木曜日 決定的な、きっかけ(その2)


 道場には既に修一を除いた一年生部員が並んでいた。女子部員は道場の一角で素振りと切り返しをしている。竹刀のあたる乾いた音が響いていた。その中にあって、ミシマは両足を投げ出して上体を後ろに反らし、両腕で支え横柄な態度で待っている。脇田他レギュラーの面々と修一が入ってくると、ミシマは修一にだけ視線を投げかけていた。
 凛太郎はと言えば、道場の入り口で選考会を見に来た生徒と一緒に立ったまま見ることにした。中には道場の床に座っている生徒もいたが、それはしなかった。
 脇田が正面に一人で座る。竹刀を右に、正面に籠手を置きその上に面を置いた。
「ミシマっ。正座しろ、正座」
 男子部が勢揃いし、正座している中で尚も修一にガンを飛ばし、足を崩したままのミシマに、脇田が一喝した。
「あー、あー、はいはいと」
 いい加減な返事をしながら、ミシマが正座し直す。脇田はそれを見届けると大きな声で、しかし怒鳴る事無く言った。
「今日は大会へ向けて選手の選考会を先にする。それが終わったら切り返し、かかり稽古、乱取りをする。選考って言っても今回次鋒から大将までは変わりないが、先鋒だけ三本勝負で決める。三年ミシマ。一年諸積。勝った方が先鋒だ。主審は俺がする。副審は田中と伊藤がやる。これまで一年は春の大会に出さなかったが、これからは実力主義だ。稽古した分、大会に出る可能性が高くなるから。そのつもりで一年は見ているように。二人とも、用意しろ」
 一年生部員の間で少し話し声が上がったが、修一が左手に移動すると直ぐに収まった。ミシマはてれてれと竹刀を引きずりながら右手に移動していく。どこまでもいい加減な感じだ。
 凛太郎が修一の表情を見ると、少し緊張しているのか、堅い表情をしている。一方のミシマは余裕綽々という印象だ。入り口の凛太郎を見つけると、ニヤニヤ笑いながら両手で胸を揉むようなジェスチャーを見せる。思わず凛太郎は腕組みをするように胸を隠した。
(修ちゃん、がんばれっ。あんなのやっつけちゃえっ)
 大声で応援したい気もするが、あまり目立つ事もしたくない。それでなくても道場前の件で背中に視線を感じている。我慢して心の中だけで応援する事にした。
 修一が手ぬぐいを頭に巻き、面を着けるともう表情は解らない。少し藍染めが落ちた籠手を着けそのまま静かに待っている。ミシマも真面目な表情に変わり、支度を終えた。脇田が二人を促すと、それぞれが右手で竹刀を持ち立ち上がる。その竹刀を左手に持ち替え腰の位置まで上げると修一が真面目に礼をする。ミシマは横を見ながら少しだけ頭を動かした。そのまま三歩進み竹刀を右手で抜き蹲踞の姿勢で開始を待つ。道場に緊張が走り、一気に静まり返る。野球部やテニス部、バスケットボール部などのかけ声やボールを扱う音だけが聞こえてきた。
「始めぇっ!」
 脇田の声がかかり、二人とも立ち上がる。
「キェエエエッ!」
「イィヤアアアッ!」
 静寂から一転して二人の気合が道場に響き渡る。修一は中段、ミシマは中段だが少し半身に構える。どっしりと構える修一に対し、ちょろちょろ動きながら竹刀をピクピクと動かし軽く修一の竹刀に当ててくるミシマ。対照的だった。
 先に動いたのは意外にも修一だった。軽くミシマの竹刀を叩いてから大きく飛び込み面を狙う。
「メンンンッ!」
 寸での所でバシャッっとミシマの竹刀が修一の竹刀を受け止める。凛太郎からは修一の竹刀がグニャリと曲がった気がした。それ程強く叩き込んでいた。
 打突そのままの勢いで修一がミシマに突っ込んでいくと、鍔迫り合いとなった。面越しにミシマが修一に囁く。
「お前の女っていい乳してたぞ。また揉みてーな」
 ギリッと修一が奥歯を噛み締め、強引にミシマを倒そうと柄で押し込んだ。その時、ミシマが後ろへ飛んだ。
「ドオオォッ!」
 下がりながら胴を薙ぐ、フリをして胴と腋の下の間を思い切り叩いていく。
「!」
 修一は苦痛に顔を少し歪ませ、そのまま間合いを取ろうと少し下がる。その隙を突きミシマが攻撃に転じた。
「コテェエエイッ!」
 またしても籠手を狙うフリをして肘を叩く。道着の上からは解らないがあっという間に青く内出血のあざが出来た。
 凛太郎にもミシマの意図が解った。あくまでも痛めつけて、動けなくしてから勝つ気だ。
(修ちゃん! あんなの剣道じゃないよっ。脇田さんもなんで何にも言わないんだよ?)
