)に手渡す。
 

未久:「着替えさせてあげようか?」

伴子(厚志):「じ、自分で着替えるよ」

未久:「女性としては初めての着替え?」

伴子(厚志):「ま、まあ・・・」

未久:「緊張する?」

伴子(厚志):「べ、別に・・・」

未久:「それなら早く着替えてよ。もう寝なくちゃいけないんでしょ、伴姉ちゃん!」

伴子(厚志):「わ、分かってるって・・・」
 

伴子は一旦テーブルの上にパジャマを置くと、ジーパンのボタンを外して
ファスナーを下ろした。
ベルトの部分に両手をかけてゆっくりとジーパンを下ろしていく。
 

未久:「まるで伴姉ちゃんのストリップショーみたい」

伴子(厚志):「おいおい(^^;」
 

ジーパンを足から抜いたあと、靴下も脱いで下半身はパンティ1枚。
身体の前で、両腕をクロスさせながらセーターの裾を持って、
グイッと上に引っ張り上げる。
襟元から頭が抜けると、髪の毛も後から抜けて全身下着姿になった。
 

未久:「久しぶりに見るけど、伴姉ちゃんの身体ってスタイルいいよね」

伴子(厚志):「そうか・・・」
 

伴子(厚志)はセーターを畳の上に放り投げると、両手を腰に当てて未久の方に
身体を向けた。
 

未久:「そうやって腰のところに手が置けるでしょ。ウェストが細いからよ。私なんか
          そのポーズするときは無理矢理手を腰に押さえつけているんだから」

伴子(厚志):「そんなもんかなあ」
 

腰の手を置いたまま、首を左右に振って伴子の身体を眺める厚志。
女性の下着姿をこういうアングルから見るのは初めてだ。
下を見ると胸があって谷間の向こうには、もうつま先が見えている。
それ以外の部分は殆ど見えない。
男ならば胸の下には股間が見えるのに・・・
 

伴子(厚志):「さ、さて・・・パジャマを着るか・・・」
 

伴子はパジャマの袖に手を通すと、前のボタンを止めた。
そしてパジャマのズボンを穿き終える。
 

伴子(厚志):「よし、これで準備完了」

未久:「とうとう楽しい時間も終わりかぁ」

伴子(厚志):「なに言ってるんだい。ちゃんと伴子さんに話せば分かってくれるさ」

未久:「でもなぁ・・」
 

未久はあまりいい顔をしない。
 

伴子(厚志):「とにかく今日はもう寝よう」

未久:「うん・・・」
 

二人は歯磨きしたあと、布団にもぐりこんだ。
一つの布団に二人で寝る。

電気を消すと、伴子(厚志)は女性の香りでいっぱいになった布団に
くらくらしながら目を閉じた。
 

未久:「ねえ伴姉ちゃん、私より早く寝ないでよ」

伴子(厚志):「あ、ごめん」

未久:「伴姉ちゃんのしゃべり方で話して・・・」

伴子(厚志):「えっ・・・ええ、いいわよ」

未久:「伴姉ちゃん・・・厚志さんって兄弟はいたの?」

伴子(厚志):「うん。弟が一人ね」

未久:「どんな弟?」

伴子(厚志):「そうね・・・私よりもしっかりしていたわ」

未久:「伴姉ちゃんみたいに?」

伴子(厚志):「・・そう、まるで姉妹が逆の立場ね」

未久:「ふ〜ん・・・・喧嘩したことはあるの?」

伴子(厚志):「うん。しょっちゅう喧嘩していたわ。でも口ではかなわなかったの」

未久:「殴り合いとかしてた?」

伴子(厚志):「小さい時はね。でも高校くらいからは殴り合いの喧嘩ってしなかったわ」

未久:「そうなんだ・・・」

伴子(厚志):「どうしてかしら・・・やっぱり男だから殴る力も強いし、痛いことが分かっている
                    からでしょうね」

未久:「そっか・・・私達はいつも口喧嘩ばっかりだったけど」

伴子(厚志):「ふ〜ん・・・女性はきっとそうでしょうね」

未久:「でも、友達の女姉妹は殴り合いの喧嘩してたって言ってた」

伴子(厚志):「そうなの。珍しいわね、そんな姉妹もいるなんて」

未久:「結構いるみたいだよ・・・女の子・・・同士・・でも・・・・」

伴子(厚志):「・・・そう・・・」

未久:「・う・・ん・・・・・・Zzzzz・・・」
 

未久のしゃべるペースが極端に遅くなると、返事も帰ってこなくなる。
 

伴子(厚志):「・・・ねちゃったか・・・・」
 

伴子(厚志)は未久のかわいい寝顔を見ながら首まで布団をかけてやった。
そして、伴子の身体も風邪を引かないように首まで布団をかけると、
そっと伴子の身体から抜け出したのだ・・・・
 
