抜けられない!
 
 

さくら:「なんかウソみたい。ほんとに出来ちゃった!」

ベッドで静かに寝ている少女の姿を見て、不思議に思いながらも
胸のドキドキはなかなか収まらない。

さくら:「これが幽霊になるってことなの。」

自分の部屋ををきょろきょろ見たあと、自分の手を確認する。
そこには確かに手があるのだが、その向こう側に壁が透けて見えた。

さくら:「わたし、半透明になってる。」

改めて自分の体を足から胸にかけてゆっくりと眺めてみる。
いつのまにか裸になっていたが、どこを見ても体の奥には床の絨毯が透けて見える。

さくら:「すごい・・・わたし、今すごい体験してる・・・」

状況を把握するにしたがって、胸のドキドキが更に高鳴る。

さくらは中学2年生。
ごく普通の家庭に生まれた彼女は、小さな頃から元気だけがとりえの女の子だった。
よく男の子と喧嘩をしては泣かし、相手の親に怒られたものだ。
こんな彼女は、寝ている間によく金縛りにあう。
金縛りって、脳は起きているのに体が寝ているから、頭の中で一生懸命、体を動かそうとしても
動かす事が出来ないという現象と聞いた事がある。
でもちゃんと息は出来るのだ。
ただ、呼吸をコントロールする事は出来ないから、自然に呼吸する感じ。
それがまた怖い。
さくらは、遊びすぎて体は疲れているのに、頭ではまだ遊びたいって思うから
金縛りという現象に遭っているのだ。

しかし、今日のさくらは違っていた。
いつもなら、「う〜ん、う〜ん。」と、うなっている(つもり)なのだが、
今日こそは体を動かしてやるっていう意気込みで念じつづけていた。
すると、何かの拍子に意識だけが体から抜け出てしまった。
夢を見ているのかと思ったが、それにしてはあまりにもリアリティがありすぎる。
自分が幽霊になってしまったと思い込んださくらは、とりあえず部屋の中から
外へ出る事にした。
ガラス窓に手を置くと、手がガラス窓を突き抜けて外に出てしまう。

さくら:「わっ!ガラスを通り抜け出来るんだ。それにわたしの体、浮いてる・・・」

いつのまにか幽霊となったさくらの体は宙に浮いている。
前に進みたいという風に念じると、自然と体が前に進む。

さくら:「わぁ。おもしろ〜い。」

たまらずそう叫んださくらは、家の外に出てみた。
午後10時とあって、まだ近所の家には明かりがともっている。

さくら:「そうだ!和恵ちゃんのところに行っておどろかせてやろう。」

さくらは近所に住んでいる和恵の家に向かった。
いくつかの家の壁をすり抜けたさくらは、目的の和恵の家についた。
2階の和恵の部屋には、まだ明かりが灯っている。

さくら:「へへっ、和恵ちゃん、まだ起きてるっ。」

さくらはうれしくなって、和恵の部屋に近づき窓ガラスから中を覗いてみた。
和恵はパジャマ姿でベッドに寝転がり、今日発売の少女雑誌を見ている。

さくら:「あ、あれわたしも見たかったんだ。」

そう思ったさくらは、ゆっくりと窓ガラスをすり抜け、和恵の部屋に入った。
さくらは、気付かれないように、そっと和恵ちゃんに近づく。そして、

さくら:「わっ!」

と大きな声を立て、和恵を驚かせた。

和恵:「・・・・」

さくら:「あれっ?」

和恵は何事もなかったかのように少女雑誌に目を通している。

さくら:「わたしの声、聞こえないのかなあ。」

そう思ったさくらは、和恵の前にニョキッと顔を出した。

さくら:「バァ〜ッ!」

和恵:「・・・・・」

和恵はさくらとはまったく目線を合わせようとせず、そのまま少女雑誌を読んでいる。

さくら:「やっぱりわたしの事、わからないんだ。ちぇっ、つまんないの。」

さくらは和恵に全く相手にされないのですこし腹が立ってしまった。
しかし、どうやっても相手にされないので仕方なく和恵横に寝転がり、
少女雑誌を一緒に見ることにした。