 脇田の顔を見ると苦い顔をしているが、反則を取る事はなかった。ワザと、とは言い切れない。この位の事はどうしても起こってしまうのは脇田も知っている。
 修一は必死に心を落ち着かせようとしていた。しかしミシマに囁かれた内容は彼にとって容認し難い事だ。目の前のこいつを叩きのめしてやりたいという衝動が、修一の冷静な剣道を狂わせていた。
(くそっ、竹刀叩き落としてやるっ)
 それまで真正面からミシマを見ていた視線をずらし、ちらっとミシマの竹刀を見てしまう。そして軽く自分の竹刀を振り上げたとき、ミシマが動いた。
「ツキィッ」
 修一の竹刀が空を切る。と同時にミシマの切っ先が修一の喉元を襲う。一瞬、首を左にかしげ直撃を免れるが、右の首筋が焼けるように熱くなった。
 ミシマはそのまま鍔迫り合いに持ち込んでくる。そしてまた囁いてきた。
「あいつさっき揉んでやったら、お前より良いってよ」
 面越しに修一が睨みつけるが、ミシマは動じない。今度はミシマが柄を使って強引に押してくる。右側にバランスを崩した修一が、体勢を整えようと右足で踏ん張ろうとしたとき、鋭い痛みが走った。
「ぐあっ!」
 ミシマが踵を使い、修一の足を思い切り踏みつける。修一のうめき声は凛太郎の耳にも届いた。
「! 修ちゃん?!」
 凛太郎は思わず、チョーカーの「ワンコの修一くん」を握り締め、小声で叫んでいた。
 修一はそのまま引き倒され、右足の甲を押さえながら道場に転がっていた。それをミシマが悠然と見下ろしている。
「止めっ!」
 脇田が割って入り、修一の具合を見ようと寄ってくる。
「諸積、大丈夫か? ミシマ、ワザとじゃないだろうな?」
「脇田ぁ、どこに目ぇつけてんだよ。こいつが下手なだけだろうが。偶然だよグウゼン」
 苦々しくミシマから視線を外すと、修一に再度尋ねる。
「やれるか?」
 修一はすばやく立ち上がり天井を見ながら大きく深呼吸した。
(何やってんだ? 相手に合せてどうすんだ。冷静に、慎重に、だっての)
 右足の調子を見るように「ダンダン」と床を踏み鳴らすと、脇田に向かって言った。
「大丈夫っす。いけます。ちょろいっすよ」
 脇田はそれを聞くと軽く頷き、双方を開始線に戻す。修一から離れる際、小声で「冷静になれ」と一言だけ言った。
「始めぇっ!」
 試合再開の合図と共に、ミシマが好機と見て突っかかってくる。
「メンッッ!」
 いきなり飛び込み面を放つ。試合開始直後とは反対に、修一がそれを竹刀で受ける。そして切り替えして胴を薙ぐ。
「ドオオオゥ!」
 修一の竹刀がミシマの胴を捕らえたが、ミシマがすばやく後方へ飛んだため打突が浅かった。審判は全員無効と判断している。
 凛太郎は一瞬胴が決まったと思ったが、審判の仕草を見て落胆していた。そして以前見た修一の動きより鈍い事が気になっていた。
(……修ちゃん、もしかして怪我ひどいのかな?)
 修一の表情は窺い知る事は出来なかったが、踏み込みが弱い気がした。尚も打ち合う二人を見ている内に、凛太郎は胃の辺りがじりじりと痛くなってきた。
 修一が胴を放ってから、二人とも間合いを取り右に左にとゆっくりと移動している。互いに相手の隙を伺っている。
 ミシマが大きく息を吐いた。そしてちらっと切っ先を見る。その視線を面の奥から見ていた修一は逃さなかった。
 ミシマが自分に視線を戻す直前、修一は大きく左肩に竹刀を担ぎ、思い切りミシマに向かって踏み込んでいく。籠手を打つ動作に移ろうとしていたミシマは一瞬対処が遅れた。
「メエエエエェンンンっ!」
 裂帛の気合とともに思い切り竹刀を打ち下ろしていく。まるで真剣で頭を切り落とさんばかりに。その竹刀がミシマの右面に吸い込まれ「バシッ!」っと見事な音が響いた。
 脇田他副審二名も赤旗をあげた。瞬間道場に歓声が上がる。
 凛太郎も嬌声を上げていた。
「やったーっ。修ちゃん、その調子! がんばれっ!」
「面ありっ!」
 道場内の興奮が移ったのか、上体を乗り出して応援する。その声が修一に届いたのかチラッと凛太郎の方に顔を向けていた。
 修一は息を整えながら開始線まで戻る。しかしミシマは脳震盪でも起こしたのか、少しふら付きながら場外でうろうろしていた。
「ミシマっ、さっさと戻れ」
「ちっくしょうっ! くそったれがあっ!」
 自らを覚醒させるように、ミシマが態度悪く、竹刀を振り上げ床を思い切り叩く。その音に再び道場がしんと静まってしまった。
 ふぅふぅと肩で息をしながら、ミシマが開始線まで戻ってくると、修一はすぐさま臨戦態勢に入った。
