二日目 変身


 遠くで目覚ましのアラームが鳴り響いている。
「ぅんん〜……、はぁ」
 大きく伸びをして、息を吐いた。まどろみの中から、次第に意識がはっきりしてくる。
(あ〜、っと、あ、そだ! 入浴剤の効果は!?)
 昨晩の効果を確認しようと、パジャマの袖を大きく捲り上げた。
「!」
 アトピーを完璧に治す方法は今のところないとは知りながらも、凛太郎は治す方法を毎回試す時、心のどこかで期待していた。つるつるすべすべの肌になることを。今回も胸を膨らませてはいたもののどこかに諦めの気持ちもあった。しかし試す。つまるところ、気休めだ。
 だが、どうだろう。今、目の前にあるこの両腕の肌は。自分が夢に描いたとおりの白く、透き通るような肌。恐る恐る触ると、以前のように肥厚もしていなければ、傷もない。夢にまで見た憧れの「肌」。
(そんなに信じてはなかったけど、こんなに効果があったなんて!! !!)
 期待以上の効果を見せた入浴剤。自分の今の肌を母に見せ一緒に喜んで貰おうと思った。これまで散々肌の事で苦労を掛けていたのだから当然と言えば当然だった。
(お母さんに見せなきゃ!!)
 ベッドから飛び起き、階段を転げ落ちんばかりのスピードで駆け下りていった。その時、彼は、パジャマの袖や裾がいつもよりちょっと長かったことや、ウェストのゴムがゆるかったこと、そして階段を下りる際、若干胸が上下に揺れていることに考えが及ばなかった。あまりのうれしさと興奮ゆえに。
 「お母さん!! 見てよっ、あの入浴剤すんっごく効果あったよ! ほらっっっ!!」
 キッチンで朝食の用意をしている母に、顔を上気させながら凛太郎はパジャマの上着を脱ぎながら、くるり、と回って見せた。
 しかし、母の反応は凛太郎が期待していたものとは天地ほども違っていた。「まぁ、きれいになって良かったわね」「凛ちゃんが治ってお母さんもうれしいわ」ではなく、まず無言だった。そして凛太郎の身体をまじまじと見据えていた。それも35歳とは思えないような、大きなくりっとしたかわいらしい目を、もっと大きく見開いていた。
「お母さん……?」
「りん、ちゃん? きれいになったのはいいんだけど……肌が……それはすごく喜ばしいんだけど……、」
「?」
「……それはいったいどうしたの?」
 凛太郎は、母の視線が集中している自分の胸元へと、視線を落とした。そこにはこれまで少しアバラが浮いた薄い胸板ではなく、形のいい、柔らかそうな、絶対に男にはついていない、「胸」がついていた。
「ええええっ???!! なにこれぇぇぇっ!? ……いたっ」
 叫ぶと同時に、思わず張りのある胸を思いっきり掴んでしまった。
(ほ、ほんもの? なんで? どうして?! 下は?)
 母親の前だったにも係らず、凛太郎はパジャマのズボンをトランクスのゴムと一緒に前に引き、徐に覗き込んだ。しかし。
(ない? みえないだけ? ない、ない、ないぃぃぃ?)
おもむろに右手を股間に差し入れたが、手にはなんの抵抗もなくトランクスまで一直線に落ちていった。
「おか、おかあさんん、ないよ、これ、なんにもない、こ、これっお、おんな?」

