月曜日6月22日 カンケイ(その1)


 翌朝は再び雨となっていた。凛太郎の心の内を見るようなどんよりとした空模様に、しとしとと雨が落ちていた。
 憂鬱な気持ちで階下に降りて来た凛太郎は、来る筈の無い修一が玄関に来ているような錯覚を覚えた。ドアを開けるとその笑顔が見える、そんな想像をしてしまう。しかしやはりそんな事は無かった。
 携帯電話の着信履歴を見てみるけれど、修一からのメールも電話も無い。阿部のメールは速攻で削除してしまった。
(これからどうなるんだろう……)
 漠然とした不安が心に過ぎる。
 そんな不安げな表情の凛太郎を、千鶴はずっと観察していた。何がどうなっているのか、どうしても解らないのだ。
「凛ちゃん、学校行きたくないの? 修一君がいるからじゃないの?」
 キッチンのテーブルで凛太郎と朝食を囲んでいる時、千鶴は意を決して尋ねてみた。食欲が無いのかゆっくり食べている凛太郎のお皿には半分以上が残っている。
「修ちゃんは関係ないし、学校行きたくないなんて言ってないじゃんか。変な心配しないでよ」
 修一の事を悪者にして聞いているのだから、猛然と怒ってくると思っていた。しかしそれに反して凛太郎は静かに落ち着いて返答している。僕は平気とばかり残っているものを口に掻き込んで行く。けれど、それは無理矢理食べているのに違いない。千鶴には凛太郎の諦め、あるいは寂しげとも取れる表情が浮かんだ事に気づいていた。
(これ以上聞いても今は何も話しそうにないわね……)
 千鶴譲りの頑固な一面もある凛太郎だから、問い詰めようとすればする程意地でも言わないだろう事は解っていた。千鶴は日を改めて尋ねた方が良さそうと、その話は打ち切りにしていた。

 朝の登校が一人きりというのは、女性化してからの凛太郎にとっては生理になった日以来だ。いつも横にいた人がいないと、身体を通り過ぎる風が多い気がしてしまう。
 バスに揺られながら、凛太郎はなるべく今日の放課後の事については考えないようにしていた。極力人形のように、静かに、誰にも気づかれないように。自分という存在が、周りから見えなくなるように。そうすれば、何をされても感じない筈。
(僕は僕じゃなくて、男でも女でもなくて、人じゃないって思えば、いいんだよね……)
 心と身体を切り離せば、辛いとか痛いとか気持ち悪いとか、そんな感情を殺せるだろう。そうすればきっと耐えられる。凛太郎はそう思いながら、バスを降りていた。
 校門では雨の中、大原が睨みを利かせながら立っている。朝からご苦労にも生徒の服装のチェックに余念が無い。あれ程怖いと思っていた先生だけれど、凛太郎にはその姿が滑稽に思えた。生徒への厳しい指導を身上にしていると言うのに、実際に学内で何かあっても助けにもならない。ただ格好をつけているだけにしか見えなかった。
 校門を抜けると凛太郎は、忌まわしい記憶となっている作業棟は見ないようにして、昇降口へ向かった。
(修ちゃんに会っちゃったら、どんな顔すればいいんだろう……)
 学校の中で一番会いたくない人、それはミシマでも無いし阿部でも無い。修一だ。お別れした人にどういう顔で会えばいいのか、凛太郎には解らなかった。顔を見たいという気持ちもあるけれど、今更穢れた自分を見られるのも嫌なのだ。キョロキョロと辺りを見回し、修一らしき人物の影が無い事を確かめてから靴を脱いでいた。
 教室の扉を開けようとしたけれど、凛太郎の手が震えてしまって開けられない。もし阿部と顔を会わせたらと思うと恐怖が蘇ってくる。差し出した手を一度引っ込めて胸元を押さえ、二回三回と深呼吸をしてみた。落ち着くように。その凛太郎の後ろからクラスメイトが、入り口の前で立ち竦んでいる凛太郎に怪訝そうな視線を送りながら、次々と先に入っていく。開いた扉からは教室内が見渡せた。
(……良かった。あいつまだ来てない。)
 極度の緊張があったのか、身体の力が抜けていくのが解る。凛太郎はそのままゆっくりと教室に入っていった。
 次第に教室内はクラスメイトで埋まって来る。日曜日に起こった出来事や、テレビ番組の話、ゲームの話でがやがやとうるさくなっていた。
 凛太郎は誰にも話掛けられないように、机に突っ伏して授業が始まるのを静かに待つ事にした。けれどそれも直ぐに終わる。スカートのポケットに入れていた携帯電話が震え、着信を知らせていた。
(あ!)
