博和:「しかし、今年の初詣は面白かったなあ。」
志郎:「面白かったのはおまえだけだろ。」
博和:「何言ってんだ。おまえだって楽しんだだろ。」
志郎:「おまえが無茶苦茶な事言い出すからだろうが。」
博和:「へへ、まあな。たまにはいいだろ。」
初詣に行こう!(前編)
小雪が舞う大晦日。
年越しそばを食べ終えた志郎は、家族でコタツにうずくまって
紅白歌合戦を見ていた。
志郎:「毎年よくおんなじ番組を見るよなあ。」
裕香:「何言ってるのよ、お兄ちゃんがこのチャンネルにしたのよ。」
志郎:「そうだっけ。」
母親:「あんたも自分でつけといてよく言うねえ。」
志郎:「またまたつけたら、この番組だっただけだよ。」
裕香:「わたし、ほかの音楽番組みたいんだけど。」
志郎:「勝手にしろよ。」
裕香:「じゃあ、チャンネル替えるよ。」
そう言って、志郎の妹である裕香は好きなアイドルの出演している番組に替えた。
母親:「とうとう今年中に就職決まらなかったわね。」
志郎:「いいんだよ。俺はちゃんと探してるんだから。」
母親:「それならいいんだけど。浪人しそうで心配だよ。」
志郎:「そのときはそのときで何とかなるさ。」
母親:「またそんなのんきな事言って。難しいんだよ、現役で就職できなかったら。
母さん、近所の人に嫌ってほど聞いてるんだから。」
志郎:「そんなの関係ないって。大丈夫だからほっといてくれよ。」
母親:「またそれなの。あんたほんとに就職活動してるのかい?」
志郎:「してるって。何度も言わせないでくれよ。」
母親:「だってあんた。大学行ってるか寝てるかのどちらかしかないだろ。
スーツ姿でどこかに行ってるの見たこと無いよ。」
志郎:「べ、別にスーツじゃなくっても会社の面接くらい行けるよ。」
母親:「ほら、そんな事だから全部断られるんだよ。ちゃんとした服装で行きなさいよ。」
志郎:「ちぇっ、分かってるよ。俺のことなんだからほっといてくれよ。」
母親:「ほっとけないから言ってるんじゃないの。」
志郎:「俺が就職しようとしまいと関係ないだろ。」
母親:「何言ってんだい。いつまでも親に甘えてたっていつかはいなくなるんだよ。」
裕香:「もうっ!二人ともうるさいなぁ。テレビ聞こえないじゃない。
けんかするんならあっちでしてよ。」
たまりかねた裕香が二人の話をさえぎる。
志郎:「・・俺、もう寝る。」
母親:「まったくこの子は・・・来年は頑張りなさいよ。」
志郎:「・・・・」
志郎は、少しふてくされながら二階の自分の部屋に戻った。
そしてテレビをつけたあと、ドサッとベッドに横たわった。
志郎:「いちいちうるさいよ。何度も言われなくっても分かってるんだ。」
就職する気持ちはあるものの、なかなか自分のやりたい仕事が見つけられない志郎は
ここしばらく憂鬱な気持ちになっていた。
プルプルプルッ
プルプルプルッ
そこに電話が一本。
志郎は子機を取ろうとしたが、すぐに切れてしまった。
どうやら1階で取ったらしい。
しばらくして志郎の部屋の子機が鳴った。
志郎はけだるく電話を取った。
裕香:「あっ、お兄ちゃん、博和くんからだよ。」
志郎:「ああ、代わってくれ。」
裕香:「うん。」
プッという電子音のあと、志郎の電話先が博和に代わる。
博和:「もしもし、志郎か。」
志郎:「ああ、なんだよ博和。わざわざ大晦日の夜に。」
博和:「どうせ暇してるんだろ。だったら俺に付き合えよ。」
志郎:「はぁ?今から外に出ろって言うのか。雪降ってるんだぞ。」
