土曜日6月20日 暗い部屋(その1)


 日曜日のサプライズパーティがあってから、凛太郎と修一は良い感じになっていた。元からと言えばそうだけれど、より親密度が増した、と言う所だった。
 親密、と言えば、凛太郎からのキスで耐え切れなくなったのか、修一がしきりに凛太郎の身体に触れたがって、学校の帰り道でも胸に手をあてる、なんて事をしていたりもした。勿論、物陰だったり建物の裏だったし、修一もそれ以上を要求する事も無かった。だからそれが凛太郎にとって重要な問題を引き起こすとは考えもしなかった。
 土曜日。久しぶりに雨の上がった日は、陽に照らされて少し蒸し暑さを感じる位だ。凛太郎はいつものように部活に行った修一を待つため、図書室へ行っていた。以前は図書室内でもからかって来る輩がいたが、近頃では静かに過ごせるようになった。
 図書室ですることと言えば勉強か読書、中には静かな環境で寝ているものもいる。頁を捲る音、ノートに何事か書き写している音や本の匂いは、読書好きな凛太郎にとって心地よいものだった。
 凛太郎のファンの中には、夕暮れの図書室の窓際で、熱心に読書耽っている美少女、というモチーフに萌えるコアな人たちが中にはいたが、そういう人たちは見るだけで声を掛けなかったので、凛太郎は自分の空間を邪魔されないこの場所が好きだった。
 かばんを置き席を確保し、書棚の間を歩いていく。女性化した最初の頃は元に戻る方法について書かれた本を探して、この学校の図書室はおろか市立図書館を修一と、時には笑も交え梯子して回った。しかし成果はなく、最近では専ら課題を済ましてしまうか、小説を読むか位だった。
 女性化して一ヶ月以上が経ってしまっている。それまで魔物は夢に時々登場し凛太郎を陵辱していたが、「ワンコの修一くん」の存在がわかってからは、その姿を現さなくなっていた。当然実際の世界でも見つからない。男へ戻る手段は、今のところ手詰まり状態となっている。それに修一と想いを通じ合わせてからというもの、修一の前だけでは、女の子として振舞っても苦しく無かった。かえって当然のような気にもなっていた。
 勿論、他の人の前では相変わらず中身は男だと言っていたし、事実、修一以外の男に自分が女の子であると思われるのは嫌だった。
 衣替えが済み、徐々に汗ばむ季節は、以前の凛太郎であったなら次第に気分が沈んで来る時期だ。汗を拭ってきれいにしても痒くなる肌。以前であれば肥厚して掻き傷が斑になっている肌を人前に晒さなくてはならなかった。それが嫌で、夏でも長袖のYシャツを着ていた。
 しかし今は違う。白い美しい肌は、反対に人前に出し誇りたいくらいだった。半袖の白いブラウスから伸びる、綺麗な腕。滑らかなラインを見せる首筋から鎖骨、そして緩やかに盛り上がる胸。エンジ色の短めのスカートから伸びる艶かしい足。それら全てが、今の自分にとって自慢できる肌を持っている。実際、自慢するかどうかは別だけれど。
 そして、その通り透き通るような肌の少女は、いつしか登下校時の注目の的となっていた。いつも目立たないようにしてきた凛太郎にとって、羨望、嫉妬、憧れ、時にはイヤラシイ視線を浴びる事は、今まで経験をした事のないものだった。

 いつものように今日読む本を選び、席について読み始める。一時間も経った頃、その生徒が図書室へ入ってきた。しばし図書室内を見渡し、凛太郎の姿を認めるとゆっくり近づいてきた。
「山口?」
 凛太郎は不意に苗字を呼ばれ、声の主を見た。半袖の体操服を着た阿部が立っていた。
「阿部君?何?」
 中間試験前に仲直りをした、と言っても、それまで大して話しをした事もない。凛太郎はいつものように多少つっけんどんに答えていた。大体、今は部活の時間の筈。バスケ部の阿部が何故図書館に来ているのか不思議に思っていた。おまけに自分を呼ぶ理由が解らない。
(なんだろう?)