(……足イテェ。早めにケリつけねーと動けなくなっちまう)
 ゆっくり切っ先を相手の喉の位置まで持ってくる。ミシマは面越しに凄い形相で睨んでいる。
「二本目、始め!」
「イイェアアアアつ!」
 号令がかかるや否や、ミシマが気合と共に突きを放つ。それに呼応して修一が竹刀で右側にはじく。しかしその切っ先は胸元や喉ではなく腕の付け根を狙っていた。
 突かれた瞬間、凛太郎には竹刀が膨らみ弾けたように見えた。
「ひっ?!」
 修一の上体が大きく後ろに仰け反る。ミシマは一切構わずそのまま身体をぶちかまし、全体重を修一に預けてきた。それでも修一は竹刀を離さず持ちこたえる。
「てめぇ、喉抉ってやっからな!」
 唾を飛ばしながら、真っ赤な顔でミシマが凄んでくる。修一はミシマをいなそうとするが、身体を密着され場外に押し出されてしまった。
「待てっ!」
 脇田の号令に修一が力を抜いた瞬間、ミシマが離れざま面を狙う要領で、修一の左耳の辺りを思い切り打ちぬいていった。「べしっ」っと鈍い音が響く。
「ってぇ〜……」
 修一は一瞬の出来事で最初何があったか解らなかった。直後から耳が「キーン」と鳴っている。熱いような痛いような感覚に、修一が下を向きながら左耳を押さえた。その様子に脇田がミシマを一喝した。
「ミシマっ。次やったら無条件で負けにするからなっ! 開始線まで戻ってろ!」
「雑魚がいい気になるからだっ!」
 竹刀を振り回しながらミシマが開始線まで戻る。
 凛太郎は修一が耳を打たれた瞬間、自分が打たれたように耳を押さえていた。何も言う言葉が見つからない。ただ早く修一の勝ちで終わって欲しい。これ以上剣道とかけ離れた勝負は見たくなかった。時計を見ると五分間の試合時間は、終了まであと一分もない。
(もう少し。修ちゃん、あと少しがんばれっ)
 祈るように、「ワンコの修一くん」を更に強く握る。その手が少し白くなっていたが、凛太郎は気付かなかった。
 道場内はざわざわと騒がしくなった。見物に来ていた生徒達があちこちで「あれは卑怯すぎ」とか「ひでぇ……」とか口々に言い始めていた。流石に剣道部員達も呆れたようにミシマを見ている。
「うるせーぞってめーらっ! 外野は引っ込んでろっ!」
 その声が鬱陶しかったのか、ミシマが怒鳴り声をあげた。しかしほんの少し声が小さくなっただけで抗議の声は止まなかった。
「いいか、気ぃ抜くな。攻めろ」
 脇田が修一を軽く抱えながら再度アドバイスする。修一はそれに小さく頷き答えた。ふと入り口の凛太郎を見ると、心配そうな顔をしている。大きく目を見開き、唇がわなわなと震えているように見えた。
(そんなに心配すんなって。俺は絶対勝つぞ。リンタの為にも)
 凛太郎の姿を認めると、修一は自分の神経が不思議な位落ち着いて行くのを感じていた。
 修一が開始線まで行くとミシマが話かける。
「女の前で無様だよ、てめーはよ」
 カッとした脇田が何事か言おうとするのを、修一が制した。
「その無様な奴に負けるのは、何ていうんですかね」
 右腕の付け根を突かれ、この試合ではもう腕が上がりそうも無い。竹刀を支えるだけで震えが走る。修一はミシマを敢えて挑発して大振りになるのを期待した。
 その意図通りとなったのか、ミシマは口を噤み両手でギュッと竹刀を握りしめている。
 脇田が時計を横目で見ながら大きく息を吸い込んだ。
「始めぇっ!」
 一本取られ、時間も少なくなっているミシマが猛然と攻撃に出る。
「コテェエエィっ!」「メンッンンン!」「ドウゥゥゥウッ!」
 連続攻撃を仕掛けるが、焦りと怒りで力が入っているのか竹刀の振りが鈍い。その遅い攻撃に修一は辛うじてついて行き、防御していた。普段なら難なくかわせる筈だが、腕も足も満足に動かない今、竹刀で受けるのがやっとだった。
 凛太郎はその様子に気が気ではなかった。相手の攻撃を華麗にかわしつつ、攻撃を仕掛ける。それが修一の剣道だ。今日ほど心臓に悪い試合は見たことがない。
「修ちゃん、あと三十秒っ!」
 手に汗握る展開に、声を出さずに応援しようと決めていたが、凛太郎はその綺麗な澄んだ声で、叫んでいた。
 面の中で、修一は自分の呼吸だけを聞いていた。遠くで凛太郎が声を掛けたように思った。そう思った途端、相手の目がちらちらと動くのがはっきり見える。相手の身体の動き全体を肌で感じられる気がする。妙にミシマの動きが緩慢に思えた。あれ程痛かった腕も脚も、徐々に軽くなっているように思える。
 残り時間もあと十秒程となった所で、再びミシマが切っ先を見た。籠手が来る、と思った瞬間には修一の身体が動いていた。