博和:「そんなの関係ないよ。あのさ、来年から新世紀だよな。
おまえの就職が決まるように初詣に行かないか。」
志郎:「いいよ別に。去年だってお参りしたのに全然効果なかったし。」
博和:「そんな事無いさ。行こうぜ志郎。お参りしたら来年は絶対いいことあるって。」
志郎:「いやだよ。こんな寒い中、なんで行かなきゃならないんだ。
俺の事ならほっといて、おまえ一人で行ってこいよ。」
博和:「そんな冷たい事言うなよ。俺とおまえの仲じゃないか。」
志郎:「どんな仲だよ。」
博和:「そりゃ、愛し合った仲じゃないか。」
志郎:「・・・ばかじゃないの。」
博和:「ははっ、それは冗談だけど、なんていうかさ・・・」
志郎:「何だよ、何が言いたいんだ?」
博和:「俺、まだ初詣に行った事無いんだよ。」
志郎:「ふーん。それで?」
博和:「だから一緒に行ってほしいんだ。」
志郎:「何で俺なんだ?俺じゃなくてもいいじゃないか。」
博和:「おまえじゃなきゃダメなんだよ。」
志郎:「何で?」
博和:「その・・・女と一緒に初詣に行った事無いんだ。」
志郎:「・・・・」
博和:「こ、今年で20世紀も終わりだろ。せめて21世紀になる瞬間くらい
女の子と一緒にいたいなって思ってさ・・・」
志郎:「・・・で?」
博和:「お願いだから神社に行って、俺と一緒に楽しいときを過ごしてくれ!」
志郎:「・・・なんて自分勝手なやつだ。」
博和:「なんとでも言えっ!恥をしのんで頼んでるんだから。」
志郎:「寒いんだよ。外出るの嫌だ。」
博和:「そんなこと言うなよ。ちょっとだけさ、ちょっとだけ。それに幽体離脱したら
寒さなんか感じないんだろ。」
志郎:「そりゃそうだけど、乗り移ったら寒いじゃないか。」
博和:「大丈夫だって。みんな振袖着てるから寒くないよ。」
志郎:「ほんとに他人事みたいに言うなあ。」
博和:「いやっ。他人事じゃないぞ。俺の今世紀最後のイベンがかかってるんだから。」
志郎:「・・・そこまで思ってるなら自分で彼女見つければいいじゃないか。
神社に1人で来てる女の子もいるかもしれないし。いや、大体2人で来てるからさ。
適当に話してその場だけ付き合ってもらえば?両手に花ってもんだ。」
博和:「志郎。おまえってほんとに冷たいやつだな。俺がそんなことできると思ってるのか。」
志郎:「いや、思わないけど。」
博和:「だったら頼むよ。なんかおごるからさ。」
志郎:「いいよ。別に腹減ってないし。明日は家族でおせち料理食べるから、別に無理することないしな。」
博和:「くっ・・・そ、それじゃあおまえの言う事、なんでも一つ聞いてやるよ。それならどうだ?」
志郎:「おまえにしてもらいたい事なんて無いよ。」
博和:「・・・・そんなもんか。俺たちの仲って。」
志郎:「いい仲じゃないか。俺たち親友だろ。」
博和:「そうさ、親友さ。親友だったらこのくらいの願いは聞いてくれたっていいんじゃないの。」
志郎:「なんかさ、おまえばっかりいい思いしてないか?」
博和:「うっ・・・そ、そんなことないさ。俺だっておまえの事心配してるんだ。」
志郎:「ほんとかぁ。」
博和:「ほんとだって。おまえが早く就職できればいいと思ってる。これはほんとなんだ。
それに初詣に行こうって思ったときも、最初はおまえの事を考えてたんだよ。
ただ、それならいっそ俺の願いもかなえてほしいなって思って。
もちろん今だって神社に行ったらまずおまえの就職祈願をするつもりだよ。」
志郎:「怪しいな。」
博和:「疑うなら別にいいけどな。・・・もういいや。すまなかった。俺が悪かったよ。
