親父(おやじ)が帰ってきた!(前編)
今日の志郎はどことなくそわそわしている。
テレビを見ていても上の空と言う感じ。
日曜日の午後、妹の裕香と二人で居間にあるテレビを見ている。
裕香:「どうしたのよ。なんかいつものお兄ちゃんと違うじゃない。」
志郎:「そ、そんなことないさ。」
裕香:「はは〜ん、さてはお父さんが帰ってくるから焦ってるんでしょ。」
志郎:「うっ・・・」
裕香:「やっぱりね。お兄ちゃんお父さんと約束してたもんね。今度お父さんが帰ってくるときまでには
就職先決めとくって。」
志郎:「そ、そうだっけ。」
裕香:「分かってるくせに。でないと、そんなにそわそわしてないもんね。」
志郎:「だったら黙っといてくれよ。」
裕香:「観念しなさいよ。大目玉くらって終わりなんだから。」
志郎:「そう簡単に言うなよ。おまえが怒られるときとは違うんだ。
俺の場合は地獄の閻魔のように・・・・ああ、考えただけでも恐ろしい。」
裕香:「ふーん。今までそんな風には見えなかったけど。」
志郎:「お前のいないときにこっぴどく叱られるんだよ。」
裕香:「そう言えば、顔が腫れ上がってたときあったね。あれって友達と喧嘩したって言ってたけど、
実はお父さんにやられたとか・・・」
志郎:「・・・・そうだ。」
裕香:「こっわ〜っ。私、お父さんには絶対逆らわないでおこっと。」
志郎:「その方がいい。あの腕力でしばかれてみろ。お前なら骨の1本や2本、簡単に折れるぜ。」
裕香:「そんな怖い事言わないでよ。それに、お父さん。私には手を上げたことがないんだから。」
志郎:「分かってるって。自分の娘に手を上げるような奴じゃないさ。」
志郎は裕香と話しているときでさえ、緊張していた。
志郎の親父は遠洋マグロ漁船に乗っている。
だから、家を空けると半年から1年は帰ってこないのだ。
この前帰ってきたのは昨年の9月。
あの時はまだ就職探しには時間があったので、余裕をかましていたのだが、
時は既に3月。
まず就職は無理だろう。
浪人するか、飛び込みでどこかの企業に面接に行くか・・・
でも、志郎は半分諦めていた。
浪人にして、もう一度就職先を考えればいいじゃないか。
それまでバイトでもして、家に金を納めていればそれでいい。
しかし、そう言う甘い考えを許す父親ではない。
志郎の親父は、とても頑固だ。
その上、マグロと戦っているせいもあって、異常に腕っ節が強い。
志郎が中学のとき、親父を怒らせてぶん殴られた事がある。
そのときは、せっかく生えそろった永久歯が2本折れた記憶があった。
そのほかにも、かなり痛い目を見ている志郎は、就職先が決まっていない事が
バレるのをとても恐れていたのだ。
志郎:「また殴られるんだろうな・・・」
今日帰ってくるという話を聞いたときから覚悟は出来ていた。
でも、いざその日になってみると、その覚悟がグラグラと揺らぎ始めるのだった。
いっそ親父に乗り移ってマグロ漁船に返してやろうか・・・・
そんな事も思ったりした。
でも、せっかく帰ってきた親父にそんな事は出来ない。
親父のいる2日間。どうやってやり過ごすかが問題だ。
志郎:「たしか、夕方に帰ってくるって言ってたな・・・」
裕香:「あと3時間の命だね。」
志郎:「親父が帰ってきたら、俺は死ぬのか。」
裕香:「そりゃそうでしょ。あれだけ大見得(おおみえ)切ったんだから。
まだ就職先決まってないのか〜っ!なんて怒鳴られるんだよ。」
志郎:「・・・・もう考えたくない。俺、自分の部屋に戻る。」
裕香といると、どうも親父の話ばかりになるので、志郎は自分の部屋に戻った。
まあ、部屋に戻ったところで、何の状況も変わらないのだが・・・
志郎:「どうしようか・・・博和の家にでも泊まらせてもらうかな・・・」
でも、そんなことしたら後が怖い。
いろいろ考えているうちに、あっというまに時間は過ぎていく。
そして・・・・
ピンポーン!
