月曜日 勉強会?(その2) 「はぁ……」 凛太郎の後ろ姿が見えなくなると、修一は深い溜息をつきながら玄関に入っていった。修一の中では強い自己嫌悪が渦巻き、普段と違ってああすれば良かった、だの、こうしなければ良かった、だのくよくよ考えていた。 (とうとう、言っちまった。いや、遅かれ早かれそれは言うつもりだったんだから、いいんだ。そうじゃなくて、問題は……) じっと右手を見つめる。柔らかい感触が手にフィードバックされてくると、ついさっきした事が瞬く間に瞼の裏に展開された。映像だけでなく、五感全てで味わった凛太郎が思い出されてくる。 (……ああ、すげぇ良かったぁ。キスって気持いいんだな。……じゃなくて、リンタ泣かした事だっての。馬鹿か俺はっ) ばしッと頬を叩くと、気合いが入った気がする。色ぼけした頭が少しはっきりしてくると、修一はちょっとだけ反省した。凛太郎が好きと言う事は事実だったが、それを言うきっかけはサイテーだったかも知れない。少なくとも純粋では無かった。凛太郎が欲しい、という感情は、肉体的な欲望と直結し、あの瞬間、修一は凛太郎と「したい」と思っていたのだ。思春期に突入し、好きな相手がいたら性的な興味も手伝って誰だって「したく」なるだろう。 しかし、修一と凛太郎の場合、男女ではなかった。少なくともそれは最大のキーワードだった。修一の告白が一応受け入れられたと言っても、その「好き」は凛太郎の「好き」とは違うのかも知れない事に、やっと気づいていた。 (あれ? 待てよ、もし男って思ってるなら、やっぱキスはしないよな。キスしたってことは女って思い始めてるってことか? わかんないってのは、リンタが? 俺が?) 次第に混乱し始めぼーっとしたり赤くなったり、落ち込んだ表情を見せたかと思えば、物思いに耽った顔をする。そんな百面相を見せながら修一は部屋に戻っていった。 その様子をじっと笑が見つめ、急いで修一の部屋までやってきた。 「お兄ちゃん、ちょっといい?」 扉から顔だけだし、ベッドに寝そべっている修一に問う。 修一は凛太郎とどう接しようか考えようとしていた。自分が起こした事が原因で凛太郎が離れていく可能性も無くはないなと、そんな最悪の事も考えていたのだ。正直、笑に話したらなんと言われるかも想像がついてしまう。それに今来たのも恐らく何か感じて問いただしに来たことも雰囲気で解った。 「……なんだよ」 わざとぶっきらぼうに言ってみせる。機嫌が悪そうなら話さず戻るかも知れない。しかし笑はそんな修一の考えを見越したようにずかずかと修一の側まで歩み寄ってきた。 「ねぇ、今日さ、凛ちゃんとなんかあった?」 笑は帰宅後、修一の部屋に来た時、二人の間に流れる微妙な雰囲気に気づいていた。そして凛太郎が帰る時も、二人ともいやにあっさり別れたことも気になっていた。 (まったく、こいつなんだってこんなに感がいいんだよ) 「なんもないって。気のせいだろ」 凛太郎に告白しただけなら笑に話しても良かった。キスもまだ許容範囲だと思っている。しかし押し倒したとか胸を揉んだというのはまずいと思った。おまけに泣かせてしまったのだから、多少ばつも悪い話しだ。修一は笑にそんな事を話そうとは思っていない。 少し意地悪く、笑が言う。 「ふーん。……凛ちゃん、涙の跡あったよ」 その言葉に慌てて修一が取り繕おうとベッドから上体を起こし、笑を正面から見据えた。 「あっ、あれはなっ、そんなつもりじゃな……」 「やっぱりねぇ。何したの? もしかして……」 笑はベッドの横に座りながら、まじめな顔で聞いてきた。その表情に修一も観念したように話し始めた。胸を揉んだ事は話さなかったが。 