 試合を見ている者達には修一がノソっと動いたように見えた。しかし実際には無駄な動きを極力排し、身体を前に持っていく。ミシマの籠手を狙う竹刀の切っ先が、修一の籠手を外し彼の上腕に届く頃には、修一の竹刀はミシマの喉元へと突き込まれていた。
「コテェエッぐっえぇっ!?」
「ツキイイイィィィッ!」
 ドンと言う音と共に「無様な」ミシマの声が場内に詰め掛けた全員に聞こえた。そのままミシマはもんどりうって場外へ飛ばされてしまう。
 誰の目にも勝敗は明らかだった。主審も副審も修一側に旗を揚げる。
「一本! それまでっ!」
 脇田が高らかに宣言すると、道場内がどーっと湧き返った。
 修一はその間に、足を引きずりながら開始線まで戻り、ミシマが立ち上がるのを待っている。
「諸積っ、すげー!」
「一年が勝っちゃったよ!」
「あのミシマが……」
「因果応報って奴じゃねーか?」
 口々に思い思いの事を言い合っている剣道部員と一般生徒達。しかしそれも長くは続かなかった。ミシマが起き上がり、げほげほと咳き込みながら竹刀を床に叩きつけた。
「……ふっざけんなっ! 無効だろうがこんな試合っ! 脇田あっ、てめーもちょろちょろアドバイスしてんじゃねーよっ!」
 礼もしないうちから面も外し、床に投げつけながら声を荒げ抗議する。その顔は汗だくで真っ赤になりながら、目は座っていた。
 脇田はそんなミシマをじっと見つめながら、冷静に言ってのけた。
「ちょっとアドバイスされた位で負けるんなら、大会でも負ける。大体稽古もしない、礼も出来ない奴が選抜されてるのが間違いなんだよ。お前位の奴なら稽古に毎日来てればこんな事になる訳がないんだ。もっと真面目に稽古に取組め。話はそれからだろうが」
 ミシマが歯軋りする音が聞こえる。心底悔しそうに脇田を見るが、対する脇田の目には慈悲も憐憫もない。ただモノを見るような目だった。
 ミシマの怒りの矛先は、修一に向けられた。籠手を投げながらつかつかと開始線まで来ると、修一の竹刀を握り睨みつけながら言った。
「調子に乗んじゃねーぞ。この落とし前は必ずつけっからな」
 竹刀から離した手で修一を突き飛ばすと、凛太郎のいる道場入り口へ与太りながら近づいてくる。入り口で見ていた一般生徒達は、その不遜な態度に慄き道を開けた。勿論凛太郎も人影に隠れるようにした。しかしその姿は既にミシマに認められていたが。
 凛太郎の前まで来ると、ミシマは徐に凛太郎の前で停まる。それを見た修一がゆっくりと入り口に向かった。
 ミシマは凛太郎を見下ろしながら言った。
「諸積だけじゃねーぞ。おめーもだ。絶対モノにしてやっからな」
 さっきまでのおちゃらけた様子ではなく、その目には冷たい陰惨な光が宿っていた。凛太郎はその目に射竦められ、背中にゾッとしたものが走った。自分はモノじゃない、女の子でもない、そう言おうと思ったが、声が出ない。自分の外見が気に入った等と言っている輩には、凛太郎は全く興味は持てなかったし、今回の試合を通してまともじゃない人物とはこれ以上近づきたくなかった。
 ミシマは横目で修一が近づいてくるのを確かめると、踵を返しサンダルを履いて出て行ってしまった。道場内に安堵の溜息が洩れた。
「リンタ、大丈夫か? 変な事言われたか?」
 いつの間にか修一が後ろに来ていた。凛太郎は身体の緊張が一気に解けるのを感じつつ、面を着けた修一の顔を見上げた。
 汗だくで荒い息を弾ませ、心配そうに自分を見ている。さっきまであれ程動き周り、ミシマの怒りを一身に受けていたのに、こっちの心配だけしている顔。その表情に凛太郎は引き込まれそうになった。
「僕は大丈夫だけど、修ちゃんは? 怪我は?」
 まだギュッとチョーカーを握っている手を見ながら、修一は微笑んで見せた。
「俺は、まぁ平気だけど。約一名必死に応援してたのがいたからな。途中で痛みが消えたよ。さんきゅ」
 ポンと凛太郎の頭に籠手を嵌めたままの手を置いた。と、凛太郎の鼻に修一の体臭と籠手の藍染めと革の匂いが香る。凛太郎は(きざな事いうなぁ)と思いながらも、頬が緩んでくるのが解った。
「諸積。戻って」
 脇田が声を掛ける。修一は慌てて戻って行った。開始線まで戻ると誰もいない方に向かって礼をする。ちょっと間抜けに見えたが誰も笑わなかった。
「見ての通り、先鋒は諸積に決まった。これからも稽古を通して上達したものがいれば随時選考していくから。レギュラーも、俺を含めて一層精進するように。女子部、間借りどうも。じゃ、一年含めて素振り百本して身体あっためたらかかり稽古からいくぞ」
