浮気調査事務所
第2話「奥手な女子高生」
 
 
 

「浮気調査、引き受けます。」

ここは駅前にある雑居ビルの4階。
古びたドアの奥には、10畳ほどの小奇麗なスペースがあり、テーブルの両端に
ソファーが並べてある。
そして、奥のテーブルには20代の若者が一人、タバコを吸いながら経済新聞を読んでいる。
彼の名は、「後藤 孝之」。
事務所の社長である。社長といっても社員がいるわけでもなく、ただ一人ですべての事をこなしている。
孝之は、ごく一般的なサラリーマン。気が向いたときにこの事務所に訪れ、来る当ても無い客を待っている。
頭脳明晰、引き受けた仕事は必ず最後までやりとげる実行力。
通常の人間からはおよそかけ離れた能力の持ち主は、更に奇怪な能力までも身につける。
それは、

「他人への憑依」

他人の体に侵入し、あたかもその人物であるかのように振舞う。
憑依した相手の意識を残すことも、封印することも可能なのだ。

この能力をフル活用するための事務所。それが、浮気調査事務所である。

今日も一人、浮気調査を依頼するため、古びたドアを開けた人物がいた。

「こ、こんにちは」

「んっ、どなた?」

ドアを少しだけあけている彼女は、頭だけひょっこりと覗かせている。

「はい?何か用ですか?」

「あ、あの、浮気の事、調べてもらえるんですか・・」

彼女は弱弱しい声で孝之に話し掛けた。

「ええ、そうですよ。そんな所から覗いてないで、どうぞお入りください。」

「は、はい・・・」

彼女は返事をして、ゆっくりと歩き、ソファーに座った。
いまどきの女子高生とは思えないほどまじめな雰囲気を漂わせている。
背中まである黒い髪に、ニキビ一つ無い綺麗な顔。
紺色のスカートに白いブラウス。上には白いセーターを着ている。

孝之は、いつものようにお湯を沸かし、日本茶を入れて彼女に差し出した。

「どうぞ。」

「ありがとうございます。」

彼女は両手で湯飲みを持って、ゆっくりとすすりだした。
孝之は、彼女と対面のソファーに座り、彼女に話し始めた。

「女子高生とはめずらしい。一体私にどんな相談があるんですか。ここは浮気を専門に調査する
  事務所。まだ結婚してませんよね。」

彼女は孝之の話を聞き、口を開いた。

「私、好きな人がいるんです。1つ年上の「島田順平」さん。私は、順平さんと同じ水泳部に入っているんですけど、
どうしても順平さんとお付き合いしたくて。でも、順平さんは女子の憧れなんです。前にも国体に出場するくらい
水泳が得意で、ほかのスポーツだって難無くこなしちゃうんです。私は影からそっと順平さんのことを見ているだけで
話した事もありません。でも、やっぱり順平さんが好きな気持ちを押さえきれないんです。」

「なるほど、それじゃああなたが彼に話し掛ければいいじゃないですか。あなたは私から見ても十分に
魅力的ですけどね。」

「でも、話しかける勇気がないんです。順平さんに近づくと、どうしてもうつむいちゃってそのまま通り過ぎて
しまうんです。話したい気持ちはあるのに、行動に出せなくて。」

「その順平君には彼女がいるんですか?」

「はい。順平君と同い年の理沙という女性がいます。付き合いだして3ヶ月くらいだと思うんですけど、
 順平さんと友達の裕介さん、理沙さんの3人でよく話をしています。でも、どう考えても
 順平さんと理沙さんが付き合っているように見えます。周りの人も同じ事を言っているし。」

「その裕介君は、理沙さんと付き合ってないんですか?」

「たぶん付き合ってないと思います。彼にも別の彼女がいる見たいだし。」

「なるほど、大体は分かりました。あなたは順平君と付き合いたい。でも、奥手だから自分から
  話し掛けることが出来ない。それに、順平君には理沙という彼女もいる。でも、どうしても順平君と
  付き合いたい。こういうことですね。」

「・・・・そういうことです。悪い事とは分かっています。でも、自分の気持ちを押さえきれなくて。」

「分かりました。あなたの思うまま、順平君と理沙さんを別れさせて、あなたと順平君が付き合える
  ようにしましょう。浮気探偵とは少々異なりますが、まあ今回は多めに見ましょう。」

「いいんですか!ありがとうございます。すごくうれしいっ!」

「ハハッ、でも、まだ成功すると決まったわけではありませんよ。そう言えば、あなたの名前を聞いてなかった。」

「あ、すいません。私、「加賀美 早紀」って言います。17歳で、高校2年生です。」

「そうですか。それでは順平君と理沙さんは18歳かな。」

「はい、そうです。」

「分かりました。」

「あの、お金はいくら必要なんですか?」

「ええ、お金は要りませんよ。お金以外で支払っていただきますから。」

「お金以外で?」

「はい。そんなに気にしないでください。悪いようにはしませんから。」

「そうですか。それじゃあ、お願いします。」

「ええ、それじゃあ今度は順平君と付き合い始めたら会いましょう。」

「はいっ!」

早紀は笑顔で返事をして、ドアから出て行った。

「今度は高校生か。まあ、範囲内だからいいか・・・」

孝之は、窓から目線を降ろした。
そこには、小走りで家路に向かう早紀の姿があった。
ふいにこちらを振り向いた早紀。
目線が合うと、ニコッと笑い、また小走りで走り出した。
孝之には、彼女の笑顔がとてもかわいらしく、印象的だった・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
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