「ちょっと、それってサイテーだよ。えっちしたいだけじゃん。告白したのだってショックだったと思うよ。それにキスって。ちゃんと謝ったの? これからどうすんの?」 心底あきれたと言う感じで笑が修一を見る。その視線に少しおたつきながら修一が答えた。 「あー、もう。解ってるよ。一々確認すんなよ。サイテーだったよ。ちゃんと謝った。リンタからまだちゃんと返事貰ってねーし、どうするかなんて考えてねぇって。たとえどんな返事でも俺がリンタ好きなの変わんないからな。リンタも最初好きって言ってくれてたんだし」 変な所できっぱり言い切っている修一に、笑が一言言った。 「もしいい返事だったら付き合うの?」 図書館に行った日曜日、笑が修一に聞きたかった事だった。もし凛太郎が女の子として修一と付き合うというのなら、凛太郎は元に戻らない決意をしたことになる。そうなったら、永久に男の凛太郎とは会えないし、これ以上笑と凛太郎が男女として近づく事は出来なくなってしまう。凛太郎に恋いしていたのかどうかさえ、確かめられなくなってしまう。笑にとってこれは重要な問題だった。 「普通告白していい返事貰ったら付き合うだろ?」 「やっぱ、そうなんだ……」 小さく笑が呟いた。修一は後を続ける。 「リンタが男だったから変か? 俺は男だったリンタも好きだったし、ホモって意味じゃねーぞ、今は女の子にしか見えない。あいつの存在が大きくなって気持が止められねーんだよ」 「男の子だったのは別にいいんだけど。好きだからって直ぐ行動に移してたら……」 「だからっ、それは反省してるって言ってんだろっ」 少し興奮気味に声を荒げて笑を睨んだ。人間痛いところを突かれると、その発言を耳に入れないようにする。手っ取り早い方法が怒鳴る事だ。修一もそうしていた。 (なによぉ、怒鳴ることないじゃない) ちょっとびっくりして笑が引く。もっと修一に言ってやりたかったが、これ以上言っても喧嘩になるだけだと思い止める事にした。しかし最後に言っておきたい事がある。 「お兄ちゃん、あたしの大事な凛ちゃん、もう泣かせないでよね」 あたしの、を強調して言ったが、修一に通じているかは怪しかった。 「? ああ、泣かせないって」 (あたしのって、お前のじゃないだろ。なんだそりゃ?) 笑の言った意味がよく解らない修一は、その言葉の意味を尋ねる事も無かった。 笑はちょっと修一の目を見つめ、そして部屋から出ていった。廊下で誰に言うでもなく呟いていた。 「……自分の気持ち、わかる前に終わっちゃったかな……」 少し寂しそうに、自室へ戻っていった。 * * * * * * * * * 「ちょっと拙いかしらねぇ。このままだとハッピーエンドになっちゃう」 何処からともなく、艶のある女の声がする。独り言のようだった。 「すこぉしだけ、掻き回しておこうかしら」 何か得体の知れない存在が、凛太郎と修一のやり取りの一部始終を見ていた。魔物だった。凛太郎の性別を転換させ、身体をおもちゃにし、心を嬲っている魔物だったが、いつも凛太郎の側にいるわけではなかった。凛太郎以外にも数人、マイナスの感情を頂いている人間を持っている。時々、巡回しながら夢を操作し、時には現実世界の対象者と近しい人物を操り、対象者を心理的に圧迫する。そうすると極上のマイナス感情が手に入る。 今日の場合、凛太郎の修一への想いが殊の外強く、以前施した鍵が役に立たず修一を受け入れようとしていた。そうなると凛太郎の心の葛藤が無くなってしまう。それでは魔物にとっての美味なるモノが手に入らない。それを回避する為に、今回奥の手を使う事にした。 