 脇田は宮本の方にちょっと会釈すると、そのまま男子を集め隊列を組み、素振りの用意を始めた。宮本はそれを見ながら、自分たちも稽古の用意にかかる。
 修一が正座しながら、籠手・面を外すと、脇田が近寄ってきた。
「諸積、よくがんばった。正直危ないかと思ったけどな。これでミシマも変わるといいんだが……」
 正座している脇で、蹲踞のように座り込みながら話かける脇田。その表情は少し硬かった。
「俺も危ないかと思いましたけど……。なんか途中から感覚が鋭くなった感じしたんですよね。ミシマさん、変わりますかねぇ……」
 脇田も修一も「はぁ」と深い溜息をついていた。脇田が立ち上がりながら不意に思い出したように言った。
「あ、お前今日はもう帰っていい。捻挫でもしてたら折角の選考会も水の泡だからな。病院行くなり休息取るなりしてくれ」
「え、でもみんなの手前俺だけ休むのは……」
 あれだけ稽古に出ろと言った脇田の手前、修一は自分がこれで帰るのは気が引けた。しかし脇田もその点は解って言っていた。
「みんな今日の試合の内容は解ってる。それに俺がいいって言ってんだ。早く帰れ」
 脇田は修一の背中を思い切り叩くと、そのまま素振りをしている中に入っていった。その後ろ姿に、修一は一礼すると立ち上がって凛太郎がいる入り口へ向かって歩いていった。
「あれ? 修ちゃん練習は?」
 きょとんとしながら修一に尋ねる凛太郎。内心あのまま練習したら痛い場所が増えるだけじゃないか? と思っていたが、練習熱心な修一の事、当然最後まで参加していくと思っていた。凛太郎はここで練習を見ていくか図書室へ行くか考えていたところ修一が戻ってきたのだった。
「んー、今日は帰れだってよ。病院行けとか言われたけど、かったるいし家に帰って休むわ」
 まだ痛みが引かない右腕に負担をかけないように、左腕で面と竹刀を持っている。凛太郎が右腕を見ると、青黒い蚯蚓腫れになっている。右足の甲も赤く腫れあがっている。見るからに痛そうだった。
「面、持ってやるよ。貸しなよ」
 凛太郎が汗で濡れた面を修一から取り上げ、先頭を切って部室棟へ向かった。修一は小さく「さんきゅ」と言うと凛太郎に続いて歩いていった。

 部室に着くと、修一は胴・垂を外し長机の上に置いた。凛太郎は無言でそれを見ていたが、抱えた面を同じように長机に置いた。凛太郎が顔を上げ修一を見ると、袴を脱ぎ捨て胴着を脱いでいるところだった。
 筋肉のしっかり付いた修一の胸板。お腹には脂肪なく割れた腹筋。同性から見ても見事な肉体だった。そして右腕の付け根とアバラ、二の腕には青黒い痣が出来ていた。
 以前の凛太郎だったら憧れを抱いたであろう肉体を見て、どぎまぎしてしまった。男同士だと思っているのに、目のやり場に困ってしまう。ずっと見ていたい気もするし、視線を外さないといけない気にもなる。視線を下にずらすと、トランクス一枚の下半身が目に飛び込んできた。
「あっ……」
 途端に身体が熱くなってくる。朝感じたモヤモヤが蘇り、自分に進入してきた「修一」を思い出してしまっていた。胸の動悸が外に洩れているんじゃないか、そう思える程、ドキドキいっている。
 凛太郎の小さな声に、袴と胴着を丁寧に畳んでいた修一が顔を上げる。
「なんだよ? しょうがねーだろ、ちゃんと畳まないと皺になるんだから」
 パンツ一丁で畳む姿を笑われたと思った修一が、少し顔を赤くしながら文句を言い始めた。
「あー、そうか、着替えてから畳めってわけだな。やだねーだ。防具全部しまうまでこのままでいてやる」
 妙に子どもっぽい事を言いながら、手馴れた手つきで畳むと、防具入れに胴と垂を突っ込み始めた。
「別に裸でいたっていいけどさ……男同士だし。痛そうだなぁって思っただけだよ」
 顔が火照って赤くなってるだろうな、と思い、修一にその状態を見られないように俯き加減になりながら、椅子に腰掛けた。
「なんだ、そうか。俺はまた肉体美にびっくりしたんかと思ったよ。へへ」
 凛太郎の方は向かず、修一は防具を片付けながらいたずらっ子のように言った。
 凛太郎は目に焼きついてしまった修一の身体を振り払おうと目を瞑り、修一が片付ける音だけに集中しようとした。しかし瞼に展開されるのは防具ではなく、やはり修一の肉体だった。
(修ちゃんの身体。綺麗だったな。肌も焼けてるのにすべすべしてそうだった……。あの胸と腕に抱きしめられたんだ……。裸だったらもっと気持ちよかったかな? って、違うってば。そんな事考えたらまたあいつが出てきちゃう。パンツの中なんて興味ないよっ。修ちゃんのおちんちんなんて欲しくないってばっ!)