 再び阿部からのメール。凛太郎は頭から血が引いていく嫌な感覚を味わいながら、阿部の席に目をやる。と、いつのまにか阿部が椅子に座って、ニヤニヤとした嫌らしい笑顔を凛太郎に向けていた。
『二時間目の休み時間 つきあえ』
 二つ折りの携帯電話を「パコ」っと折り、泣きそうな顔をしてそのまま携帯電話をポケットにしまった。
(時間、短いし、何もされない。きっと、しない。ヤナ事されない)
 凛太郎は頭の中で呪文のように何度も唱えていた。どこかでそれが無駄だとは解っていてもそうしてしまう。人形のように何も考えないなんて、やはり出来ない。女の子のとして犯されるのは辛いし、男として犯されるのはもっと屈辱的だ。簡単には割り切れる筈がなかった。
(授業、ずっと続けばいいのに)
 胃の辺りがムカムカして、白い陶器のような顔色ってしまう。それでも凛太郎は、なんとか授業を受け始めた。授業に集中している時間だけが、学校生活での憩いだと言わんばかりに。

 一時間目の休み時間、メールでは二時間目の休み時間と書かれていたが、凛太郎は内心阿部が何時傍にやってくるか、内心冷や冷やしていた。胃がキューっと収縮して痛くなる。結局その休み時間中には阿部は凛太郎に近づく素振りも見せなかった。そして、二時間目の休み時間。
「山口、ちょっといいかな」
 いかにも爽やかそうな笑顔を貼り付けて、阿部が凛太郎の席までやって来た。
凛太郎は次の授業の用意を机に出していた所だった。緊張した面持ちで阿部を見上げる。反吐が出そうな顔など見たくはないのだけれど、無視した結果、後でどんな事をされるかと思うと、心理的な圧迫を受けて阿部の顔を見上げた。
「……うん」
 阿部の後を着いて行くと、一組の教室を通り過ぎ、体育館と道場に繋がる渡り廊下にやって来た。鉄骨が走る校舎は少し入り組んだ外観を見せている。阿部は丁度校舎からも、体育館からも死角になる柱の影に凛太郎を押し込んだ。
 教室で見せていた笑顔とは異なり、欲情に溺れる目つきで凛太郎を見る阿部の目。暗い部屋で見た目つきそのものに、凛太郎は全身に震えが走った。
「な、なんの用?」
 震える声でやっとそれだけを振り絞る。阿部は口元を歪めた。
「ここでパンツ脱げ」
「! や、やだよっ。そんなの出来ないっ」
 授業の合間で、いつ誰が近くに来るか解らない状況なのに、狂っているとしか凛太郎には思えない。羞恥に顔を真っ赤にしながら抵抗の言葉を吐く。けれどそんな凛太郎の考えなどお構い無しに阿部が続けた。
「ミシマさんがな、最初から濡れてないとイヤなんだってさ。だからこないだのローション、塗っておけって言われてんだよ。ほら、さっさと脱げよ」
 塩ビのボトルをポケットから取り出して凛太郎に見せ付けてくる。そして空いている手で凛太郎のスカートを撒くり始めた。
「ちょっ、やだってば!」
 腿を弄る阿部の手の感触。寒気がする程の嫌悪感を凛太郎に与えてくる。それを両手で掴んで放そうとすると、阿部は諦めたのか腕を遠退いていった。しかしそれは凛太郎の思い過ごしでしかなかった。
 腰を屈めていた阿部の顔が凛太郎に近づく。血走った阿部の目だけがランランと光っているように見えた。
「あ」
 パン、と乾いた音が凛太郎の耳元で鳴り、途端に頬が熱くなる。思い切りでは無いにしろいきなり横殴りに叩かれていた。頬の痛みが身体を突き抜けていく。それは凛太郎に恐怖の念を抱かせるに十分な役割を果たしていた。
 うっすらと赤くなった頬を凛太郎は手で押さえた。言いようの無い恐怖に目を見開き、寒さに震える子犬のように小さく震えながら阿部を見つめる事しか出来ない。