 * * * * * * * * *

 たぶん、母もパニックになっていたのだろう。けれど、凛太郎が意味不明のことを叫び泣き始めたのを見ると、優しく抱きしめ「大丈夫だから。心配ないから」と耳元で囁いた。それだけで、凛太郎はずいぶん気持ちが楽になって、落ち着きが生まれた。
 千鶴は漸く落ち着きを取り戻した愛しい我が子に、あの入浴剤をどこで手に入れたのか、まだ残っているのかなどと一気に聞いてきた。凛太郎はゆっくりとネットで調べたこと、快速電車で一駅のところにある店舗だということ、もう入浴剤の残りはないということを伝えた。
「どういう商品だったの?」
「い、一度しか使えなくって、肌がつるつるになるって……」
「……取り敢えずお店に行ってみましょう。何か戻す方法もあるだろうし……」
 千鶴はそう言うなり、上半身裸の息子を二階に連れて行き、着替えを促した。自分は自室へ戻り大急ぎで着替え、ハンドバッグに免許証や保険証などを詰め込んだ。
「用意できた?」
「できた……け、ど……」
 凛太郎はといえば、女性化した自分の身体に呆然としながらも、機械的にアンダーシャツ、カッターシャツ、ジーンズを履いていた。ジーンズはちょっと腰がキツクなっていて穿き辛かった。鏡を見ると妙にウェストを締めた、シャツには胸の膨らみがある、母に似た可愛らしい少女が映し出されていた。しかしそれが凛太郎であるという認識は、彼本人でさえ持てなかった。
 母に連れられ、自動車に乗り込むと、30分ほどで目的地についた。車中では「ちゃんと元に戻るから大丈夫よ」とか「話はお母さんがするから」とか言っていたようだが、凛太郎の耳のフィルタには引っかからなかった。
 車を路注して店のある場所まで走って行った。が、ほんの十数時間前まであった「ボディメイト」は存在していなかった。
「凛ちゃん、ほんとにここでいいの?」
「うん、昨日はここにちゃんとあって……。あ、地図も見たし」
 言うと、昨日も履いていたズボンに地図を入れていたことを思い出し、ポケットを探ってみた。
「あ、あれ? 昨日はちゃんと……入れたはずなのに……」
 なんで? なんで? と再びパニックになり始めた凛太郎を、千鶴は静かに引き寄せ、肩を抱きながら言った。
「ちょっと待ってなさいね」
とそしてすぐさま「ボディメイト」のあったはずの場所を、近所の人家と言わず店舗と言わず尋ね回った。
「あそこにあった「ボディメイト」というお店なんですが……」
 凛太郎は、有った筈のものが無くなったポケットに手を突っ込んだまま、母の行動を見るともなしに見、そして自分と言う存在がこの場所から無くなるような、気が遠くなるような感覚に襲われていた。

 * * * * * * * * *

 数十分後、凛太郎と千鶴は車内にいた。結局、千鶴の聞き込みによると「ボディメイト」なる店は聞いたことも見たことも無い、というのが周辺住民の話だった。千鶴が凛太郎の話を疑うことは無かったが、事ここに至ってはある程度覚悟をする必要があった。
 凛太郎の方は、これからどうするのかという具体的な心配より、むしろ漠然とした暗い闇の中に漂う想いで一杯になり、大きな目から止め処なく涙を流していた。
「凛ちゃん?」
 母の声にゆっくり顔を向けた。千鶴はわが子ながらきれいなその顔と、すべるような肌に流れる宝石のような涙に少し戸惑った。そこにあったのが息子の顔ではなく、娘然とした顔、表情だったから。
「凛ちゃん、お母さんね、確かめたいこともあるし、今後のこともあるし、連れて行きたいところがあるの」
「ど、こ?」
 凛太郎は、もう戻れないかも知れないという思考の渦から、ようやく声を絞りだした。ここまでは異常な興奮と戸惑いのせいで、自分の声が変化したことに気づかなかったが、今凛太郎が耳にしたのは、少し高めだけれど澄んだ綺麗な、紛れもない女の子の声だった。そしてそれに気づき、再び小さなショックを受けていた。
「お父さんの知り合いの病院、西口のところの、あそこで検査してもらお。ね、専門家なら色んな症例も知ってるだろうし」
 千鶴は、どこまで女性化しているかも調べないと、という言葉は飲み込んだ。しかし凛太郎の反応は、千鶴の想像を超えていた。
「やだよ! こんなみっともないの、見せないよ! 見せらんないよ! だめだよこんな、違うよ、だって肌がきれいになればよかっただけなんだから! こんなのなんかの間違いだよ! ちがうちがうちがぁうぅ、僕じゃない、これは僕じゃないぃぃぃ!」
 凛太郎は突然頭を両手で抱え、髪を振り乱して叫び始めた。
(これまで物静かで、あまり感情を爆発させたことがなかった子だったのに……)
千鶴は両手で凛太郎の肩を掴み、自分の方に向けた。自身の目にも涙を湛えながら。
「凛太郎、お母さんがついてるから。どんなことがあってもついてるから。大丈夫」
 凛太郎は母の涙を湛えた目を見つめているうちに、その目に自分の爆発した感情が吸い込まれていくような錯覚に陥った。そして次第に落ち着きを取り戻し、車中で親子は抱き合っていた。
「大丈夫?」
「うん、もう平……落ち着いたから。病院行って診てもらう」
 平気、という言葉は使えなかった。しかし決心がついた顔は、母に対して少しの笑顔を見せることが出来た。
「じゃぁ、行きましょう……」
母もそれを受けにっこり微笑むと、車を走らせ始めた。