さくら:「なんたってタダで本が読めるんだもんね。なんか得した気分!」

そう言いながら和恵にスピードをあわせて呼んでいた。
しかし、和恵の読むスピードが早いために、途中でページをめくられてしまう。

さくら:「もう、わたしまだ読んでないんだから勝手にめくらないでよ。」

さくらの問いかけにも全く反応しない和恵。

さくら:「かずえちゃん!もう少しゆっくりとめくって!」

そう言って和恵の手を掴もうとしたとき、和恵の手にさくらの手が吸い込まれてしまった。

さくら:「えっ?」

一体何が起こったのか分からない。
さくらの腕が途中から和恵の腕にめり込んで、その先は完全に一体化している。

和恵:「あ、あれ?」

ページをめくる和恵の手が止まっている。

和恵:「あれ?手が・・・動かない・・・」

さくらは慌てて和恵の腕から自分の腕を引き抜いた。
スルスルッと腕が抜ける。

和恵:「あ、動いた。」

和恵は不思議そうに自分の手を眺めている。

和恵:「腕がしびれちゃったのかな。」

あまり分かっていない和恵は、肘を立てて読んでいたので手がしびれてしまったのだと
勘違いしているようだ。

さくら:「い、今、わたしの腕が和恵ちゃんの腕になっちゃった。」

さくらは一瞬の出来事に驚きを隠さずにはいられなかった。
和恵の腕と一体化したときに、思わず手に力を入れると、和恵の手がピクッと動いたからだ。

さくら:「もしかして、和恵ちゃんの体を・・・・」

好奇心の塊となったさくらは、そっと宙に浮き、和恵の真上に移動した。
そして、そのままゆっくりと体を下に移動させる。
何も知らない和恵は、少女雑誌を夢中になって読んでいる。

さくら:「手を重ねられたんだったら、体だって・・・」

ドキドキしながら寝転んでいる和恵の体に触れ始めた。
パジャマを通り抜けて、さくらの体が和恵の体にめり込んでいく。

和恵:「あれっ。」

自分の体に異変を感じた和恵は、雑誌から目を離した。
しかし、その後、体を動かす事が出来ない。

和恵:「ど、どうなってるの?」

和恵には何が起こっているのか全く分からない。

さくら:「もうちょっとで・・・よいしょっと!」

さくらの体が和恵の体にすっぽりと入り込んだ。
そして、頭も同じように重ねてみる。
和恵の頭に顔をうずめたさくらは、目の前が真っ暗になった。
でも、そのまま顔をうずめていくと、いきなり視界が開けて
目の前に少女雑誌が見える。

「・・・・」

目をパチパチさせたさくらは、雑誌を持っている両手を見た。
自分の手とは明らかに違う手がそこにある。

「この手って・・・あっ!」

自分が言った言葉に、いや、声に驚く。

「か、和恵ちゃんの声!」

また自分の口から和恵の声が出る。

さくらはガバッとベッドに座り込んだ。
そして、自分がさっきまで見ていた和恵のパジャマを着ていることに気付く。

「和恵ちゃんのパジャマ・・・それじゃあわたし・・・」

とっさにベッドから降りたさくらは、勉強机に置いてある手鏡を覗き込んだ。

「・・・・やっぱり・・・・和恵ちゃんだっ!」

鏡に映っているのは、さっきまで横にいた和恵ちゃんそのものだった。

「和恵ちゃんになっちゃった。」

さくらは、パジャマ姿の体をまじまじと眺めた。

「和恵ちゃんの体・・・なんか不思議な感じ。」

パジャマには、自分よりも大きな胸の膨らみがある。

「和恵ちゃんの胸。わたしよりも大きいな。」

さくらは、パジャマの上からそっと胸を触ってみた。

「あっ。和恵ちゃんブラジャーしてない。」

パジャマの上からでも感じる柔らかさに、ちょっと悔しい思いをするさくら。

「わたしはちっちゃいけどちゃんとブラジャーしてるもん。」

そう言いながら、ベッドに向かう。

「へへっ、ちょっとの間和恵ちゃんの体でいよっかな。」

ベッドに寝転がり、少女雑誌を広げたさくらは、

「とりあえず全部読んどこっと。」

と言って、少女雑誌を読み始めた。

しばらく時間が立った後、全ての内容を読み終える。

「あ〜っ、全部読み終わっちゃった。次は何しようかな。」

する事のなくなったさくらは、和恵の体で部屋の中をうろうろと歩き始めた。

「和恵ちゃん以外の人にも入る事が出来るのかな。」

ふと思ったさくらは、

「よーし、別の人でも出来るか試してみよっと。」

そう言って、和恵の体から抜け出る事にした。

「たぶんこうすると・・・ほらっ!」

さくらは和恵の体から離れられるように心の中で念じた。
すると、スッと和恵の体からさくらの体が抜け出る。

バタンッ!