「ふざけんな、コラ。こればら撒かれたいのかよ。たくさんプリントアウトしてあんだぞ。諸積とお前がエッチしてるとこばっかりな」
 凛太郎の頬を叩いた手から数十枚の写真が現れる。それを空に投げ上げる素振りを見せた。
「あ、や、やめっ、待ってっ脱ぐからっ、今っ」
「なんだよ、自分からパンツ脱ぐのか? 山口って男の癖に女の身体見せびらかしたいんだ。やっぱ変態だなぁ」
 侮蔑の言葉を浴びせられても、写真を見せられたら何も言い返せない。凛太郎はきゅっと唇を噛み締め、屈辱に耐えながらスカートに手を入れショーツを脱いでいった。腿の半分まで下ろすと阿部がストップを掛ける。
「それ以上脱いだら人が来たときやばいだろ。少しは頭使えよ、ばかおんな」
 吐き捨てるように言うと阿部はボトルのキャップを取り、手に大量のローションを取った。凛太郎のスカートの前に屈み込む。
「足広げて自分で開けよ。塗れないだろ」
 ショーツを下ろしたままじっとしていた凛太郎に、下から覗き込むようにして命令口調で話かけた。
(もう何も考えない。これは僕の身体じゃ無い。僕じゃない。僕じゃない)
 ショーツに阻まれて足を大きく広げられない。それを無理やり開いていくのだから、細くなったショーツが腿に食い込んで痛くなってくる。スカートの裾に手を当てた時、一瞬だけ凛太郎は躊躇していた。しかしそのまま手を差し入れ、まだピッタリと合わさっている割れ目に指を掛ける。大陰唇を開いていくと、億劫そうに小陰唇がゆっくりついて行くように開く。中から鮮やかな色合いを見せる襞穴が見えていた。まだ炎症が治っていないのか、周りを触っても痛い。
 阿部は凛太郎の淫靡な姿に喉を鳴らした。自分から股を広げ秘部を開いている姿は、視覚に十分過ぎるほど訴えてくる。しかも場所は校舎内で誰が来るかも解らない。そして目の前の少女は自分に絶対服従なのだ。生殺与奪権を握っている事、それはサディスティックな人間にとっては最高のシチュエーションだ。
「あ、ん」
 阿部はローションがたっぷり塗られた手をそのまま股間へ入れていく。「ペチョっ」と濡れた音をさせてローションが凛太郎の割れ目に触れた。割れ目全体を撫で上げられる不快な感触に、凛太郎は思わず呻き声を上げてしまった。
「んやっ」
(つっ、伸びちゃう……)
 指先を使って、ローションを塗りこんでいく。まだ興奮していない為に充血せず薄い小陰唇を、阿部が弄ぶように引っ張る。一枚一枚丁寧に塗りこむと、今度は前に戻ってクリトリスを嬲っていく。まだ包皮に隠れたそこを、ヌルヌルの指で剥き出し、転がしながらローションを馴染ませる。阿部は柔らかでいながら、丸々とした感触に陶然としてしまった。
 レイプして身体と心を弄んでいる女の子だとしても、それ以前は好きになった相手だ、動機は不純であっても。その性器を好き勝手に弄っている。股間はギンギンに勃起し、先端からは粘液が溢れるように湧き出していた。「はぁはぁ」と呼吸も荒くなってきた。
「今日のローションは、前のより少し効果が強めなんだって、さ」
「痛っ」
 クリトリスから膣前庭へ、そして膣口へと移動していたローションまみれの指が、不意に凛太郎の肉穴を襲った。まだ痛みが治まらない襞肉は、たとえローションがあっても指が挿入されると涙が出る程痛い。おまけに阿部の扱いは乱暴だった。思わず声も出てしまう。
 そんな凛太郎の身体には気にも止めず、阿部は指を柔らかく包むピンクの襞肉の感触に酔いしれていた。時折、たくさんの襞が折り畳まれた肉穴が「きゅ」っと締まってくる。