 * * * * * * * * *

 凛太郎は病院が好きではなかった。アトピーや小児喘息で小さい頃から散々検査され、注射され、でも、結局治らない。病院には痛みと不信感しか持っていないと言っても過言ではなかった。しかし、だからと言っていつも自分のアトピーのことを気にかけ、心配している母にこれ以上の負担もかけたくはなかった。それ故に凛太郎は千鶴に病院のことで不平や不満は言ったことがなかった。そんな病院へ再び、今度は自らの身体の変化を診せに行くことは、精神的な苦痛以外の何者でもなかった。車中での感情の爆発は、凛太郎が持つ病院に対する感情も起因していたのだ。
 千鶴が知り合いの医師へ話を通す間、凛太郎は既に診療時間が過ぎ、人も疎らな待合室にいた。ベンチに腰掛け、両の手で肩を抱き前かがみになっている姿は、本当に小さく見えた。頭の中は、イメージも言葉もなく、思考するというより、黒い渦がぐるぐると回っているだけだった。
 何分経ったのか、千鶴と医師が検査をすると言いにきた。どんな検査をするか言っているように感じるが、その話は凛太郎の右の耳から左の耳に抜けていく。
(あぁ、やっぱり採血するんだ。せっかくきれいな肌なのに、針が刺さるのやだな……)
 待合室から最初に通されたのは、診察室横の処置室だった。看護師に促され左腕を出した凛太郎は、きれいな白い腕をみるなり、そんな取るに足らないことを考えていた。

 * * * * * * * * *

 採血が終わると、問診や触診が待っていた。問診では何を食べたかとか、どんな入浴剤だったかとか、色々尋ねられたが、回答なんて出ないんじゃないかなと思いつつ、まじめに答えた。
 触診は、最悪だった。胸はこねられて痛いわ、トランクスは脱がされ、足を広げるベッドに寝かされ、あまつさえ「中」まで触られた。尤もカーテンで仕切られていたから、医師の動きは見えなかったが。凛太郎とってショックだったのは、このとき初めて自分に本当に男性器がない事、何か得体の知れない器官が、「それ」に取って代わって「そこ」に存在していることだった。そしてそれに気づいたとき、またパニックに襲われ大泣きしてしまっていた。
 最後の検査には、少し時間がかかった。医師はMRIという大きな機械を使うと言った。MRI検査を行う部屋は、機械が設置されている部屋と、検査技師が制御する部屋の二つに分けられており、間は大きなガラスで仕切られていた。検査技師はPCのモニター上で機械を制御し、ガラス越しにも機械全体を把握出来るようになっていた。機械自体は大きな円筒が横に伸びており、その中をベッドに横たわった被験者が通る仕組みだった。検査技師は凛太郎に耳栓をさせ、頭と腕を動かないように固定した。ベッドに横たわった状態で、視線を足元へ動かすと、ガラス越しに隣の部屋にいる母が心配そうに見ているのが解った。
(そんな心配そうな顔しないでよ……)
 こっちも心細くなるじゃんか、と思っていると、不意に機械から「ゴンゴンゴン」と大きな音がし始め、凛太郎の小さな身体ごと、ベッドは円筒形の機械に飲み込まれていった……。
 全ての検査が終わり、千鶴と二人で待合室で座っていた。千鶴は凛太郎頭を自分の右肩に乗せ髪をなでていた。凛太郎はあまりにも気持ちのよいその感覚に目を瞑っていた。と、そこへ父の知り合いの医師がやってきた。
「ですので……今の結果からいうと……、」
「じゃぁ、凛太郎は……女……、」
「えぇ、おそらく、……全に……、」
「……もとに……、」
「……難し…………不……、」
 母と医師は、凛太郎から数メートル先で何やら話をしていた。ちらちらとこちらを伺う母と医師の視線と、不明瞭ながら聞こえた医師の最後の言葉「不可能」を耳にした直後、凛太郎の視界と思考に黒い幕がかかり、椅子から床へ倒れこんでしまっていた。
 