 凛太郎の心に淫らな考えがどんどん溢れてくる。否定しようとすると昨晩の出来事が脳裏に浮かんでしまう。やはり最後までイケなかった事が起因しているのか、顔の火照りは身体の中心にまでおよび始めていた。
 その思考を振り払おうと頭をブンブンと振ってみる。長めのショートの髪が振り乱れ、ぱっと広がった。その行為を急に止めると頭がクラクラして机に突っ伏してしまった。
「っと、着替えも終わったぞ。リンタ? 何してんだ?」
 ぐてっと机に伏した凛太郎を見て、かばんを持った修一が近づいてくる。凛太郎はボーっとしながら立ち上がった。
「なんでもないっ。頭振ったらクラッと来ただけ。用意できたんなら帰ろう」
「お? おお」
 なんだ? と思いながらも、修一は凛太郎に従い部室を後にした。

 * * * * * * * * *

 帰り道、凛太郎の案で以前立ち寄った公園で一休みを決め込む。凛太郎が缶ジュースを買い、二人でベンチに座りながらジュースをあおった。左手に足を組んで修一が座ると、凛太郎はその右に座った。飲み物は凛太郎がオレンジジュース、修一にはスポーツドリンク。
「今日はすごくドキドキしたよ。修ちゃん途中で試合できなくなるんじゃないかって思ったもん」
 くっと缶ジュースを飲む凛太郎。綺麗な喉が少し動き嚥下されているのが解った。その様子に修一は見蕩れていた。
「怪我、大丈夫なの? 病院行かないで平気?」
 ぽーっと見蕩れていた喉元から慌てて視線を離し、凛太郎と向き合うと、長い睫に彩られた大きな目に吸い込まれそうな気がした。修一はミシマのように凛太郎の胸を揉めたらどんな感触なんだろうと思いつつ、制服の右袖を捲り上げた。
 凛太郎の目の前に差し出された太い腕。筋肉の筋が綺麗に走っている。肘の外側にある内出血を除けば、以前の凛太郎が羨む位綺麗な肌をしていた。
「内出血してるだけだし、この位なら剣道してれば普通だって。心配するこたないよ」
 修一は肘を支点に、笑いながら腕を振ってみせる。実際は結構痛いのだが。
「……やっぱり痛そうだね。これって熱持ってるんじゃないの?」
 そっと凛太郎の手が修一の腕の上に置かれた。缶ジュースを持っていたから少し掌が濡れ、ひんやりした感触が修一の腕に伝わる。その手のもたらすなんとも言えない心地に、修一の脊髄から股間にかけて電気が流れた。
 自分の行為で、修一に変化が起きた事に気付かない凛太郎は、やわやわと修一の腕を撫でる。
「あー、やっぱり。熱持ってるよ。少し手冷たいから気持ちいいでしょ?」
 同じ男であっても、アトピーではない修一の肌は、凛太郎が触っても気持ちいい物だった。自分の今の女の子の肌と同じ位すべすべしている。内出血の部分は熱くなって盛り上がっていた。
(男でもアトピーじゃないとこんなにすべすべなんだ……。知らなかったな)
 薄い皮膚の下には堅く引き締まった筋肉の束がある。つるつると両手を使って触っているとそれが良く解った。自分には無縁のものだった。自分には無かったもの。綺麗な肌も筋肉も両方を兼ね備えた修一の腕を、凛太郎は美しいと思った。
(この腕だったら、ぎゅってされても誰も逃げない、かな?)