影がすーっと、ある人物の部屋の中へと消えて行った。 「んふっ、この子も可愛いのよね」 既に寝静まっている時間、午前二時。修一も当然寝ていた。魔物は修一の額の上に手を乗せる。修一の熱い真っ直ぐな感情が手を伝わってくる。魔物はそのまま、修一の意識の中へと入り込んでいった。 「あらあら、随分葛藤してるわね。好きなのねぇ、あのコが」 修一の感情、それは凛太郎への想い、男と女として抱きしめたいという葛藤、凛太郎とのセックスへの憧れ、そういったものだった。凛太郎をそのままで好きでいるという紳士的な想いと、女の子として好きで抱きたいという野獣性は天秤に掛けられている。そしてそれは、今日告白したことで大きく揺れている。ほんのちょっと後押しをするだけで、野獣が勝つのは明白だった。理の時もほんの少し囁いただけで、自分の子どもを犯そうとしたのだから。若い男が身近な異性に対する欲情を抑えきれるわけがない。魔物は修一の意識から抜け出し身体と対峙すると、ニンマリと意地悪そうな笑みを浮かべ耳元で囁く。 「あのコが欲しいの?」 ビクッと修一の身体が反応する。 「あたしの言うことをよく聞きなさい。あのコはね、本当は凄く君が欲しかったの。キスされて身体が疼いてどうしようもなくなっちゃったの。だから恥ずかしくって思わず拒否しちゃったのよ。でもね、もっと強引にして欲しいって思ってるのよ」 魔物は修一の身体から掛け布団を取ってしまう。パジャマ越しにも引き締まった身体つきが解る。少し見惚れたように魔物は「ほぅ」と溜息をついた。そして手を修一の胸に置き撫でて行く。 「ん……」 修一の口から声が漏れたが、魔物は一切気にせず先を続けた。 「あのコの事守りたいでしょう? 一緒にいたいでしょう? 男の子の君が強引に手を引かないとダメよ。あのコはダメって言っても待ってるの。君が奪ってくれるのを。いつもいつも修ちゃんにキスして欲しい、おっぱい触って欲しいって思ってるの。君があのコでオナニーするように、あのコも君のコレを挿れられてる所を想像してオナニーしてるのよ」 「あぅっ」 胸に置いた手をずらしていき、修一の股間に手を伸ばした。キュッとペニスをつかんでしまう。 「ふふっ。ほらこんなに熱くなって。あのコの事考えるといつもココが固くなっちゃうでしょう? いいのよ、それで。あのコはかったあいお○んちんで犯されるの待ってるんだから」 パジャマの上から握ったソレを上下に扱いていく。次第に海綿体に血流が入りむくむくと屹立してきた。魔物はそれを見て満足そうに目尻を下げている。 「あのコの事もっと知りたいでしょう。君には特別に教えてあげる。あのコって、毎日君の夢を見てるの。君に犯される夢。すごいのよぉ、君の事考えるだけでピンクのま○こ濡れ濡れにしちゃうの。そこにこの大きなおち○ちんの事想像して指でかきまぜちゃうのよ。中で出してなんて叫んで。昨日なんか君のコレをお口でイカせちゃう夢見てたのよ。あの、君とキスしたあの可愛いお口でね」 しゅっしゅっと扱いていると、先端の部分から汁が染み出してきている。魔物は右手で扱きながら左手をパンツの中に滑り込ませた。先走り汁で濡れた亀頭を指で丹念に嬲っていく。するとびくびくと肉の槍が跳ねた。 「ああぅぅ、リンタぁ……」 夢の中で、修一は凛太郎の口技を味わっていた。昼間キスした柔らかい唇。赤く小さな唇が修一のペニスを頬張っている。唾液で満たされた口内は熱く、舌の動きが官能的だった。 「気持いいの? 夢じゃなくて現実にあのコとしたらもっと気持いいのよ。あのコは内気でしょう? 自分からキスしてとかおっぱい揉んでなんて言えないの。ましてエッチしてなんて。だから、ね? 