どうも志郎に頼りすぎるところがあるからな。今の事は忘れてくれ。
それじゃあ来年こそ頑張れよ。じゃあな。」
志郎:「おいっ、ちょっと待てよ。自分で話を完結するな。
それで、どこの神社に行くつもりなんだよ。」
博和:「えっ?」
志郎:「どこの神社に行くのかって聞いてるんだよ。行きたいんだろ、初詣に。」
博和:「志郎・・・おまえはいいやつだよ。」
志郎:「いいから早く言えよ。」
博和:「ああ。おまえも知ってるところだよ。ほら、隣町にある大きな神社、知ってるだろ。」
志郎:「あの有名な神社か?」
博和:「そうそう。かなり人が集まるけど、その分、夜店なんかがいっぱい出てるし
願い事するならあそこがいいんじゃないかな。」
志郎:「そうだな。あの神社はよく願いが叶うって言ううわさだからな。」
博和:「だからさ、あそこの鳥居の前に集合ってのはどうだ?」
志郎:「構わないけど。で、女性はどうするんだ?」
博和:「俺、考えてたんだけどさ。志郎は幽体離脱した状態で神社に行くんだ。
そして適当な女性に憑依して俺と過ごす。これはどうだ?
おまえの体ごと神社に来たら、どこかに体を置いておく必要があるだろ。」
志郎:「それもそうだな。でも、やっぱり自分の体でお参りしたいなあ。」
博和:「そっか。そうだよな。そうしないと願い事、叶わないかもしれないしな・・・」
志郎:「俺、このまま自分の体で行く事にするよ。おまえの願いはちゃんと叶えてやるから。」
博和:「ほんとか?」
志郎:「ああ、ほんとだって。任せとけ。」
博和:「でも・・・おまえの体、どうするんだよ。」
志郎:「その事は、今、ちゃんと考えたから。」
博和:「わ、分かった。おまえに任せるよ。」
志郎:「ああ。それじゃあ1時間後に神社の前に集合だ。」
博和:「OK!楽しみにしてるよ。」
志郎:「ああ・・・」
志郎はうれしそうな博和の声を聞きながら受話器を置いた。
隣町の神社には何度か行った事があるので、志郎の家から1時間足らずで行けることは
分かっている。
志郎:「あいつ、話し方うまいよな。ああいう風に女性に話したらたぶんうまくいくと思うのに。」
服を着替えながらそう思っていた。
とりあえず着替えをすませた志郎は、1階に降りて居間を覗きこんだ。
母親と裕香がテレビを見ている。
志郎:「ちょっと出かけてくるよ。」
母親:「今から出かけるのかい?」
志郎:「ああ、博和が初詣に行かないかって。」
裕香:「もしかしてお兄ちゃん、博和君と二人で行くの?」
志郎:「ああ、そうだけど。」
裕香:「さびしい〜。男同士で初詣に行くなんて、お兄ちゃんもかわいそうだね。」
志郎:「うるさい!ほっとけ。」
志郎はムッとしながら玄関で靴を履き、扉を開いた。
冷たい風と共に、粉雪が志郎の顔めがけて飛んでくる。
思わず目を細くする志郎。
志郎:「うわっ、寒〜っ!」
首をすくめながら、隣町にある神社に向かって歩き始めた。
初詣に行こう!(前編)・・・おわり
あとがき
始めに考えていたタイトル「神社へ行こう!」から「初詣に行こう!」に
変更しました。
そして、ぜんぜん話が進みませんでした。
すぐに中編を書くので、少々お待ちください。
今日は1月30日。
今日中には中編をアップしたいと思います。
ほんとは、サイト立ち上げ1ヶ月記念でアップしたかったんですけど、
ともて書く時間がなくて・・・ううっ・・・
というわけで、最後まで読んで下さった皆さん、ありがとうございました。
Tiraより