 そう思い見つめていると阿部は少し顔を顰め、凛太郎の耳元で小声で言った。
「諸積がな、やばいんだ」
「ぇえ? 修ちゃんが?」
 思わず大きな声で聞き返した凛太郎を、図書室にいた殆どが振り返った。咳払いをしている生徒もいる。
「……諸積君、どうかしたの? え? なんで阿部君が知ってるの?」
 凛太郎は立ち上がりながら、小声で尋ねた。剣道は安全な武道であると言っても、突き技は危険な技だ。防具の隙をつかれ、竹刀が喉に入る事も間々ある。修一も先輩から突き技を貰うと、しばらく息が出来ないとよく言っていた。それにミシマの件もある。もしかしてミシマが……と、凛太郎は青ざめながら、思わず阿部の腕を掴んでいた。
「ん? あぁ、ちょっと水飲み行こうとして道場前に行ったらさ。なんか山口呼んできてくれって言うから」
 凛太郎の阿部が伝えに来たという疑問は、その説明で納得してしまった。そんな事より修一の具合の方が心配だった。
「じゃ、じゃあ早く行こう。場所道場だよね?」
 別段慌てた風でもなく言う阿部に、凛太郎は少し慌て加減で手を引っ張った。
「……ついて来いよ」
 阿部は凛太郎に掴まれた腕を外し、反対に凛太郎の腕を掴んで先を歩き出した。強引な同級生に遅れまいと、凛太郎は小走りになりながら後を追った。前を行く阿部がニヤリとしたのは、当然凛太郎からは見えなかった。
 二階にある図書室から階段を降り、教室棟を通り昇降口へ通じる廊下へ出る。右に曲がれば体育館でその向こうに道場があった。阿部は凛太郎の腕を引き左へ曲がった。
(え?道場に行かないの?)
 昇降口を通り過ぎたとき、凛太郎は奇異に思い尋ねてみた。
「あ、阿部君、道場じゃ……」
 阿部は凛太郎を振り向くことなく、全く人気がない廊下を時折注意深く左右に目を配らせ答えた。
「こっちでいいんだ。早く行かないと。諸積待ってるぞ」
 強く掴まれた腕が痛かったが、修一の名前を出されそのまま無言で付いて行く。
 昇降口を通り過ぎるともう一棟の教室棟がある。それを更に通過すると部室棟があり、部室棟を抜けると作業棟があった。作業棟はこの学校が一時期工業科を持っていた名残で、今は体育用具などを入れているプレハブ平屋造りだった。学校の裏手にあり、人目に付かず人気もない事から軽音部が練習に使ったり、ちょっと悪い生徒がたむろしているような場所だった。凛太郎にとっては殆ど馴染みのない場所だったけれど、修一に一度連れ込まれてからは何に使われているか、大体見当は付いていたが。
「ここだよ。諸積、ここに運び込まれたんだ」
(え? ここ? でもここって……)
 軽い疑念が凛太郎の心中を駆けていく。道場なら怪我をした現場だから当然いるだろう。保健室なら運び込まれた先としても考えられる。部室も然り。けれど何の為に怪我人を作業棟へ連れて来なくては行けないのか? 衛生的でも無いのは凛太郎も身を持って知っている。凛太郎が思考の中に入り込んでいたのを、阿部の行動が断ち切った。
 阿部は三つある引き戸の一番奥を開け、先に入る。腕を引かれて凛太郎が続いて入ると引き戸が閉められた。中は明かりがなかったが、ベニヤ板を張られた窓の隙間からわずかに光がこぼれて、室内を照らしている。
 床には体育館で使用するマットや陸上競技で使うマット、支柱やバーなどが無造作に置かれているのが薄っすら見える。目が慣れて来ると奥に人がいるように見えた。
「……修ちゃん?……」
 心に芽生えた疑念の為に凛太郎は少し心細くもあり、小声で尋ねてみたが反応はない。横にいる阿部を見上げるといきなり「ガチャっ」と音がした。
(え? なに?)