君が積極的にならないとダメなのよ」 魔物の右手は既に睾丸をやわやわと触っていた。左手は修一自身が分泌する粘液で覆われ、ペニスを扱くのに丁度よくなっている。始め、亀頭だけを触っていた手は、やがてその力を借りてペニス全体を扱き始めていた。手がカリに引っかかる度にくちゅっと音がする。 「あっ、あっ、リンタっ、ああ!」 手で凛太郎に扱かれながら、先だけを口に含んでぺろぺろと舐められる感覚。そして唇だけで亀頭を扱かれている。そんな夢が修一の目の前で展開していた。堪らない官能が修一を包んでいく。 「ねぇ、君はどんどんあのコにキスしていいの。あのコもキスしたいから。もっと積極的に身体に触れていいの。あのコも触って欲しいがってるから。あのコの身体好きにしていいの。あの身体を使って君のおちん○ん扱いて気持ちよくなっていいの。あの可愛い身体を君のものにしていいの。それが、あのコが本当に願ってる事だから」 「うああっ、リンタをっ俺のっリンタがっ! ああッ、リンタぁ、気持いいよっ!」 魔物は修一を扱いていた手を止め、パジャマと一緒にパンツまで一気に下げてしまう。そして赤黒く腫れ上がったペニスを掴むと徐に魔物が口に頬張っていた。 修一の中で、現実の快感と夢の快感がシンクロし、頭の中がスパークする。魔物が鈴口をちろちろと舌先で舐めれば、夢の中でも凛太郎が同じようにする。裏筋の部分をベロリと舐め上げると、凛太郎も小さな口を思い切り開け舌を出して舐め上げる。魔物が与えるテクニックと凛太郎のビジョンが混ざり合い、修一はあっと言う間に性感を高ぶらせていた。 「リンタッ、りんたっ。ああ、もう、ダメだっ! そのままっああっ!」 もう少しで身体の中で蓄えられたマグマが吹き出すという時、魔物は口を離した。口の周りに付いた自分の唾液と修一の粘液をぺろりと舐め取りながら、修一のパンツとパジャマを元に戻す。そして耳元で囁いた。 「君の現実の中でイッてしまいなさい。あのコのお口に出してあげなさい。そして明日からあのコを可愛がってあげなさい」 「あっリンタあっ、イクッ!」 夢の中で修一は凛太郎の頭を掴み、喉の奥まで怒張を突き込む。苦しそうではなく、嬉しそうな表情を見せる凛太郎の中に、そのまま熱い迸りを弾た。びゅくびゅくと白い粘液が凛太郎の喉に注がれる。が、現実では誰も触れてもいないのに、修一のペニスは大きく跳ねながら盛大にパンツの中へ精液を吐き出していた。 はあはあと、大きく息をする修一を魔物は満足そうに眺めると、最後にもう一度修一に語りかけた。 「いい? 積極的に奪いなさい。あのコが好きならそうしてあげなさい。喜ぶわよ、君の彼女」 くすっと笑って、魔物は闇に溶けるように消えていった。パンツとパジャマを自分の精液で汚した修一を残して。 * * * * * * * * * その日の夕食はろくに喉を通らなかった。少し元気のない凛太郎を気にして、千鶴が頻りに声をかけてきたが凛太郎は曖昧にしか答えられなかった。家に帰ってからずっと修一の事が頭から離れなかった。 「……修ちゃん、すごく、好き……だけど……」 ベッドに入ってからもずっと修一の事を考えてしまう。触れ合った唇の事。口の中に残る修一の舌。胸に触れられた手。そして身体に起こった淫靡な感覚。夢のようだったけれど、現実だった。 いつの間にか凛太郎自身が、修一を大事な異性として好きになってしまっていた。そして女の子として修一を好きになっていた自分を、何とか肯定しようと思っていた。そうすれば修一を好きだと言える。もう殆ど女の子として生きてもいいとさえ感じていた。