「……その内気持ちいいだけになるからさ。今だって感じてんだろ、きゅうきゅう締めて来てるもんな。痛いのなんて我慢しとけよ。ほーら、こうやってぬるぬる出したり、入れたり。…ああぁ、早く入れてぇなぁ。今日は俺からここの世話になるからぎゅうぎゅう締めて気持ちよくしてくれよ、山口」
 ローションが「ぐちぐち」と音を立て、そして敏感な粘膜に擦り込まれていく。それでも凛太郎粘膜は快感による反応を見せていなかった。ただ痛みで身体を収縮させた事で膣が動いただけだ。阿部の甚だしい勘違いだ。女は身体で感じるのではなく、心で感じる。心で感じなければ濡れないし、身体も感じない。視覚や身体への直接的な刺激であっという間に性的興奮を起こす男とは根本が違う。レイプされた挙句に気持ち良くなってしまうなんて、男の幻想に過ぎない。
 自分の身体の中を蠢いていく指の不快感と痛みに、凛太郎はついに耐え切れなくなった。
「もっやっ、お願いしますっ、痛いっ、ほんとに痛いからっ指抜いてよ」
 涙目の美少女が目の前で懇願する。阿部はその姿に感じてしまった。しかしその感じ方は、修一が凛太郎を見て思うような暖かな感情ではなく、もっとどす黒く、冷たいものだった。もっと虐めてやりたい、酷い事をしてその可愛らしい顔を泣かせてやりたい。そんな歪んだ感情から来るものだった。
 中指だけだった柔肉への挿入を薬指も追加し、ぎちぎちと音を立てそうな程思い切り出し入れする。耐えきれない程の痛みが凛太郎を襲った。
「! 痛いっお願いっもう止めてよおっ」
 凛太郎の叫びに驚いたのか阿部の手の動きが止まった。
「ちっ、使えない穴だよな、お前って」
「うぅうう……」
 スカートの前を押さえながら、凛太郎の目から涙がこぼれ落ちていった。
 阿部は軽く舌打ちをして、凛太郎の身体にはまっている指を強引に引き抜いた。そのローションにまみれた指を凛太郎のスカートで拭ってしまう。酷い事をされ放題になっていた。それでも、内臓を掻き回されるよりはマシだけれど。
「あ、そうだ。閃いた。山口、携帯貸せ」
 いきなり阿部が凛太郎のスカートのポケットに手を突っ込むと、入れてあった携帯電話を取り出してしまった。
「なっ? 返してよっ返せっ!」
 それまで抵抗らしい抵抗を見せなかった凛太郎が、阿部に飛びついて携帯電話を取り返そうとする。しかしショーツも引き上げていないし、体格も違うのだから勝負は見えている。それに阿部には切り札もある。
「お? なんだ、そんなに大事なメールがあんのか? どれどれ……」
 縋り付く凛太郎をはらいながら阿部が携帯電話の履歴を見ると修一からのメールしか残っていない。そして自分が出したメールは消えていた。途端に阿倍の顔が曇った。
「ふん……」
 パコパコとメールを打つと、そのまま送信してしまう。
「勝手にメールだすなっ、どこに出したんだよっ」
 ショーツを引上げて、まるで男のように食って掛かるが、それには迫力が不足していた。女の子が無理に乱暴な言葉を使っているようにしか見えない。誰が見ても凛太郎を怖がる人はいないだろう。
「放課後、『仲良く』し終わったら返してやるよ。ってなんだよ跳ねるなよな。山口、あんまり聞き分けないと屋上から写真落とすぞ」
 写真という単語を聞くと、凛太郎は直ぐに静かになってしまう。
「それでな、昼休み、お前は俺にこう言えよ。いいか? …………ってな」
 誰もいないのだからひそひそ話をする必要な無い筈なのに、阿部は凛太郎に耳打ちをした。
「!!……そんなの、言えないよっ……」
 改めて写真の束を見せびらかす阿部に、凛太郎も強くは言えなかった。
「ちゃんと言うよな?」
「でも……」
 阿部が俯く凛太郎の顎を写真を持った拳でゴツゴツと軽く叩き、そして凄む。殴られると思うと身体が竦んでしまう。