 突然のことに凛太郎は戸惑い、掴まれていた腕を強引に外しながら横へ飛びのいた。引き戸を開けようとするが開かない。
「山口ぃ、修ちゃんやばいことになってんのに、自分だけ逃げちゃいけねーだろ。阿部、お疲れさん」
 奥から聞こえてきた声に、凛太郎の身体が「ビクッ」と反応した。ゆるゆると身体を声の聞こえた方向へ向けた。どこかで聞いた声だった。しかし咄嗟には思い出せない。
「も諸積君どこですか? やばいことってなんですか?」
 暗い部屋に閉じ込められた事で、身体に恐怖が張り付いてきたが、凛太郎は極力声が震えるのを抑え、精一杯低い声を出した。
「山口さぁ、お前男なんだよな?」
「……そう……ですけど……」
 一瞬返答に窮してしまう。魔物が現れない今、元に戻りようがない。それに修一との関係もあった。男の心理も確かにあるけれど、それは日毎に小さく儚いものになってきていた。それでも凛太郎は、男か女かを問われれば「男」と答えている。修一以外には女の子として見て欲しくないのが本音なのだ。今もそうだった。
 奥には二人いるようだった。薄暗い室内では顔がはっきりしない。凛太郎の横には引き戸を守るように、凛太郎を連れてきた阿部が引き戸に凭れ掛かっていた。
「普通さぁ、男同士でちゅうしたり乳なんか揉んでるのって異常だよな? ヨシノお前もそう思うだろ?」
「あぁ、それってホモだちって奴だよな。けけ」
 凛太郎は、瞬間昨日の事を思い出していた。修一は千鶴の手前我慢するとは言ったものの、やはりどうしようも無くなっていた。プールで凛太郎の水着姿を見てしまって、そして凛太郎からのキスで、ちょっと理性も消えていたのかもしれない。一昨日の下校時に修一からどうしてもと「お願い」されて、ブラウスの下から手を入れられ身体を触らせてしまっていた。勿論、それ以上の事はしていない。でも、まさかそれを見られたのだろうか? 顔が熱くなってくるのが解った。
「山口もそう思うよな」
「……」
「でさぁ、俺ら面白いもん昨日見たんだよな。諸積がよ、エッチなことしてたんだよ。まぁ俺らもエッチするからいいんだけどよ、問題は相手だよな。だろ山口ぃ」
「!」
(やっぱり見られてた!?)
 凛太郎の背中に嫌な汗が流れていく。凛太郎の正面にいる生徒は尚も続けた。
「剣道部のホープ君が、実はホモだったなんてよ、結構話題性あるって」
「……修ちゃんはそんなんじゃない……!」
 修一を侮辱されて思わず語気が強まった。しかし密室にいる他の三人は全く意に介さない。横から阿部が口を挿む。
「じゃー、お前女かよ。俺には女じゃないって言っただろ。僕は男だから男と付き合わないって、はっきり言ったよな」
 腕を組みながらあごを上げ半目で凛太郎を見下ろす阿部。その目には明らかに事実が解っていながら馬鹿にした色が漂っていた。
 凛太郎は阿部を振り返りながら目を吊り上げ睨みつけた。緊張と興奮のために息が荒くなっている。言い返そうと言葉を捜し集めるのに必死になって考えていた。この状況を切り抜ける上手い言い訳を。自分は男だけど、今は身体は女の子だ。だから修一が身体に触れるのはホモ行為じゃない。大体ちゃんと告白されて、一応付き合ってもいる。でも、確かにそれまで心は男だと言ってきた。傍から見たら単なるホモカップルなのか?