それもこれも、凛太郎は修一が凛太郎自身を女の子として見、好きでいてくれていると感じていたからだった。 果たして修一は確かに好きだと言ってくれた。男の凛太郎の時も女の子になった今も。自分の気持ちも修一が好きなのだから、何を躊躇する必要があったのだろう。どうして拒否してしまったのだろう。凛太郎は自分でも不思議に思ってしまう。そしてその理由を考えてみた。 凛太郎はあの時修一が怖かったのだ。なぜなら修一の取った行動は身体だけを、女の子としての機能だけを求めているように思えてしまった。そう、理がしようとしたように。 (修ちゃん、僕の事好きって言うけど、女の子の身体だけ欲しいのかな? 身近にいたから僕だったのかな……) 身につけていた「ワンコの修一くん」を弄りながら、ついそんな事を考えてしまう。しかし次の瞬間にはそれを否定していた。凛太郎自身が信用し信頼を置いている修一に失礼だと思ったから。少しばかりの行き違いはあったにせよ、修一は凛太郎を守り、側にいてくれている。そんな修一だから好きになっていたのだ。 (……僕ってなんて馬鹿なんだろ。ごめん、修ちゃん。いつもいつも一緒にいてくれたのに……。修ちゃんがいたから今までがんばってこれたのに……。なんで疑っちゃったんだろう。好きって言われてあんなに胸がドキドキしたのに。き、キスしてあんなに気持よかったのに) 自分の心の中の想いが、修一の存在が日毎に大きくなっているのを実感していた。前までは気になる程度だったのに、今は側にいると安心するし、胸が高鳴る。その内にいつも一緒にいないと気が済まなくなるんじゃないかと思ってしまう。 (もう、僕って修ちゃんばかになってるのかな……。修ちゃんの事しか考えられなくなって。……ちゃんと僕の気持ちも伝えなきゃ。ちゃんと好きって言わないと) 好きな気持を伝えること、凛太郎は明日言おうと決めていた。多少、心の中でちくちくと刺さっている男の部分があったけれど、大きく膨らんでしまった想いは留めて置くことが出来なくなってしまっている。 (でも、えっちは……まだ出来ない、かな。やっぱりなんか怖いし……) 正直言えば、魔物から受けたイタズラによってセックス自体に興味はあった。しかし自分の体の中に本物のアレが入り込んでくるというのは、やはり抵抗がある。肉体的な気持ちよさは恐らく魔物が体験させたのと同じなのだろうとは思っている。事実、修一としたキスも、ペッティングも気持ちよかったのだ。それでも興味と夢と実体験は全く違う。そんなに簡単なものではないと思っている。 それに、修一ともしそういう関係になるなら、時も場所も選びたかった。なし崩し的に流れに乗ったまましてしまう、そういうのは嫌だった。大好きな修一だからこそ、もっと大切なものとして置きたいと思っていた。そう、思い出に残るような。 (明日、ちゃんと好きって返事して。その時、えっちは……まだ早いからって言えば、解ってくれるよね?) 凛太郎は決意を胸に、少しすっきりした表情を見せながら銀の犬を握り、瞼の裏に修一を思い描いていた。 * * * * * * * * * 翌朝、修一はかなり焦っていた。淫らな夢を見るのは最近では結構あった。勿論相手は凛太郎で。昨日は実際に凛太郎を相手にBまでいってたのだから当然と言えば当然だった。しかし夢精してしまうのは初めてだった。起きて直ぐパンツの感触がおかしかったので、急いで中を覗いて見るとカピカピになっていた。 (なんだあ!? よっぽど溜まってんのか?) これまで無かったことが起きたことに、修一は少なからずショックだった。自分の中でこれほどまで凛太郎を求めていたのかと。キスして押し倒して胸に触れて。