 * * * * * * * * *

 凛太郎は夢を見ていた。男の身体が溶解していく。徐々に徐々に。その溶けた部分を止めようと、回収しようとするけれど、でも、回収しようとする手も溶け崩れていた。
(たすけて、だれかたすけて、おかあさん、おかあさん、おとうさん、しゅうちゃん、だれかぁあ、ぼくはここだよぉぉぉ)
半狂乱になりながら助けを求める声をあげようとしても、声も出ず、ただもがきながら溶けるに任せるしかなかった。
 もう少しで意識も溶けきるところで、映画を逆回しにしたように溶けた身体が集まり始めた。しかし次第に形作られるその身体は、以前の男性としてではなく、まろやかな女性の身体となった。
(ちがうちがう、こうじゃない、ぼくはおとこだ、このからだじゃない)
 あがき叫ぶけれど、身体はどんどん固まってゆく。
(これじゃないってば!)
「そう?」
(!?)
 これまで凛太郎だけの台詞に女性の声が交じった。どこかで聞いた声だった。
「君の欲望はきれいで誰にでも好かれる肌を持った女性だったでしょ?」
(ちがう、ぼくはおんなのこのはだみたいにきれいなのがほしかっただけ……)
「でもね、君が最後につよーくイメージしたのは、その身体であって肌じゃなかったんだけど」
(あ、あれはぜんしんはだをいめーじしてて……)
「なんにしても、もう戻れないわよ。ちゃあんと一回だけで絶対戻れないって説明したでしょう? 今更文句言っちゃ困るわね」
(?!)
「あたしたちは、君の代弁をしただけ。君の心の深いところにあった欲望は叶えたからね。身体は洩れなくついてくるおまけってことで。後はたっくさん絶望を頂戴ね。じゃぁねぇ」
(まっまって!! ! あれはゆめじゃないの? おんなのからだなんてほしくなかったよ? ほんとだよ! もどしてよぉおお! あああああぁああああ……)