玄関のベルが鳴る。
母親:「ただいま〜。」
父親を迎えに行っていた母親が帰ってきた。
裕香:「あ、お母さん。お帰りなさい。」
父親:「おう、裕香。元気にしてたか。」
裕香:「うん。お父さんも元気そうだね。」
父親:「ああ、ほら。お土産だ。」
父親の手には、2キロはあるマグロの塊があった。
裕香:「やったあ!お刺身にして食べようよ。」
父親:「それだけじゃ食いきれないぞ。」
裕香:「うん。いろいろ作ってよ、ねっ。お母さん。」
母親:「はいはい。お父さんは疲れてるから、とりあえずゆっくり休んでもらおうよ。」
裕香:「うん。」
裕香は親父の手を引いて居間に導いた。
志郎:「・・・・」
とうとうこの時間がやってきた。
どことなく志郎の顔が青ざめている。
父親:「そういえば、志郎はどうしたんだ?」
裕香:「お兄ちゃんはね、へへっ。2階にいると思うよ。」
父親:「そうか。ちょっと呼んで来い。」
裕香:「うんっ!」
父親と裕香のやり取りが志郎にも聞こえていた。
志郎:「い、いよいよだ・・・」
もう観念しなければならない。
しかし、どうしてもしばかれるのが嫌な志郎は・・・・
サッと寝て幽体離脱したのだ。
・・・これならしばかれても痛くないぞ。
志郎はベッドで寝ている自分の体を見ながら、何とかその場から逃れようとしていた。
そこに裕香がドアを開けて現れる。
裕香:「へへっ、お兄ちゃん観念した?」
裕香はベッドで寝ている志郎の体に近づいた。
裕香:「ねえ、お兄ちゃんってば。」
掛け布団を取った裕香。
そこには、魂の抜けた志郎の体が横たわっている。
裕香:「お兄ちゃん、早く起きてよ。」
眠っていると思った裕香は、何度も志郎の体をゆすって起こそうとした。
裕香:「お兄ちゃん?」
体に全然力がなく、生気を感じられない志郎。
裕香はいつもとは違うその雰囲気にためらった。
裕香:「どうしたの?なんで目を開けないのよ。」
だんだん怖くなった裕香。
裕香:「・・・お・・お母さんっ!お兄ちゃんが、お兄ちゃんが!」
裕香の叫びに、父親と母親が2階に上がってきた。
母親:「どうしたんだい。」
裕香:「お、お兄ちゃんが目を覚まさないの。」
父親:「また狸寝入りでもしてるんじゃないのか?」
父親はベッドの前まで行き、志郎の顔を見た。
父親:「おい、志郎。いつまで寝ているんだ。さっさと起きないかっ!」
バシッ!
志郎の頬に親父の平手打ちが決まった。
・・・・やっぱり。ひどすぎるよ、こんな事で。
幽体離脱している志郎は、親父の平手打ちを見てそう思った。
父親:「・・・・おい、志郎。」
いつもならとっくに起きている志郎。しかし、今回はピクリともしない。
父親:「・・・母さん、救急車を呼べ。」
母親:「えっ!」
父親:「救急車を呼べと言ったんだ。志郎を病院に連れて行く。」
母親:「は、はいっ。」
親父の言葉に驚いた母親は、急いで110番通報して救急車を呼んだ。
裕香:「どうなっちゃったの、お兄ちゃん。」
父親:「分からん。でも、俺の平手打ちで起きないとなると何かの病気か・・」
裕香:「大丈夫なの?お兄ちゃん。」
父親:「医者に診てもらうしかないだろう。すぐに救急車がくる。心配するな。」
裕香:「お兄ちゃん・・・」
心配そうに志郎の体を見つめる裕香。
・・・・変な方向に話が進み始めたぞ。どうしよう・・・
志郎はまさかこんな展開になるとは予想していなかった。
しばらくすると、遠くからサイレンの音が聞こえてくる。
どうやら救急車が到着したようだ。
ドカドカとタンカーを持った救急隊員が志郎の部屋に入ってくる。
隊員:「こちらですか。」
父親:「ああ、全然目を覚まさないんだ。」
隊員:「ちょっと失礼します。」
救急隊員は、志郎の体を調べ始めた。
脈拍、呼吸、血圧・・・・
調べてみたのだが、どこにも異常はなさそうだ。
隊員:「命に別状は無いと思われますが、精密検査が必要です。
とりあえず病院に運びますので、よろしいですか。」
父親:「そうしてくれ。」
その言葉を受け、救急隊員は志郎の体をタンカーに乗せ始めた。
父親:「俺たちも病院に行こう。」
母親:「はい。」
父親:「裕香も来いっ。」
裕香:「う、うんっ。」
こうして親父、母親、裕香の3人は、救急車に乗って病院へ行く事となった。
・・・俺だけほっていかれるのはまずいぞ・・・・
そう思った志郎は・・・・
裕香:「・・・ああっ!・・・・」
母親:「どうしたの、裕香。」
救急車の中で、ガクッと頭を落とした裕香。
裕香:「・・・・ううん。なんでもない。」
エンジンがかかり、サイレンが鳴り出した救急車。
3人・・・いや、4人を乗せた救急車は、近くの総合病院に向かって走り出したのだ・・・
親父が帰ってきた!(前編)・・・おわり
あとがき
めっぽう更新が遅れてしまいました。
大変申し訳ありません。
今回は、「行こう」シリーズでおなじみの志郎の家庭の話。
初登場の親父さん。
志郎の家では、親父さんが絶対的な権力を握っているのでした。
うらやましい・・・・
亭主関白っていうやつですかね。
まあ、これでなりたっている家庭はなかなか無いとは思うのですが、
そんな家庭のお母さんってとてもえらいですね。
志郎は結局就職できずに、浪人するかもしれません。
まあ、それもそれでいいと思っていますが。なんせ、世の中不況ですから。
作品の中にも、不況の嵐は吹き荒れています。
そんな中で就職先を見つけるのは至難の業。
まして、頭を使わず、体を使わず・・・・
そんないい就職先なんてないですよね。
次の「行こう」シリーズを書くときには、志郎に厳しい職業を勉強してもらいたいと思っています。
作品のアップについては、本サイトが最初ではないと思いますけど!
「親父が帰ってきた!(後編)」は、すぐに書いてアップしますので、お楽しみに。
志郎の親父が看護婦さんと・・・・
それでは、最後まで読んで下さった皆様、本当にありがとうございました。
Tiraより