そうした行為が自分の欲望のタガを外してしまったと思っていた。実際には魔物が引き起こした事だったけれど、それは修一には解らない。 取りあえず、パンツを新しいものに替え、両親と特に笑に見つからないように汚れを洗いに行った。特に笑に見つかったら昨日の今日で、何を言われるか解ったものじゃない。自分の家なのにきょろきょろ、そろそろと行動してると少し情けない気持ちになった。 浴室で洗っている音が聞こえないように静かに洗ううちに、昨日の夢を思い出していた。 (あ〜、なんかすげーリアルだったな。リンタの口で、か……。あり得ないって、そんなの。あ、やべぇ) むくむくと頭をもたげてしまう持ち物に、修一は少し苦笑いを浮かべた。 (我ながら元気いいよな。リンタとしてみてぇなぁ。返事OKだったらお願いしてみっかな) 覚えていようといまいと、少しづつ、修一は彼の意志に反して凛太郎から負の感情を引き出す魔物の道具となりつつあった。 * * * * * * * * * 凛太郎のいつもの朝、とは幾分違った朝だった。いつも変わってしまった身体を確かめてから朝食となるけれど、今日は身体と肌を確かめる事はしなかった。変わりに修一にどう切り出すか、それを考えて落ち着かないまま千鶴との朝食を採った。 昨日帰ってきてからの凛太郎の様子から、何かあったのかと心配していた千鶴だったが、朝の凛太郎の様子から一安心していた。けれどなぜそれ程までに変わったのか、不思議ではあった。 「凛ちゃん、昨日何か良いことあったの?」 当然の問いを凛太郎に言う。 「え? 別に、何も無かったし。……僕、なんか変かな?」 少し顔を赤らめながら、凛太郎は千鶴の言うことを否定した。しかしはにかみながら言うその態度は、如何にも何か良いことがあったという感じだった。 凛太郎にしても、別に隠す事は無いのかも知れないとも思っていた。しかしちょっと前まで男に戻りたいと言っていた手前、それを言うのは気が引けてしまった。もう少しだけ時間を置いて、凛太郎はそう思っていた。 千鶴も多くを問わなかったが、一言だけ言いたかった。 「ん、ちょっと雰囲気がね。凛太郎、良いことも悪いこともお母さんにちゃんと言ってね。お母さんは凛太郎が幸せになるならどんな事でもしたいから。ね」 千鶴の優しい微笑みに、少しだけ隠し事をしていると自責の念に駆られてしまう。 「……うん。言うときにはちゃんと言うから。お母さん、ありがとう」 「いいえ。凛ちゃんの事なんだから、当たり前でしょ。さて、お母さん先に行くから。いつも通り戸締まりしっかりね。行ってきます。凛ちゃんも気を付けてね」 「はぁい。行ってらっしゃい。僕も行ってきます」 母を玄関まで見送り、いつものように戸締まりを確認した。修一が迎えに来るまで、玄関先で待つことにした。 (修ちゃん来たら、すぐに言った方がいいのかな。どうしよう。すごく緊張してきちゃったよ……) かばんを自転車の籠に入れ、今日しようとする事を考えてみる。緊張感が高まり、身体の中心がぎゅうぎゅうと締め付けられるようだった。一応、ストーリーを考えてみる。 (えっと、修ちゃんにおはようって言って、昨日の事だけどって言うかな。修ちゃん、きっと返事はどうかって聞いてくるだろうし。あ、それより今じゃない方がいいかな。帰りに時間取って、それで言う方が……。でもっそれまでずっと気まずいとやだし。あーもうっ、なんだかなぁ。さっさと言っちゃう方が気が楽になるってば) 好きだと言う事は決めて見たものの、いつ言うかで考えが纏まらない。すぐ側に人影が現れた事にも気づかず、凛太郎はうだうだと考えを巡らせていた。 「おはよう、リンタ」 「ひぇっ?」 