「い、言います……」
 その答えに阿部はニヤリと笑っていた。

 * * * * * * * * *

「あ? メール? リンタから?!」
 朝、学校に来てからの修一は凛太郎に声を掛けに行こうか行くまいか、悩んでいた。自分がエッチな事をしたから怒っている。そう思い込んでいた。いつもなら直ぐに謝りに行く所だろうけれど、土曜日の凛太郎の真剣な物言いは、本当に別れるという感じだった。どこをどう通って帰ったのかも覚えていない位、激しい精神的動揺に見舞われていた。
 凛太郎に別れを告げられて辛いという感情より、どうしてなのか、それが知りたい気持ちの方が徐々に大きくなっていった。それは、凛太郎が別れ際言った言葉が気になったからだ。「女の子のことを知りたかったから」という言葉。修一は信じられなかったのだ。凛太郎は最初から女の子である事を選んでいないし、寧ろそうである事に抵抗し、苦しんでいた。その凛太郎が自分から「女の子になりたかった」ような言動をするとは考えられなかった。
 ただそれに気づいたのは日曜も遅くなった頃だった。どちらかと言うと思考より行動が最初に来る修一が、日曜に確かめなかったのはその為だった。しかし今日、凛太郎に尋ねると言っても、本当は凛太郎の言う通りで、修一の事など物のように考えていたら……そんな想いも心の端の方にあったから、声を掛けに行き辛かったのだ。
 ところが凛太郎の方からメールを送ってきている。しかも「昼休みに教室で」と、以前と同じように昼食を共にするかのような内容で。これは修一には渡りに船だ。朝から暗い顔をして、周囲を重苦しい雰囲気に包んでいた修一の表情が一気に明るくなる。
 善は急げと、以前の修一だったら、メールを受け取ると直ぐに凛太郎に会いに行っただろう。しかし、自分の行動で凛太郎を傷つけたと思っている修一は、凛太郎のメールの通り昼休みまで待つ事にしたのだった。

 * * * * * * * * *

 身体が変な感じになり始めたのは、凛太郎が三時間目の授業を受け始め五分程経過した頃だった。頭がボーっとしだし、全身が熱を帯びてくる。そして、次第に身体の中心に熱が集まってくるような感じ。じわじわと下腹の辺りに粘液が溜まって行くように思える。
(あ、なんか、熱い。はぁあ、身体じんじんしてきた……)
 次第に荒くなる呼吸を隠そうと、深呼吸してみたけれど効果は無かった。かえって胸を反らせたせいで、敏感になり始めた乳首をブラジャーで刺激してしまって、身体に甘美な刺激が走ってしまう。
(やだよぉ、感じちゃダメなのに)
 なるべく敏感な部位に刺激を与えないように、背中を丸めてみる。先程の刺激が身体の様々な性感帯を駆け抜けて、最後に股間へと響いて行く。その峻烈な快感に、凛太郎は腿をギュッと閉じつつ、もじもじと動かしていた。
 赤い顔をしながら、「はぁ、はぁ、はぁ」と熱い息を吐き続ける。じっとしていても、むず痒いような快感がアソコから立ち上ってくると、もう、トロっとした粘液が穴の粘膜から湧き出てしまった。ローションの効果だと解ってはいても、授業中にそんな状態になってしまった事がばれないかと考えると、余計に身体が熱を持ってしまった。
「山口君、大丈夫?」
 隣の菊池が心配そうに、しかし極力小声で尋ねてくれる。親切で、とは解っているのだけれど、出来ればほって置いて欲しいと凛太郎は思った。
「ん、大丈夫……」
 尚も心配そうに見つめる菊地から凛太郎が目を離すと、偶然か必然か阿部と目が合ってしまった。何事か言っているのか、口が動いている。二度三度と同じ言葉を繰り返していた。
(あいつ、なんて言って……? ……!)