 何度と無く言葉を出そうと口を開けるけれど、出てこない。凛太郎は顔を正面に向け首を落としていた。だから、三人がじりじりと凛太郎に詰め寄って来ているのに気が付かなかった。
「……確かに男ですけど、今の身体は女だから……別におかしくは……」
 やっと口にした言葉だったが、凛太郎にしても明らかに説得力に欠けるな、と思ってしまう。自信のない言葉は語尾が消えかかってしまう。だが誰だか解らない生徒に、「告白されたから」などと言う気もなかった。
「そんな事は、ま、どうでもいいんだわ。俺たちも鬼じゃねーし、諸積のことホモだって触れ回って退部させたり、噂が学校に回って不純異性交遊だっけ? 同性か、あれで退学させたくねーんだ。解るだろ?」
 その特徴的な言い回しに聞き覚えがあった。
「みミシマさんっ?」
 次第に目が慣れてくると、下品な顔を歪ませたミシマの顔が浮き出てくる。横にいるヨシノと呼ばれた生徒には見覚えは無かった。
 ミシマは「させたくない」とは言っているが、実際には彼らがやるだろう事は簡単に想像できた。さすがに凛太郎も退学になったりはしないだろうとは思ったが、もしかしたら退部や停学くらいにはなるかも知れないと考えると、修一があれだけ打ち込んでいる剣道を、自分に係ったために辞める破目になるのは容認できなかった。事が性的な場合には教職員は皆神経を尖らせるだろうし、修一が異常性欲者のように見られるのは、凛太郎自身も避けたかった。
 しかし、彼らが見ただけなら、否定しまくれば良いんじゃないか?証拠がなければ、大丈夫じゃないのか、そう思い直していた。凛太郎はここはハッタリでも嘘でも毅然とした態度を取ろうと。
「諸積君も僕も、ホモなんかじゃないし、そんな事してないし、第一見たって言うけど、そんなの証拠もないんだったら、誰も信用しないです。諸積君いないしもう戻りますから」
 緊張からか凛太郎の言葉は途切れ途切れになったが、先程とは違いはっきりした口調で言った。
「へぇ〜、ホモって結構嘘つきだなぁ」
「だから僕はホモじゃないって……?、!」
 音もなくすぐ横に来ていた阿部が凛太郎の前に差し出したものを見て、凛太郎は頭から血の気がひいていった。
(なんで、こんなのが……)
 その写真は、制服姿の男女の上半身の写真だった。女の子のブラウスはスカートから引き出されたように乱れ、その下から男の手が入っている。手が胸に触っているのはブラウスが手の形に浮かび上がってる事でよく解った。女の子の顔は感じているのか口をきゅっと閉じ、目は瞑っている。顔は少し朱かった。男の方はそれをじっと見つめている。良く知った顔だった。写真の主人公は凛太郎と修一なのだから。
「よく撮れてるよなぁ。諸積の顔もばっちりだし、なにしてるかなんて言わなくてもわかんだろ、これ。山口なんか、顔赤いもんな、男の癖に男に触られて感じてたんじゃね? 変態だよ、キモイヤツ」
 阿部が凛太郎の表情の変化を楽しむように、言葉で嬲ってくる。三人は思い思いにへらへらとイヤラシイ笑いを凛太郎に浴びせ、ゆっくりと目の前まで歩き、壁際にいる凛太郎を取り囲むようにした。
 凛太郎は、凍りついたように青ざめた表情で写真を見ていた。出てくる写真は路上から撮ったものから、直ぐ隣になる部屋での出来事も、白黒の荒い画像で映っている。どうやったのか修一の部屋で最初にキスをした写真まであった。
「な、ん……あ……」
 はっきりした言葉など紡げない程の衝撃だった。