 この場合自分が逃げない、そういう意味だったけれど、凛太郎は敢えて自分がとは思わないようにしていた。何かに魅入られるように触り続けていると、修一の身体がビクッと反応した。
「あ、ごめん、痛かった?」
 凛太郎は痛めた部分を触ってしまったと思い、修一の顔を覗き見た。しかしその表情は痛かったというより、何か陶然とした表情にも見える。
「そんなに痛かった? ごめんてば」
 腕を触っていた両手を離し、じっと修一の表情を見守る。修一は急にハッとした表情になり腕を引っ込めた。
「いや、悪い、痛いんじゃなくって……。あ、リンタ、中間近いだろ? わりぃけどまた勉強会してくれよ」
 痛いのではなく、心地よさがあった。修一はそれを気持ちいいと言いそうになった。実際のところゾクゾクするような快感が腕を伝わり、股間まで届いていた。まるで自分の腕がペニスになったように思い、凛太郎の両手がそれを扱いている感覚。足を組んでいなかったら勃起したのがばれていたかも知れない。
 何か違う話題を、そう思ったとき、思い出したくもない中間テストの話題に思い当たった。
「……いいけど。ちゃんと復習しておく事。それから勉強会の間はゲームなし。じゃないと見てあげないよ。真面目にしないと公務員試験なんて受からないからね」
 高校受験の時も二人で勉強会をしていた。お互いの家に行き来しながらだったが、凛太郎が修一の家に行っている間は殆ど勉強にならなかった。元々勉強が苦手な修一は、直ぐに飽きてしまいゲームに興じてしまう。勉強させようと凛太郎が苦心しても、そのうち笑も入ってきて結局ゲーム大会になっていた。凛太郎は先んじてそれを制した。
「すみません、先生。ちゃんと勉強します。是非見てくださいよ」
 ちょっとふざけた調子で修一が言うと、凛太郎は少し怒ったように返す。
「修ちゃん、ちゃんと真面目にしないと、ほんとに途中で帰るからね。赤点採っても知らないよ」
 勉強が嫌いといっても剣道で培った根性も集中力もあるから、やればやっただけ成績が良くなるのを凛太郎は見越していた。ある意味、凛太郎自身より延び幅は修一の方があると思っている。
 凛太郎の真剣な表情に、修一も少し反省した様子を見せる。
「悪い。真面目にやるよ」
「別に暗くなる必要ないじゃんか。明るくないと修ちゃんじゃないよ」
 バシッと肩口を叩きながら、凛太郎が明るく言うと修一もそれに続いた。
「おう、明るく勉強すんぞ。あ〜、しかし平日にこんなに早く帰るって試験週間以外ねーよな。まだ明るいもんな」
 公園をぐるりと見回すと、学校帰りの小学生や、母親に連れられた幼稚園児たちが元気に遊んでいる。時折大型犬や小型犬を連れたお年寄りが散歩している。
「そうだよね。普段だと夕焼けって図書室で見るし。修ちゃんなんか夕焼け見ないでしょ」
 凛太郎がそう言いながら修一を見ると、ぐびっとスポーツドリンクをあおり、空になった缶をくしゃっと握りつぶしていた。
「ん? そりゃそうだよ。道場じゃ外わかんねーし。お前なにしてんの?」
 修一が見ると、凛太郎が赤い顔をしながら、修一の真似をして缶を潰そうとしていた。
「う〜、これ中々つぶれない、よ。はぁ」
 凛太郎はほんの少し凹んだ缶を見せ、苦笑いを浮かべた。その缶を修一がひょいっと取り上げる。
「俺が潰したのはアルミ缶。お前のはスチール缶。スチールの方が硬いんだぜ。でーもっ俺にかかればっ」
 左手で持った缶に力を加えると、ぐにゃっと折れ曲がった。
「うわっ、すげー。僕じゃ全然だったのに。やっぱり腕力があるからかな?」
 改めて感心した風に凛太郎が言う。その目は尊敬と若干の嫉妬が混じっていた。
 修一は自慢げに凛太郎に缶を返し、左手を握ったり開いたりして見せる。
「こういうのは腕力じゃなくって握力。自慢だけど左手なんて60Kgちょっとあんだぜ。右も同じくらいだしな」
「へぇ〜、すごいよね。僕なんて体力測定の時30Kg位しかなかったよ」
 凛太郎は手相でも見るように、自分の手を開いてまじまじと見ている。修一はぷっと噴き出し凛太郎に向かっていった。
「お前、それって殆ど女……」
 そこまで言って、修一はハッと口を閉じた。今の凛太郎は女の子だ。当然女子と同じくらいの力しか出ないだろう。元からそれ程体力的に恵まれていないとは言いながら、それを直接言うのは凛太郎に対して軽率過ぎたと感じた。だから言った瞬間、凛太郎の顔を見てしまった。
 凛太郎は修一の言葉に衝撃を受けていた。自分が女の子である事を否定した言葉。本当ならそれは喜ばしい筈だった。女性化してからずっと自分は男だと言ってきたのだから。しかし修一に面と向かって「お前を男と見ている」と言われて見ると、自分が修一に抱いていたモノが全て消え去ってしまうような気がして悲しくなってしまった。