 
 

厚志:「いい姉妹だと思うけどな・・・」
 
 

そう思いながら、夜が明けるまで部屋の中でじっと目を瞑っていたのだった・・・・・
 
 
 
 
 
 

・・・・そして朝・・・・
 
 
 
 
 

ずいぶん早い時間。
先に目を覚ましたのは未久だった。
 

未久:「う・・う〜ん・・・・」
 

目を擦りながらあたりを見回す。
 

未久:「そっか・・・昨日は伴姉ちゃんの部屋に泊まったんだ・・・」
 

布団から起き上がると、すぐに宙に浮いている厚志を見つける。
 

未久:「あ、そうだった。厚志さん。伴姉ちゃんの身体から抜け出てたの」

厚志:「未久ちゃんおはよう。昨日未久ちゃんが寝たあと、すぐに抜け出たんだ」

未久:「そうなの。伴姉ちゃんの身体で楽んだ?」

厚志:「そ、そんな事してないって!」

未久:「じゃあ私の身体では?」

厚志:「だからっ(^^;」
 
 

伴子:「ん・・・・・」
 
 
 

伴子も目を覚ましたようだ。
 
 

未久:「あ、伴姉ちゃんおはよう」

伴子:「未久・・・おはよう・・」

未久:「昨日はよく眠れた?」

伴子:「うん・・・・ん?あれ・・・私・・・」

未久:「どうしたの?」

伴子:「・・・いつの間に寝ちゃったの?あれ??それに・・・パジャマまで着て‥」

未久:「おどろいた?」

伴子:「どういう事・・・!!」
 

伴子は宙に浮いている厚志の姿を見てビックリした。
 

伴子:「あ・・あなた、どうしてここに・・」

厚志:「お、おはよう・・伴子さん」

伴子:「も、もしかして・・・」

厚志:「う、うん・・・・ちょっとだけ・・・」

伴子:「・・・・わ、私の身体に・・・・」
 

伴子の表情が険しくなる。
 

伴子は枕を掴むと、いきなり厚志めがけて思いっきり放り投げた。
 

厚志:「わっ!」

未久:「伴姉ちゃん!」

伴子:「よくも私の身体を勝手に使ってくれたわねっ!どうしてくれるのよっ!」

厚志:「ちょ、ちょっと待ってくれよ。僕は何もしてないって」

伴子:「どの道、私の身体で変な事したんでしょ。未久もどうして助けてくれなかったのよっ」

未久:「待ってよ伴姉ちゃん。私が伴姉ちゃんの身体に乗り移ってほしいって頼んだんだから」

伴子:「未久がっ!?」

未久:「うん。だって私・・・伴姉ちゃんと・・・」

伴子:「し‥信じられない・・・未久まで一緒になって・・・・で・・出て行って・・・
          ・・・二人とも早く出て行きなさいっ!」
 

伴子が厳しい口調で叫ぶと、未久はビクッと震えて涙をこぼしてしまった。
 

未久:「ご・・ごめんなさい・・・」

伴子:「早く出て行ってよっ!もう二度と私のところに来ないでっ!」

未久:「ひっ・・・・」
 

未久は急いで服を着替えると無理矢理カバンに私物を詰め込み、くしゃくしゃな顔のまま
部屋を出て行ってしまった。
 

伴子:「あなたも早く出て行ってよ!」

厚志:「ま、待ってくれよ。あれじゃあ未久ちゃんが可愛そうじゃないか」

伴子:「二人して私の身体を弄んだんでしょ。姉妹なのに・・・姉妹なのに信じられない・・」

厚志:「違うんだよ。未久ちゃんはそんなつもりで僕に乗り移ってくれと言ったわけじゃないんだ」

伴子:「理由なんて関係ないわ。あなたが私の身体に乗り移ったのは事実じゃないっ!」

厚志:「うん・・・それは事実だ。でも未久ちゃんは悪気があったわけじゃない。伴子さんと
          楽しく過ごしたかったからなんだよ」

伴子:「何訳の分からない事言ってるのよ、早く出てって!」

厚志:「聞いてくれよっ!未久ちゃんは伴子さんに嫌われてると思ったから・・・未久ちゃんは
          やさしい伴子さんと一緒に過ごしたかったんだよ」

伴子:「何よそれ、私が未久に冷たくしているような言い方してっ」
 

勝手に乗り移られた挙句、悪者扱いされているのだ。
伴子の怒りは相当なもの。