「よう、ミシマ、こいつ止まっちゃってんぞ」
 凛太郎から向かって左側にいたヨシノが、中央の生徒に向かって言うと、ミシマは「なんだ壊れちゃったかぁ、やまぐちー?」と言いながら凛太郎の目の前で手をひらひらさせた。
「……あ、の、どうしたら、学校にいわないで、もらえますか……」
 両手で写真をぎゅっと握りしめくしゃくしゃにしながら、凛太郎は俯きながらやっとの事で口を開いた。そこにヨシノが直ぐ言葉を被せて来る。
「おー、凛ちゃん頭いいな。取引か。でも俺たち別にばら撒くって言ってねーし、しゃべるとも言ってねーよな。イイ感じでお前ら写ってる写真持ってるから見せてやっただけだろ。まるで脅迫してるみたいに言うじゃねーか」
「まぁ待てよ、せっかく山口が条件出してんだから聞いてみようぜ」
「……おかね?」
 脅迫じゃないとは言いつつ、状況は限りなく脅迫だった。凛太郎はなんとか切り抜けようと必死だったが、頭の中では「僕のせいで修ちゃんに迷惑かかっちゃう」という言葉だけがぐるぐると回って、具体的な案は何も見つからない。普通ドラマでこんな場面では条件としてお金で話がつく。凛太郎もそれに倣って言ってみたが、実際どの位の額が必要になるのか検討もつかなかった。
「ふっざけんな! 金でケリが付くような問題かよ!」
「ひっ?!」
 いきなり耳元で阿部に怒鳴りつけられ、小さな悲鳴を上げながら頭を抱えて座りこんでしまった。制服のスカートが少し捲れ、暗闇に白い太ももがちらりと見える。明るければ、正面にいたミシマからスカートの奥まで覗けそうだ。
(どうしよう、どうしたら、どうしたら……なんにも思いつかないよ)
 暗い部屋に連れ込まれ、体格では到底かなわない。そして怒鳴られた事で恐怖が身体を雁字搦めにし、思考も思うように出来なかった。凛太郎は自然と身体を丸め、三人から隠れようと無駄な努力をしていた。
「おい、いきなり怒鳴んなよ。見ろよ怯えちゃってんだろ、可哀想じゃねーか」
 ミシマが凛太郎の前にしゃがみ込み、凛太郎の頭に手を置いた。その行為に身体が「ビクっ」と反応し、凛太郎はぎゅっと目を瞑った。
「俺たちさぁ、めっちゃ寂しいのよ。だからさ、山口と仲良くなりたいわけ。解る?」
「……な、なかよくって、どうすれば……」
 凛太郎はゆっくり顔をあげ、ミシマを見た。黄色い短髪の頭、耳にピアス。理性も品性も無さそうな、生理的に嫌悪感を催す顔が直ぐ傍に来ていた。
「俺たち男だろ、超寂しくってちん○ん爆発寸前なのよ。だからさ、いつも諸積にさせてるみたいに山口の穴貸してくれればいいんだよ。そうすりゃしゃべらねーしばらまかねーよ。これがギブアンドテイクってヤツだよな」
 凛太郎には、その意味する所が理解出来なかった。三人の男に詰め寄られ、殆ど脅迫されている。恥ずかしい秘め事を見られていた事も、それを記録されていた事もショックだった。どうすればこの状態を回避できるのか、それだけを考えていた凛太郎には、その直接的な言葉さえも処理出来なくなっている。
「……え? あ、あなってなんですか?」
 震えながらおずおずと聞く凛太郎。白い肌は赤みを失い病的な青白さに変わっていた。
 会話が先に行かない事に腹を立てたのか、横からヨシノが割って入った。
「鈍いなぁ凛ちゃん天然かよ。おま○こさせろって言ってんだよ。わかんだろ、そのぐらい!」
「なっ?!」