 阿部の無言の言葉、それは「淫乱おんな」だった。「違うっ!」と教室中に響く程叫んでしまいたい。今の状態は自分ではコントロール出来ないのだ。それをしたのは阿部本人だというのに、全て知っていながら、ぎりぎりの精神状態の凛太郎を弄ってくる。
 最早、凛太郎の淫らな下の口は、自分の意志や心など関係なく、惨めな程濡れている。ショーツに染みが出来ているのも感じられていた。凛太郎はせめてスカートは汚れないでと、誰に言うでも無く、思っていた。

 * * * * * * * * *

 昼休み。男子も女子も仲の良い同士でグループを作ったり、食堂へ行ったりと忙しい時間だ。がやがやとうるさくなってきた二組の教室も同様だった。
 いつもなら凛太郎は直ぐにいなくなるか修一が来るかというスケジュールだ。しかし今日に限ってはまだ教室内にいる。凛太郎の席の周囲の生徒、菊池などは普段と違う凛太郎の行動を少しだけ気に掛けていた。
 凛太郎はお弁当を持って、席を立ち上がった。教室を出るのかと思えば、その反対、阿部の方に近づいていく。
「あれ? 山口、なんか用か?」
 わざとらしくちょっと驚いたような表情を作る阿部に、凛太郎はこの顔に蹴りを入れたらどんなにスカッとするかと刹那夢想していた。
「あ、あの、阿部君、ちょっといいかな」
 阿部に言われた通りの事を、これからクラスメイトの前で言わなければならない。その屈辱と緊張に、凛太郎の身体から汗が噴き出していた。じっとりとブラウスが湿ってくる。勿論、二時間目の休み時間に仕込まれたローションの効果もあったけれど。
「いいぜ。今なら。何?」
 机に頬杖をついて、横柄な態度を取る阿部。これから凛太郎が言う言葉を知っているだけに笑いが止まらなくなりそうになる。しかしそれをグッと我慢して真剣な表情を作っていた。
「あ、の、僕、前に阿部君の事、気持ち悪いって言ったけど……」
 緊張で胃がむかむかしてきそうだった。賢明に言葉を紡ごうとするけれど、なかなかそれが音になって外に出てこない。阿部の顔を見ないように、足下を見ながら声を掛けた凛太郎は、ここで深呼吸した。
「そうだな、言ったよな。お前男だもんな。いや、あれは俺が悪かったよ」
 心にも無いことを言う。阿部は凛太郎が女性化した当初から女の子としか見ていなかった。そして今でも女の子としての凛太郎を陵辱しているのに。
 阿部の大きな声に、教室にいたクラスメイトが凛太郎と阿部のやりとりに注目し始めていた。以前、阿部が激しく凛太郎をなじった事を知っている生徒などは、興味津々で聞き耳を立てている。
(そんな事思ってないくせに)
 凛太郎は不合理に腹立たしかった。しかしネタを握られている限りどうしても従わざるを得ない。
「あれ、ほんとは違うんだ……僕、ほんとは、ほんとは……」
(こんなのやっぱり言えないよ)
 躊躇する凛太郎に、阿部が机の中から封筒を取り出していた。ちらりと凛太郎を見る目は、全く笑っていない。凛太郎を慄然とした。このまま言わずにいたら、教室でばらまくかも知れない。
「僕ほんとは、なんだよ?」
 凛太郎のお弁当を握る手が白くなってきた。緊張と集中に周りの雰囲気も判らず、教室の扉が開く音さえも聞こえなかった。阿部の目が凛太郎の後ろに一瞥をくれた事にも気づかなかった。
 そして、ありったけの気力を振り絞って口を開く。
「僕、ほんとは男だった時から、阿部君が好きで……女の子になった時言われたから、びっくりして、それで……」