そんな伴子の気持ちを十分に知りながらも、厚志は更に話を続けた。
 

厚志:「未久ちゃんは言ってたよ。わがままばかり言ってるから伴姉ちゃんに愛想つ尽かされて
           るんだって」

伴子:「私が未久のことを・・愛想尽かしてる?」

厚志:「うん。たまに昨日みたいに遊びに来ても未久ちゃんはこんな調子だから
         伴姉ちゃんが愛想尽かして態度が変わってきたって言ってた」

伴子:「私の・・・・態度が?」

厚志:「未久ちゃんは寂しかったんだよ。二人しかいない姉妹なのに会う機会も少なくなったし、
          たまに会っても今回みたいに・・・まあ、今回は僕がいたから悪いんだけど、いつも
          知らず知らずのうちに冷たくしてるんじゃないのかな・・・」

伴子:「そ・・そんなこと無いわよ・・・ちゃんと夕食だって作ってあげるし・・・」

厚志:「手伝いたかったんだよ。伴子さんが自分で勝手に作っちゃうんだろ。未久ちゃんだって
          伴子さんと一緒に作りたかったんだ。なのに伴子さんは・・・」

伴子:「だ、だって・・・私が自分でする方が早いし・・・」

厚志:「急いで作る事よりも、姉妹として楽しく作る事の方が大切なんじゃないかな。
          僕も兄弟がいたけど、一緒にプラモデルを作ったりするの、とても楽しかったよ。
          きっとそれと同じだと思う」

伴子:「そんな・・・」

厚志:「未久ちゃんはね、僕が乗り移った伴子さんに、昔の優しかった伴子さんを
          重ねてたんじゃないかな。すごく嬉しそうだった・・・」

伴子:「・・・・」
 

伴子は黙り込んでしまった。
そんな事言われても・・・そんな事言われても・・・
 

厚志:「ねえ、まだ今なら間に合うよ。未久ちゃんを迎えに行ってあげたら?」

伴子:「・・・でも・・・」

厚志:「大丈夫だって。未久ちゃんも分かってくれるから」

伴子:「わ、私には・・・無理よ」

厚志:「無理じゃないって!僕に考えがあるんだ。ちょっと待っててよ。未久ちゃんが
          どこにいるのか探してくるから!」
 

そう言うと、厚志は壁をすり抜けて未久を探しに行った。
 

伴子:「私・・・いつの間にか未久に冷たく当ってたのかも・・・」
 

伴子はここしばらく、未久がここに来た時のことを思い出していた。
高校を卒業して大学に入ってから、大学の勉強の難しさについていけずに
イライラしている時期もあった。友達と喧嘩して精神的に辛い時もあった。
そんなときに限って未久が遊びに来ていたように思う。
未久が冗談を言ったり色々と手伝ってくれると言った時、一体どんな態度を
取っていただろうか・・・

よくよく考えてみると、確かにつらく当っていたのかもしれない。
もし逆の立場なら・・・やっぱり愛想尽かされたと感じるだろうか?
 

伴子:「はぁ・・・未久がそんな風に思ってたなんて・・・」
 

それで厚志に頼んで伴子に乗り移らせ、優しい伴子を演じさせたのか・・・
 

伴子:「そこまで冷たくしてたの?そんなに思いつめていたなんて・・・・」
 

伴子は後悔した。
でも、今なら未久に対して優しく出来るはず。
しかし・・・・未久にあんなひどい事を言ってしまったのだ。
 

伴子:「どうしよう・・・」
 

暗く落ち込む伴子の前に、厚志が姿をあらわした。
 

厚志:「見つかったよ。未久ちゃん、近くにある公園のベンチで座ってた」

伴子:「そう。泣いてた?」

厚志:「う、うん・・・・ちょっとね・・・」

伴子:「そっか・・・」

厚志:「早く行こう。伴子さんが迎えに来てくれるの、きっと待ってるよ」

伴子:「でも・・・」

厚志:「任しといてよ、とにかく服を着替えて!」
 

厚志は伴子をせかした。
 

伴子:「・・・・」
 

伴子は気が重そうだったが、とりあえず服を着替える事にしたのだった・・・
 
 
 
 
 

・・・・近くの公園で・・・・・・
 
 
 
 
 