 凛太郎はやっと理解した。この三人は自分を犯そうとしているのだと。女の子になってから、オナニーもしたし、修一にお願いされて仕方なくペッティングまでは許して来た。修一が好きだと解ってから時期が来たら修一と、そういう気持ちも芽生えていた。ただ他人には自分は元々男だから、そう言っていれば、セックスの対象とはなり得ないと思っていた。大体、元々の姿を知っていれば女の子としては見ないだろうとも考えていた。しかしそれは間違いだった。
 肉体が女であれば中身がなんであれ、なんでもいいからヤリタイ対象にする輩はいるのだ。ただ肉の穴に向かって挿し込み、自分の肉体の快楽だけを貪り、溜まったものを放出する道具として。そして今、凛太郎の目の前にはそんな野獣が阿部もミシマも含めて三人もいる。
「あ、ぅ、そ、そんなの、したことないですっ。他の事なら何でも……」
 凛太郎は体育座りの要領で足を身体に思い切り引き付け、ぎゅっと腕で抱いた。
(そんな、お、犯す気? まさかっ、やだよっ)
「したことあるかないかこれから解るからかんけーねーよ。山口にとってもいい話じゃないの。おま○こ出来んなら女だもんな。ちゃんとカップルだろ。他の事なんて俺達どうでもいいんだよ」
 うひゃひゃひゃとお互いの顔を見て下品に笑い合う三人。犯されると知った凛太郎は、膝を抱えた腕を床に付け、なんとか隙を見て逃れようと立ち上がろうとした。そうしようと思ったけれどそんな隙は生まれなかった。
「ぃつっ!」
 ミシマが素早く凛太郎の両腕を強引に掴み立たせると、部屋の中央に引きずりだす。凛太郎は必死に抵抗しようと腕を振るが全くほどけない。
「あ〜っ! やだっ放せぇぇ! はなせえええ!」
「山口ぃ、そんなに腕振ったら折れちまうぞ。あぶねーなー。ヨシノ、隣合図出せ」
 ミシマは全く意に介さない。そのかわり悠然とヨシノに命令を出していた。ヨシノは隣の部屋との境の壁を拳で叩いた。すると、ドラムやギターの音が聞こえ始める。ちょっとやそっと、この部屋で声を上げても聞こえないだろう、その位の音量だ。
 恐怖と若干の怒りで興奮した凛太郎は、ミシマがチラッとヨシノを見た隙に、足を大きく後ろに振りミシマの股間を狙う。が。
「あ!」
 右足が股間に当たる瞬間、阿部が凛太郎の右足を捉え、膕を持ち抱え上げてしまった。ミシマに両腕を掴まれ、阿部に右足を抱えられた凛太郎は、左足のつま先だけで立っている格好になってしまった。
「ちょーいい格好じゃね? 阿部、そっちからだとパンツ丸見えだろ」
「いやぁ、暗いし足が邪魔で見えないっすよ」
 間抜けな会話だったが、凛太郎にとっては残酷で羞恥に満ちていた。
「阿部っ! 足離せぇ!」
 凛太郎がいくら言ってみても、阿部はニヤニヤ冷徹な笑みを浮かべるだけで、相手にもしなかった。
「ヨシノ、後ろ回って腕掴んでろよ」
 そう言うとミシマは凛太郎に身体をぴったりつけ、腕を上へ上げさせた。ヨシノがミシマから凛太郎の両腕を受け取ると、ひじを曲げさせ左右の腕を頭の後ろで交差させ両手でがっちり掴んでしまった。
「ううぅ〜、はなせぇ〜! こんな事してもなんにもなんないだろぉ〜!」
 全く身動きが取れなくなってしまった凛太郎は、情けなさと、これから行われる事を予感して顔を真っ赤に紅潮させ涙目になりながら叫んでいた。
「山口なに言ってんだ。気持ちよくなれるだろ。大体愛しい諸積のホモ疑惑が無くなんだぞ。お前の条件だろ。解ってるか」
「きゃぁ!?」
 両手が自由になったミシマは、徐に右手で凛太郎の左胸を掴み、左手を大きく上げられた右足の間から股間へ差し入れた。