 凛太郎の告白に、クラスは水を打ったように静まり返っていた。そこへ阿部の声が響く。
「今はどう思ってる訳?」
「い、今も好きだから……この前はごめんなさい」
 凛太郎の面前での告白に、静かだった教室内が沸き返るかと思われた。しかし以外にも声は聞こえてこない。阿部が意地悪く修一の話をしだした。
「じゃぁ、いつも一緒にいた諸積ってなんだよ? 付き合ってたんじゃないの?」
 胃液が逆流しそうな程の心境に、凛太郎は床が揺れているような錯覚に陥っていた。
「しゅ、諸積君とは、付き合ってたけど……別れたから。だから」
「へぇ、そう。もう一度聞くけど、俺の事好きなんだ? 諸積は嫌いなんだ?」
 残酷にも阿部は念を押すように、そして凛太郎の言葉を凛太郎の背後に言葉もなく立ち竦んでいる人物に聞かせるように、問いかけた。
「あ、阿部君が好きだから……諸積君の事は何とも思ってないし。だから僕と、つ、付き合って、貰えませんか……」
 阿部はその言葉を聞いた瞬間、勝利を確信したスポーツ選手のように満面の笑みを見せた。凛太郎に、というよりその後ろにいる人物に。
 次第に教室内が騒がしくなってくる。クラスメイトは凛太郎の告白に「ひどい」だの「信じられない」だのと罵倒の言葉を口にし始めた。身体に刺さってくるかのようなそれに、凛太郎は身が固くなって周りを見る余裕など無くなっていた。と。阿部が凛太郎に顎で後ろを指し示す。後ろを見ろというように。
(うしろ? なに?)
 ゆっくりと、凛太郎が振り向くと、そこには顔面を蒼白にして凛太郎を見つめる修一が立っていた。
「な、んで? いる、の?」
(今の話、聞かれた?)
 全く予期しない事態に狼狽するどころか、どんな対応をしていいのかも解らない凛太郎。笑うような、泣くような変な顔をして修一の顔を見てしまった。
「……そういう、事かよ……わざわざ聞かせる為にメール送ってくんな」
 それだけ言うと修一は早足で教室を出ていってしまった。残された凛太郎には事態が未だに把握出来ず、ただ困惑するばかりだった。
「あ、しゅうちゃっ、ちがっ、僕メールしてな」
「あ〜あ、山口も結構いい根性してるよな。前の彼氏の目の前で告白すんだから」
 追っていこうとする凛太郎を阿部が席から立ち上がって、凛太郎の肩を抱いて動かないようにしてしまった。さも凛太郎は自分のモノだと言わんばかりにの態度は、クラスメイトの不興をかっているけれど、そんな事にはお構いなしに。
 この時、漸く凛太郎は理解していた。全ては阿部の姦計だったと。勝手にメールを出した相手は修一だったのだ。恐らく大事な話でもあると書いて送ったのだろう。耳打ちして自分を男の時から好きだったと告白しろという命令も、それを修一に聞かせる為だったのだ。
(修ちゃん、違うから、僕が好きなのは)
 修一の顔が残像となって目の前に映っている。あの怒りとも悲嘆とも取れる表情が焼き付いている。目頭が熱くなって、教室の風景が歪んできた。
「山口、泣いたら、ばらまくからな」
 目ざとく凛太郎の変化を察知した阿部が囁いていた。その声を聞きながら、凛太郎はクラスを見回した。女子の殆どが刺すような視線を浴びせている。勿論、男子も。
 凛太郎は、修一との関係が元に戻れないと、そしてもうどこにも自分の味方も、居場所も無くなってしまった事を漠然と認識していた。


(その2へ)


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