さくらが抜け出た和恵の体は、そのまま力が抜けたように床に倒れてしまった。

さくら:「あっ、ゴメン、和恵ちゃん。」

慌てて和恵のもとに近寄るが、和恵は寝息を立てて寝ているようだ。

さくら:「和恵ちゃん、寝ちゃったのか・・・・」

和恵の体を離れたさくらは、夜の街に移動する事にした。
行きたい方向に念じると、幽霊となった体が勝手に移動する。

さくら:「なんかとっても便利!」

スピードを上げて、駅前の繁華街に到着する。

さくら:「せっかくだからカッコイイお兄さんの体に入りたいな。」

そう思いながらうろうろ空中を飛んでいると、さくらの好きなタイプの男性が歩いているのを発見した。

さくら:「あっ!あの人カッコイイ!」

一目惚れという感覚。
あの人になって、体を色々と触りたい・・・

さくらは無意識にその男性に近づいていた。
男性は、二十歳くらいの年齢で、まあどこかのアイドルに似ていると言えば似ているような、
とりあえず芸能界にいてもおかしくない顔立ちで、背も結構高かった。

さくらは男性が人ごみを外れて公園に向って歩いていく後をつけた。

さくら:「どこにいくのかなあ・・・」

男性は人気のない公園に入り、自動販売機で缶コーヒーを買い、ベンチに座った。
そして、キャップを開けたあと、コーヒーをすすった。

さくら:「すごいチャンスじゃない。」

さくらの目には、缶コーヒーを飲んでいる男性しか映っていない。

さくら:「そ、それじゃあ行っちゃおうかな。」

ゆっくりと男性に近づいたさくらは、男性の前で後ろ向きになり、ベンチに座る要領で
男性の体に自分の体を重ねた。

男性:「うっ!」

男性のうめき声に、

さくら:「ご、ごめんなさい。」

と謝ったが、体はそのまま男性に吸い込まれていった。

また目の前が真っ暗になる。
しかし、じきに視界が開けて公園の公衆便所が見えた。

さくら:「やった。成功ね。」

そう思い、体を動かそうとする。

さくら:「あれっ!」

なぜか、和恵の時のように男性の体を動かす事が出来ない。

さくら:「なんで?」

焦ったさくらは、必死に体を動かそうとする。
すると、缶コーヒーを持つ手が勝手に動きだし、先ほどのようにコーヒーを一口すすった。

男性:「・・・・フフフ・・・・ハハハハハッ!」

急に男性が笑い出した。

男性:「まさかこんな事が本当に起こるとは思わなかったよ。
         えーと、なになに・・・名前はさくらで・・・家族は・・・なるほど。」

さくら:「???」

男性:「ほう、一軒家か。それも結構高い土地の所に住んでいるじゃないか。
         まったくこんな事になるなんて・・・もう笑いが止まらないぜ。はははははっ!」

さくら:「ど、どうなってるの・・・」

男性:「おお、どうやらさくらちゃんは混乱してるみたいだな。俺は霊媒師さ。
         おまえが幽霊になって俺についてきてたのは分かってたんだ。
         だからおまえが俺に近づきやすいようにわざわざ人気のない公園にきてやったのさ。
         案の定、おまえは俺の体に入ってきた。でも俺の体はそう簡単に使わせないぜ。」

さくら:「わざと?」

男性:「おまえは俺の体が目当てだったんだろ。俺のこの顔、姿になりたいって思ったから
          俺の体に入ってきたんだ。俺も自分の体から離れたいって思ってたんだよ。
          ほんとに偶然って恐ろしいぜ。
          俺は、俺の体に入ったおまえの記憶を全部読み取る事が出来るんだよ。
          これから俺がどうするか分かるか?」

さくら:「???」

男性:「俺だっておまえみたいに魂を体から切り離す事が出来るんだぜ。もちろん他人に乗り移る事だってな。
          でもな、一つの体に2つの魂が入ってるってのはおかしいんだよ。だからじきに元の体の持ち主である魂に
          はじき出されてしまうんだ。まさか死体に乗り移るって訳にも行かないしな。
          そんなときにおまえが飛び込んできたんだ。今、おまえの本当の体は魂が入ってない。
          だから、その体に入れば、俺はさくらとして生きていく事が出来るんだ。しかも中学2年だぜ。
          これから胸も大きくなるわスタイルもよくなるわ。もうたまんないぜ。はっはっはっ!」