「お? なんだよ女の子っぽい声だして。山口ぃ、前に揉んだ時も思ったけどよ、なかなかいいおっぱいしてんな。そんなにでかくないけど柔らけー」
「さ、さわるな、そんな、とこさわんなあ!」
 凛太郎は、自分の発した女の子のような叫びと、身体を触られ評される羞恥に、咬み付かんばかりに憎悪を剥き出しにして睨み叫ぶ。男のように。
「なんだよ、そんなに睨むなって。諸積はこの身体好き勝ってしてんだろ。ん〜まん○もぷにぷにしてやがんな」
「あ、やっ、さわるなあ、きもちわるいっ、変態っ」
 自分の身体を自分で触れる時は力加減が解っていた。修一が胸を揉む時も、滑らかな肌を堪能するように触っていたから、その感触が気持ち良かった。しかしミシマの触り方は強引で力任せで、全く快感を生まない。揉まれる度におぞましさが増し、秘所をまさぐるその指の感触からは吐き気さえ催す程だった。
「ミシマさん、結構暴れるから重いんすけど。そろそろ下ろしません?」
 いくら女性化した凛太郎とは言っても、足の力は腕より数倍強い。陸に揚げられた鮭が跳ね回るように凛太郎の足が暴れまわる。それを持っていた阿部も流石に骨が折れる。
「ん? あぁ、そだな。転がしちまえ」
 阿部の泣きにミシマは承諾した。
「放せってば、きもちわるい、やだ、はやく! 阿部君っ、どうしてこんなことっ!?」
 凛太郎は次第にパニックになり始めていた。捌かれる前のうなぎのように、身体をばたばたと暴れさせる。大きく見開いた目からは、大粒の涙がぽろぽろ流れていた。なんで泣いているのか凛太郎にも解らなかった。
「……山口、お前俺の気持ち踏みにじったろうが。だからだよ」
 冷たく言い放つ阿部に、凛太郎は思わず声が出なかった。
「…………そんな……、そんなの逆恨みじゃないかっ。こんな事っ全然解決にならないんだよっ! 放せってば」
 そのままホコリの溜まった床に凛太郎の背中は完全に押し付けられ、ミシマが腰の上に馬乗りになった。両腕はずっと頭の後ろで押さえられ、右足だけ大きく広げられている。
「山口ぃ、約束したろ? 言う事聞いてりゃしゃべらねーし、ばらまかねーって。ちょっとまん○使わせてもらうだけだって。減りゃしねーよ」
 凛太郎はキッと下から睨み、反論しようとした。
「そっそんな約束してな、」
 急に大きな衝撃が左の頬に加わったと思うと、顔が右に飛んで行ってしまったような気がした。首をひねり、頭の中でぐきっと音がした。目の奥で星が散ったようなものが見えた。何が起こったのか?瞬時には把握できなかった。漸く殴られた事に気付いた時、目の前の男が言った。
「ぎゃーぎゃー騒ぐんじゃねーよ。おめーは大人しく股広げてればいいんだよっ」
 ミシマは凛太郎の顎を掴むとぐっと顔を近付けすごんで見せる。凛太郎の顔は恐怖で強張った。
「今度騒ぎやがったら、これでてめーの肌、ずたずたにすっからな」
 ヒップポケットから出されたバタフライナイフをちゃかちゃかならしながら、凛太郎の頬に当てた。熱を帯びた頬にはナイフの冷たさが際立って感じられる。
(嫌だ、傷がつくの嫌だ、怖い、怖い、やだ、こんなの、違う)
 ミシマから受けた暴力に、凛太郎の心は悲鳴を上げていた。そして、自分の肌がナイフによって切り刻まれるイメージが、頭の中で駆け巡り凛太郎から抵抗の意志を奪って行った。凛太郎は何度も小さく頷く事しか出来なかった。


(その2へ)


inserted by FC2 system