 * * * * * * * * *

「ぅあああああああっ……、、、あぃ?」
 いつの間にか自分の部屋で寝ていた。夜なのかカーテンの隙間から外からの光はなく、部屋も真っ暗だった。
(全部夢……?)
 そう思い胸に手を置いてみるが、両手にちょっとあまるくらいの乳房はそこに存在していた。
「はは……」
 思わず乾いた笑いが込みあがってくる。ふと、夢の中で聞いた声の台詞が思い浮かんだ。
『なんにしても、もう戻れないわよ。ちゃあんと一回だけで絶対戻れないって説明したでしょう? 今更文句言っちゃ困るわね』
「何が説明しただよっ、あんなので解るわけないじゃんか。悪徳商法だよ……」
 思わず悪徳商法で騙された被害者のような台詞が口をついてしまう。
(もう、もどれない……のかな)
 夢だと思ってはいるけれど、いやにリアルだった。何故だか不思議なほど話しの内容が耳に残っている。
 凛太郎は空虚な目をしながら、階下に降り浴室へ向かった。母はどこかに出ているらしく、家の中はひっそりと静まり返っていた。かなり寝汗をかいていたのだろう、次第に身体が冷えてきた。手早くシャツ、ズボン、トランクスを脱いで浴室へ入った。
 浴室には大きめの鏡がついていた。凛太郎は鏡に写った自分を見て一瞬ビクっとしたが、すぐにシャワーの蛇口を下げ、湯量を調節した。
 もう一度立ったまま鏡をみた。そこには紛れもなく、裸の少女がいた。肌は真っ白く、艶やかで肌理細かい肌は、ほくろ一つ無い美しいものだった。ちょっと長めのショートカットの髪は、細くサラサラしていたけれど、寝癖がついていた。
 顔の印象は、もともと男の凛太郎が母、千鶴にそっくりだったのだが、それをもっと幼く、それでいて少しだけきりっとした感じ。女顔だったのが、本当に女の顔になっていた。泣きすぎたためか、まぶたは少し脹れ、頬にも涙の痕があった。
 視線を下げるとそれ程大きくはないが形のいい乳房が目に飛び込んでくる。
(あ、本物のおっぱい……)
 凛太郎自身、映画やエッチな写真以外では、幼い頃に見た母以外の本物の乳房だった。瞬間、鏡に映った少女の顔から鎖骨までが真っ赤になった。
 ウェストから腰のラインは、全く自分のものとは思えなかった。こういうのをコークボトルラインというのかと、くだらない考えが頭を過ぎった。
 更に下に目をやると、「そこ」は、男の子であったときより薄かったけれども、やはり陰毛に覆われていた。
(やっぱり女の子も毛が生えるんだ……)
 凛太郎は、ただいま現在の自分の身体を見ているにも係らず、思わず第三者的な視点で見ていた。
 呆然としながらも、男としての目線でしばらく身体を見ていたが、寒くなってきたので、シャワーを浴びた。新しい身体に張り付いている白い肌は、シャワーの水を玉にして弾く。柔らかいタオルに無香料の低刺激の石鹸をつけ、身体を洗った。胸を洗う段になり身体に異変が起こった。
「あぅ」
 病院であれだけ触られ、揉まれ、自分でも触れてみても痛みしかもたらさなかった乳房が、石鹸によりすべりが良くなり、やさしく触れると、これまで無かった心地よさ、快感を凛太郎に与えた。
(な、なんだこれ? おっぱいってこんなに……?)
「んあぁ」
 自然と声が出ていた。自分の耳に入ってくる少女の声が、余計に凛太郎を興奮させた。
(ぃい、あぁ、なん、か、す、ご、いぃ)
 タオルを床に落とし、乳房をしたから両手で揉み上げてみるとそれだけで、身体の中心から快感が飛び出し、両の乳房の中心と股間へ向かって行くような錯覚があった。
(ああ! さきが、かたいのが、キモチいいぃ!)
 乳房だけでなく、その中心にある乳首を親指と人差し指を使って柔らかくしごくと、じんじんと体中が熱くなってくる。
「な、なんか、あ、なんか、で、て……る?」
 胸と乳首をいじりながら、快楽に身を任せていると、次第に下半身が、その中心から何かが滲み出ているような感覚が襲ってきた。
「はぁぁ、あぅんん……」
 自分の色っぽい声を聞きつつ、凛太郎は足の力が抜けてしまい、床に手をつき跪いてしまった。
(あぁぁ、女の子ってこんなに感じるんだ……さっき、あそこから、なんか出てきた感じだった……)
 凛太郎は恐る恐る、自分の中心の亀裂に右手を差し入れていった。
「! ひっ!?」
 土手に手を置き、大陰唇に人差し指と薬指を伸ばしただけで、躊躇なく声が出てしまった。
(く、クリトリスなんて触ったら、どうなっちゃうんだろう……?)
 「クリトリス」という、普段使わない単語を思い浮かべた途端、猛烈な羞恥に体中が赤くなった気がした。
 人差し指と中指を徐々にずらし、中心の包皮をかるく摘むとこれまで味わったことの無い悦楽が生まれ、叫び声をあげた。
「あ、ひぁあ、ああン」
(あぁぁ、だめだ、こんなことしてちゃ、だめだ……だめなのに……)
 指でこねるたびに新たな歓喜が呼び起こされ、凛太郎はその大きなうねりに抗うことが出来ず、身を委ね始めていた。
「あぁ〜、ここ、はン、あ、あ、いぃぃ〜」
 腰を高くあげ、中心の亀裂から歓喜のよだれが流れていた。クリトリスの包皮を摘むだけだった指も、次第に大胆になり人差し指と薬指で小陰唇を広げながら、愛液にまみれた中指で快楽を生み出す宝石を嬲った。
(すごい、すごいぃ、もぅなん、にもかんがえられな、い……)
 傍から見れば、真っ白な肌を欲情から上気させた少女が、浴室で高く上げた腰をゆらゆらくねらせ、股間からくちゅくちゅと濡れた音をさせながら嬌声をあげる姿は、扇情的でエロティックだったが、凛太郎には最早そんな事はどうでもよいことだった。何も考えられなかった。考えたくなかった。ただ、新しい身体から生み出される欲望に飲み込まれ、行きつきたい、それだけだった。
「ふぁ、ぁン、あ、あ」
(もう、もう、いく、いく、いく、いっちゃうぅぅ)
 いつの間にか床に顔をつけ、両手で秘裂を嬲り、めちゃくちゃにこね回し、むさぼりつくし、ついに。
「あぁンンンン……、はあぁあ……」
 身体中をびくん、びくんと痙攣させ、イった。
 はぁはぁ、と荒い息を整えながら、己の身体から生み出された快楽に打ち震えていた。次第に頭の中の霧が晴れるにしたがって、凛太郎は自己嫌悪に陥っていってしまった。
(なに、やってるんだろう。これじゃただの変態だよぉ)
(違うのに、元に戻りたいのに、ひとりえっちしたいわけじゃないのに……)
 どんよりとした心持で、全身から力が虚脱している状態だったが、ゆっくり身体を起こし、再び身体をなんとか洗って浴室を出た。