突然、声を掛けられ、凛太郎はぎょっとして変な声を出していた。もうそばに凛太郎を覗き込む修一の顔があった。 「あ、お、おはよ……。あ、のさ……」 急に声を掛けられ、どぎまぎしながら修一から視線を外す。なんだかいつもより男を感じて、凛太郎は頬も身体も熱くなる気がしていた。 「ちっと遅れちゃったな。早いとこ行こうぜ。遅刻しちまう」 「え? ……うん……」 いつもと変わらない調子で言う修一に、ちょっと拍子抜けしてしまう。修一が返事を聞きたがると期待していた凛太郎は少しがっかりしてしまった。自分からの返事は聞きたくないのだろうかと。 (……修ちゃん、僕の返事って気にならないのかな。好きって言ったの夢、ってことはないよね?) 自転車で少し先を行く修一に、昨日の事を問いたい気もする。しかし全くそういう雰囲気になってこないのに、話しをするのもどうかと思い、結局昨日の事には触れないまま、教室まで来てしまった。 「じゃ、また昼にな」 至極あっさりとした修一の態度。朝感じていたときめきとは違い、凛太郎の心には不安がいっぱいになっていた。何かきっかけを掴まないと自分の気持が伝えられない。 「あの、修ちゃん、後でさ、話しが……」 既に教室へ向かおうとしていた修一の後ろから声を掛ける。くるっと振り向く修一の目は少し鈍く光っていた。 「なんの?」 期待に満ちた目がかえってくると思っていた凛太郎は、言葉に詰まってしまう。 「なんのって……、昨日の、返事……」 「ああ、それなら放課後にな。じゃな」 少し悲しげな表情を見せる凛太郎を残して、修一は教室へ消えていった。黒い霧のようなものが凛太郎の心を包んでゆく。凛太郎は自分が昨日修一を拒否してしまった事で怒っているのかと心配になってしまった。 (なんで? 昨日、修ちゃん、怖かったし……。でも、僕も好きだって言おうと思ってるのに……。もう嫌いになっちゃったのかな……) 起きたときはあんなに昂揚していた気分が、今は最悪に近いくらい沈んでしまっていた。 結局、午前中も、昼も、午後の授業も、凛太郎は全く集中出来なかった。修一の気持ちに直ぐさま答えなかったから、嫌われてしまったのかと思うと、目に見える景色まで暗くなった気がしていた。 「山口、ちょっといいか?」 教室を出ようとしていたその時、凛太郎に話しかける生徒がいた。阿部だった。教室に残っていた生徒達は、以前の一件を思いだし、遠巻きに二人の様子に注目していた。 「……なに? こないだみたいな話しなら聞かないよ」 本当は早く修一に会って話しをしなければならないのに。しかしみんなが注視している中、余り事を荒げたくない凛太郎は取りあえず声の主を振り向きながら言った。 「最近、悪かったよ。無視しちゃってたしさ。俺もよく考えたんだ。男らしくなかったよ。山口の事すっぱり諦めたからさ、友達として許してくれないかな。これでも反省してるしさ。山口と話しも出来ないの辛いんだ」 無くてもいい位高いプライドを傷つけた事で逆恨みし無視していた阿部が、こうもあっさり謝ってくるとは凛太郎には意外だった。 「別に気にしてないから。クラスメイトとしてなら話しもするし。もういい? 僕ちょっと用事あるから」 お愛想程度の笑みを浮かべながら、調子のいい阿部に言う。 「ああ。呼び止めて悪かった。じゃあな。山口、また明日」 凛太郎は横目で阿部を見ながら、修一を呼びに教室を出ていった。残ったクラスメイト達は、二人の成り行きにほんの少し期待はずれだったらしく、凛太郎の背後で溜息が漏れていた。後に残った阿部は、凛太郎の後ろ姿を見ながら一人いやらしい顔で笑っていた。 (その3へ) |