 少しづつ結実しそうだった修一への想い。もしかしたら好きになってしまったのかも知れない。それが魔物が施したセックスによる導きだったにせよ、確かに凛太郎の心の底に出来上がっていた。尤も修一が凛太郎を初めて見た時から、そして凛太郎が女の子になったと告白した時から、修一が自分を女の子として見ていたと思っていたから芽生えたのかも知れない。いずれにせよ、修一の一言は凛太郎の仄かに芽生えていた想いを打ち砕くのに十分だった。
「悪い。お前今女だもんな。謝るよ。つい男のつもりで言っちまった。ごめん」
 修一が再び言葉にすると、凛太郎は目の前がぐらぐらと揺れた気がした。修一に悪気はないのは解っている。いつも男だと主張している自分の気持を汲んでの言葉だ。でも二度も言われると嫌になる。
「……そんなに謝らなくていいよ。女の子だっていうのは事実だし。男の時も力無いのほんとだしさ。全然気にしてないから」
 少し寂しげに微笑む凛太郎に、修一は返す言葉が見つからなかった。修一にしてみると凛太郎に女になった事実を突きつけてしまったと思っていた。だから凛太郎は気落ちした面もちなのだと。しかし事実はまるで違ったが。
 凛太郎がベンチから立ち上がり、「んっ」と言いながら両手を上に向け指を交差させて伸びをした。修一の位置から見ると、制服に包まれた胸の辺りがぐっと前に張り出し強調されて眩しく感じる。
「もう、帰ろっか。修ちゃんも身体休めないとね。明日痛くて学校行けなくなるよ」
 かばんを持ちながら凛太郎が修一を促すと、修一もベンチを立った。
「あぁ、そうだな。今日はもう帰ろう……」
 ほんの数分前まで楽しい雰囲気になっていたのに、自分の不用意な一言で詰まらない夕方にしてしまった後悔の念が、修一の心を苛んでいた。
 二人で自転車に乗り夕暮れの公園を後にした。その時、公園の外から二人をじっと見つめている目が有った事と、その後けたたましい近所迷惑な原付の排気音が聞こえた事に、二人は気づかなかった。

 * * * * * * * * *

「今日は怪我してるのに、ありがと」
 山口家の玄関先で凛太郎が修一に言った。いつもより早い時間だったから千鶴が帰ってくるまでまだ数時間あった。
「おう。また明日な。あ、そうだ、週末どうすんだ? また探しに行くか? 一緒に行くぞ」
 先週の日曜のように、魔物の足跡を探すか情報を収集しに行くか、修一はその事を尋ねていた。凛太郎は修一の問いに少し考慮していた。
「んとね、今週はちょっと、まずいんだよね」
「なんだよ、なんかあんのか?」
 少し歯切れ悪く答える凛太郎に、修一が少し突っ込んでくる。
「……修ちゃん知ってるから言うけど、月一のお父さんと会う日だからさ」
 中学二年の時、凛太郎の両親、千鶴とその夫は、夫の浮気が原因で離婚していた。その当時から親友として付き合っていた修一は、かなり泥沼だったと話しを聞いていた。
「あ、そうか。『第三』か。じゃだめだな。来週だな。しかし親父さん知ってんのか?」
 素朴な疑問として修一が問う。家族なら当然知っているだろうけれど、父親と言っても離婚しているのだ。
「一応、お母さんが言ったみたいだけど……。うちも結構複雑だからね。で、あ、のさ……」
(修ちゃん、僕の事ってどう思ってるって聞いたら、なんて答えるだろう……)
 本当はそんな父親の話などどうでも良かった。ただ一点、自分をどう見てるのか聞いてみたかった。でもその一歩を踏み出す勇気が出なかった。自分が思っている答えと違った時のことを、つい考えてしまう。
「どうしたよ? 親父さんになんかあったのか?」
 修一は父親の話だと思い、少し心配そうに尋ねてきた。
「ぼ、どうっ、……お、父さんには関係ないよ……。ごめん、また話せるようになったら言うね。その時聞いてくれるかな?」
 言葉にしようとすると、何故か声になって口から出てこない。自分自身へのプレッシャーだろうか、その他の事は楽に言えるのだけれど。
(あぁ、もうっ。時間あるし良い機会なのに。なんで言葉が出ないんだろう……。自分がやんなるよぉ。修ちゃんもきっと変に思ってるよ……)
 言い終わると、凛太郎は自信なさげに少し俯き加減になっていた。
 修一はじっと凛太郎の話に耳を傾けて聞いていたが、どうもよく解らない。
(ぼ? どう? その次の言葉はなんだ? 親父さんに関係ない? なんだかよく解んねーな)
「俺で良ければいつでも聞くって。なんか相談事でもいいぞ。解決出来るかどうかはわかんねーけど」
 取りあえず、修一は無難だろうと思う事を言ってみた。しかし正直相談なんてされても明確な答えなど提示出来ないだろうとは思っていたが。
「うん、ありがと……。じゃあ、また、明日、だね」
 今日聞きたいと思ったけれど、聞かなくて良いとなると安堵の気持が心の中の大多数を占めていた。しかし若干聞くことに対して未練も残っている。
「ん、明日また迎えに来るから。じゃな」
 さっと手を上げて、立ち去ろうとする修一。その姿を見ながら凛太郎はしばらく玄関先で佇んでいた。


(日曜日へ)


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