さくら:「い、いやよ!わたし、自分の体に戻るんだから。」

男性:「ダメダメ。俺がそんな事させるわけないだろ。おまえはこの体で死ぬんだから。」

さくら:「死ぬ??」

男性:「そうさ。自殺するんだ。」

さくら:「い・・・いや・・」

男性:「おまえが悪いんだぜ。くだらない事考えて俺の体に飛び込んできたんだからな。」

さくら:「そ・・・そんな・・・ゆ・・ゆるしてください・・・」

男性:「謝ってももう遅いんだよ。俺はこのチャンスを絶対に逃がさない。」

さくら:「ご・・ごめんなさい・・もうしませんから・・・」

男性はさくらの言葉に耳をかそうともせず、そのままゆっくりと立ち上がった。
そして、タバコに火をつけ、口にくわえながら目の前に立つ高層ビルに歩みだす。

男性:「あのビルの屋上から飛び降りたら、さぞ怖いだろうなあ。」

さくら:「ああ・・・いや・・・お母さん助けてっ!」

男性:「おうおう、頭の中で叫んでやがる。時期に楽になるから黙ってろって。」

さくら:「いやいやっ。誰かっ、助けて!」

男性は何も言わず高層ビルのエレベーターに乗った。
そして最上階まで一気に上がると、屋上に上がる階段を上り、ドアを開けた。
ヒューッと詰めたい風が体を叩きつける。

男性:「おうっ、寒いな。この体もこれでさらばだ。さくらちゃん、悪く思うなよ。」

さくら:「ううっ・・・・たすけてください・・・おねがい・・・おねがいします・・・」

男性:「ここまで来てもう後には引き下がれないよ。申し訳ないがこの体と一緒に成仏してくれ。
          たぶん天国に行けるぜ。」

さくら:「・・・・・」

男性:「恐怖で声も出なくなったか。仕方ないよな。14歳で死んじまうんだからなあ。」

男性は屋上を歩き、落下防止用の金網によじ登った。
そして、金網の外に出て、手を離せばいつでも飛び降りられる体制をとった。

男性:「地面に叩きつけられる直前で、俺の魂だけを体から抜け出させる。
          もちろんおまえの魂は俺の体に入ったままさ。
          抜け殻になったおまえの体は、俺が一生つかってやるからな。心配する事はないぜ。
          家族ともうまくやってやるよ。とくにおまえのお姉さんとはな。ヒヒヒヒッ!」

さくら:「た・・・たすけて〜っ!」

男性:「じゃ、あばよ!」

男性は金網から手を離した。
ふわっと体が浮いたかと思うと、目の前に小さな車がたくさん見える。
そして、その車に吸い込まれるようにいきよいよく落下する。

男性:「あああああ〜〜〜〜っ!」

叫び声と共に、男の体は一気に地面に近づいた。
 
 

そして・・・・・
 
 
 

さくら:「おかあさんっ!ごはんまだぁ。」

母:「もうすぐ出来るから。」

さくら:「今日は和恵ちゃんと遊ぶ約束してるから早く作ってよ。」

母:「はいはい。」

父:「さくら。おまえちょっと変わったな。」

さくら:「そう?だってわたし、思春期だもん。」

父:「自分で言う事じゃないぞ。」

さくら:「へへ、そっかな。ねえ、おねえちゃん。」

姉:「う、うん。そうだね。」

さくら:「どうしたの、お姉ちゃん?そう言えば昨日の夜は楽しかったね。」

姉の顔がサッと赤くなる。

さくら:「お姉ちゃんたらね。わたしの指で・・・」

姉:「さくらっ!」

さくら:「へへ、ごめんね。おねえちゃん。今度はもっとしてあげるから。」

父:「何の話をしてるんだ。」

姉:「な、なんでもないのよ。さくらもくだらない事言ってないでさっさと遊んできなよ。」

さくら:「うん。ご飯食べてからね。今日は和恵ちゃんに教えてあげるんだ。」

姉:「・・・・」

さくら:「わたし、今すごく楽しいよ。こんなの20年間味わった事なかったもん・・・なっ!」
 

おわり
 
 

あとがき
 

ちょっと書いてみようかなって思い、1時間30分。
この作品、自分で書いていてもちょっと憂鬱になりました。
こんなにダークな作品を書いたのは初めてです。
ダークローゼスがあれば、間違いなく投稿していました。
人の死を書くのってやっぱりいやですね。
直接表現しなくても、なんか心が沈んでしまいまた。
このまま今日は寝てしまいます。

それでは最後まで読んで下さった皆様、ありがとうございました。

Tiraより
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