何かを思いつめるような表情でベンチに座り、じっと地面を見つめている未久。
そこに伴子が現れた。
 

伴子:「未久ちゃん」
 

その声に振り向いた未久。
 

未久:「伴姉ちゃん・・・・」
 

一瞬嬉しそうな表情をした未久だったが、また暗い表情になってしまった。
 

伴子:「未久ちゃん」

未久:「・・未久ちゃんって・・・・もしかして厚志さん?」
 

伴子はニコッと笑ったあと、未久の隣に座った。
 

伴子:「まだ伴子さんのことが好きなのかい?」

未久:「えっ・・・」

伴子:「だってあれだけ酷いこと言われただろ。僕なら嫌いになるけどな」

未久:「・・・好きだよ」

伴子:「どうして?」

未久:「だって・・・私のお姉ちゃんだもん」

伴子:「・・・・」
 

伴子の目には涙がたまっている。
 

未久:「嫌われてもいいんだ。私が悪いんだもん。いつも勝手な事ばかりするし。でも、
          私は伴姉ちゃんのことが大好きなの。酷い事言われたって平気。
          厚志さんだって明るい私の方がいいよって言ってくれたじゃない」

伴子:「・・・うん・・・でも伴姉ちゃんは未久ちゃんの事・・・全然嫌ってないと思う・・・」

未久:「そ、そうかな・・・厚志さんもそう思う?」

伴子:「だって・・・私が未久のこと嫌いになる訳ないじゃないのっ!」
 

伴子は思い切り未久の身体を抱きしめた。
 

伴子:「ごめんなさい・・・私が悪いの・・・グスッ・・・・私が身勝手なのよ・・・」

未久:「あ・・厚志さん??」

厚志:「僕はずっとここにいたよ」
 

その声に未久が空を見上げると、厚志がニコニコしながら宙に立っている。
 

未久:「えっ・・・じゃ、じゃあ・・・今のはもともと・・・」

伴子:「ごめんね・・・ごめんね未久・・・」

未久:「と・・・伴姉ちゃん・・・・」
 

未久の目から大粒の涙が零れ落ちる。

二人はそのまましばらく抱き合って泣いた。

その光景をずっと見たいた厚志。
 

厚志:「よかったね・・・仲直りできて・・・・」
 

なぜか厚志の身体が次第に透明になっていく。
 

厚志:「そっか・・・・僕は二人の事が心配でここに留まっていたのか・・・思い出したよ・・・」
 
 
 
 

・・・遠い昔、家の近所に1つ年下の女の子が住んでいた。
その女の子には年下の妹がいて、いつも一緒に遊んでいる。
厚志は弟や彼女達と一緒に公園の砂場で遊んだり、親を含めて
川に水遊びに行ったりした。

しかし、彼女達が親の都合で引っ越す事になり、それ以来、会う事もなくなったのだ。
彼女達の名前は、「結城 伴子と未久」。
 

厚志:「そうなんだ・・・やっと分かったよ、僕の未練が・・・・自分でも
          全然分からなかった・・・・神様もこんな巡り逢わせに
          しなくてもよかったのになぁ・・・・・」
 

意識が遠のく中、笑顔で話す二人の姿を見ながら最後の言葉を口にした。
 

厚志:「二人とも・・・いつまでも仲良くな・・・・ずっと見守っていてあげるから・・・」
 

そして厚志の存在はこの世から消えた・・・・・
 
 
 
 
 

未久:「あれ、厚志さんは?」

伴子:「上にいるでしょ・・・・あれ・・・いないの・・・」

未久:「どこに行ったのかなあ・・・」

伴子:「・・・・・」

未久:「・・・・ねえ、伴姉ちゃんっ」

伴子:「・・・うん・・・きっともう私達の前には現れないと思うよ」

未久:「ええっ、どうして?」

伴子:「もう・・・いないんだから・・・」

未久:「い、いないって・・・」

伴子:「・・・思い出したの。厚志さんって未久も小さい時から知ってるんだよ」

未久:「え?」

伴子:「そう・・・そうだったの・・・・最後に逢えてよかった・・」
 

伴子は頬に涙を流しながら空を見つめた。
 

伴子:「ありがとう・・厚志君・・・・私たちのこと、覚えていてくれたんだね・・・」
 
 
 
 
 
 

銭湯から憑いて来た男(後編)・・・・・終わり
 
 
 
 
 
 

あとがき

途中で挫折しそうになりましたが、無事書き終える事が出来ました。
私が最も(?)不得意とする内容に仕上がっております(^^
たまにはこういうストーリーもいいのではないでしょうか。
姉妹っていいなあという内容が書きたかったわけで、
伴子の身体に乗り移ってエヘヘヘヘ〜ってな内容を
書こうとしたのではないのであしからず(^^;

でも、元々こういったストーリーは考えていませんでした。
気持ちの変化があったのかもしれません。
お久しぶりのエッチなし(?)ストーリーに自分でも驚いているところです。

また勉強してこんなストーリー書きたいものですね。
これならジオシティーズもOKよっ・・・って(笑

それでは長文になりましたが、最後まで読んで下さった皆様ありがとうございました。
Tiraでした。
 

 

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