 * * * * * * * * *

 母が帰宅したのは、それから二十分も経った頃だった。夕食を食べ、千鶴が凛太郎と話を始めたのは、ひとしきりくだらないお笑い番組を見終わった9時過ぎだった。
「凛ちゃん、よく聞いてね。先生の話ではね……」
身体の中身自体が女性化していること、つまり精巣や睾丸はなく、変わりに卵巣や子宮、膣があること。こんな症例は見たことも聞いたこともない事。今の段階では、元に戻るのは無理だということをかいつまんで説明された。
 病院内での会話から、ある程度予想はしていたし、あの夢を思い出すと戻れないかも知れないとは考えていた。しかし実際科学的見地からの発言を聞くと、やはり途方に暮れてしまう。
 千鶴は、そんな姿を見ながらやりきれない思いをしていた。なぜわたしの息子が? どうして? でも、そんなことを目の前のか弱い「少女」に言っても何にもならない事は解り切っていた。だから、違う話題をしようと口を開いた。
「あのね、凛太郎。このままだと学校始まったら、女の子として行かなくちゃいけないかも知れないでしょう? それならいっそ、学校変わる?」
「……」
「変わることに反対はしない。むしろ変わった方がいいって思うのよ。今の学校だと色々つらい目に会うかもしれないし。凛太郎がいいようにしていいの。でも、もし変わらないなら明日先生にも一緒に会いに行って現状を説明しないと」
 千鶴は辛抱強く凛太郎の返答を待った。
「……学校は、変わりたくない。転校したら引っ越すか寮に入らないといけないかも知れないし。それじゃぁ、あの店員が近くにいたら見つけられない。ここにいれば見つけられるかも知れない……見つけられれば……。それに……」
「修一君?」
「ぅん……。修ちゃん見たいな友達、もう作れないと思うし……。だからやな事あっても今の学校がいい……」
「わかった。じゃぁ、明日先生に連絡したらすぐ行こうね。お母さんがきちっと説明してあげるから。きっと先生もわかってくれるよ。さて、話も終わったし。今日は疲れたでしょ。もう寝なさい」
 凛太郎はおやすみなさいを言って、自室に引き上げた。のそのそとベッドに潜りこむと、不意に涙が出来た。上を向いたままだと涙が耳に入って気持ち悪かったので、横を向いた。言いようのない不安の中で、なぜか(あした、修ちゃんと会うんだった……)と思い当たったが、昼間の緊張とオナニーのせいで疲れていたため、睡魔の言うとおり寝ることにした。


(三日目へ)


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